#4
山の上の小さな学校はそれなりに設備が整っており、校庭をぐるりと囲むように、校舎と礼拝堂と体育館、プールなどが並んでいる。日曜に礼拝があるところは、いかにもミッション系らしい。制服はセーラー服。スカートは基本、膝丈だが、短くしていても何も言われない。そして、生徒数は少ない。一般クラスは1クラス20名で、各学年3クラス。特別クラスの4名と教職員を入れても200名足らず。
(……その180人中、4人というのは、多いんだろうか、少ないんだろうか)
吸血鬼化する施術を受けるには、特殊な体質であることが必要らしい。
さらに、ここの学校の生徒の入れ替わりは激しい。そもそもが、長期間いられる施設が決まるまでの一時的な居場所だ、三年間いて卒業する者などいない。
(でも、それは、まるで、素質のある者を探しているような……)
この学校は、転入時に全員が血液検査を義務づけられている。閉鎖的空間のため、流行病を防ぐためなどと説明がされたが、それも今となってはうさんくさい。
「かなめーっ! 早く早く、バス満員になっちゃうよー」
洗面所で鏡を睨みながら、ぐるぐると物思いにふけっていたかなめを、港の声が現実にひき戻した。
「ごめん、今行く」
「もーっ、みんな待ってるよ! ダッシュ、ダッシュ!」
ショートパンツから健康的にひきしまった足をむきだしにした港が、足踏みして急かした。集合場所の校舎の玄関には私服姿の仲間たちが待っていて、ふんわりしたスカート姿の良子が手を振り、ひらひらした黒いレースのミニスカートの花子が罵声を浴びせる。
「もーっ、遅いよ、なにやってんの! 急いでよ!」
学校は休みの土曜日、朝8時。急いで朝食をすませて身支度を整えたら、待ちに待った町へのお出かけだ。土曜だけ、ふもとの町への臨時の無料バスが出る。本数が少ないので、運が悪いと立ったまま、ぎゅう詰めで町まで一時間近く我慢する羽目になる。少女たちは校門前にバスを待って行列し、座れなくても次のバスを待つよりはと我先に乗り込むのだ。
校門前には、すでに始発のバスを待つ列が10人以上出来ていて、どうにかぎりぎり座れそうだ。
かなめが4月に、特別クラスに編入してから、一か月が経とうとしていた。春の頃は山のあちこちが桜色だったが、すべて散ってしまった今は、新緑が目にまぶしい。
8時10分、時間どおりに来たバスに、少女たちは行儀よく乗り込んでいく。一番後ろの席に並んで座れた仲間たちの目下の関心は、これからどうするかと、ゴールデンウィークの過ごし方だった。
「ねねね、ゴールデンウィークはどうする?」
花子が目を輝かせると、港がため息をついた。
「東京に行ければいいけど、遠出は禁止でしょ? いつもと同じじゃ、ちょっとね……」
「いっそ、山の中でキャンプとか?」
およそアウトドアとは縁遠そうな良子が提案すると、花子が「ええー……」と嫌そうな顔をした。
「山の中って、虫とか出そう。蚊とか。それに許可でるかなあ」
曇り顔の花子とは対照的に、港は乗り気のようだ。
「蚊はまだいないんじゃない? キャンプ楽しそう! いいかもね。許可は先生に言えば、特別実習ってことで出るかもよ。道具も貸してもらえるかもしれないし」
「じゃあ一応、キャンプってことにして……いい?」
良子が言うと、花子は渋る。
「バーベキューならいいけど……トイレとか結局、学校のに戻んなきゃだし……熊とか出そうだし」
花子の嫌がりように、かなめは思わず笑ってしまった。
「熊はともかく、イノシシはいるかもね。そうだ、狼の子たちも誘おうよ。あの子たちに警護してもらえばいいんじゃない?」
え、と戸惑ったように、仲間たちは顔を見合わせた。
「あの子たちを誘うの……?」
「うん。私、あの子たちにすごく興味がある。話してみたいんだ、いろいろと……」
かなめの真剣すぎる表情に、仲間たちはいくぶん、引き気味だ。それに気付いて、あわてて、かなめは笑ってごまかした。
「なんか、あの子たちって小さいのに大人のシスター並みに働いていそうで、ちょっと可哀そうじゃない? 労働基準法守ってんのかよ、みたいな。たまには遊んであげようと思って」
「えらいっ!」
港がうんうん、と頷いた。
「たしかにあの子たち、小さいもんねえ……小学生みたいだよね」と同情深げに良子。
「さすがに中学生くらいには見えるよ? ま、でも、たまにはそういうのもいいか……って、このへん遊園地もなんもないし。ほんと、東京行きたい!」と花子がわめく。
「問題は、あの子たちが私たちと遊んでくれるかだよねー」
「だよねー」
港が困ったように言うと、ほかの面々も口々に同意する。
「話したこと、あんまりないし」
「話しても事務的なことだけで、子供らしくないよね」
「小さくてもシスターとして勉強しているんだろうから、特殊な立場なんだろうけどねえ……」
少女たちの興味はすぐほかに移り、話題はバスを降りたら、まずどうするかになった。
バスが町に着くと、少女たちは先を争ってバスから下りる。
「まずはクレープね!」
と港が宣言してクレープ屋に並び、クレープをかじりながら散歩し、映画を観たあとはファミレスで昼食をとり、かなめは皆の買い物に付き合って、雑貨屋、靴屋、服屋を回った。
「かなめちゃんは行きたいお店ないの?」
「じゃあ、本屋」
雑貨屋で買った、ぬいぐるみの大きな包みを抱えたまま、かなめは新刊台をざっと眺めた。港はスポーツ誌をめくり、花子と良子はファッション誌を一緒に見ている。好きな作家の新刊が出ていたので、かなめはそれをレジに持っていった。ぬいぐるみの包みを抱えたまま、苦心して財布を出していると、良子が笑って包みを持ってくれた。
「ありがとう、良子」
「どういたしまして」
会計が終わって包みを受け取ると、良子が尋ねてきた。
「これって……あの手紙の子にあげるの?」
「まあね」
「いいな」
ぽろりと呟くので、かなめは驚いた。
「ぬいぐるみが欲しいとか?」
「ううん、そうじゃなくて。そうやって気にかけてくれる人がいるなんて、羨ましいなって……。私にはもう家族もいないし、友達にも連絡できないし……」
この学校では、外への連絡は禁じられていた。学校にも、寮には電話がないし、この時代、携帯もスマートフォンもない。どういう訳か、この町には公衆電話すらないし、陸の孤島状態だった。
「友達には、いつか連絡できるだろうし……私たち、卒業まで一緒なんだから家族みたいなものじゃないか。あ、そうだ、これ」
レジ前で目についたキーホルダーを追加で買った。小さなくまのぬいぐるみがついたそれを、良子に手渡す。
「もう今月は小遣いがないから大きいのは買えないけど、寂しくなったら、これでも眺めて」
「あ、ありがとう……!」
大切にするね、と目を潤ませる良子に「ほかの二人には内緒にね」とかなめは笑う。一人にだけ買ってやったとなると、あとがうるさいのだ。
「ねえねえ、もう夕方だよ! そろそろ帰ろう」
「バスが混んじゃうよ~」
花子と港がやってきて、4人はわいわいと店を出て行った。
皆と語らいながらも、かなめは周囲に気を配るのを忘れていなかった。
「狼の子」をふたり見た。私服だったが、かならず一人は視界にいて、こちらを見ていた。
(狼の子に興味がある。そう、とても。話してみたいんだ、いろいろと……)