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黄昏と暁のあいだ  作者: 七篠いくみ
永遠の少女と狼の子
38/39

#38 三寸金連(3)

 轟々と炎が燃えていた。王宮は火をかけられて、燃え上がっていた。火矢を射かけられたのだ。敵国に攻め込まれていた。

 剣戟の音、怒号、悲鳴が遠くに聞こえた。すぐ近くには、敗色濃厚な自国に絶望し、毒をあおった宮女たちの死体が、ごろごろと丸太のように転がっていた。

 珠蘭は、自分もすぐに毒を飲むべきなのだろうと理解はしていた。けれど、納得はしていなかった。

(どうして。どうして……!?)

 心の中は、死にたくないという思いでいっぱいだった。いったい、どうして、こんな事態になったのだろう。


 後宮に入り、珠蘭は下から二番目の階級からスタートした。豪商の娘なので、多少の差はつけてくれたのだ。

 まずは皇妃たちの使い走りからだった。彼女たちの身の回りの世話をし、どうにか皇帝の目にとまれば、夜を共に出来て、さらに男子を授かれば正妃も夢ではないかもしれなかった。しかし、そこに行くまでには、数人の皇妃と宮女たちが立ち塞がる。マウントを取られたり、ささいな嫌がらせをされたり、それでも理解者や友を得て、珠蘭は皇帝の目に止まることができた。しかし、最初の子は女の子だった。珠蘭は一計を案じ、赤子に枕を押し当てて殺して、殺したのは第三妃であるという証拠をでっちあげ、妃を自殺に追い込んだ。手段を選ばない珠蘭は、その後も妃たちを押しのけて、どうにか男子を授かり、正妃へとのし上がっていった。珠蘭の閨の手管の数々で皇帝は腑抜けになり、珠蘭の言いなりになった。珠蘭はようやく我が身の春を謳歌したが、それもつかの間、友好条約を結んでいたはずの隣国が攻めてきて、あっという間に攻め落とされた。内通者がいたらしく、敵は城内にも詳しくて、すぐに敵の気配が迫ってきていた。追い詰められた珠蘭は、毒の杯を手にしたものの、投げ捨てた。

「仙女さま……!」

 どうして助けてくれないの。私は特別な、選ばれた者ではなかったのか――――。

 血を吐くような叫びに、ころころと鈴を振るような笑い声が降ってきた。

「あらあら……どうしたの、泣いちゃって」

 忽然と目の前にあらわれた赤毛の美女に、珠蘭はつかの間、言葉を失った。

 いままで、面と向かわないよう、見るなと言われていたので、声だけで、気配だけで直にその姿を見たことはなかったが、これほどまでに美しいとは思わなかった。切れ長の瞳、長いまつげ、瑞々しい肌。新緑の瞳に、いままさに王宮を舐める炎のごとく、燃え上がるような赤毛。日に焼けたこともなさそうな、雪のような白い肌。やはり、この辺の者とは違うと思いながらも、美しいと思った。しかし、その目には、したたるような悪意が感じられた。

「負けちゃった~! ざ~んねん! まーた、最初からやり直し。やれやれだわ」

 ぱぁん、と両手を打ち合わせる。

「おしまい! あなたともお別れ。さよならなの。今まで頑張ったね。楽しかった。ありがとう。もうお休みの時間だよ? 子守歌でも歌ってあげようか?」

 微笑する美女は美しいが、その目は笑っていなかった。冷たく見放す目をしていた。これは、たぶんきっと、最初から。だから、顔を見るなと言ったのだ。

「仙女さま……負けたって、どういうこと……」

「お友達とね、賭けをしたの。二つの国があり、どちらも隆盛を極めそう。それぞれが、どちらかに肩入れして、競い合って、戦って、勝負するの。お遊びよ。長い人生だもの、退屈で、娯楽が必要なの。……あなたは別に、選ばれた特別な主人公、というわけではないのよ。ただ、目の前にいて、利用できそうだったから。とても楽しませてもらったわ。纏足って、なんて野蛮な風習なの。驚いちゃった。下々には、本当に驚かされる。退屈する暇もないわ……」

 じゃあね、と笑顔で手を振って、仙女はかき消えた。

 珠蘭は呆然とした。もののけよりも邪悪な何か、仙女なんてものではない何者かに利用されていただけなんて。しかもその理由が退屈しのぎだなんて。あっていいはずがない。この世に正義があるのなら、あの仙女もどきを討ち果たしてくれるはずだった。

(正義……)

 正義を問うにしても、珠蘭じたいが正義の行いをしてこなかった。娘を生け贄に、第三妃を自死に追い詰めた。その他いろいろ、非道な行いをしてきた身だ。これこそ、自業自得というものかもしれない。しかし、どうしても珠蘭は納得できなかった。あの仙女もどきを追い詰めなければ死んでも死にきれない。

(誰か……! 誰か、助けて!!)

 神に祈っても、誰も遣わせてはくれなかった。珠蘭は手をもみ絞り、必死に考えた。どうすればいい。どうすれば、この場を切り抜けられる?

 珠蘭の足は、大足だった。纏足をしていない足を、そう言うのだ。魔法でまやかしをかけてはいたが、もはや布で縛らない足は健やかに育ち、あれだけの苦労をして内側へと折り曲げていた足指も、歪な形ではあるが、どうにか歩けるようには戻っていた。

 足に纏足をほどこした女は、走れない。両側を宮女に支えられて、どうにかよちよちと歩けるだけだ。敵に追われてはひとたまりもない。逃げられないから、屈辱を味わう前に毒を呷るのだ。しかし、珠蘭は走れる。逃げられる。

(…………逃げる……)

 走って逃げることは出来るだろう。でも、その先は? 敗戦国の皇妃という身分を隠して、泥水を啜るような生き方をするしかないように思える。そんな生き方をするよりは自害せよ、というのが、この国の教えだった。

(でも……でも、その前に、あの妖女に一矢、報いたい。でないと死んでも死にきれないもの。この場は草を囓り、泥水を啜ろうと……生きる。生き抜くしかない)

 そう心に決めると、光明が差し込んだような気がした。燃え上がる炎の向こうから、敵国の兵士らしき怒鳴り声が聞こえてくる。聞き慣れない訛りに、珠蘭は身をすくませた。

 逃げよう、早く。

 焦りのあまりに強ばる体をむち打つように動かして、珠蘭は物陰に身を潜ませながら、どうにか王宮を抜け出した。

 走り出した足は軽い。夜中に、人目を盗んで走ったり、踊ったりしていた。その成果もあるのだろう。

 落ちぶれていくはずの身なのに、惨めなはずなのに、心は高揚していた。夜中に踊るときと同じだった。何にも縛められていない足、踊れる足、走れる足。

(私は自由だ。自由だ……!!)

 自由、ということの本当の意味。

 どこにも行けて、誰も妨げるものはいない。しかし、代わりに、どこで死のうと飢えようと、誰も助ける義務はないのだ――――ということを、珠蘭が骨身に染みるのは、もう少し後のことになる。

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