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凄い美人だ。こんな美人と知り合いだったとは。何だか浮かれてしまったが、少し冷静になって考えれば俺がこの姿になってから日が浅い訳だ。
この姿の俺を知っている奴と云ったら……
「デラ殿、レオ殿、こんな取り乱した所を見せてまことにすまない」
美女は云う。ああやっぱりだ。とっさに考えた嘘の名前。それを知っている人間はただ一人。
「ゲオルグさん?」
云った途端にレオナが顎が外れそうな程デカイ口を開ける。びっくりしてるらしい。そりゃそうだろう。
「ちょっと! どう云う事? ゲオルグ様って……あの人どうみても女じゃない! 全然マッチョじゃないじゃない!」
どちらかと云うと、取り乱しているのはレオナの方だ。いいから落ち着け、オカマ。
宿舎の中は女ばかりだった。しかもその女達は鏡を見て驚いていたり、不思議そうな顔をして無意味に自分の体を撫で擦ってみたりしていて混乱している。
ふと、床に転がっている瓶を見付け、レオナが拾い上げた。
「これ……! ヤシマールの薬!」
と云う事は……
「ゲオルグさん、この薬、まさか飲んだり塗ったりしてないですよね?」
「それは薬屋から没収して此処で保管してたものだったのですが……」
そのやり取りを聞いて、一人の兵士……の格好をした女が血相を変えて話に割り込んできた。
「隊長! その小瓶に入っているものが没収した薬だったのでありますか?」
「そうだ、どうした? 何で空瓶が此処に転がっておるのだ?」
うん、美女が男言葉使ってるのってグッとくるな。逆だと気持ち悪いだけだが。いや、萌えてる場合じゃない。
「自分が今日、厨房の担当でありましたが、その……その瓶の中身が薬ではなくメリルシロップだと思い込んでしまって、先程の夕食に使ってしまいました!」
「何だと! だからあのメリルソース、ちっとも甘くなかったのか!」
いや、ゲオルグさん、そこ突っ込むトコじゃない。
しかし、これでゲオルグ達が女になった訳が解った。
「あの……その薬、少し残ってないの? 全部使っちゃったの?」
レオナが訊くと、厨房担当の兵士は申し訳なさそうに頷き空瓶の入った木箱を差出した。
「いやあああ!」
レオナは頭をかきむしりながら、すっかり暗くなった街へ駆け出して行った。
またもや女に戻る術を失ったどころか、思い人が女になってしまったのだ。
俺はゲオルグに目を戻した。
逞しく強そうで武骨な隊長はそこには居ない。
居るのは超ナイスバディの美女だけだ。
その美女が、物憂げな目で思い悩んでいる。こんな官能的な図が他に有るだろうか?
「ああ……どうしたら良いのだ」
「ゲオルグさん……」
解る、その気持ちはよく解る。有るべき“アレ”が無くなって無い筈の“ソレ”が有るんだよ。もうどうしたら良いか解らない。俺もそうだった。
「明日には城に没収した薬を持って行かなければならないのに……全部料理に使ってしまうとは……」
そっちか!
いやしかし、女になった兵士が城に行ったりしたら王様もびっくりだろう。
いや、俺はこのままでいいけど、鍛え抜いた体の兵士達はみんな超ナイスバディになってるし。もう、俺も兵士になってずっと此処に居ようかな? うへへ。
「ところでデラ殿は何故ここへ?」
そういや、忘れてた。
しかし、肝心の本人が逃走したんじゃ話にならない。
「実は兄が兵士になりたいと言い出して……」
「そうでしたか、それは運悪くこんな所をお見せしてしまって……」
全く、あのオカマ何処へ行ったんだ?
「あの、ところで、何でヤシマールの薬を没収したんですか?」
「あのヤシマールと云う魔法使いに極刑の裁きが下りまして。この国の法律では罪人の作った物は売り買いしてはならないのです」
なる程しかし、肝心な事が解らない。
「そのヤシマールって人は何をしたんですか?」
そうだ、これが一番聞きたかった。あの呑んだくれのどーしようもない魔法使いが何かするったって詐欺か痴漢ぐらいしか思い浮かばない。
間違っても人を呪い殺したり……って、その“呪い”が出来るのかは疑問だが、とにかく大それた事は出来るような奴じゃない。単にチキンなだけだが。
「それは自分にも解らないのです」
「えっ?」
「城からの命令で、薬事法違反とか、何でもいいから連行しろと……」
だからあの時薬事法違反とか云ってたのか。
「もしかして、この薬が関係してるのでは」
ゲオルグは空瓶を掴み、云った。
もし、そうなら俺もレオナもゲオルグ達も、この件に巻き込まれた形になる。
師匠は今頃どうしてるんだろう?
そしてレオナは何処へ行ったのだろう?




