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「うげっ……! げほっ! げほげほげほ!」
俺は酷く咳き込みながら、ゲオルグと大臣の間で倒れた。倒れた拍子に胸を強打して痛い。しかしそんな事を言ってる場合じゃない。
「デラ殿! 如何なされた?」
「げほげほ……何だ急に咳が……身体も熱くてたまりません。ごほっ、私ももしやイボガエル風邪に……げほっ、ぐぇ」
さっきまで罵詈雑言を吐いていた大臣の顔は真っ青になり、口元を衣の袖で覆っている。
「なんだと? 娘、用は済んだのだから早く帰れ! 城の中に病原菌を撒き散らすでないぞ」
ひでぇオヤジだ。
俺は、症状が辛くて堪らないと云う風を装って、大臣にすがりつく。
「ごほごほ、大臣様、も、申し訳ございません、後日改めてご挨拶にうかが……ごほっ!」
「良いから早く帰れ! 私にイボガエル風邪を移すな!」
すがりついた足元からだんだんと上に這い上がり、大臣の顔の至近距離で
「げほげほっ本当に申し訳ごほっ! ざいませんごほっ無礼何とぞお許しげほげほげほげえぇ」
「ぎゃあ! やめろ! 寄るな触るな! ひいい」
大臣はそのまま気を失った。
そして俺も強打したおっぱいの痛みが思ったよりも強く、気を失った。
気が付くと色黒の美女が俺の顔を心配そうに覗きこんでいた。
ああ、俺は男に戻る事無く“おっぱいを強打する”と云う恥ずかしい死に方で天に召されてしまったのだ。この美女はきっと天使なのだ。と、思ったが、天使は
「気付かれましたか? デラ殿」
などと云う。
天使ではなくゲオルグ隊長か。
見回すと俺の周りには数人の天使……いや、女兵士がいる。何ならこのまま天に召されちゃってもいいや。とも思ったが、そうもいかない。
「ここは……?」
まあ兵舎なんだろうが、一応気を失った者が目覚めた時の常套句なのでそう云ってみる。
「兵舎です」
やっぱり。
「デラ殿、かたじけない」
いきなりゲオルグがそんな事を言い出すので何の事か解らなかったが
「デラ殿がイボガエル風邪になってくれたお陰で自分は大臣を斬り殺さずに済みました」
ああ、あの事か。
いや、正しくは“イボガエル風邪になったフリ”なんだが。
しかし、あの時ゲオルグが発していた凄い殺気は気のせいではなかったんだ。俺が機転を効かせなければ今頃あの大臣の胴と頭は離れていて、ゲオルグは重罪人として追われる事となったんだろう。
俺も、いつまでもこうしちゃいられない。
師匠を探そう。そしてついでにあのオカマも探さなくちゃ。
そう思って、ベッドから起き上がろうとした時だった。
凄い目眩に襲われ、そのままつんのめって床に顔を叩きつけてしまった。
今度は顔か!
……じゃなくて。
「デラ殿、無理をなさるな、心配しないでゆっくり養生致せ」
いや、だからおっぱいはもう痛くないし、今は顔が痛いけど……
何なんだろう? 目眩と怠さが酷いし、凄く身体が熱いし、更に身体が鉛のように重い。
そう思っていると女兵士の一人が何かを持って来て俺に手渡した。
意味が解らずそれを覗き込むと……
化け物が居た。
緑がかったイボが隙間無く顔を埋め尽くし、辛うじて見える目は赤く充血している。恐ろしい。こんな怪物がこの世に存在するとは。
しかし、これは鏡だ。何故鏡の中に怪物がいるんだ?
ふと、鏡を持っている自分の手を見て血の気が引いた。
俺の手にも怪物と同じイボが無数に付いていたからだ。




