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黄昏と暁のあいだ  作者: 七篠いくみ
永遠の少女と狼の子
12/39

#12

 ――――5月中旬の早朝。

「こちらが被害者の自宅です」

 若い巡査が、マンションの一室の玄関の鍵をあける。立ち入り禁止のテープなどはもう、剥がされている。

 巡査は鷹見と隆一郎を部屋の中に通し、自身は玄関に留まった。その目はうさんくさそうに、鷹見と隆一郎に据えられている。鷹見はちゃらちゃらとしたヤンキーのような見かけだし、隆一郎は高校の詰襟の制服姿で、かなり怪しい二人組に見える。

 事件から一週間以上が経過していた。「臭跡」を追うにしても、遺体はすでに検死が済み、荼毘に付されている。被害者が身につけていたものなどは証拠品として、この地区の警察署に厳重に保管されている。それらに触れるには面倒な手続きが必要だったので、鷹見は被害者の自宅を見せてもらうことを提案したのだった。

 巡査は上から詳しい事情は聞いていないらしく、訝しげな顔をしている。探偵ごっこでもしているように見えるのだろう。いや、おそらく、事情を知っていたとしても、同じような表情をしているに違いない。


 鷹見は、部屋を見回した。なかなか、いい部屋だった。

 2LDKのマンション。建物の玄関のポストから奥は、パスワードを打ち込まないと入れないようになっており、エレベーターがあって、部屋の中はけっこう広くてフローリング。トイレ風呂別。駅から5分。都心近くの、どこかのドラマに出てくるような部屋。月いくらなのやら、と思う。

「どうよ。分かる?」

 鷹見が尋ねると、隆一郎は頷いた。

「これなら追えます」

 鷹見は内心、舌を巻いた。捜査官などが大勢出入りしたあとで、さらに日数もかなり経っているというのに、会ったこともない、たった一人の女の臭いを嗅ぎ分けられる。人間業とは思えなかった。

(まあ、人間じゃないけどね)

 鷹見は一人ごちて、隆一郎に聞いた。

「すごいね。なんか特徴でもあるの?」

「ヤツらの臭いは特徴的ですよ。すぐ分かります。熊とか、強い肉食獣みたいな……本当にそういう臭いがするわけじゃないんですが、本能的に『よくない』と思える臭いなんです」

「へええ……」

 鷹見が空気を嗅いでも、閉めきった部屋の埃っぽいにおいしか感じない。隆一郎ならではの能力といえた。

「しかしまあ……結構な部屋に住んでいたのに。可哀相に……」

 もしかしたら、分譲マンションだったのかもしれない。世の中はバブル真っ盛り、狂騒的に小金持ちまでもが不動産を買い漁る時代だ。この被害者の両親は資産家だというし、可愛い息子に財産として買い与えたのか、将来の値上がりを見越して投資として購入したが遊ばせておくのももったいないと、息子に貸しているのかもしれなかった。

 どちらにしても、前途ある若者が死んだ。ちょっとだけ女好きで、会ったばかりの女を部屋に招くような、不用心さはあったかもしれないが(それだって吸血鬼の『魅了』のせいかもしれない)、死ぬほどの罪は犯していない。

「……仇、取ってやろうぜ」

「はい」

 いつも無表情な隆一郎が珍しくも、力強く頷いた。


 鷹見はそれからレンタカーを借り、助手席に隆一郎を乗せて、東北新幹線になるべく沿うように車を走らせた。

「なんか分かったら言ってね」

「はい」

 隆一郎は助手席の窓を開けて、外の空気に犯人の女の臭いを探している。その手は、いつものように、竹刀の入った袋を大事そうに抱きかかえている。

「……試合ってことで出てきたから、持ってくるのは分かるけど。後ろに置いておいてもいいよ?」

「ああ、これ、こうしてないと落ち着かないんです」

「ま、いっけど」

 鷹見は横目で、隆一郎を眺める。スポーツマンらしく短く刈った髪に、涼しげに整った顔。背もそこそこ高いし、体も鍛えている。態度は高校生らしくなく落ち着いている。

「お前さー、モテるっしょ?」

「何ですか、いきなり」

「ラブレターもらったこと、ありそうだもんな。下駄箱開けたら、ドワーッ! みたいな」

「漫画じゃあるまいし」

「あるんだ?」

「まあ、あります」

「えっ、それ、どうしたの?」

「青信号になりましたよ」

 鷹見は慌てて、ハンドルを握り直した。


 高速ではない道をちんたらと走り続け、二時間ほど経ったときだった。

「鷹見さん。来ました」

「おおっ」

 鷹見は慌てて車を脇に寄せて止め、車外に出た。田畑のど真ん中で、あたりは閑散としている。

「どのへん?」

「たぶん、線路の反対側です」

「あちゃー、あっち側に出るのは大変そうだなあ……」

 線路を眺めて、鷹見は嘆息する。

「しかしまあ、新幹線飛び降りるとか」

「駅で降りると、どうしてもカメラにひっかかるから、一つ前の駅で車外に出て、屋根にでも貼りついていたんでしょうね」

「蝙蝠になれるタイプかな? そうでなくても、なんとかなるんだろうけど。ただの人間なら認識を変えて、『見なかったこと』にできるもんな。追跡を逃れたいからって、よくやるよ。結局、ごまかし切れてないけど……」

「行きましょう、鷹見さん。敵は近いですよ」

 田植えが終わったばかりの田んぼには、青々とした苗が規則正しく並んで、風にそよいでいる。


 さらに臭いを追って、一時間もすると、小さな町に行きあたった。

「なんだここ……ゴーストタウン?」

 映画館に喫茶店、本屋に服屋など、女の子が好みそうな綺麗な店が並んでいるが、どれも閉まっている。

「…………」

 隆一郎は、空気を嗅いだ。考え込むように、顎に手を当てる。

「鷹見さん、ここ……狼の臭いがします。一週間以内」

「犯人の臭いは!?」

「しますけど……薄いですね。一か月以内。ここまで辿った臭いと同じ薄さです。たぶん、普段はここに来ない」

守護者ガーディアンの人狼はここに頻繁に来てるってことは……?」

「犯人の住処が近いってことですね」

 二人はとりあえず、路地に身を隠した。

「この町って何なんだろ」

「とりあえず、女の臭いを追いますか?」

 そこで、隆一郎が「あ」と声を漏らした。

「通行人がいます。人間。若い女性……住民?」

「よし!」

 鷹見は首だけ通りに突き出し、左右を確認した。高校生ぐらいの女の子がカフェの裏口から出てきて、ひとり、こっちにやって来る。ほかに人の気配はない。

「ねっ、キミ、キミぃ~!」

 鷹見は愛想のよい笑顔を作って、手を振った。女の子は驚いた様子だったが、鷹見の身なりを見て、とくに不審には思わなかったのか、鷹見が歩み寄っても逃げはしなかった。

「このへんコンビニなくってさあ、困ってるんだけど。この町の店って、全部閉まってる?」

「あ、ハイ、ここ、週末しかやってないんですよ。いつもは閉まってます。近くから、みんな、週末だけお店を開けに来るんです。ここって、あの……山の上にある学校の生徒さんのための町なんです。週末も、警備がいるから、普通の人は入れないんですよ。私はそこのカフェの店員だけど、忘れ物しちゃって……」

 話しすぎたと思ったのか、少女の表情が硬くなる。

「あ、あの、コンビニなら、そこの国道ぞいに車で10分も行くとありますから! じゃあ、急いでるので……」

 ごめんなさい、と少女は駆け出した。近くに停めてあった自転車にまたがると、すごい勢いで走り去っていった。

「山の上の学校、だって。このへん、この町以外には何もなさそうだし……」

「……そこみたいですね。臭いは、山のほうに続いています」

「いよっし! 突入! ……の前に木場さんに連絡しよう」

 もちろんです、というように、隆一郎は無言で頷いた。



 そして、六月中旬。

 今日こそ校長に直談判してやるという決意をこめて、かなめは鼻息も荒く起床した。

 本日は日曜日。校長の礼拝が終わったあたりで、礼拝堂で問い詰めようという腹だ。礼拝堂ならメイドはいないし、狼の子もアルもとい「銀ちゃん」しかいない。ほかの二人は眠っているはずだから、何事かあっても来るのは遅いだろうし、吸血鬼の教師たちはいぎたなく眠っているかもしれない。平日の日中や放課後よりは、よほどいい。

 そう考えて、計画を練りに練り、気合いをこめて談話室で朝食を摂っていた。

 TVは、今日のニュースを流している。動物園で白熊の子供が生まれたという、のんびりしたニュースだった。

 朝食のメニューは、オレンジジュースとミニサラダとクロワッサン、ハムエッグ。これはこれでおいしいが、血液の美味しさとは比べものにならない。生き血はおいしいというが、どれほど違うのだろう。いやいや、そんなことを考えてはいけない、とかなめはもぐもぐと咀嚼しながら、ぶるぶる首を振ったりと忙しい。

「なに、難しい顔してんの~? また、しょうもない悩み?」

 花子が笑うと、港がたしなめる。

「どんな悩みでも、本人には切実なの! バカにしない!」

「へいへい」

 二人のやりとりにかなめが苦笑していると、いきなり談話室の扉が開いて、狼の子がふたり入ってきた。二人とも、ベールで頭を覆った修道服姿だ。「銀ちゃん」ではなかった。

 赤い髪の子は「銀ちゃん」と同じ12歳くらいに見え、小さくて気が強そう。艶やかな長い黒髪のほうは背も高く、15歳くらいには見えたが、つんと取り澄まして冷たそうだった。黒髪のほうが口を開いた。鈴を振るような声だった。

「かなめさん。校長先生がお呼びです、すぐ来るように」

 どきん、と鼓動が跳ねあがった。

(バレた!? どうしよう、どうして……まさか、まさか銀ちゃんが……裏切った?)

 どきんどきんと、心臓は早鐘を打つ。この鼓動の早さも、狼の子には筒抜けだろう。

(落ち着け、落ち着け……!)

 一生懸命念じるが、脈拍はなかなか戻らない。

 蒼白になった級友を見て、花子と港は心配になったようだ。

「大丈夫だよ、きっと……なにか……任務とか?」

 花子が考えこむと、港がかなめに微笑みかける。

「いい話かもしれないし、落ち着いて。朝食はあとでまた食べる?」

「う……もういいかな……」

「じゃあ、片付けておくから。気を楽にして、行っておいで」

「ありがと、港」

「いい話だったら、なにかおごって!」

 花子が頑張れ、と言外に励ます。

 狼の子ふたりに付き添われ、かなめは談話室をあとにした。

 花子たちには笑顔を見せて部屋を出ていったが、心の中は嵐のように荒れ狂っていた。

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