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見れば見る程惚れ惚れする。
癖のある艶やかな栗色の髪、やや丸い顔は肌がすべすべとしてきめ細かく吸い付きそうだ。長い睫毛はくるんと上向きで大きな琥珀色の瞳を縁取っている。唇は朝露に濡れる赤いベリーのよう。ああ、細いうなじ、思わず抱き締めたくなる華奢な肩。砂時計のような魅惑のボディライン。そしてそしてデカイおっぱい♪
君は誰? こんなにも俺の心を乱す君は誰?
「インチキ魔法使いの弟子デルメクでしょ! 気持ち悪いから鏡に自分の姿映して見とれるのやめなさいよ」
野太いレオナの声で一気に現実に引き戻された。目の前にはオカマ。
ドレスを着たマッチョなオカマって……
「何でオマエ、またドレス着てるんだよ。オマエこそ気持ち悪いじゃないか」
兵士達が撤収したのを見計らい、身仕度を整える為に家に戻って来たのだが、レオナの奴、まさかまだ未練たらしく自分のドレスを着るとは思わなかった。しかもそれはまだ少し濡れたままで見たくもない筋肉質のボディラインを際立たせていた。
「だってー、カワイイ服無いんだもん」
ぷーっと頬を膨らませるレオナ。本当の女の子がやったら可愛いんだろうが、今のレオナじゃどう見てもタコの真似をしているオカマだ。可愛くない。全然可愛くない。それどころか激しい殺意を覚える。
「オマエこそ自分の姿鏡に映して見てみろよ」
そう云いながら、衣装箱から俺の服を出して放り投げてやったが一目見るなり
「厭ー! こんな可愛くない服着るの厭っ!」
とかのたまう。
「男所帯にカワイイ服なんてあるわけないだろう? いい加減諦めてくれよ。早く身支度整えて此所から出ていかないと。また兵士が来たらどうするんだ?」
「ぐすんぐすん、だってコレ、私のお気になのに。父さんにねだってねだってねだって……ねだりまくって、やっと買って貰ったのよ」
“ぐすんぐすん”って声に出して云う奴初めて見たよ。
「つまりアレか? レオナはそのドレス絶対手放したくないって訳だな」
こくん、と頷くレオナ。いちいち所作が気持ち悪い。
「じゃあ、俺がそのドレス着てやる。それでいいだろ?」
レオナは自分のドレスと俺を交互に見て、少し考えた後「だ……大事に着てね」と云い、物影に隠れてドレスを脱ぎ出した。
しかし、当たり前だが俺はドレスなんか着たことが無い。ドレスだけかと思ったら胸当てだのコルセットだのドロワースだのペチコートだの色々着けなきゃならない訳だ。
なんとかレオナに手伝って貰い、一式身に着けたが濡れてて気持ち悪い。
しかも胸当てが異常にキツく、折角の“デカイおっぱい”が無惨にも潰れてはみ出し、あまつさえドレスの胸元が以上に開いててすーすーする。
「うー」
何だ? 犬か何かが唸ってるのか? と思ったらレオナが凄い顔をますます凄くして唸ってた。
「どうしたレオナ?」
「ううっ……うー!」
その時の俺の恐怖をどう云い表せばいいんだろう?
マッチョな男が俺に襲いかかって来たのだ。その顔はさながら飢えた野獣だ。
何だ? どうしたんだ? インチキ薬の副作用で凶暴化したのか?
レオナはあろうことか、俺の着ているドレスの両肩を掴むとそのまま引き裂いた。
胸当てもコルセットもドロワースもペチコートも全部引き剥がされ、俺はすっぽんぽんになってしまった。
……ま、まさかレオナ……心まで男になって、女になった俺に欲情したとか?
いや、それだけはやめてくれ。頼むからそれだけはやめてくれ。
俺の心はまだ“男”だ。そんな趣味は俺には無い。
……と、恐怖のあまり何も出来ずに固まっているとレオナは突然
「うわああん! うわあん!」
……泣き出した。大号泣だ。
「どうしたんだよ? これ、オマエのお気にじゃ無かったのか?」
やっとの思いでそう訊くとレオナはしゃくり上げながら
「だって! そのドレス、私よりデルメクの方が似合ってるんだもん! 女の子だった時の私より似合ってるんだもんっ!」
そう云うとまた声を上げて泣き出した。
……あ……つまり…… “嫉妬”?
そう云えば、コイツ、“豊胸”の薬を飲んでこうなったんだよな……って事は……
「レオナって貧乳だったの?」
また、レオナの逞しい拳が飛んできた。
頼む、やめてくれ。
顔はやめてくれ。
すんでのところで躱すとレオナは拳を壁にめり込ませてしくしく泣いていた。
「どうせデルメクには解らないわよ! 私の気持ちなんか!」
うん……解るような解らないような。
取り合えずレオナの腕力は破壊力抜群と云う事は解った。 それと、“貧乳”は呪いの呪文だと云う事も。
泣き虫のマッチョ男と女心を全く解せない巨乳美少女。妙な取り合わせだ。
元に戻れるのかは解らない。
何故、師匠が軍に追われているかも解らない。
解らない事だらけだが、こうして俺達の奇妙な物語が始まった。