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まろやかでこくの有るリコロブのクリーム煮に香ばしくも肉汁たっぷりの燻り子豚のパイ包み焼き。ムーパサラダのこの新鮮さはどうだ。
それらのご馳走を惜し気もなく注文し、味わうこの幸せ。正直云って、師匠はロクなモノ食わせてくれなかったから、こんな風に贅沢な外食するのがずーっと夢だったんだ。
しかし、たっぷり注文した筈の料理も腹ペコの俺はあっという間に平らげてしまった。
どーするかなー? 金はまだあるし、追加の注文しちゃおうかなー?
等と考えていると、レオナが全く料理に手をつけていないのに気付いた。
「どうした? なんか嫌いなモンでもあったのか?」
だったら、俺が食ってやろう。食い物を粗末にするとバチが当たるからな。
「……おなかいっぱい」
はあ? 何云ってんだ、このオカマ。あんなに“腹へった”って騒いでたくせに。放っておくとそのうち俺を食っちまうんじゃないだろうか? って程に激しく空腹を訴えていたのに。
「具合悪いのか? 本当に要らないんなら俺が食っていいか?」
燻り子豚のパイ包み焼き、お代わりが欲しかったので丁度良い。しかし、一口食った途端にまた怒り出すんじゃないだろうな? どうもオカマ……いや、女の怒りの沸点がよく解らない。
「どうぞ、食べて良いわよ。私胸が一杯で食べらんない」
そうか、オカマの胃袋は胸にあるのか。そいつは初耳だ。
レオナの気が変わらないうちに燻り子豚を頂くとしよう……と思ったら。
「ゲオルグ様……」
熱っぽい目で呟くオカマ。ああ、やっぱり。悪い予感が当たった。“筋肉ムキムキの男が好き”って云ってたもんなあ。
あのゲオルグとかいう兵士はレオナの好みに超ドストライクな訳だ。
しかし
「諦めろ」
考えても見ろ、いくら“心は乙女のまま”とは云え見た目はマッチョな野郎なんだから。告白なんてしようものならドン引きされるのが必至だ。
ドン引きされるならまだ良い。そのまま“公務執行妨害”だの“名誉毀損”だの“猥褻物陳列罪”だのテキトーな罪状付けられて豚箱にぶち込まれたらどうすんだ?
これ以上無い正論だ。
諦めろ。それが正義だ。
「アンタねえ、私のこの切ない恋心を“諦めろ”の一言で片付ける訳?」
折角の燻り子豚を吐きそうになってしまった。
“恋心”! ゴツい野郎の吐く言葉としてこれ程不適切なものを俺は他に知らない。
「大体なあ、兵士なんて殆どがマッチョでゴツいんだぜ? アンタはその一人一人に惚れちまう訳か? 身が持たないぜ」
いや、この場合“身が持たない”のはレオナではなく、惚れられた兵士の方だ。
「良いわよね、アンタは。ゲオルグ様に滅茶苦茶気に入られて。アンタさえその気になればすぐ結婚して貰えるわよ。うっ……くやしぃぃ! 何故あの方が見初めたのが私で無くアンタなのよ。ぐやじぃぃ!」
「“気に入られた”? 単に俺が見た目“女”だから優しくしてくれてるだけだろう?」
「違うわよ! アンタ全く鈍感なのね。あれはアンタに恋しちゃってる目よ、私には解る。ああ、ゲオルグ様、こんな見た目だけのインチキ女じゃなくて私に気付いて……」
これはあれか? 所謂“三角関係”ってやつか?
別に俺は誰も好きじゃないんだが。それどころか何だか物凄くむさ苦しくて汗臭い想像をしてしまい、俺まで食欲無くなったじゃないか。でも、残すのは勿体ない。
「すいませーん、残った料理、包んで頂けます?」
と、店の人を呼ぶ為に周りを見渡すと、店の客ほぼ全員が俺達に注目しているのに気付いた。
まさか……俺がヤシマールの弟子だと云う事がバレたのか? と、一瞬焦ったが
「ねえ……あの男オカマ?」
「ホモ……?」
「ホモだホモ」
「やだキモい」
そんな声がヒソヒソ聞こえて来た。
そりゃ、野太く無駄にデカい声でオカマが“恋バナ”してるんだもの。そんな化け物を見るような目で見られても仕方無い。
「あ、はいはい。今、お包みしますね」
不穏な空気の中から店のオバチャンが小走りで俺達の席にやって来た。
しかし、彼女の目は『あんたも大変だね』と、俺に無言の憐れみの言葉を投げ掛けていた。
※【注】
作中の
“燻り子豚”は
“イベリコ豚”の変換ミスではありません。
どうでもいい説明すみません。