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隠し通路は家の裏手の森に続いている。
しかし、地下を通っているので日光は入らず、灯りになるような物は何もない。おまけに湿気で苔でも生えてるのか足元が滑るし通路の石の壁を手探りで進んで行くしかないのだ。
「ううっ……私のドレス、アンタの家に置いて着ちゃったじゃない。あれ、結構気に入ってたのに」
レオナはべそをかいている。暗くて顔こそ見えないが、声は男なので、可哀想だとか気の毒だとかそう云う気が全くしない。
大体、今更ドレスなんてどうする気だ?
「レオナ、家は何処なんだ? 家の人は君が男になっちまった事を知っているのかい?」
「冗談じゃないわ! 家族にこんな姿見せられる訳無いじゃない。朝起きて鏡を見て、慌ててパタパの薬屋へ行ったのよ。家はその薬屋の三軒隣りよ」
じゃあ、こいつを家まで送って行っても追い返されるのがオチか。
レオナはしくしくと泣き続け、俺の服の裾を掴んでいる。時々足を滑らしたりして、俺共々倒れそうになる。
「うっ」
「どうしたの?」
何て事だ。今頃になって火傷した所が痛み出して来た。背中どころか胸まで痛い。痛いと云うか熱い。
「いや、何でも無い」
一応そう云ってはみたものの、叫びだしたい程の痛みと熱さだ。もしかしたら火膨れが破れてバイ菌でも入ってしまったのかもしれない。
森へ出たら、火傷によく効く薬草……ミダクードが生えてる筈だ。それまで何とか持ちこたえないと。
一歩踏み出す事に、体に痛みが走る。熱病のように火照って、汗が滝のように流れる。胸が、まるで鉛の重りを貼り付けてるように重い。
そんな俺の絶え絶えの息を聞き、レオナも察したらしく泣くのは止めてくれた。
どの位歩いたろう? 突然行き止まりになった。手で自分の正面の壁をまさぐってみると、そこは石ではなく木だ。木の板だ。と、云う事は……
「出口だ!」
「本当?」
しかし、用心しないと。兵士達が森を捜索していないとも限らない。しかし、問題はこの扉から出る時だけだ。出てしまえば“森を散歩してた”だの“キノコを採ってた”だの云えばごまかせる。
そう思い扉を開ける寸前で、俺は重大な事を思い出した。
レオナは師匠の服を着ている。いかにも魔法使いでござい。と云ったゾロゾロした怪しげなローブだ。師匠に間違われるか弟子だと思われて捕まるかもしれない。
ああ、やっぱりレオナのドレスは持って来るべきだったかも……魔法使いだと思われて死刑になるよりも、ゴツいオカマだと思われて嗤われた方が何千倍もマシだったろうに。
ならば、俺の服と交換すればいいかもしれないが、そうすると今度は俺が死刑になるかもしれない。俺だって死刑は厭だ。まだ二十歳にもなっていないのに殺されるなんてまっぴらごめんだ。
火傷の激痛の中、考えを巡らせてみてもさっぱりまとまらない。
早くミダクードを塗らなければ。あれは師匠の薬なんかよりもよっぽど頼りになる。
「レオナ、俺が様子を見て来るまで此処にいろ」
「えっ? こんな暗い所で? 恐い」
「我慢しろ。今、兵士に見付かったら間違いなく捕まるぞ」
「何でよ。私、なにもしてないわよ」
「解んない奴だな、アンタ師匠の服着てるだろ? どっからどう見ても魔法使いだ」
「アンタが着ろって云ったんじゃない!」
そりゃそうだけど……あの時はこんな事になるなんて思いもしなかった訳だし。
「とにかく、死にたくなかったら俺の云う事を訊いてくれ!」
またレオナはしくしく泣き出した。
全く、泣きたいのはこっちの方だ。ホントに。
扉をそーっと開けると予想以上に大きな音がした。蝶番が錆びて軋んでいるのだ。しかし、こんな大きな音がしたのに兵士の気配が無いと云う事は近くには居ないと云う事だろう。更に開けると蔓草が視界を遮り、それを退けると辺りは日が落ちかけて薄暗くなっていた。
まだ泣いているレオナを置いて一歩踏み出すと、夕暮れのひんやりとした空気が火照った頬を撫でた。
試しに側に有った石を茂みに投げて様子を伺う。ガサッと音がしたが、人の気配は感じない。
「兵士はいないようだな」
「じゃあ私も行く」
「駄目だってば、とにかく待ってろ。扉も閉めて、頼むから云う事訊いてくれ」
ミダクードはあちこちに自生している。暗くてあまり見えないが匂いが独特なので直ぐ解るだろう。
手探りでそこら辺にある草を手当たり次第摘んでみる。いつもは腐る程生えているのに、こんな時に限ってなかなか見付からない。
熱と痛みが段々酷くなる。意識も朦朧として来た。
その時、
「こんな所で何をしてるんだ!」
何処からか野太い声がして俺の心臓が跳ねた。