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黄昏と暁のあいだ  作者: 七篠いくみ
永遠の少女と狼の子
16/39

#16

 上から飛びかかると見せかけて、テレジアは素早く着地し、地を蹴った。学ランの男子高校生らしき相手は、腰だめに構えた刀を鞘走らせる。まばゆく光る刀身があらわれる。しかし切っ先はまだ、見えない。抜き終わる前に懐に飛び込める、とテレジアは確信した。

(――――勝った!)

 昼間の吸血鬼の力は弱まるとはいえ、素手で心臓を抉るくらいは造作もない。

 その、澄ましたつらが苦痛に歪むさまを思う存分眺めて、顔をハイヒールで踏みにじってやろう。

 その後ろにうずくまっている優男は、あとから、じわじわと苦しめて殺してやろう。

(どんな殺し方がいいかしら? とりあえず、爪を一枚一枚、ていねいに剥がして……)

 テレジアは朱唇を舐めて愉悦にふるえ、ほっそりした指を揃えて、ぐっと引いて構えた。指先には、するどい爪が光っている。

 さあ、フィナーレだ。有終の美を飾ってやろう。

 ひどく時間がゆっくり流れているように感じるが、テレジアが地を蹴って相手の懐に飛び込むまで、ほんのひと呼吸だ。

 相手の剣はようやく、切っ先があらわれた。その刀身が、鞘よりもはるかに長いことなどテレジアは気にも留めずに、勝利の確信に酔いながら、相手の胸を突く。

 しかし、突きはすんででかわされ、テレジアの腕は相手の脇にがっちりと固められる。身動きの止まったその瞬間に、衝撃がテレジアを貫いた。

 痛い、というよりも熱かった。刃は背中に、足に、肩に腕に、いたるところに刺さって、反対側へと抜けていた。痛みは遅れてやってきた。

 標本の蝶に、たわむれに子供が針を何本も刺したかのように、テレジアはレイピアのように細い数十本の刃に、地面に串刺しにされていた。ごぼっと口から血の泡があふれる。

 隆一郎の光る刀は、生き物のように湾曲し、切っ先は無数に枝分かれし、テレジアを地面に縫いとめていた。隆一郎の意思により、自在に伸び、分かれ、刺し貫くものであるらしい。

 隆一郎のひと振りで刃は抜かれ、テレジアは地べたに落ちる。傷口から、血がどくどくと溢れていく。しかし、吸血鬼なら、これくらいの傷でもすぐに治ってしまう。

 テレジアはどうにか手をついて、仰向けになろうとした。潤んだ瞳で慈悲を請えば、回復するまで時間稼ぎができるかもしれない。さきほどの反応を思えば望み薄なのは分かってはいたが、やるしかない。

 しかし、隆一郎は間をおかず、光る刀の無数に分かれた先端を瞬時に一本の刀にまとめ、振りおろし、テレジアの首を落とした。すぐさま、切り口から凄まじい勢いで血が噴き出して、あたりを朱に染める。

 ごろん、と転がって上を向いたテレジアの首は、きょとんと隆一郎を見上げた。やがて、がさりと崩れて灰になる。テレジアの体も、周囲の血痕も、隆一郎にかかった返り血までも、すべてが灰となり、風に吹かれて散っていった。

 その場に手をついたまま見守っていた鷹見は、まばたきひとつふたつくらいの間に終わってしまった戦いに、なんとも言えぬ表情で、連れを眺めていた。

 これまで、鷹見は吸血鬼退治のために働いてきたが、実戦にかかわるのは初めてだった。

 命のやりとりを見るのも初めてなら、吸血鬼が死ぬのを見るのも初めてだ。今は人外とはいえ、もとは人であったのに、隆一郎は吸血鬼を殺すことに、まるで躊躇がなかった。殺したあとも、隆一郎の涼しげなおもてには、大根でも切ったかのように、とくに何の感情もあらわれてはいなかった。

 ぞわりと、背筋が寒くなる。胃の奥がむかむかしてくる。手の震えがとまらない。

 隆一郎の冷血ぶりを初めて目の当たりにして、恐ろしいのか。偉そうにしていたわりには、赤子の手をひねるようにして、あっさりと倒され、死体も残さぬ吸血鬼が哀れなのか。この先、自分は、こういう戦いについていけるのかと不安なのか。いろいろな感情がないまぜで、鷹見は歯を食いしばった。

 隆一郎の刀にも、もう血は一滴も残っていなかった。

 けがれを払うように一振りして鞘に納めると、隆一郎はうずくまったままの鷹見に手を差し出し、山頂を目で指した。

「立てますか、鷹見さん。皆と合流しましょう」



 * * *



 その二匹の人狼は、見た目にも、とても異なっていた。

 一方はまったく毛がなくて、白くてぬめぬめと光り、口のあたりには放射状に牙が並んで、かちかちと音をたてていた。目も耳も鼻もない。巨大な白いみみずのような、人とは思えない姿はおぞましく、とても、その姿が「本人がなりたかったもの」とは思えなかった。正常な変異を遂げられず、狂気に陥り、もっとも嫌悪する姿になったのかもしれない。

 もう一方は毛むくじゃらで、もつれた毛皮は不潔な臭いを発している。顔の真ん中から長い鼻づらが突き出し、狼と人間をかけあわせたような姿だった。耳はぴんと立ち、前に突きだした長い腕の先にある手は指が五本。鋭い鉤爪は、人間の肉など、バターのようにたやすく切り裂くだろう。口にはずらりと牙が並び、犬歯はとくに鋭かった。カンガルーのようにうしろ足で立ち、敏捷に動く。動きのにぶい白いほうをかばうかのように、前に出ている。最初に跳びかかってきたのも、獣らしいほうだった。

「あぶない、かなめ!」

 銀子に突き飛ばされ、かなめは地面に倒れこんだ。ひじを派手にすりむいて、うめき声が出る。

 びしゃっと血しぶきが降りかかり、かなめは叫んだ。

「銀ちゃん!」

 倒れこんでくる銀子を受け止める。肩口を、ざっくりと切り裂かれていた。

 獣が咆哮し、びりびりと鼓膜が震える。ずるずると、巨大な軟体動物が這い寄ってくる。獣は軟体動物を常に気にかけ、かなめら侵入者から、かばうような位置をとる。

 二匹、もとい元は人間であった彼女らは、どうやら互いに支え合って生きているようだった。

 何かが上から投げ込まれれば、それを分け合って食らい、なければ、ねずみや虫を探して捕らえて、分け合ってきたのだろう。

 これだけ外見が違うのに同胞意識があるのは、もしかしたら、人間であったときの記憶がおぼろげにでもあるのかもしれなかった。

(ああ、ああ、ああ……)

 ひどい。ひどすぎる。こんなことが許されていいのだろうか。

 二人とも、昔は花のような女子高生だったはずだ。何もなければ、今頃は花の女子大生になり、就職して社会に出ていたかもしれない。

「かなめ……」

 ふりかかる雫に銀子はかなめを仰ぎ見て、動くほうの手で、かなめの頬に手を触れた。そうされて初めて、かなめは自分が泣いていることに気が付いた。

「あの子たち……もう、元には戻せないのかな?」

「…………」

 銀子はしばし沈黙して、首を振った。

「私には分からない、けど、あの子たちを助けたいなら、まず私たちが助からないと」

「……そうだよね」

 二人は絶体絶命だった。

 獣が鉤爪を振り上げ、かなめは銀子の手を探りあてて、かたく握りしめる。

(やっぱり、もうダメかも――――)

 半分以上、諦めて、目を閉じる。

 後ろから抱きしめた銀子の体のあたたかさを感じる。

(やっぱり……やっぱり、イヤだ! 死にたくない!)

 もう駄目だ、という諦念と、死にたくないという切望が激しく交互に入り乱れ、かあっと頭の中が熱くなる。

 握りしめている手のひらが、ほわっとあたたかくなる。

 ぐわんという衝撃とともに目の前が真っ白になり、なにも分からなくなった。

 


 気がつくと、真っ白な部屋のなかにいた。

 部屋の真ん中には、小さな女の子が座りこんで、泣きじゃくってる。それを、かなめは少し離れて眺めている。

 その小さな子は、自分だった。過去の自分の姿だった。

 まっすぐに切りそろえられた前髪。腰まで届く長い黒髪。母が毎日、丁寧に櫛を入れてくれた。長い髪なんて、親にとっては邪魔で時間のかかるものだったろうに、かなめが伸ばしたいとわがままを言ったので、叶えてくれていたのだった。

 髪をのばしたかったのは、そのころ、大好きだったアニメの主人公が長い髪で、それがとても素敵だったからだ。たなびく綺麗な長い髪はお姫様のようで、真似したくなった。

 わがまま放題のひとり娘を、両親は甘やかして育てた。

 そして、その心地よい世界は、両親の死によって終わりをつげた。

 施設に引き取られ、衣食の保証はされた。学校へも行けることになった。それでも、あらゆる我慢がついてまわった。

「自分でできるようになるまでは、髪を短くしておこう? 先生も、洗ってあげるまでは出来ないし、髪を結うのも……ごめんね、もっと小さい子で手いっぱいなの。我慢してね」

 抵抗もむなしく説得に負け、長かった髪をばっさりと肩まで切られた。それを皮切りに、あれこれと面倒がふりかかってきた。

 好きな服は着れないし、好きなおやつは食べられない。テレビだってなんだって、我慢の連続。もっと年少な子が優先されて、先生にかまってほしくても、そうそうかまってはもらえない。

 お風呂の順番だって、小さい子が先。

 幼稚園には行っていたが、何日も泊まりでの団体生活など初めてだった五歳のかなめにとって、施設での生活は、順番待ちと我慢ばかりの生活に思えて、苦行でしかなかった。

 面倒を見てくれていた年長の子たちもさじを投げるほど、毎日、泣き暮らしていた。

 お母さんはどこ! お父さん! たすけて!


 衣食住が保証されているだけいいじゃないか、高校まで出してもらえるのに、なんの文句があるのか。

 今ならそう思えるのに、その当時のかなめには、いつもの自分の家ではなく、お気に入りの人形もなく、大好きなメニューをお母さんにお願いすれば夕食に出してもらえる、休日にはやさしい父と母でデパートにいって、屋上でソフトクリームを舐めるのが何よりの楽しみだった、あのあたたかな家が永遠に失われてしまったことが、はらわたがねじくれるほどに悲しいのだった。世界を失ったのと同じだったのだ。


 そんな中に、舞い込んできた養子の話は、かなめにとって救済に思えた。

 いい子でいれば、以前のように、またすてきな毎日が戻ってくる。そう信じることができた。

 信じて、努力しているあいだは幸せだった。

 なかなか馴染めない養母も、やさしそうに見えるが多忙で不在の多い養父も、ふかく考えないで済んだ。

 ほんとうの父母にしか甘えることが出来ない自分を、かなめはかたくなで可愛くない娘だと感じていた。それやこれやの欠点も、勉学に励んで結果さえ出せれば、帳消しになると思いこんでいた。……弟がうまれるまでは。


 弟は可愛かった。生まれつき、父母の愛を一身にうけて、天真爛漫に笑っていた。

 すくすくと育って、かなめを慕って、あとをついてくるようになった。

 かわいい、と思わなければ。そうでないと、この家での自分の未来はない。

 そう分かってはいたが、弟に気に入りのぬいぐるみを取られたり、おかずを取られたり、あれこれの仕打ちを受けて養母に抗議しても「お姉さんなんだから」で済まされてしまう。こんな理不尽がまかりとおっていいのか。

 かなめはだんだんと、弟が目障りになってきた。

 あるとき、わざとはぐれて、泣きながら姉を探す弟の姿を、物陰にかくれて眺めた。

 おねえちゃああん、どこおおお、と涙と鼻水で顔をべちょべちょにして歩き回る弟のすがたに、かなめは、胸がすっとした。

 そのときは、すぐに姿をあらわし、弟を連れて帰った。

 しかし、意図的に弟とはぐれる時間は、それから徐々に増えていった。

 泣くことが増えた弟は、姉についていくことをやめた。

 小学校にあがったこともあり、学校の友達と遊ぶようになり、きょうだいは二人でいることがなくなった。

 弟は姉と距離を置き、他人を見るような目で姉をみた。母親にべったりとなり、母親は母親で弟の言い分を全面的に信じて、姉をしかった。ときには弟は、嘘の言い分で姉を陥れた。無実の罪で母に叱られる姉を見て、むかしいじめられたときの溜飲を下げて、嘲笑うのだった。

 母と弟と、かなめのあいだの亀裂は、どんどんと広がっていった。

 かなめの成績がよいと、母は弟に、おねえちゃんを追い越さないと! とたきつける。

 弟が当時のかなめの成績を越すと、うちの子はやっぱり出来がいいと弟をほめる。どっちにしろ、かなめはほめられなかったが、もうそのころになると、弟とはまったく会話がなかったし、養母とも事務的な会話しかなかった。

 大学に入るまでの我慢だ、遠くの大学にいって、一人暮らししよう。

 そう思いながらも、仲のよい養母と弟が目障りで、誕生パーティに乱入して暴れて、めちゃくちゃにぶち壊した。弟の友人たちは帰り、弟は泣き、養母は怒り狂い、かなめはそれを無視して家を出ようとしたところで、養父が帰ってきたのだった。

 部屋の惨状に察するところがあったのか、養母に言い含めると、養父はかなめを連れて、食事に出た。

「ぼくも出張ばかりで、あまり家のことに構ってやれなくて、ごめん」と、デパートで上から下まで一式、きちんとした服を買いそろえてくれて、ぴかぴかのレストランで食事した。

 ちゃんとしたレストランなど行ったことのなかったかなめは、あじわったことのない豪華な料理と新しいドレスに浮かれて、ぼうっとしていた。

 養母との亀裂は、かなめが暴れたことで決定的になった。もう、あの家にいることは出来ないだろうということは、かなめにも分かっていた。

 そして養父は、経済的にもゆとりがあり、かなめを一人暮らしさせることが出来た。

 ここで養父が、かなめが一人前になるまで支えることを約束して終われば、かなめも施設に戻ることはなかったのだったが、養父は気付いてしまった。

 目の前にいるのが、若く美しい娘で、自分に頼るしかないということを。毎日、交流があれば父としての自覚が揺らぐこともなかったかもしれないが、出張ばかりで年に半年も日本にいない生活のなか、血も繋がっていないとあっては、出来心という言い訳で下衆な本性をさらけ出したって構うまい、と養父は思い、そうした。


「なあ……かなめ。あの家にいるのは、かなめにとっても、お母さんにとっても、よくないと思うんだよ」

 にたにた笑いを心配顔の下に隠して、言葉をつづける。

「どうだい、お金はなんとかするから……ひとりで暮らしてみるかい? 自立できるまで、支援はするから」

「そんな。悪いし……おかあさんが」

「お母さんは大丈夫だよ。お父さんのお金だよ?」

 テーブルの上の娘の手をさぐりあて、握りしめる。

「かなめさえ……よかったら、お父さんはなんでもしてあげるよ。だって、可愛い娘のことだからね」

 娘の手はびくりと震え、離れたそうにしたが、養父は許さず、握る手に力をわずかにこめる。娘の手からは、諦めたように力が抜ける。かなめは、困ったようにテーブルの上に視線を落とす。

 養父は笑い出したいのを堪えた。

 こんなにも若くて綺麗な娘の生殺与奪を握っている。思いのままにできる。この万能感がたまらない。

 妻とは、とうの昔にセックスレスになっていた。息子の教育に集中したい、子供も生んだし、もういいだろうと言うのだ。

 バカにしてるのかと腹が立ったが、それならそうで好きにしてやると、養父は女を買うようになっていた。

(しかしまあ、こうして若い女を囲えるなら、そのほうが)

 かなめも施設には戻りたくないだろうし、言うことを聞くだろう。

 その代り、贅沢三昧させてやるつもりだし、なんの文句があるだろう。

 そう養父は思っていたが、養父の想像以上にかなめは潔癖で、プライドが高かった。囲われるくらいなら泥水を啜るほうがマシだと、養父の鼻っ柱に鉄拳を叩きこんだのだった。



 真っ白な部屋の真ん中で、ぼんやりと立ち尽くすかなめに、背後から声がかけられた。

「かなめ」

「銀ちゃん」

 かなめが振り返ると、銀子が立っていた。以前のように修道服を身にまとい、小さい体で偉そうにかなめを見上げている。

「私が、悪かったのかな……。私がちゃんといいお姉さんだったら、家族は……私を受け入れてくれたのかな」

「かなめがちゃんとしてたって、あの養母は教育ママになっていただろうし、養父は売春宿に通っていた。割り切って、就職するまで厄介になってればいいし、一緒にいるのが嫌なら、全寮制の高校にでも行けばよかったんだ。あの両親なら、喜んで金を出すだろう」

「…………でも、私は、家族で暮らしたかったんだよ。思いやりがあって、あたたかくて、一緒にいると楽しくて……そういう家族になりたかった。貧乏でもよかったのに。そういうのって贅沢なのかな」

「あたたかい寝床があって、食事があって、学校にも通える、それで不足だなんて、贅沢に決まってる! かなめはないものねだりが好きなんだな」

「……そうかもね」

 銀子が笑うのを見て、かなめも苦笑をうかべる。笑いながらも、涙がでてきた。

「銀ちゃん……。私たちって、もう死んじゃったのかな?」

 銀子は、腕組みして深刻そうな顔をした。

「うーん……微妙?」

「え、どういうこと」

「私にもよく分からん。けど、まあ、ほら、死ぬその瞬間に一生分の思い出を振り返るっていうだろう」

「走馬灯!? そんな」

「でもまだ生きてる、かもしれない。ぎりぎりで」

「どっ、どうにかなんないの!?」

 かなめが焦って、銀子の肩を掴んで揺さぶっても、銀子は落ち着きはらっていた。

「実は、私はね、自分さえよければいい、ってやつだったんだよ」

「なんなの、いきなり」

「まあ聞いてくれ。私は日本は平和でいいなんて言ってたけど、この学校は平和じゃなかった。きのう笑ってた生徒が、校長の考えひとつで、今日はいなくなるんだから。今日、廃棄前でもらってきた輸血パックがすこし少なかった。じゃあ、ひとりやろうかってなる」

「えっ……!?」

 顔色をかえて口元をおさえたかなめには構わず、銀子は薄笑いをうかべて先を続けた。

「身よりがいないと、後腐れがないんだって。でも私はもう戦場には戻りたくなかったし、この学校よりほかに行くところもなかったから、すべて見なかったことにして、しょうがないことだったんだと自分に言い聞かせてきたんだよ」

「でも……でも、銀ちゃんはずっと後悔してきたんでしょ? だから、私を追いかけて助けに来てくれたんでしょ?」

 かなめが必死に言い募ると、銀子は表情を曇らせた。

「でも……私には、何もできやしない。盾になるくらいしか」

「銀ちゃんは変身できないって言ってたけど、それはなりたいものがなかったからなんでしょ? だから、前にも言ったけど、それは私が考えるから! なってみて」

「なれたら……いいことがあるかな? かなめとずっと一緒にいられるかな」

 どこか寂しげな銀子の微笑に、かなめはなぜか悲しくなりながらも、勢いづいて頷いた。

「いられる! いられるよ! 私、頑張るから……銀ちゃんも、がんばって! こんなところでお別れなんて嫌だ!」

 じゃあ、と銀子は手のひらを差し出し、握り合う。

「イメージして」

 この苦境を救う、大型の獣。

 銀ちゃんにふさわしく、真っ白でふわふわで大きくて。賢くて美しくて強くて。そして、そして……。



 * * *



 校長室に詰めかけていた人狼部隊の面々は、ぐらりと足元が大きく揺れるのを感じた。

 続く地響きに、隊長の木場が声を張り上げる。

「総員、退避! 退避だ――――!!」

 人狼だけあって、反射速度も並みではない。

 もともと、校舎内の生徒らの避難は完了しており、残っていたのは人狼だけというのもあって、校内からの退避完了まで、そう時間はかからなかった。

 最後のひとりが校門から出ると待っていたかのように、校庭の中心が、ぼこりと湾曲する。

「……もう山もダメだ! 車を出せっ、早く!!」

 木場の号令で輸送車が次々と走り出すその背後で、校庭の中心部に出来た穴に、校舎と木々が呑み込まれていく。

 なんとか命からがら、ふもとにたどり着いた人々が見たのは、砂山のように崩れていく山と瓦礫の中から、空へと舞いあがる白く巨大な獣だった。

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