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「ゲオルグ隊長は如何なされた?」
イカツい顔の城の門番が訊く。
如何なされたも何も目の前にいるじゃないか。性別変わっちゃってるけど。
「ゲオルグ隊長の使いで参りました。何でも“イボガエル風邪”を患ってしまい、パタパ地区の兵士は全員寝込んでおりますの」
“イボガエル風邪”とは全身イボだらけになり高熱の出る感染症だ。見た目が悪くなるばかりではなく、下手をすると大の男も死んでしまう程の恐ろしい病気なのだ。
「そ……それは大変な事に。しかし兵士が全員寝込んでいるのでは、パタパ地区の治安は誰が守るのか……」
「あら、私達、こう見ても兵士ですの。昨日入隊したばかりですけど、外国で傭兵などやってたので腕には自信がありますわ」
そう云って見たものの、門番は怪訝な顔のままだ。
「お疑いならお手合わせ頂けます?」
俺はそう云い、にっこり笑った。門番は鼻の下を延ばしながら「手合わせ……いいのか?」とデレまくっている。一体何の手合わせだと思っているのやら。
まあ、しかし俺は剣だの槍だの、そういった武器関係は扱った事が無いのでここはゲオルグ隊長の出番だ。
……いや、ゲルダ隊長の出番だ。
「ゲルダ隊長、お願いします」
後ろに居るゲオルグ……いや、ゲルダに云ったが返事が無い。
昨夜、兵士それぞれの女名前を考えてやったと云うのにもう忘れているらしい。
「ゲルダ隊長?」
「お……おう」
女になった兵士達には女闘士のようなちょっとばかり露出の高い衣装を身に着けさせた。折角の武器は使わなきゃな、と云うお色気作戦でもあるし、単に俺の趣味でもある。
特にゲオルグ隊長の“女装”は秀逸で、革の胸当てにははち切れんばかりの褐色の胸が収められ、太股の付け根までスリットが入った腰布からは形の良い長い足が覗いてる。
「では、門番殿、お手合わせ願おうか」
ゲルダが剣を抜いても門番は暫くデレデレしていて、自分の剣に手をかけるまでかなりの時間がかかった。
「じゃあ……うふ……おねえさん、どっからでもかかって来なさい、でへっ、でへへへへっ」
やっと剣を抜いた門番の出方を待っていたゲオルグだったが、奴はにやけてばかりでさっぱり動かない。
イライラしてる。
そりゃイライラするだろう。
こんな変態みたいな笑い方でデレデレされちゃイライラするよ。
「でやああ!」
急にゲオルグが掛け声と共に剣を振りかぶった。まるで殺しちゃうんじゃないか? と、云うほどの勢いで。
しかし、ゲオルグの剣は門番の剣の柄ギリギリを軽く叩いただけだった。
門番は剣を落とし、呆然とする。
凄く地味な技だが、余程の手練れでないと出来ないだろうと、剣に関しちゃド素人の俺でさえそう思った。
師匠ヤシマールの薬の空き瓶には適当に色を付けた“ただの水”が入っている。何、どうせインチキ薬なんだから、バレやしない。
問題は女になってしまったゲオルグ達だが、それもなんとか誤魔化せるだろう。
「ほう、ゲオルグ殿は流行り病に倒れたと?」
大臣らしいオッサンが面白ろそうに嗤う。
何だか嫌味ったらしくて性格悪そうなオヤジだ。
「はい、それであの、これが押収した薬です」
「ふっ、このようなか弱き御婦人方に仕事を押し付けるとはあの男も地におちたものよのう……」
また、嫌味か。
どうでもいいけどこのオッサン、よっぽどゲオルグを嫌ってんだなあ。
と、思ってゲオルグの方を見ると、彼……いや、今は彼女……は、身体を小刻みに震わせて怒りに耐えている。
ヤバい。そりゃ自分の悪口聞かされちゃ堪らないよな。
用も済んだし、早く立ち去った方が良いだろう。ゲオルグが爆発しないうちに。
「全く、この平和な国で軍隊など要らん組織だと云うに。今回だとてなかなかヤシマールを捕まえられないではないか。あんな男、イボガエル風邪でそのまま死んでしまえば良いのだ」
ちょっとそれは言い過ぎだろう。
これじゃあゲオルグでなくても一発ぐらい殴ってやらなきゃ気が済まないと思ったその時、微かに金属音がした。
音の方を見ると、ゲオルグが剣に手をかけ、今にも抜こうとしてる。
ダメだゲオルグ。こんな性格腐った嫌味なオッサンでも一応大臣なんだから、堪えないと大変な事に……
しかしゲオルグの目は怒りに燃えている。放っておけば一瞬にしてあの嫌味な腐れオヤジの首を胴体から斬り離してしまうだろう。
そして、目の前の女兵士がゲオルグだと気付かず嫌味と悪口を吐き続ける大臣。
あああ、もう、やめてくれ。
どっちも。




