#3
特別クラスの授業は、ぶっちゃけ、ものすごく変わっていた。少なくとも、かなめにはそう思えた。
一般クラスと同じ教科の授業に加え、体育の授業数が多かった。それも、ロープのぼり、片腕立てふせ、指立てふせ、さらには逆立ちでもやらせられた上に、銃器の組み立て分解、暗号解読などなど、特殊としか言いようのない授業も多かった。
「このクラスの授業って、おかしすぎる」
というかなめの意見にも、ほかの3人はあっけらかんとしたものだった。
「そうかなあ? まぁ、私たち、存在自体が特殊だし。将来も特殊な仕事に就くんだし、しょうがないよ」と港。
「うーん……変わってるよねえ、でも、やらないといけないことだし……」と良子。
「未来の女スパイには、まだまだ、こんなもんじゃ足りないくらいよ!」と花子が鼻息を荒くする。
「ちょ、女スパイになるとは決まってないでしょ?」
港が慌てると、花子は、つんと鼻を上向かせた。
「どっちみち、特殊な仕事なら似たようなもんでしょ?」
かなめはそのやり取りを見ていて、眉間に皺を寄せた。それを見て、良子が心配そうな顔をする。
「かなめちゃんは、授業がイヤなの?」
「そうじゃないんだけど……」
本当は授業もイヤだし、この状況の何もかもが気に食わない。とはいえ、そのまま言っても級友を不安がらせるだけなので、かなめは話をそらすことにした。
「それよりさ、今度、週末が来たら、みんなで町に行くんでしょ? みんなはどういう店に行ってるの?」
山の上のへんぴな学校の唯一の楽しみといえば、週末ごとにふもとの町まで出る無料バスに乗っていく、町での買い物だ。小さな町で、たいした店はないのだが、本屋、服屋、雑貨屋、映画館と、それなりに揃っている。月々に貰える小遣いをどう使うかは、皆の悩みどころなのだった。
良子はたちまち、先ほどの会話を忘れて、目を輝かせた。
「そうか、今度からは、かなめちゃんも一緒なんだよね。あのね、私は可愛い雑貨のお店とか服とか……」
「私は今度、新しいスニーカーが買いたいなあ」と港。
「あんた達の買い物に付き合うと、キリがないからやだなー」と仏頂面で花子が文句をいう。
「花ちゃんは黒くてヒラヒラした服が好きなんだよね」
「ゴシックロリータって言ってよ」
なんだかんだ言って、三人は仲がよく、興味のない買い物にも付き合っているようだ。
ここに混じるのかと、かなめは若干、気が重かったが、クラスメートが4人しかいなければ、仲良くなるしかない。多少の欠点は互いに目を瞑る。しょうがないなあ、と受け入れる。そうするうちに、家族のように、盟友のように、無二の親友のようになっていくのだろう。
一般校舎の図書室に、かなめは久々に足を向けた。環境の激変に慣れるのに必死で、特別クラスになってからは、まったく行っていなかった。
一般クラスのときは、多少へんくつなところもあるかなめは、騒がしいクラスに馴染めず、よく図書室に入り浸っていた。
今は特別クラスの皆とべったりなので、ひとりで手紙でも読もうと思ったら、図書室に行くのが一番だと思ったのだ。夜、自室に行くまで待ちきれなかった。
図書室に入ると、閲覧席はまばらに埋まっている。はじっこの席に座り、ゆきからの手紙を開いてみた。
『要ちゃんへ
最近、会えなくて寂しいです。要ちゃんはどうですか? クラスの人には慣れましたか? よくしてもらっていますか?
要ちゃんは図書室が好きだから、たまには図書室で会えると嬉しいです。 ゆき』
購買部で買ったらしい、うすく花模様が印刷されている可愛らしい柄の便箋に、ゆきらしい、丸っこい字で書かれている。お揃いの封筒に入っていた。かすかに、よい香りがした。
もしかしたら、今、ゆきがこの部屋にいるのかもしれないと、かなめは立ち上がって見回した。
そこへ、がらりと入口の引き戸が開いて、ゆきが飛び込んできた。息を切らして、かなめと目が合うと、ふにゃりと顔が泣きそうに崩れた。
「かなめちゃん……! よかった、元気、そうで……」
ゆきの茶色っぽい瞳に、たちまち涙があふれる。
「ごめんね。連絡しなくて。……一人で、よく眠れてる?」
ゆきはこくこくと頷いたが、それがかなめを心配させないためだけの嘘であることは、顔色を見れば、すぐに分かった。
ゆきは養父に性的虐待を受けていた。言うことを聞かないと髪の毛を掴まれて、引きずり回されたそうだ。それで今は髪をばっさりと短くしている。
眠ると、よく当時の夢を見て、うなされているのを同室のかなめは知っていた。うなされているのを起こして、宥めてやるくらいのことしか出来ない自分が、はがゆかった。
顔も知らない、ゆきの養父をぶち殺したかった。肌が白くて、どこもかしこも細くて頼りなげな少女で、髪もほそくて色が薄くてふわふわとしていて、さぞかし可愛らしい少女だっただろうに、どうしたらそんなひどいことが出来るのか。今はこれでも肉がついてきて丸みがあるが、一時は命が危ぶまれるほどがりがりで、拒食症で不眠症だったのだ。
こんな不幸も、この学校の生徒にはよくある身の上なのだが、同室だったよしみで、かなめはゆきに肩入れしたくなる。とはいえ、赤の他人であるゆきに、かなめが出来ることは少ない。
(せいぜいが、図書室で会うくらい……か)
やるかたない憤懣は拳に封じ込め、ゆきには笑顔を見せた。
「今日はもう時間がないけど、できれば毎日、図書室に来るから。また話そう?」
ゆきはただ目を潤ませて、うんうん、と頷いている。
ぬいぐるみのひとつもあれば悪夢も多少は紛れるかな、と、かなめは次回の町での買い物を考えた。