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気が付くと、何処かの家の庭にいた。
所々植えられた、綺麗な花を咲かせる草木や、こじんまりとしているが趣味の良い家が、この家に住む者の趣味の良さと云うか人となりを表しているようだ。
そんな、趣味のいい人の家の庭先で俺は何をしているのかというと、煉瓦で囲まれた砂場で山を作っているのだ。それはもう一心不乱に。
出来たら……に見せよう。
きっと驚くぞ。そして誉めてくれる。
しかし、俺の小さな手は少しずつしか砂を掬えない。やっと山に盛り上げても、はらはらと崩れてしまう。トーラス山より高い山を作りたいのに、これじゃあいつまで経っても出来やしない。
とうとう、俺は泣き出してしまった。なんでこんな事で泣くのか、そもそも砂でトーラス山より高い山なんて作れる訳が無いだろうに、そんな事は頭の片隅で解ってはいても自分の非力さに心底悲しくなったのだ。
「デルメク? どうしたの? 何を泣いているの?」
春のそよ風のような、暖かく澄んだ声が聞こえた。
そうだ、俺はこの声の主を喜ばせようと、砂で山を作っていたのだ。
砂だらけの手でしがみついても怒るどころか、よしよしと頭を撫で、背中を軽く叩いてくれるその人の為に。
「……は死んだのだよ」
また、気付くと別の場所にいた。
深くて暗い森の中だ。
俺はまた泣きじゃくっている。あれからずっと泣いていたのだろうか?
でも、側に居るのはあの人じゃない。もっと年寄りの男だ。
自分を取り巻く状況が変わってしまったのを感じて不安で堪らない。ここは何処なのか? この年寄りは誰なのか? ……は何処に居るのか?
泣けばまたあの優しい声の持ち主がやって来て頭を撫でてくれる。きっと。
でも、いくら泣いてもあの人は来ない、そんな俺に段々年寄りが苛々し始めた。
「いくら泣いても……は戻っこないぞ! 死んだのだ! あの女はお前を置いて死んだのだ!」
年寄りが云う“あの女”こそ、やさしい声の持ち主だと云うことは幼い俺の頭でも理解出来た。
でも、死……?
俺は“死”を理解出来ない。
どうしたらあの人が来てくれるのか、そればかりを考えていた。
「ええい! うるさい! いい加減に泣き止め!」
トーラス山より高い山を作って、それに登ればあの人の所へ行けるだろうか?
もっともっと大きな声で泣けば、助けに来てくれるだろうか?
年寄りはとうとう堪り兼ねて俺を打つ。
ほら、この年寄りが俺をぶった。早く来て……おかあさん!
ふと、頭になにか暖かいものを感じた。
来てくれたんだ!
そう思った時、夢から覚め、熱っぽい視界に少し疲れた様なゲオルグがいるのが見えた。
変な夢だった。あの年寄りは師匠か? 師匠の所に来る前の事なんて覚えてないのに。
きっと高熱が変な夢を見させるんだ。ちっとも下がりやしなくて今に脳が蒸し焼きになってしまうんじゃないか?と、思えるほどなのに首から下は無性に寒い。
相変わらずイボもさっぱり無くならない。
痛痒さも、治ったというより慣れてしまった感じだ。
触ってみると、大小様々なイボが出来ている事が分かる。
大きなイボの隙間を小さいイボが埋めている感じだ。
そのせいで自慢のデカイオッパイがしぼんでしまったようだし、腰の括れなんかも何処にあるのか解らない有り様だ。
ふと、足の間に手を這わしてた俺は思わず奇声を上げてしまった。
それを聞いて、ゲオルグや他の兵士達がやって来る。
「デラ殿! 如何なされた?」
「な……なんでも無いんです。へ……変な夢見ちゃって……」
「熱が高い時は悪夢を見るといいますからな、我々は隣の部屋で装備品の手入れ等しているから安心して、お休みなされ」
ゲオルグ達が、隣に居ようがいまいが変な夢を見る時は見るんだが、何だかそう言って貰えると、夢の中にどんな化け物や怪物が出てきてもこの勇敢な女兵士達が退治してくれそうで心強い。
が、俺が奇声を上げたのはそんな事ではない。
“アレ”が戻って来たのだ。
最初、変な形のイボが出来ているのかと思ったが、そうではない。イボに覆われてはいるが確かに“アレだ”。
思えばデカイオッパイや腰の括れが無くなったのもイボのせいではなく、このためだったのだ。
もしかして、イボガエル風邪の熱やウィルスが、師匠のインチキ薬の効果を消してくれたのかもしれない。きっとそうだ。毒を持って毒を制するということなのか。
ただ、今更男に戻れたところで何のメリットもない。体は怠くて動けないし。
しかも、ゲオルグ達はもうイボガエル風邪にはかからないから、こんな打開策を見付けた所で意味は無い。
あのオカマが聞いたら大喜びで“私にもイボガエル風邪をうつしてくれ”と言いそうだけど、何処に行ってしまったのやら。
それに、男に戻ってしまうと、なんとなく此処にも居辛い。
今はイボたらけで女なのか男なのか解らないだろうけど、完治したあとの事を考えると、ゲオルグ達にどう云って良いものなのか気が重い。




