#27
「港……」
かなめは、まじまじと目の前の女を見つめた。にこにこと楽しげに微笑んで、かなめの肩に親しげに手を置いた女は、たしかに港に見える。快活そうなショートカット、大きめな瞳、すらりと伸びた手足。家にいるより運動するのが好きで、流行の服よりも機能性の高いスニーカーが好きで。スパイクがどうの、クッションがどうのと語らせたら止まらない。そんな港だったのに、今の格好ときたら、どうだろう。大きく胸の開いた、袖なしの黒革のトップスは大胆に引き締まった腹を露出し、意外に豊満な胸の谷間を覗かせる。同革のホットパンツは、太股を丸出しにし、膝下からは同色の革のブーツで覆われている。常にすっぴんだった港が、くっきりと赤いアイラインに、血でも啜ったかのような真紅のルージュを引いている。赤いマスカラでばさばさの睫も、まだ肌寒い春先に肌を露出した格好も、攻撃的なメイクも、何もかもが彼女らしく思えず、かなめは戸惑った。
――――これは、本当に港なのだろうか? 健康的に日焼けして、走ることが誰よりも好きだった、あの港なのか?
彼女は、笑っていなかった。顔の表情は笑った形に動かしていても、目が笑っていなかった。瞳の奥には、滾る怒りが、活火山のマグマのように噴き出す瞬間を待ち構えている。
(怒っている……それは、そうか。私はたまに港と花子のことを思っても、実際は何もしていない。探そうにも手がかりもなくて……)
かなめは、申し訳なさに俯く。
「その服……寒くないの?」
「やっだー、かなめったら、私たちが風邪なんて引くわけないじゃん!」
港は口元だけで笑って、かなめの肩を叩く。かなめはさらに問う。
「今まで……どうしてた?」
それが最も知りたいことで、心配していたことだった。この一年弱、いったい、どこでどう過ごしていたのか。そして、そして……姿の見えない花子は。
「花子は……どこにいるの」
「花子は、ねぇ……死んじゃったよ」
「えっ」
港は微笑んだまま事もなげに言い放ち、驚くかなめの動揺を楽しむように、にんまりと口元に笑みを刻んだ。
「……かなめ、あんたのことは調べさせてもらったよ。いいねぇ、楽しく学生生活。あの銀色の狼ちゃんとままごとみたいな二人暮らしして、あの、雪ちゃんだっけ、あの子とも仲良くして。日本はいいよねぇ平和で。私たちのことなんか、思いだしもしなかったでしょ?」
「そんな……」
抗弁しようとするかなめを遮り、港は続けた。
「あの日、あんたが先に一人で校長室に呼ばれたあと、学校は何者かに襲撃されたんだよ。私と花子は何がなんだか分からないうちに先生に呼ばれて、校長室の奥のドアをくぐったあと、意識がなくなって、気がついたら全裸に首輪をされてたの」
港は淡々と語った。
「周囲には、いろんな人種の男たちがいて……兵士みたいだった。何かと戦っていた。どこの国かも分からなかったけど……とにかく暑くて。砂漠の中に村が点在していて……その村を回って襲撃したり、守ったり。村に滞在して、周辺の地雷を撤去したりしてた。私と花子は、昼は地雷撤去の手伝いをして……夜は兵士たちに嬲り者になっていたんだよ」
「…………!」
港は嘆きも涙もなく、「昼はバイトして夜は勉強してた」というように、ごくあっさりと話していたが、かなめは何と答えたものか分からなかった。
「村には子供たちもいて、地雷で片足のない子も多かった。私と花子は、地雷原に行かされて、手足で地雷を探った。たまに失敗して、吹っ飛んだ。でも、私たちは、手足が吹っ飛んでも治るじゃない? 頭が吹っ飛んだら死ぬから、なるべく手よりは足先で見つけるようにしてたよ。あと吹っ飛んだ足が再生したら、さすがに人間と違うって分かって気味悪くなったのか、男たちも夜、ほっといてくれるようになったから、よかったよ」
「…………」
「でも全裸のままだったから、昼間はさすがに日焼けがきつくて、ひりひりして痛かったな~服は絶対にくれなかった。学園で着てたのは初日でびりびりにされちゃったし。首輪は、リモコンから一定範囲、離れると爆発するようになってた。リモコンは男たちが持っていたから、逃げ出すわけにもいかないし……。私と花子は、互いに励ましあって、なんとか毎日を過ごしてた。こんなのは何かの間違いで、いつかきっと助けが来る。校長や先生が来てくれて救い出してくれる。かなめだって……って。でも、誰も来てくれなかったよ。昼は日焼けして、夜はそれが痛んで。治っては痛んでの繰り返し。ひび割れて体液が出て痛みで夜も寝れなくて、でも治るけど翌日、また悪化するから。地雷も高性能なやつは近づいただけで爆発するし。ある程度、体重がかかったら爆発するやつ、動物は大丈夫でも人はだめなやつとか、色々あったな。
あるとき、私がへましちゃって……地雷を踏んじゃったの。一回踏んで、体重がかからなくなると爆発するやつだったから、私はその場から動けなくなった。男たちは逃げるし、私は夜になるまでその場に立っていて、倒れそうになった。花子は私のかわりにスイッチを押して、そのままぶん投げようとして、爆発して……頭が吹っ飛んだの。私も、足が吹っ飛んだけど……花子は、灰になって消えちゃった。足なんか吹っ飛んだって、すごい痛いけど治るのに。どうして花子は私を助けようとしたの。どうして先に死んじゃったの。どうして私を置いていっちゃったの……。私ひとりで、こんなとこ、どうして耐えられる? と思ったら、花子が助けてくれたっていうよりは、置いていかれたってほうが強くて、足が再生する間、ずっと寝たきりで、苦しくて痛くて、悲しくて辛くて……足なんか2、3日で治っちゃって、また明日は地雷原に出されると思ったら、もうどうにでもなれと思って……首輪のリモコンを奪おうと、リーダーのいる家に行ったら、もう村中、誰もいなくて。無人になってた。そこで……私は、あの人に会ったんだ」
「……あの人?」
「私を助けてくれた人。村中の人は、その人が殺しちゃったの。いえ、食事にしたって言うほうが正しいかな? その人……その方は、人は吸血鬼に支配されるべきという考えを持っているの。私は、その方を支持しているんだ」
これまで淡々と話していた港の瞳が、急にぎらぎらと熱を帯びてきた。
「人間は愚かだから……私たちに支配されるべきなんだよ。それが世界平和への近道なの」




