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黄昏と暁のあいだ  作者: 七篠いくみ
永遠の少女と狼の子
19/39

#19

「どう責任取るんだ、えぇ?」

 普段、他人に対するときの優しげな微笑など欠片もなく、道ばたのゴミでも見るように冷たく睨めつけてくる上司の桜庭を、木場はグラサン越しに無表情に見返した。

 山ひとつ吹っ飛んだ、その現場だ。


 竜に化した人狼が、山を吹っ飛ばした。しばらく上空を飛んで、やがて力つきたのか、地に降りてきた。

 人の姿に戻った人狼は銀髪の少女で、全裸のまま気絶した。背に乗せていた少女は吸血鬼だったが同じく気絶しているし、竜が手に握っていた化け物はすでに息絶えていた。のちの調べでそれは、校長のしわざで吸血鬼になりそこなった少女たちであると分かったが、現場は竜の登場と山崩れによる大混乱で、収拾がつかなかった。生きている少女たちの収容と、死んでしまったものたちの回収には時間がかかってしまった。

 いまも、夜を徹して行方不明者の捜索が続けられている。嗅覚の鋭い獣に変身できるものは、変身して捜索に加わっている。作業員のあいだに猫だの犬だのがうろうろしているという、一種異様な光景が繰り広げられていた。

 木場は現場の指揮を取り、桜庭は責任者として現状の確認に東京から新幹線で飛んできたばかりだ。

 頭上には一機のヘリが旋回して轟音をまき散らしている。新聞社やTVなど報道関係のヘリではない。報道規制はされていた。


 山を銀子が吹きとばして一夜明けた、朝の光のなか。

 現場はいまだ殺気立っている。土砂崩れに巻き込まれた人狼も周辺の住民もいるのだ。行方不明者は十数名にのぼった。

『吸血鬼の学園があるという情報を得た、校長の一派を捕らえるため人狼の一部隊を借りたい』との木場の申し出に、渋々桜庭が全国から人狼を集めて用立てた、その結果がこれだった。

「まさか校長が魔法使いだとは思わねぇだろ、普通。俺の責任なのか?」

 と木場も反論したいところだったが、若手のアナウンサーのように爽やかに見える桜庭も実は、かなり粘着質な男で、一つ言えば百返ってくるのが面倒くさいので黙っていた。

「……最終的な責任は私にあるんだが、お前にも泥はかぶってもらう。これから、きりきり働いてもらうからな」

 言わずとも知れたことをあらためて呪いのように言われて、木場はうんざりした。

 旋回していたヘリが、やや遠くの平地に着地した。降り立つ人影に、桜庭が走り寄る。

「お足元、お気をつけください」

 差し出された手を恭しく支え、桜庭がこうべを垂れる。

 ヘリコプターの旋回する主翼が風を舞いあげる。そのなかを降りてきた者は、少年だった。

(なんだ、ガキか。美女とかだったら面白いのに、つまんねぇな)

 というのが、偽らざる木場の感想だった。

 一見して、西洋人の子供と知れる。天然の金髪、夢見るような水色の瞳、不健康なほどに青白い肌。白い外套をまとっているので体つきは分からないが、子供らしく小さく細く見える。

 しかし、この子供こそが自分たちの最高責任者であり、校長をはじめ人類に仇なす吸血鬼を追いつめる、この組織を作り上げた人物なのだと、つい先ほど桜庭に説明を受けたばかりだ。寝耳に水だったが、失礼なことはするなと釘を刺されている。

 一見、子供に見えるこの人物も吸血鬼であり、見た目どおりの年齢ではない。フードを深く引き下ろすと、桜庭の手を握り返した。

「久しいな、桜庭。長らく留守にしていた、この国も懐かしい。しかし今はゆったりと、久闊を叙する場合ではないな。――――現場を、見せてもらおう」

「は、この者がご案内いたします」

 桜庭に目くばせされ、木場が先頭に立って案内した。

 案内したのは、崩れた校舎の校長室のあったあたりだ。崩れた瓦礫と土砂のあいだに、校舎であったものが点々と埋もれている。途中から、少年は木場を追い越して、その瓦礫に近づいた。

「魔力の残滓がある……転移魔法陣だ。こんなことが出来るのは、この世にひとりしかいない。……あやつめ、まだ生きていたらしい」

 桜庭が、はっと息をのむ。

「では、では……『校長』というのが我らの……!」

「うむ。ようやくこうして、足跡のひとつを見ることが出来た。記念すべき日だ」

 少年のまなざしには、少年らしからぬ不敵な表情が浮かんでいる。

「ライエル様! かならずや、かならずや、あの者を……うぅっ……」

 日頃、冷たい上司を気取る桜庭が泣き出したので、木場は驚くやらげんなりするやら、「ゲッ」と言いたいくらいだったが、堪えた。

 どうやら、この学園で「校長」として振る舞っていた男は、ライエルという少年と桜庭、ふたりの共通の不倶戴天の敵らしい。

 何をしたかは知らないが、さぞかし長い間、追われてきたのだろう。その校長とやらが、この学園でしてきたことを思うだけでも、百人以上の敵がいても不思議ではないと木場は納得した。

 木場自身、娘持ちであり、校長のことを許せない気持ちもある。追うことに異存はないが、それにしても――――と、疑問に思う。

 どれほど許せない敵であろうと、いかに犠牲を出してもかまわないという姿勢であるのは、いかがなものかと。

 木場が物思いにふけるあいだに、少年はさっさとヘリでその場を去り、桜庭は矢継ぎ早に指示を出した。

「おい、ぼんやりしてないで、しゃきっとしろ。竜になった人狼の少女に、さっき面談してきた。無害そうだから管理はお前にまかせる」

「爆弾を抱えるようなもんなのに、よく平気だな……」

 木場はひたすらに呆れるが、桜庭は澄ました顔だ。自分なら、と木場は思う。あんな怪物、寝ている間に息の根を止めている。

「使いようによっては、強力な兵器になる。あのかなめという少女を把握しておけよ、あの子が御しているみたいだからな」

「兵器ねぇ……」

 使用回数制限があるのに、と木場は苦々しげに肩をすくめ、持ち場に戻る。


 * * *


 そんなやりとりがあったことなど、いざ知らず。

 かなめは東京の病院で、めきめきと快方に向かった。もとより吸血鬼という人ならぬ身だ、回復力はすさまじい。多少の打ち身があった程度で、翌日には完治して退院していた。

 桜庭は身元引受人その他もやってくれたらしく、かなめと銀子は寮として都内のマンションの一室を与えられた。当座の生活資金も与えられ、かなめはさっそく銀子を連れて、いろいろと買い出しして、生活の基盤を整えた。

 息苦しい、形だけの家族でもなく。気の合わない大勢との寮生活でもなく。何年も前から知っている気になるほど、なんとなく気があう銀子との二人きりの生活は、楽しかった。

 ――――とても、楽しかったのだ。

 しかし、手放しで楽しいと言うには、校長に連れ去られた港、花子、そして地下を脱出する際に死なせてしまったふたりのことが、かなめの心に重くのしかかっていた。

 とくに、最後のふたりについては、遺骸すら見られていないということがひっかかる。せめて、墓に葬って手を合わせられたらいいのに、と思う。しかし桜庭がいうには、いろいろ調べなければならないため、研究機関に回してあるということだった。

「調査が終わったら、きっと丁寧に埋葬させると約束する。そうしたら、場所を教えるから、お参りに行くといい」

 そう目を伏せる桜庭の顔には辛さと誠実さがあり、無縁仏にはしないだろうという信頼感をかなめは抱いた。

 そうなると、あとの懸念は港と花子の行方だけだ。かなめは浮ついた気持ちを引き締めて、制服を身にまとう。

 かなめは都内の高校に転入した。桜庭に、そう勧められたのだ。

「知識はいくらあっても困らない。援助はするから、できるだけ勉強できるうちにしておいたほうがいい」という助言通り、かなめは己の学力に見合った高校へと転入した。

 勉強しつつ、放課後は帰宅部にし、たまに木場らの事務所に顔を出す。銀子もいっしょだ。

「こんにちは」

「かなめちゃん、銀子ちゃん! よく来たね~、まぁ、ゆっくりしてってよ」

 鷹見が笑顔で出迎える。

 埃っぽい事務所は、だいたいいつでも、この鷹見という若い男ひとりきりだった。責任者でありリーダーの木場はいないことが多い。そして、もう一人の男子高校生は、部活の剣道が忙しいとかで、ほとんど来ない。三人とも人狼である、ということくらいしか、かなめは知らない。

(ちゃんと活動してるのかなぁ……どういうとこなんだろ、ここ。ここにいて意味あるのかな? 港は花子は……いつ見つかるのかな……)

 この事務所にたまに顔を出すようにと指示されたときから、かなめには疑問と迷いが渦巻いていたが、ほかにどうするという当てもない。しょうがなく、事務所に来るたびに埃に閉口して掃除しまくる、ということくらいしか出来ない。かなめがここに来ることになったような大事件は、めったにはないということだった。


 なんとなく、日々は過ぎていく。

 当番で料理をつくり、銀子と食べて、皿を洗って、学校に行って。一緒に買い物に行って、遊んだ。

 銀子は髪にあまり構わないので、髪を梳いてやり、そうこうするうちに自分も伸ばしたくなったり。

 銀子の髪はすばらしく滑らかで綺麗で、銀糸のようだった。梳いてやるときが、いちばん平和な気分だった。銀子も悪い気はしないのか、抵抗もせず、気持ちよさそうに身を任せていた。

 あいかわらず事務所は人がいなくて、鷹見のバカ話や愚痴につきあい、掃除して、たまに見かける木場や隆一郎とよそよそしい挨拶をして。

 そして季節は移り変わり、かなめの髪ものびて、肩の下あたりまでに達した秋。それは、起こった。

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