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まさか俺……イボガエル風邪になってしまったのか?
城に行った時、とっさに“イボガエル風邪”を思い出した訳だが、思い出したぐらいで感染するとは思ってもみなかった。
いや、何処かで移されたんだろうけど……
それにしても酷い。話には聞いていたが、イボガエル風邪になった奴なんて厳重に隔離されるから実際には見た事も無かった。だから具合の悪さよりもその元の肌が見えない程に出来た醜悪な“イボ”に絶句した。
違和感と痛痒さが半端ないが、掻きむしったりしたら余計酷くなるとも聞いている。
しかしまてよ……?
と、云う事は……?
あの嫌味で性格の悪い大臣も、今頃イボガエル風邪に……
イボガエル風邪は年寄りが発症すると症状が重くなるのが定説なのだ。
子供より年寄り、女よりも男、がこの病気の死亡率が高い。
とはいえ、若い筈の俺でさえこのイボと症状の重さだ。大臣は少なくとも五十歳は越えているだろうから、この何倍もの苦痛とイボに耐えなければいけないのだ。
なんだか、いい気味と云うより気の毒になって来た。
それにしても辛い。
イボガエル風邪に効く薬草は何だったろう? と考えてみても何も思い出せない程熱が出てるし、兎に角、何も出来ない。
「隊長、甘麦粥が出来ました」
あの、師匠のインチキ薬をメリルシロップだと思って料理に使ってしまった兵士が、湯気の立つ深皿を大事そうに持ってやって来た。
甘麦粥か……病人食の定番だよな。仄かな甘みが病で弱った身体に滋養を与えてくれる一品だ。勿論、粥にしてあるから消化も良い。
「デラ殿、食欲が出ないかもしれないが、なんとか少しだけでも」
ゲオルグ隊長は粥を匙で少し掬うと、形の良い唇をすぼめて息を吹き掛け、それを冷ました。
その様子を見て何だが身体が熱くなってしまったのはイボガエル風邪のせいばかりでは無いのだろう。
勿論、食欲は無かったし味も解らなかったが、美女に食べさせて貰える粥は燻り子豚やメリルエードよりも高価なものに感じた。
もし、俺が小さな子供だったなら、俺の母親はこうして熱い粥をふうふう冷ましながら俺に食わせてくれるのだろうな……と、思ったりもする。
俺の親って生きてるんだろうか? 何処に居るんだろうか? とも。
―アンタは良いわよねゲオルグ様に気に入られて―
レオナの言葉を思い出した。
だからイボガエル風邪が移るのもいとわず、こうして看病してくれているのか?
「どうなされた? デラ殿」
「あの、看病して頂けるのは嬉しいんですが……ゲオルグさんや他の兵士さんにイボガエル風邪が移ったりしたら……」
そうなのだ、嘘から出たまことと言うか、本当にゲオルグ達がイボガエル風邪にやられたりしたら目もあてられないし、いくら元男とは言え、今は美女のゲオルグ隊長に醜いイボが出来た様など見たくは無い。
しかし、ゲオルグはにっこり微笑んでこう云う。
「自分や他の兵士達は幼少の頃に患ったので感染の心配はご無用」
そうか……! そういえばイボガエル熱は麻疹やおたふく風邪と同じで、一度かかるともう一生患わずに済む。
安心としたと云うより、ゲオルグのこの行動は“自分は絶対に感染しない”と云う自信から来るものなのか……と、気付いて少しガッカリしている自分がいた。
いや、何でガッカリするのかは解らないけど。




