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兵士になると云っても簡単になれるものではないだろう。厳しい訓練に耐えなきゃならないし、持って産まれた資質も関係する。
しかも動機が不純だ、好きな相手の側に居たいからって……万が一採用されたからと云ってゲオルグ隊長の部隊に配属されるとは限らないのだ。パタパ管轄じゃなく離れ小島のアコーズに飛ばされるかもしれない。
と、思い留まるようレオナに云って聞かせたが、彼女(?)の決心は固い。そろそろ宿を探さなきゃならないんだが、そんな事はお構い無しに街を歩き回りながらゲオルグの姿を探している。
「あっ」レオナが何か見付けたようだ。ゲオルグが居たのかと思ったが、何やら貼り紙がしてあり、それを彼女は穴の開く程見入っていた。
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【パタパ地区警備兵募集】
年齢 三十五歳まで
経歴 不問
一緒にパタパを守ってみないか?
独身寮も完備してるのにお気軽に!
連絡先・面接会場
パタパ小隊宿舎
住所 パタパ通り5の2
担当
オーベルチュール王立軍パタパ小隊隊長ゲオルグ
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やっちまったな。
やっちまったなゲオルグ。
むざむざ貞操の危機を自分から招くとは。どんだけ人手不足なんだ?
しかもわざわざパタパ小隊限定の募集だから、アコーズの離れ小島やイサワードのド田舎に飛ばされる事は無いだろう。
いやしかし、国と国民を守る為の兵士が、こんなユルーい募集要領で集められてたなんて。世の中何か間違ってると思うのは俺だけだろうか?
「行くわよ!」
「え? 何で俺まで」
レオナの目は爛々と輝いている。まるで獲物を見付けた猛獣だ。猛獣に何を云っても無駄だ。
ふと、レオナの足が止まる。
もしかして思い直してくれたのか?
そりゃそうだよな、いくらユルい募集要領だって、訓練や激務に泣き虫オカマが耐えられる訳ない。宿舎や軍服は男臭い汗の匂いでまみれている筈だ。無駄に女子力だけ高いレオナに耐えられる訳がない。そうかそうか、諦めるか、俺は嬉しいよ。
「お腹すいた」
「へっ?」
「喜んだらお腹すいちゃった。さっきの店で燻り子豚包んで貰ってたわよね……私の分の」
いやだってあれは“要らない”って云ったろオマエ、“要らない”という事は所有権を放棄するという事だ。よって燻り子豚は俺の物だ。
「つべこべ云わずに渡しなさいよ! 面接に向けて腹ごしらえしとかないと、お肌のハリが保てないでしょ!」
何でそこで“お肌のハリ”を気にするのか?
と云うか諦めて無かったんですね?
野獣の様に燻り子豚を貪り食うレオナに“女の意地”を見た。
いや“オカマの意地”……か?
燻り子豚を完食し、お肌ツヤツヤ……と云うか肉の脂で脂ギッシュになったレオナは脂ギッシュな手で俺の華奢な手首を掴み、面接会場である兵舎へ向かった。
その気迫たるや肉食系女子だ……いや、肉食系オカマだ。
猛獣の巣に連れ去られる小鹿の様に俺は観念した。
大体、何で俺まで巻き込まれるんだ? オカマの不毛な恋に。
俺ははっきり云ってあのゲオルグとか云うマッチョ野郎の事は何とも思ってない。怪しまれないように接しているだけであいつに好意なんて全くない。
レオナはあいつが俺に惚れてると云うが、それだって大迷惑だ。俺は心は男だ。どうせなら可愛い女の子に好意を寄せられたい。おっぱいがデカけりゃ尚良い。
そうこうしているうちに兵舎に着いたらしい。
「オーベルチュール王立軍パタパ小隊宿舎」と書いてある。確かに此処だ。
レオナは大きく深呼吸するとその扉を開けた……途端に絹を裂くような乙女の悲鳴が聞こえた。それも一人二人じゃない、十人ぐらいの乙女の悲鳴。
何だ? 何で男ばっかりの兵舎で乙女の悲鳴が聞こえるんだ?
まさか、兵士達が女の子を拐ってきて善からぬ事を……なんてうらやましい……あ、いや、許さん!
俺だって(心は)男だ、か弱い乙女の危機は救わないと。そう思い身構えてると一人の乙女が中からまろび出て来た。
凄い美人だ。しかもおっぱいが超デカい上にウエストが信じられないくらい細い。黒く妖艶な黒髪は乱れ、優しげな碧の眼は悲しみと恐怖に潤んでいる。
その美女は俺達を見付けるや否や驚いた様子でこう云った。
「あなたたち! 何でこのような所へ……?」
え? この美女は俺達の知っている人なのか?




