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「ヤシマールの薬? あんたたち、そんなモンどうする気なんだ?」
少し思うところがあって、パタパの薬屋に来てみたがまさか薬屋のオヤジにまで師匠の薬を“あんなモン”呼ばわりされるとは。
「いえ、ちょっと確かめてみたい事があったので」
レオナはあの薬を飲んで、女から男へ変身した。だから、もう一度薬を飲めば今度は女へ戻るのじゃないかと思ったのだが……
「ヤシマールの薬は今は誰も買わないよ。だから店には置きたくなかったんだがね“安くしとくから”って無理くり押し付けて行きやがったんだ。でも……一人だけ買っていった客がいたな。金髪の若い女で胸が……あ、いやいや、うん、その一人だけだった」
それは間違いなくレオナだろう。“胸がぺったんこ”だのましてや“貧乳”などと云おうものなら薬屋の命の保証は出来ないところだった。
しかし師匠の薬はインチキの代名詞になってた訳か。そのインチキの代名詞的な薬を何の疑いもなく大枚はたいて買ってしまったレオナはどんだけ貧乳だったんだろう?
「じゃあ、まだ沢山在庫は在る訳ね。どうせ誰も買わないんだからまけてよ」
オネェ言葉を治す気はないらしいレオナは、強気で薬屋に詰め寄る。そうだよなあ。“誰も買わないよ”と云っちゃったのは薬屋の方だ。そこまで云ったんなら仕入れ値まで負けてくれたってイイ筈だ。しかし
「売れないね」
レオナの暑苦しい顔にも怯まずに薬屋はそう答える。
「何でよ? どうせ誰も買わないんでしょ?」
一縷の望みを絶たれてなるものか。とレオナは焦っている。だが。
「ヤシマールの薬は全部、軍に没収されたんだ。何をしたか解らないけど罪人の作ったモンなんて売ったらこっちがしょっぴかれる」
薬屋の店先で、がっくりと膝をつくオカマの姿は道行く人々の同情すら得られなかった。
薬屋を出ると三軒隣りの民家が慌ただしい。
見ると兵士が数人いて、民家の住人らしい中年の男女が何やら必死に訴えている。
「父さん……母さん……」
そう云えば、レオナの家は薬屋の三軒隣だと云ってたな。じゃあ、あれは……
「昨日の朝から行方不明なんです」そんな言葉が聞こえて来た。
ああ、やっぱり。あの二人はレオナの両親なんだ。
行方知れずになった娘の捜索を軍に頼んでいるんだ。
その娘はこんなに近くに居るのに。
レオナは複雑な表情で自分の両親を見詰める。
まるで“私はここよ”と念を送っているように。
その時、レオナの父親がこちらを向き、血相を変えて走って来た。
まさか……!
姿が変わっても実の娘だと云う事が解ったのか?
親子の愛情は人智を超える不思議な絆で結ばれているのか?
「父さん……!」
レオナの顔に笑みが浮かび、目は感激で潤んでいた。
「あんた……」父親は変わり果てた娘を見上げ、こう云った。
「ウチの娘とおんなじ髪の色だね! 丁度良かった。兵隊さーん! このニイサンの髪の色味がおんなじです。目の色まで同じです。こうゆう色です」
レオナは笑顔のまま固まっていた。
そして父親が走り去ると、その背中に向けて呪いの言葉を吐いた。
「くそ親父」
……と。
ヤシマールの薬は全部没収された。
レオナは元に戻る術を失った訳だ。
……まあ、俺もだが、俺の場合はあの時被った薬液が、レオナの飲んだ薬と同じものかは解らないし、今は女の姿である事の方が都合が良い。
おっぱいもデカイし。
「決めた」ふいにレオナが云った。
何を決めたって云うんだ?
オカマとして生きてく事に決めたのか?
そんなゴツい顔と体じゃ何処のオカマ酒場でも雇って貰えないぞ?
「私、兵士になる。兵士になってゲオルグ様の側にいる」
それでどうなるって云うんだろう? 不毛過ぎないか?
でもレオナは今までにない凛々しい表情で何処か遠くを見ていた。




