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黄昏と暁のあいだ  作者: 七篠いくみ
永遠の少女と狼の子
6/39

#6

「おはよ……」

「おはよ~……」

 前日、遅くまで体力測定という名のシゴキを受けていたせいで、四人とも、ぐったりした顔で朝を迎えた。

 ぐったりしてても吸血鬼というべきか、体力などは回復している。が、精神はそこまで鍛えられていない。

 朝食をとりながらも、花子などは「もうイヤ、もう駄目、二十段の跳び箱とか見たくない……」とブルブルしていた。

 花子は跳び箱が苦手らしく、夜なら飛び越せる脚力が自分にあると分かっていても、怖いらしい。昨晩はそれを何回もチャレンジすることをシスター・ムジカに強要されたので、その心中は察して余りある。

 かなめ自身は逆立ちが苦手で、それを昨晩、同じように何回もやらされたので、花子に共感の目を向けたが、それはそれとして、とかなめは気分を切り替えた。

「ま、とにかく、今日からは休みだよね」

「だよね~! 昨日のことは忘れて、楽しまなきゃ!」

 港の顔が、ぱっと明るくなった。今日から、待ちに待った黄金週間ゴールデン・ウィークがはじまるのだ。


 ちなみに、特別クラスの四人の食事だが、朝晩は普通に、一般クラスの生徒たちが食堂で食べているのと同じものを、寮の上のほうにある談話室で食べている。メニューは日替わりで一種類。係のシスターが毎回、四人分を食堂から持ってきてくれる。昼はいろいろなものから選べるが、特別クラスの四人は血液のパックを支給され、それを教室で飲むので、通常食はなしだった。希望すれば食べられるのかもしれないが、パックは400ミリリットルもあるので、けっこうおなか一杯になってしまう。今までに「昼食は通常食も食べたい」と希望した生徒はいないらしい。

「吸血鬼学」の教師シスター・セシリアによると、通常食で吸血鬼の運動量をまかなうとなると、かなりの大食漢にならなければならないらしい。けれど、どうしても飲む血の量を減らさざるをえない場合、そのぶんを人間の食べるような食事で補うことはできるという。もっとも、かなめたちのような吸血鬼が通常食だけで生きることは無理らしい。どうしても不足する栄養素があるという話だった。


 今日の朝食はトーストにオムレツ、サラダ、オレンジジュースなど洋風で、四人は体力が減ったぶんを取り戻すようにガツガツと食べた。

 朝食も終わった頃、吸血娘たち四人が、これからの予定を楽しく話し合っていると、そこへシスター・セシリアがやってきた。

 シスター・セシリアは理系の教師で、数学・物理・生物・化学に特別クラスでの特別講義である吸血鬼学も担当している。ブルーの切れ長の瞳で、ボブカットの黒髪。スレンダーな長身が、冷たそうで仕事ができそうな雰囲気を醸し出している。

「良子さん、お休みのところ悪いけれど、ちょっと来て。校長先生がお呼びよ」

「えっ……」

 良子は戸惑って、不安そうに皆の顔を見渡した。

「な、なんだろう……わたし何か、やっちゃったかな」

「お叱りじゃないかもしれないよ」港が元気づける。

「そうそう、お褒めの言葉かもよ」かなめも尻馬に乗る。

「骨は拾うよ……」花子が淋しげに微笑み、港に「冗談はやめろ」と軽くツッコミをもらっていた。

「とにかく、行ってくるね」

「朝食の皿は片付けておくからね。元気だして!」

 港がぐっと拳を握ってみせると、良子も「ありがとう、ごめんね」と、せいいっぱい微笑んでみせて、談話室を出て行った。

 つけっぱなしのTVからは、空港の混み具合が賑やかに中継されている。良子がいなくなると、とたんにその騒々しさが白々しく聞こえた。


 残った三人は、これからの予定を話し合ったが、良子ぬきとなると、どうにも気が入らず、話はそれがちだった。

 とりあえずキャンプはやめになり、バーベキューをすることになったので、その準備について話したが、話題はついつい、良子のことになるのだった。

「良子大丈夫かなー大事な話の最中にトイレ行きたくなってたら、どうしよう」と港。

「トイレいきます! とか言えない子だもんね」と、かなめ。

「ぶるぶるもじもじしてるの見たら、どつきたくなっちゃうなあ……何事もないといいけど」と花子。

 三人でため息をついていると、良子が戻ってきた。出ていってから、三十分も経っていない。

「大丈夫!?]

[なんて言われたの!?」

「漏らしてない!?」

 三人で取り囲まれて、良子は困ったように苦笑した。

「い、いっぺんに言われても……」

 四人は朝食のときと同じテーブルについた。良子は椅子にかけると、咳払いし、あちこち視線を彷徨わせてから、思い切ったように言った。

「わ、私ね。校長先生に……特別任務に就くようにって。明日から」

「えっ……!?」

 訳のわからない三人に、良子はたどたどしく説明をしていく。

 急遽、吸血鬼を必要とする任務が発生した。良子は訓練生ではあるが、良子には最適の任務と思われる。訓練は卒業ということで、今日中に荷物をまとめ、明日には赴任すること。

 という説明を校長から受けたらしい。

 かなめは校長の姿を思い出した。契約時に面談したが、二十代後半の白人で金髪碧眼のイケメンだった。かなめには校長の外見はどうでもいいことだったが、この学校は、校長も教師も吸血鬼らしい。まあ、吸血鬼の訓練を担当しているのだから、当然なのかもしれないが。

 成績でいえば、港が一番なのだから、任務であれば港が当たりそうなものだが、なぜ良子なのか。かなめには納得いかなかった。

 港も内心、不可解なのかもしれないが、笑顔で級友の卒業を祝っていた。

「よく分からないけど……もう卒業ってことだよね、おめでとう! 任務頑張ってきてね」

「う、うん……ありがとう。本当はみんなと離れたくないし、なんで私なのかって思うけど……また、いつか会えるよね」

 良子は涙ぐんでいる。花子は珍しく、茶化すこともなく、もらい泣きしかけて目を潤ませている。かなめが加わるまで、三人で半年ほど過ごしていたというから、もう家族のようなものなのだろう。

「会えるに決まってるでしょ! きっと皆で一緒に任務とか……するときもあるよ。ね、港!」

 花子が言うと、港も頷く。

「一足先に先輩だね。頑張って、みんなでいつか追いつくから」

「きっと、また会えるよ」

 かなめが励まそうと手を握ると、良子は微笑んだ。

「うん、頑張るから、きっとまた会おうね」


 バーベキューは明後日あたりの予定だったが、良子の送別会ということにして、急遽、予定を早めて、今日行うことにした。

 ゴールデン・ウィークということで、生徒も入れ替わりが激しく、多少減ってはいるものの、見つかったらズルイズルイの大合唱は免れない。学校の裏手の森の開けたあたりで、お昼にこっそりと行うことになった。

 火の始末は、用務員兼寮母兼事務員のシスター・ベルナデッタが見てくれることになった。シスター・ベルナデッタは痩せぎすの体で、いつも小豆色のジャージの上下を着ている。アンバーの瞳で、枯草色のばさばさの金髪を雑に後ろでまとめ、そばかすだらけの顔だが、造作はけして悪くない。化粧を頑張って着飾れば美女に見えなくもないのに、なんとももったいないというか、だらしない恰好をしていた。が、バーベキューの道具も快く貸してくれ、監督役も二つ返事で引き受けてくれたのだから、本当はいい人かもしれないと、かなめは思った。

 本当は教師が監督役を引き受けるべきかもしれないが、11連休ということもあって、不在の教師は多かった。もっともここでは、教師自体の人数が少ないが。教師がいくつもの教科を兼任するくらいに少ない。四人くらいしかいない。

 理系のシスター・セシリア。文系のシスター・テレジア。体育会系のシスター・ムジカ。家庭科のシスター・マリア。以上。


「いいよねー、先生たちは! 東京にも行けるし、遠出もできるし……。私も登山、行きたかったなあ」

 港がぼやく。

「私も東京、行きたかったなあ……。ここ卒業したら、行けるようになるのかな?」

 花子はストレスをぶつけるように、肉をぶった切る。

 四人は、家庭科室にいた。あらかじめ、食堂の担当者に話を通しておいて、用意してもらった食材を、家庭科室を借りてバーベキューの準備をしている。

 そして、良子がぜひ一緒にと言ってくれたので、ゆきもいた。ゆきも、もうすぐ移動するという話をかなめが皆にしていたこともあり、気を遣ってくれたのだろう。ゆきがいれば、四人の特殊な事情につっこんだ話はできないというのに、だ。それでも思い出は大事だから、と。

「私、野菜切るよ」

 ゆきが言い、かなめが「うん、お願いするね」と答えて、なごやかに準備は進む。

 肉や野菜を切って串に刺し、魚介やソーセージなどのそのまま焼くものも用意して、昼には学校の裏手に移動した。



「かあーっ! やっぱビールはいいねえ」

 シスター・ベルナデッタはさっそく、缶ビールをあおっていた。

「ちょっと、未成年の前であからさまに飲酒しないでくださいよ」

 港がとがめると、シスター・ベルナデッタは、ふんと胸をはる。胸といっても絶壁に近い。

「ほんとは休みなのに付き合ってんだよ、飲むくらいいいじゃんよー。あんたらも飲む?」

 と、缶ビールを差し出され、港はうろたえた。

「ちょっと、やめてくださいよ……仮にも教師?が」

「あたしゃ、ただの用務員」

 かなめはどんどん焼いた。

「さー、食べて食べて! 焦げるよ」

「あちあち」

「うまうま」

 一同はジュースの紙コップや紙皿片手に、しばし食事に集中した。

「かなめちゃんも焼くばっかりじゃなくて、食べて」

 ゆきが焼きたての肉を、かなめの口元に差し出す。かなめもそれなりに食べてはいたが、ゆきの差し出す串から口で肉をもぎとり、食べた。焼きたての肉は肉汁がしたたり、格別の味がした。

「ありがとう、やっぱり焼きたてはいいね」

「もっと食べて! ぜんぜん食べてないじゃない」

 ゆきはかなめの皿に、どんどん肉や野菜を山積みにする。

 肉に飽きてくると、皆でえびや貝やソーセージを焼いた。

「うまいっ、うますぎる~!」

 シスター・ベルナデッタは持ち込みのビールをどんどん消費していった。花子が羨ましそうな顔をするのを、港がたしなめる。

 良子がゆきに話しかけた。

「えっと……ゆきちゃん、だっけ。かなめちゃんのルームメイトだったんだよね? 聞いたかもしれないけど、私、明日、ここを出ていくんだ……」

「そうなんだ、私も連休明けには……寂しいね」

「うん、本当は行きたくないけど、でも……」

 しみじみと二人で語り合うのを横目に、かなめは皿にいくつか肉や野菜の串を盛ると、横の茂みへと歩いていった。

「トイレはそっちじゃないよ!?」

 花子が茶化すと、かなめは「違うから!」と返事をしておいて、茂みをかきわけて奥をのぞく。と、そこに狼の子がいた。

 狼の子もひとりだけじゃないらしい。赤毛の子や黒髪の子、金髪の子もいた。今日は銀髪の子だ。いつもの通りシスターと同じ修道服を着ている。小さな体には合っていない気がするほど、ぶかぶかだ。

「お仕事ご苦労さん」

 皿を差し出すと、少し間があったものの受け取ってくれた。狼の子は、がぶりと串から肉をかじり取った。飲みこんでから、ためらいがちに口を開いた。

「仕事だからな。気遣いはいらん。……でも、ありがとう」

 かなめは腕組みをして、しばらく咀嚼する狼の子を眺めていた。

「……名前、ないって本当? ゆきが言ってたけど」

「つけられた名前ならある。今はアルゲンテウス」

「アルゲンテウス……何人?」

 アルゲンテウスという名からは国籍など想像もつかないが、銀髪や、抜けるような白い肌の色からみて、ロシア系なんだろうかと思える。

「校長がインテリかぶれでな。アルゲンテウスは銀白色のラテン語だ。髪の色から名付けてくれたらしい。仲間うちではアルと縮めて呼んでもらっている。長すぎるからな」

「コードネームか。本当の名前は秘密とか?」

 かなめがふざけ半分で言うと、アルは生真面目な顔で否定した。

「違う。本当に覚えていないんだ。私は幼い頃、誘拐された。ほんの赤ん坊の頃だ。とある国で反乱軍で兵士として育てられ、ずっと戦争に巻き込まれていた。だから生まれの親も顔も国籍も、自分の本当の名前も知らないんだ」

「…………」

 重すぎる事情に、かなめは言葉を失った。

「いま、一緒にいる仲間たちも似たような事情だ。救ってくれたのは校長だ。恩返しとして仕えている」

「でも……狼の子って……人狼って……どうやってなるのか知らないけど、なりたくてなったわけじゃないんでしょ? それでよかったの?」

「上官に犯されて、敵を殺すのが仕事だった。生理があれば妊娠して、その子供がまた兵士になる世界だったんだ。今はこんな欠伸が出るような仕事で毎日を過ごせるし、日本は平和で戦争もないから大好きな国だ。幸せだよ」

「…………」

 かなめは何も言えないまま、その場を去った。



 仲間たちのところに戻ると、バーベキューもそろそろ終わりのようだった。

「食った食ったー! さあ、締めは麺類か」

 シスター・ベルナデッタが笑うと、港は「まだ食べるの!?」と青ざめた。

「私、焼きうどん派だなー」花子がいうと、

「私はやっぱり焼きそばかな! ゆきちゃんは?」良子がゆきに尋ね、

「ら、ラーメン……が好きだけど、今は無理だよね。雑炊……も無理だよね」

 ゆきは、鉄板でできる締め料理を考えていたらしいが、戻ってきたかなめを見て、はっとした。

「どうしたの、かなめちゃん。なにか……あったの?」

「何でもないよ」

 かなめは洟をすすり、無理やり笑った。

「焼きそばしか用意してないから! さあ、焼くか!」


 全員が満腹になって、送別会は終わった。

 翌朝、良子は笑顔で旅立っていった。身の回りの荷物を詰めたボストンバッグには、かなめのあげたキーホルダーが揺れていた。

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