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黄昏と暁のあいだ  作者: 七篠いくみ
永遠の少女と狼の子
20/39

#20

「ちこく、遅刻ぅうー!」

 どたばたと身支度を急ぐかなめは、銀子に苛立ちをぶつけた。

「どうして起こしてくれなかったの!?」

「起こしたよ、でも着替えるって言って、音沙汰なくなって、さっき見たら寝ていて」

「寝たままにしたの!?」

「もう一度起こしたら、着替えるっていって、そのまま今の時間に」

「ぜんっぜん覚えてないよ!」

「もう一限は遅刻じゃないのか?」

 銀子が冷静に時計を見て指摘すると、かなめは、歯をぎりりと食いしばった。

「いや、でも……今すぐ出て信号に捕まらなければ」

「……交通事故に遭うよりは、遅刻しろ、かなめ。一日くらい休んだっていい」

「いや、よくないよ! 学生の本分は勉強だし! この体なら不死身だから、車にひかれたって死なないし……」

「運転手のことも考えろ」

 今でこそ、遅刻の恐怖で汗だくになってはいるものの、いつもなら、きりりとした印象のかなめは、実は不死身の吸血鬼で、銀子はそれに仕える人狼なのだった。

 かなめは見た目も実際も女子高生で、学校に通っている。銀子は見た目は中学生かそれ以下の外国人少女に見え、学校には通っていない。いまさら小学校やら中学校やらに通っても時間の無駄と思うし、上のほうもそう思ってか、銀子には学校に通えという指示はない。定期検診でとある施設に週一回ほど通い、体力その他を測定され、人狼として、あれこれを学ぶ機会を与えられてはいるが。

 ともあれ、かなめは普通の高校生として過ごし、たまに吸血鬼としてのあれこれも学んでいる。教会のほうは、二人を野放しになっている吸血鬼に対抗するための大事なメンバーと思ってくれているようで、住居に生活費など、必要なものは惜しみなく与えてくれている。

(それは……ありがたいんだが……)

 かなめは鞄を抱えると、靴をつっかけて玄関のドアを開けた。

「行ってくる、屋根づたいに学校まで行けば、まだ間に合うかも……っ」

「派手な行動は慎めよ、いちおう監視されているみたいだしな。上から苦情がくるぞ」

「かっ、監視……!?」

 初耳だ、と面食らった表情でかなめは口ごもり、返答に困ったのか、勢いはなくしたものの、戸惑う足取りで出ていった。

 いままでの騒がしさが嘘のように静まりかえったマンションの部屋で、銀子は、ふっと微笑した。

(まったく……しょうがないな)

 このところ、急に寒くなってきたし、ふとんの暖かさが離れがたいのは人間も吸血鬼も、そして人狼だって同じなのは変わりない。

 そして、銀子はゆるんだ頬をふいに引き締め、物思う。

 監視者は、この間、週一回行っている定期検診の施設で会った。以前いた学校の人狼の同僚、金髪少女のゾラ。

 偶然、施設で再会し、ゾラは警戒心もあらわに、いままでのことを少し語った。東京で人を殺してきた、彼女のあるじが退治され、校長など学校の主立った関係者は逃亡し、身のやり場に困った彼女は、助けてくれた少年の上役である桜庭に頼り、いまは教会に身を寄せているという。

「いまの仕事は、あんたたちの監視なんだから。へんなことしたら、上に報告してやるんだからね!」

 というゾラの言いように、銀子は頭が痛くなった。

 無条件で教会に信頼されているとは思ってもいなかったが、実際に監視されていると知ると、また違った感情がわき上がる。

 ゾラに対しては、いままでただの同僚で、ことさら憎くも親しくもなかったが、どうも頭のねじが一本足りないらしい、と注釈がひとつ付け加わった。監視対象に、自分が監視しているぞと伝えるとは、想像の域を越えたアホかもしれない。そして、その上役の桜庭はアホではなかった。ゾラのこうした行動も計算のうえで、監視されているから行動を律せよ、人目に立つなと伝えたいのかもしれない。

(桜庭……か)

 あの理知的な目をした男を、かなめは大変に信頼しているようだ。

『私たちの力って、すごく特異なものなんだって』

 一緒に暮らす前、桜庭との面談を終えたかなめは、嬉しそうにはしゃいでいた。

 通常、人狼は変身するもの、もしくは使える能力が定まっている。大半の人間は、人狼という言葉に反応して、狼もしくはそれに似た姿になろうとする。そして、そうでない者たちは、深層心理にある、なりたいものの姿になる。美しいものばかりではなく、醜悪だったり、嫌悪されるような姿になる者もいる。さらに少数のものが、姿を変化させるのではなく、特殊な能力を使うのだが――――。

 かなめと銀子は、かなり特異な部類だった。銀子にはとくになりたいものや使いたい能力などなく、ひとりでは何もできない。かなめが手を握ってイメージを伝えることで、それに変身することが出来るのだ。

 とはいえ、今のところの実験では、最初に変身した竜のときを除いて、なにかに変身できたことはない。危機的状況がないと能力が発現しないのかもしれない。しかし、その状況を作っての実験は、まだなかった。

『君たちは本当に、興味深い』

 そう言った桜庭の目は、研究者が楽しげに実験動物を眺めるようで、銀子は面白くなかったが、ほかにどうするという当てもない。いまはまだ言うことを聞くしかない。

 そして、もう一つ。銀子の心を重くしている秘密があった。

『あのことは……かなめには、まだ秘密にしていてほしい』

『君の体のことか。まぁ……未知数ではあるが、あれだけ大きな力を何回も使えば、そう長くはないだろうな。私が言うまでもないだろうが、力を使うときは重々、覚悟のうえで行うといい。かなめ君には、もちろん君の望みどおりにするが、しかし、いつかは知ってしまうだろう。その責任までは取らないが』

『……それで構わない』

 山の崩落後、かなめがまだ意識を取り戻すまでの面談で、銀子はそう契約した。

 最近、かなめは本当に楽しそうだ。学校で仲のよい友達もいるにはいるらしいが、放課後も遊んだりはせず、まっすぐに、飛ぶように帰ってくる。料理するのも、図書館に行くのも、たまにゲームセンターなどで遊ぶのも、銀子と一緒だった。

 たまには、学校の友達と遊べと銀子が言っても、かなめはかぶりを振る。

『だって、銀ちゃんと一緒にいるのが一番楽しいから』

『かなめ……』

 銀子だってそうだ、かなめといるのが一番楽しい。だから尚更、秘密が重い。

(私は……いつまで、かなめと一緒にいられるかな)

 窓を開けて、すこし曇った冬の空を見上げて、ふっとため息をついた。


 * * *


「これはまた……」

「血の一滴も残ってないですね」

 都内のラブホテルの一室で、鷹見と隆一郎は、中年男性の死体を前に、検分していた。部屋の外では、警官が警備に立っている。

「この間よりは、だいぶ年齢がいってるなぁ。親父趣味な女なのか?」

「女っていう証拠でもあるんですか?」

「えっ、おまっ、変な想像させるな!」

 慌てる鷹見に、隆一郎はしれっと返した。

「まぁ、残っている匂いは女性のものですけどね」

「…………」

 中年男は肌もあらわに、腰にタオルだけ巻いた姿で、床に転がっている。いまは強ばったその顔も、女性が前にいたときはやにさがっていただろうに、哀れな。と、鷹見は急に手を打った。

「援助交際だな、これは。吸血鬼は女子高生だ」

 鷹見のごたくに取り合わず、隆一郎は提案した。

「とりあえず、入り口を撮影してる監視カメラの映像をもらいましょう」

「無反応ってないんじゃないの? りゅーちゃん最近、冷たいよ~」

 カメラの映像を見た結果、被害者が制服姿の少女と腕を組んでいて、鷹見は「俺の勘ってすごくない!?」とはしゃいだが、今回も隆一郎はスルーしたのだった。

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