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黄昏と暁のあいだ  作者: 七篠いくみ
永遠の少女と狼の子
2/39

#2

 休み時間には、なぜ契約をしたか、という話になった。

「私は病気で走れなくなっちゃってね。走るの好きだったし、契約しなかったら、どのみち長くは生きられなさそうだったしで、とにかく好きに生きられればいいやと思って、思い切って契約しちゃった」

 港が言うと、良子は目を潤ませた。

「私はね、そんな……大した事情じゃないんだけど。なんかこう、このまま学校を卒業して、普通に働いて普通に結婚して普通に子育てしてる自分は簡単に想像できるから、想像できない将来もいいかなあって……」

 花子はあっさりしたものだった。

「ババアになりたかないし! ずっと若いのサイコーじゃん!? 不老不死バンザイ! って思って契約した」

 三人が揃って、で、あなたは? という視線で見てくるので、かなめは降参した。

「……私は、世界中の本を読むのにどれだけ時間があっても足りないから、って」

「どっかで聞いたようなことを……」

 かなめの言い訳を見抜いたように花子が笑うので、かなめは苦虫を噛んだ。

「だいたいそんなこと言うなら、原書読めるの? 英語の本とかさあ」

「……まだ、読めないけど。これから読めるようになるし」

「へええー?」

「もー、ほんとに、二人は、仲良しだね……」

 またも一触即発の雰囲気になるかなめと花子に、港は呆れ顔だ。

『仲良くないし!』

 と言い返す声もハモっている。

「とにかく四人になったんだし、仲良くやろうね」

 良子が微笑むと、周囲もなごんだ。


 昼食の時間、四人は食堂には行かず、特別食を教室で食べる。配られるのはアルミのパック。ストローを刺して中身を吸う。お手軽だが味気ないと思いきや、格別の美味で、いくらでも飲みたいほどだった。

「あっ、やば」

 花子がパックを握ってしまい、中身を少し飛びださせてしまった。

 良子が慌てて雑巾を取りにいく。港はバケツを持って後を追った。

 かなめは床に散った液体を見つめる。どす黒く赤いもの。

「これって……血、だよねえ」

「何をいまさら」

 花子がせせら笑う。

 アルミパックで中身が見えなくても、上品なチョコレートドリンクのような味わいでも、それは人間の血液だった。


 この学園内には校舎がふたつある。特別クラスの4人以外は、全員別校舎で授業を受けている。寮は校舎の上にあるので、特別クラスの者は寮も通常とは別だった。格別いい部屋だったりはしないが、人数が少なくて部屋が余っているくらいなので、個室なのはありがたかった。

 一般校舎と特別校舎、そして教員棟は、上から見ると正三角形になるように中庭を囲んで建っている。教員棟からは各校舎と1階が繋がっており、他は鋼鉄製の非常扉が校舎間を仕切っている。教員が各校舎を行き来しやすいように、一般校舎と特別校舎間は1、2階が渡り廊下で繋がっている。が、機密保持もあって、一般の生徒の行き来は厳しく禁じられているため、渡り廊下を使う生徒は皆無だ。

 食堂も図書室も一般校舎側にある。一般の生徒が特別校舎に用事があるはずがない。

 その渡り廊下を、ひとりの女生徒が、きょろきょろしながら、特別校舎のほうへと向かっていた。

「君」

「ひいいっ!」

 女生徒は、何者かに声をかけられ、飛び上がるほど驚いた。見ると、小さなシスターがいる。自分の半分くらいの背丈の相手に、女生徒はやや落ち着きを取り戻した。

「な、なんですか」

「あなたは一般生徒でしょう。特別校舎への行き来は禁じられている。戻りなさい」

 子供っぽく甲高い声ながらも顔立ちは人形のように整っており、アイスブルーの瞳には落ち着きがある。管理者然とした物言いに、女生徒はうなだれた。

「はい……でも」

「でも?」

「同じ部屋だった子が、特別校舎に行ってしまって、全然会えないんです。うまくやれてるか心配で……」

「…………」

「不器用で斜に構えてて、人付き合いとか苦手なんですけど、本当はいい子なんです」

「……手紙、なら預かってもいい。ただし頻繁には頼まないこと」

「!!」

 ぱあっと花が咲くように、女生徒の顔が輝いた。

「ありがとう、ありがとうございます! ……あなたのお名前は?」

「名前はないんだ」

「……はい?」

 女生徒はけげんな顔をする。が、小さなシスターはそれについては説明しなかった。

「いつもこのへんにいるから、用事があるときは声をかけてくれればいい。私がいなくても同僚に、手紙の件でと渡してくれれば、通じるようにしておく」

「はい、分かりました。本当にありがとうございます!」

 女生徒は一礼して、はずむような足取りで去って行った。

 小さなシスターはそれを見送り、小さくため息をついた。

「……麗しき友情、か」


「おい、『不器用で斜に構えてて、人付き合いが苦手だが本当はいい子』のかなめに手紙だ」

「!?」

 小さいシスターが教室に手紙を言付かってきたとき、かなめは昼食中だった。思わずストローを吹いてしまうところだったが、すんでで息をとめ、口からストローをもぎはなす。

 花子は遠慮なく、あはは、いえてる、と笑っていた。港と良子は苦笑している。腹を抱えている花子をひと睨みして、かなめは入口に立つ小さなシスターに近づいた。

「……手紙? 誰から」

「読めばわかる。持つべきものは友だな」

 春らしく桜の花びらの舞う封筒に、華奢な字の宛名を見て、かなめは申し訳なくなった。

 かなめはこの特別クラスに編入する前は、一般校舎でずっとその子と同じ寮、同じクラスだったのだ。

 ここに来て二週間経とうとしているが、その子のことを思い出しても、連絡をとろうとまでは思わなかった。

(ゆき……)

 相手の名を思い浮かべ、よく夜中にうなされて飛び起きていたことを思い出す。今は一人で大丈夫なのだろうか。

「……ありがとう」

 ひとまずは礼を言うと、小さなシスターは子供らしくない笑みを浮かべた。

「返事は直接持っていってやれ、私は伝書鳩じゃないんでな。特別校舎の生徒が一般校舎に行くのは構わない」


 ゆきからの手紙を渡してくれたのはありがたかったが、あの小さいシスターはなんなのか、子供なのに働いていいと思っているのか、などとかなめが同級生に問うと、

「ああ、あれは狼の子だよ。知らないの? って、来たばっかだったか。なんかあんたって、ずっとここにいるかんじだよねー」

 と花子が笑う。

「狼の子って?」

「人狼よ、人狼。狼男っていうか、女の子だけど。吸血鬼のしもべとしてはポピュラーでしょ。だからかどうかはわからないけど、とにかく……あの子たちは小さいけどシスター扱いで、昼間は私たちより力が強いし、いざとなれば変身……できるとかなんとか。よく分からないけど警備だし、逆らわないほうがいいよ」

 港が言うと、良子も頷いた。

「夜中に抜け出そうとしたって、見つかっちゃうしね」

「良子……あんた、寮を夜中に抜け出すとかしたの?」

「忘れ物しちゃって……」

 わいわいと話す級友たちをよそに、かなめは狼の子のことと、ゆきの手紙のことを考えていた。

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