#24
「まったく、手をかけさせてくれやがる」
公園に入ってきたのは、木場ひとりだけだった。夜なのにグラサン、黒スーツ、ロングコートのいでたちは、どこからどう見ても極道だった。
「この公園で映画でも撮るってことにして、周辺の人の立ち入りと車両の通行を制限するだろ? それがどれだけ大変か分かるか? しかも場所は繁華街で、時間は特急ときた。俺の指にはペンだこが出来そうなほど色々書かされて、ほとんどの人員は交通整理に出払ってる。だから悪いが、お前の相手を出来るのは俺ひとりだ」
木場はくたびれた様子で、グラサンをずらして目元を揉んでいる。
てっきり、人狼の精鋭部隊が50人くらいは来るのかと思っていたかなめは、予想が外れて、戸惑っていた。木場ひとりで、水月をどうにかできるのだろうか。水月の髪のひと振りで、四肢をバラバラにされて終わるのではないか。そんな嫌な予感に、動悸がおさまらない。銀子は無表情だったが、かなめの腕を握る手に、力がこもった。
かなめと銀子の二人と、出血多量で瀕死の隆一郎が横たわっているのにも木場は目もくれず、水月をグラサン越しに見据える。両手はポケットに突っ込み、悠然としている。
「お前のせいで、嫌いな書類仕事を山ほどさせられたんだ。この落とし前は、キッチリつけさせてもらうからな」
「…………!」
水月の顔色が変わる。
「あんた……! 十年ぶりね、あんたの顔は忘れない! あんたが、あんたらが侑汰を……!!」
ぶわりと水月の髪がうねる。膨らむ。しなって、伸びる。怒りのあまり、水月は涙ぐんでいた。
「許さない! たった一人で来るなんて……バカにして! 侑汰のかたき……ッ」
「ユウタ、ああ、お前といた坊主だろ。あいつはお前が殺したんだぜ」
さらりと言う木場に、水月が息をのむ。
「…………!? バカいわないで! どうして私が……」
「お前は知ってた。俺たちの命がお前らと違って有限だと。力を振うにも制限がある。とっとと降伏しちまえばよかったんだよ。俺たちのような化け物に自由なんてものはない。早々に組織に降っていれば、侑汰は今も生きていたはずだ。お前が我儘いうから、それに付き合って寿命縮めたのさ。本当は分かってたんだろ」
「…………」
水月の唇はわなないていた。
「でも……でも……あのときの私たちには、みんな敵だった。学校だろうと教会だろうと……そんなの、どっちも変わりないように思えたの! あのときは……それしか……」
水月の脳裏には、あのときの情景がおぼろげに浮かんだ。水月に付き合って、人狼になった侑汰。人狼らしい人狼で、人型に近い狼のような姿で、水月を守ってくれた。次第に弱っていく姿が、嫌なことを連想させたが、侑汰は大丈夫だからと、ちょっと風邪ぎみだからと、少し疲れたみたいだから、と。その言葉に救われるように、不安を打ち消して、無理に笑顔をうかべて、ずっと二人で、ずっと自由に、あちらこちらへと移り住んでいかれたら、と。そう願っていた……。
「…………私が、見ないふりしてなければ……侑汰は生きてたの……?」
「俺たちは動物園の猛獣みたいなもんだ。普通には暮らせない。逃げたら追い回される。それでも逃げるやつは……処分される」
木場が手をポケットから抜く。コートの襟に手をかける。
「お前は殺しすぎた。覚悟しろよ」
淡々とした言葉には、気負いというものがまったくない。
いったんは戸惑いとともにしおたれていた水月の長い髪が、また勢いを盛り返す。
「地獄への道連れが、あんた一人なんて少なすぎるわ……!」
すさまじい速さで伸びた水月の黒髪が、びゅるっと地中へ吸い込まれる。木場のコートが宙に舞う。かなめの目の前を黄と黒が奔り、地中から幾千幾万の黒い髪が針のように飛び出し、同時に白い光が黒い髪に絡みつき、かなめが状況を把握したときには、すべて終わっていた。
巨大な虎が、血だまりの中に座していた。血に染まった手を舐めている。虎の下には、少女の身体があった。首はなかった。少女の身体も地中から湧き出た髪も、血だまりも、すぐに全ては灰となり、一陣の風がさらっていった。
水月の髪は、隆一郎が光の剣で防いだらしい。どうにか片腕で身を起こしていたのを、力つきたのか、ぐらりと傾ぐ。かなめが支える前に、駆け寄った鷹見が支えた。
「りゅーちゃん! 無理して……あんなんしなくても、木場さんなら大丈夫なのに」
「それでも。やられっぱなしなのは、情けない……」
すぐさま救急車が呼ばれて、隆一郎は斬られた片腕とともに運ばれていった。
鷹見は、かなめらに向き直り、労った。
「やあ、大変だったでしょ! 無事でよかったねぇ」
「いえ、あの、なんだか……何の役にも立てなくてすみません。……あの、隆一郎さんは……」
「ああ、大丈夫、大丈夫! 腕のいい外科医がいるからさー、腕のひとつやふたつ、くっつくって。その人も、こっち側なんだけど……」
そこで、放っとくなと言わんばかりに、虎が吠えた。鷹見を振り返り、公園の片隅の茂みへと歩いていく。
「あれは、木場さん……なんですよね?」
「ああ、まぁねぇ……。見るの、初めてだっけ。木場さんは強いけど、変身時にいつも服がなくなるのが玉に瑕というか……」
巨大な虎に変身するため、衣服が破れてしまうらしい。よく見ると、公園の土の上に、衣服の残骸があちらこちらと散らばっていた。
もう一回、急かすように吠え声がして、鷹見は慌てて落ちてたコートも拾って、虎の消えた方向に走っていった。小脇の包みは、木場の着替えらしい。
かなめは、呆気にとられてしまった。銀子は、ぼそりと呟いた。
「衣装代が大変だな」
ややあって、身なりを整えた木場が、いささか気まずそうに、かなめらの前に現れた。背後には鷹見が控えている。
「お前らは無事か。まぁ、よかった」
「でも私、何の役にも立てなくて……」
「今のお前らに電話番以上の期待はしていない。無茶なことやらかすよりは、よほど冷静でよかったかもな。……今日は、もう帰れ」
背を向ける木場に、かなめはたまらず、質問を投げた。
「……あの! 彼女を、殺す必要あったんですか? 木場さんは強いんでしょう、生きて捕らえることは出来なかったんですか!?」
無惨すぎる彼女の最期を思うと、木場を恨みたくなってしまう。訳を聞きたかった。
木場の答えまでは、間があった。
「出来なくはなかったが、どっちにしろ、人を殺した吸血鬼の末路は決まってる。今死ぬか、あとで死ぬかの違いだけだ。あとで死ぬというなら、より無惨で苦痛ある最期が待ってる。それよりはいいかと思っただけだ」
振り返って淡々と答える木場を、かなめは見つめる。
「より、無惨で苦痛のある最期って……」
「お前は知ってるだろ。薬になるんだよ」
「…………!!」
かなめはよろめいて、膝をついた。
「そんな、そんな……! じゃあ、ここも学校と同じじゃない!」
「同じじゃない。少なくとも、罪のない者がそういったことにはならない……ということになってる、表向きはな。お前も命令違反だの、敵に肩入れだのすんなよ」
木場は言い捨てると、さっさと踵を返す。鷹見はかなめらを気にしつつ、木場について行く。
かなめは去っていく木場の後ろ姿に「待って! ……人狼が使い捨てって、どういうこと……」と、さらなる質問を投げたが、もう答えはなかった。
寄り添う銀子を、睨みつける。
「銀ちゃん……。説明してくれるよね」
銀子は、躊躇いながらも頷く。
「まぁ、今はそれよりも……重大なことがある」
「重大!? 銀ちゃんのことよりも重大なことなんかあるの!?」
ごまかす気なのかと、ぶち切れそうなかなめに、銀子は口重く切り出した。
「さっき、……といっても、私たちが隆一郎と駅前で張ってたときだが。……ゆきがいた。どうも、援助交際しているみたいだったぞ」
かなめの目は、木場が虎になったときよりも、まん丸くなった。




