槌
これはひとつの、御伽噺。
第肆話 御伽集 槌
其ノ弌
夏。
僕は夏ははっきり言って嫌いだ。
暑いし、何をするのも億劫になる。 できることなら学校にも行きたくはないし外に出たくない。家でクーラーをつけてだらけていたいような季節なのだが、今回はそうもいかなかった。
今回も、というか。
夏休みくらい家にいさせてほしい。
去年の夏は妹達に家から引っ張り出されて海やらに連れて行かれたような気がする。そんな記憶はほぼ薄れているけれど。
うだるような暑さの中、僕は今歩いている。
現在八月上旬。つまりは夏休み。
アスファルトから照り返す熱で陽炎ができるような気温の日、僕は御巫に呼び出され、のっそりと腰を上げたわけだ。
御巫といえば。
何を隠そう僕と御巫は恋仲になったのだ。
つい二ヶ月ほど前の話。今に至るまでの間に何かがあったのかというと。
何もない。
いや、まあ。一緒にお昼ご飯食べたりはするけれど、朱雀も一緒だから何かあったというほどではないだろう。
ちなみに朱雀までもが僕を好いてくれているという驚愕の事実だ。何ということだろう。
朱雀からの告白は、本当に申し訳ないけれどお断りした。
僕が好きなのは御巫であって御巫以外ではないのだ。もちろん、likeの対象はたくさんある。loveなのは御巫だけ。
英語で説明すると途端にダサくなだてしまうのは何故なのだろうか。
閑話休題。
何のために僕が呼び出されたのかと言えば、僕は知らないのである。
とにかく御巫の家近く、表裏結線あたりまで来いとのご所望だった。
「あっちぃ」
声に出しても暑さは和らぐことなく。
「何なんだよこれ……地獄かっつーの。地獄ってのは地球の下じゃねーのかよ。地球温暖化のせいで地球が地獄になったのか?地獄が地球なのか?」
我ながら意味不明である。
アスファルトと頭上の太陽に身を焼かれる思いをしながら、表裏結線前に着く。といっても、表裏結線自体は見えないのだけれど。
「あー、早く来ないかなあ御巫」
彼女はまだ着いておらず、この炎天下、僕は待つ羽目になった。
「こういう時に幼女とか幼女とかと遊べたら僕はもうここが地獄でも天国だと思えるな。幼女いれば全て良し、みたいな?」
「あのー……」
「例えばこの時期だと幼女は私服だし、スカートを履いてるかもしれない」
「あの……」
「そう、目の前にいる幼女のように……ってんん!?」
幼女がいる!
知らない幼女がいる!!
ここはもしや、天国なのか!?
「あの……」
「心配するなお嬢ちゃん、僕は紳士だから、変態なんてしないよ。例えばスカートをめくったりとか」
と言いつつスカートをめくる。
「きゃぁぁあああああ!!!変態さんでしたぁあ!」
「惜しいっ!」
あと少しで見えていたのに!
「惜しいっ!じゃないですよ!変態野郎め!」
「僕は変態じゃない!紳士だ!」
「変態紳士ですね!わかります!」
わかられていた。
「ふっ……ばれていたら仕方が無いな。そうだ、僕は変態紳士だ。何か文句はあるかな?」
「うわっそこまで自信たっぷりに言われると文句はないです!」
勝った。
ーーーじゃねえよ僕。
何初対面の幼女にセクハラしてんだよ。セクシーハラスメントだよ。
「違います、セクシャルハラスメントです」
「はあ?どっちでもいいだろ?セクシーの方がエロいだろうが、アホめ」
「アホ!?私はアホなんかじゃありませんよ!ていうか!道を聞きたいのですが!」
と、話題を変えてきた。
この幼女、中々やるぜ。
「道、だと?じゃあ名前を教えてくれるかな」
「何がじゃあなんですか!鈴河隠です!」
「へえ。可愛いな、鈴河」
何が、と言いながら教えてくれる鈴河隠はやはりアホだと思う。
「いきなり呼び捨てなんて図々しいです!」
知らねーよそんなこと。幼女なんだからいいだろ。
「道を教えてくださいよ!」
「わーかったわかった。携帯とか持ってる?」
は?と首を傾げる鈴河。
「持ってますけど……」
と、すごすごと携帯電話を取り出す。
僕は光の速さでそれをうばっ……もらった。
「何するつもりですかー!」
携帯を取り返そうとするも、まだ僕の方が身長が高いので届かない。
僕はロックのかかっていない不用心な鈴河のメールアドレスを僕の携帯電話に赤外線で送る。
「ほい返す」
と、僕は鈴河に携帯電話を渡した。
「何したんです!?」
「なぁに、ちょっとした礼だよ」
「意味わかりません」
「道教えてやる代金だと思え」
「ぐ……くぅ……仕方ありません……ってあなたの連絡先が……!?九十九錦というのですか」
「いかにも僕は九十九錦だが?」
「ふうん、へー。まあどうでもいいですけどねっ。一度きりの出会いですから」
「おいおい悲しいこと言うなよ、僕は一度会った幼女とは運命と称してストーカー行為に及ぶさ」
「それは運命じゃありません!」
僕の仕事が鈴河にいってるな。ツッコミ引退かもしれない。
これからはツッコミは鈴河隠にやってもらおう。
「ていうか、それは犯罪なのでは……?」
「ん?ツッコミを任せることが?」
「違います!ストーカー行為に及ぶことです!ツッコミも任せないでください!」
怖い怖い。
そんなに怒らなくてもいいじゃん。
「あ、そうだ。道だっけ?」
思い出したように、鈴河は頷いた。
こいつも忘れてるし。
「どこ?」
「向こうです」
「ああ、向こうね。それはーーーってわかるわけねえだろ!」
指差すならまだしもそれもねえ!
九十九錦、人生初のノリツッコミ。
「駄目駄目ですねぇ、九十九さん」
幼女に鼻で笑われた。屈辱だ。
「本当はどこなんだよ。僕はそういえば一応待ち合わせしてるんだよ」
「海神高校といえばわかりますか?」
海神高校?何か聞いたことあるような……。
そんな学校この街にあったかな。
「…………ああ!」
思い出した。
「何ですか?まさかわからないとでも?」
訝しむような目で僕を見上げる鈴河に、僕は笑顔で答えた。
「いや、思い出したんだよ」
海神高校といえば僕が通っている学校じゃないか。まったく、忘れてたぜ。
「では早く教えてくださいよ。私だって急いでるんですから」
「はいはい」
僕は鈴河に優しく、優しく道を教えてあげた。
別れ際に鈴河は振り向いて、
「無理やりな運命作らないでくださいよ」
と言ったのだった。
「ーーーそれにしても御巫遅いな」
幼女とどうやら四十分近く話していたようだが、御巫の姿は見えない。
「つっくーも君」
後ろから声を掛けられ、振り向くと御巫だった。
「おお御巫。何だこのタイミング」
まるで幼女との会話が終わるのを待っていたようなタイミングだった。
ていうか、御巫私服じゃん!
かわいい!かっわいいーっ!!
白の膝上くらいの丈のワンピースに、デニム生地のボレロ……というのかはわからないが、半袖のアウターを羽織っている。
後は長く、深海のような深い青の髪を白いリボンでポニーテールに結いている。
ーーーん?
「御巫ってそんな髪の色だったか?」
もう少し薄い青だったような気がする。
「え?ああ……何だか最近濃くなってきてるのよね。何でかしら」
「さあ?夏の日差しのせいとか」
「だったら毎年なってるわよ」
「それもそうだな。んー……何でだろうな」
僕らは首を傾げる。
「まあいいわ、そんなこと。九十九君、暑いでしょ?私の家に行きましょう」
果たして『そんなこと』で済ませていいのかはわからないが、本人が言うならいいのだろう。
「おう、わかった」
僕達は表裏結線を通って、御巫の家に向かった。
夏のとある出来事。
迷子の鈴河隠。
夏休みは、平凡には終わらない。
其ノ弐
御巫の家に着いた僕らは、クーラーによって冷えていた部屋にいた。
御巫の家では紅茶が主流なので、紅茶に氷を二、三入れたアイスティーを飲む。
「はあー……まじ夏とか滅びればいいのに」
「私は結構好きだけどね、夏」
御巫はクーラーの温度を少し上げた。
「怠いじゃん?蝉も煩いし、暑いし、その割りには外に出る機会は多いし」
補習とか。
「まあ、そうかもね。私は夏休みって外に一切出なかったりするからあまりわからないけれど。しかもクーラーかかっているし」
「なんと……それは羨ましいぜ」
僕もできれば外に出たくないんだけどなあ。今日のは例外として。
恋人の呼び出しを暑いからって断る彼氏いねえよ。
「そういえば九十九君」
突然、御巫の目が冷たくなった。
「幼女と遊んで、さぞかし楽しかったでしょうね」
「………………」
「良かったわね。『生きてる幼女』と知り合えて」
「…………御巫」
「ああ、別に嫉妬しているわけではないのよ?九十九君が私のことを愛してくれているのは充分承知しているし、でも九十九君ってば優しいから、困っている人やかわいい女の子を放っておけないのでしょう?ただ」
と、御巫は僕と唇が触れそうな位置にまで迫る。
「あんまり浮気するようだったら……相手を殺すかも、ね」
思いっきり嫉妬してるじゃねえかよ!
ていうか近い!
「わ、わかった。浮気とか絶対しないからさ。離れてくれない?落ち着かない」
「え?私としてはこのまま九十九君のファーストキスを奪ってもいいのだけれど。ファーストキッスを」
「わざわざ言い直さなくていい!何か僕が女子みたいだからやめろ!」
「ちっ」
舌打ちされた……。
御巫は元の位置に戻り、僕の方の紅茶を飲み干した。
「間接キスで誤魔化してんじゃねえよ……」
「あらやだー、九十九君ったら、私が九十九君とちゅーできないからって気分が落ち込んで、とりあえず間接キスで我慢しておこうかなみたいな言い草して。まったく変態紳士なんだから」
「まさにその通りだろ!?何も間違ってないじゃん!」
こいつも回を追うごとに変態度が増しているような気がする。気のせいかな。
「っていうか、何のために呼び出したんだ?神剣?」
そろそろ本題に入らなければならないような気がしたので、僕から切り出した。
「いえ。今回は神剣とか、そういうのじゃないのだけれど。その前に九十九君」
「あ?」
御巫は、彼女のコップを手に取る。そして僕に突きつけた。
「……何?」
「べ、別に、お互いに間接キスしようなんて、言ってないんだからね」
唐突なツンデレだな……。
ちょっと目を伏せて言う御巫、かわいい。でも間接キスを強要されてる。
ある意味セクハラだ。
「言ってないんだったら飲まないけどな?」
言うと、見下したような目で見る。
「は?今のは『萌えー』とか言ってそこらへんの豚みたいに紅茶を飲むべきだと思うわ。それとも九十九君はツンデレが好みではないの?私の渾身のツンデレだったのに」
「豚は酷いだろ!ていうか……別にツンデレが嫌いなわけではないけれど」
「一生見られないわよ」
「え!?それは貴重だ!」
結局飲んだ。
でも別に何も感じないんだけれどな。ちょっと残念だった。
「……やだ、照れる」
「照れるじゃねえよ、御巫がやれって言ったんだろうが」
「照れてもいいでしょう。えーと、何の話だったかしら」
頬を少し赤くして照れてる御巫。かわいい。あれ、かわいい。どうしたらいいんだ?
「えっと……そう、何のために呼び出したんだって話」
ああ、と思い出したように、御巫は少し笑って言った。
「九十九君、私達付き合って二ヶ月も経つのに、まだ恋人らしいこと何にもしてないじゃない?」
「そうだな、うん」
「ーーー恋人同士、することと言えば?」
「間接キスか」
「神剣刺そうかしら」
「ご遠慮します!」
「I kill you」
「殺すな!」
「デートでしょ、九十九君」
「…………なるほど」
そういえばそんなものがあった。
僕は彼女ができたのはもちろん初めてなので、よくわからない。
そういえば初めの頃は御巫は、話しかけたら毒舌攻撃、誰とも話さない、みたいな噂があったような。えーっと……何とかが言ってたんだっけ。名前を忘れたけれど。
だったら御巫も初めてなのかもしれない。
「ほら、私は九十九君みたいに少女漫画で勉強してるから」
「今僕みたいにって言ったか?なあ、言ったのか!?」
僕は少女漫画なんて読まないぞ。
どちらかというとせいね……少年漫画しか読まない。
そういえばジョ○ョはまだ三部の途中までしか読んでいなかった。伏字にしてもバレバレな気がする。
「煩いわね。とにかくデートよ、デート。どこに行きたい?海?海?」
「デートに行くのは構わないが、何故か選択肢が一つしかないような気がするぜ」
「あなたには選択肢も決定権もないのよ」
「決定権くらいくれよ!」
それじゃあ何もかもが御巫の思い通りになるじゃん。
あれ、今のところほぼ思い通りじゃね?
「そうね、私は海がいいわ」
「だろうな……」
そのつもりならどこに行きたい?とか訊かなくてよかっただろ。
「海でいいの?」
「まあ……別に。御巫が行きたいなら」
「やった」
そう言って微笑んだ御巫は、普通の高校生らしかった。
僕らは、普通の高校生ではないのは当然。御巫なんかは、特に。
人にはない力。
周りから浮いた青髪。
閉ざしかけた人間関係、知らない表世界。
聞けば御巫は、高校に入ってからと言うものの、ほぼ誰とも口を聞いていなかったらしい。
一人席で佇んで。
そんな彼女と、無理やりにでも知り合えたことは幸運だ。
こんなにも僕に心を開くとは思わなかったけれど。
「じゃあ、いつにしようか」
僕は訊いた。
「うん、そうね……」
僕らは明後日の金曜日の夜、海神駅で待ち合わせした。
僕はその後、御巫の家で遊んで、家へ帰った。
その途中でのこと。
見たことのある、人影。
肩にかかるか、かからないかのボブの髪。小さな身体。
あいつは。
「ーーーーーーダッシュ!!」
掛け声とともに僕は彼女に向かって突進した。
頭から背中に突っ込む。
「ぎゃあああああ!!!!」
「やあ!運命だな!鈴河隠!!これは無理やりじゃなくマジで運命!」
「離して下さい!触らないでください!気持ち悪いです!死んでくださいっ!」
思いっきり蹴られたので、仕方が無いから離れた。
もう少し触らせてくれてもいいのに。ケチな奴だぜ。
「こんな運命いりませんでした……」
落胆した様子の鈴河。
そこに少しの違和感を感じた。
「あれ?鈴河、お前なんか……」
変、と言おうとしたところで、鈴河は僕から少し離れた。
「な、何ですか!近づかないでくださいよっ、この変態紳士!」
「くっ……随分な言い草だぜ。だってお前本当にさ」
「あれ?そこにいるのは九十九先輩じゃないか!」
と、後ろから懐かしい声がしたので振り向くと、そこには御巫の師匠、燈梨疎がいた。
「やー、奇遇だな。実は私、たまにこちらに来て妖怪がいないかどうか確認しているんだ」
「へえ。そりゃ偉いっつーか……ご苦労だな」
「あなたに上から目線とかされたくないですけどね。ところで九十九先輩は、何を?」
ーーーん?
また疑問に思うことが。
何をしてるって、見ればわかるだろうに。
後ろにいる鈴河をチラ見すると、上目遣いで心配そうにこちらを伺っていた。
「えっと……御巫のところに行って、帰ってきたところ、だけど」
「ふうん。じゃあ先ほどのは独り言か?」
疎のその言葉を聞いて、僕の心臓は高鳴った。
「……まあ、九十九先輩のことだからそんなこともあるのだろうが。おっと、いけない。私はそろそろ帰らないと」
僕の心臓は、どんどん鼓動が早くなる。音が大きい。疎の声も聞こえないほどに。
「そう、か」
一言答えるのが精一杯だった。
「それじゃあな、九十九先輩。逢魔が刻だからと言って、幽霊に会うなんてことはないだろうが、気をつけろよー!」
そう言って、疎は僕の横を通り過ぎて、走って行った。
それでも尚、僕の心臓は早まったままだった。
恐る恐る、しかし表情や仕草には出さずに僕は鈴河を見た。
「九十九……さん」
細い声で、彼女は呟いた。
「鈴河、話したくなかったら、言わなくていい。訊きたいことがある」
僕の声も、心なしか震えていたように思う。
僕の言葉に鈴河は頷きもせず、否定もしなかった。ただ怯えているように見えた。
僕はなるたけ、落ち着きながら言った。
「ーーーお前、生きてるんだよな?」
鈴河の身体が、表情が揺れる。
「な、何を……言っているんですか。九十九さん」
「お前は、御巫に……僕の知り合いに、『生きてる幼女』と言われてた。少なくとも朝は、お前は……」
そこまで言うと、彼女は自分で、ぽつりと言った。辛うじて聞き取れるくらいの大きさで。
「そうです」
「…………」
「私は、つい先ほどーーー死にました」
僕は。
何と声をかければよかったのだろう。
其ノ参
「つい、先ほどって」
僕は動揺を隠せなかった。
僕は苦しくないはずなのに、胸が痛い。何となく、嫌な予感はしていたのに。
「正確には……いえ、正確にはわからないんですけど。目が覚めた……意識を取り戻した時には、昼頃だったかと思います。日差しが強くて、立ち上がったら朦朧としてーーーそれでも、私、歩いたんです。海神高校に向かって」
あれから、僕に会ってから二時間も彷徨っていたのか。方向音痴なのだろうか。
僕は静かに聞いていた。
「それで、ええと……そうです、やっぱり道がわからなくって、人に尋ねようって思って、通りかかった人達に話しかけました。たくさんたくさん、話しかけました」
でも、と彼女は。
ーーーでも、誰も私に気づかないんです。
「可笑しいじゃないですか。たくさん話しかけているなら、どなたかは心優しく答えてくれるって、九十九さんがそうしてくれたように、道を教えてくれるって。淡い期待と、濃くなる恐怖に耐えて……やっと、自力で海神に着いた時に、私、気づいたんです」
気づいた。
そこに至ってやっと。
ーーー自分が死んでいることに。
「誰も私を見ませんでした。視界に入れませんでした。目が合うことさえありませんでした。当たり前です。私は幽霊だったんですから、当たり前です」
「でも、でも僕は」
僕には見えている。触れている。
「九十九さん、霊感とか、あります?」
「ねえよ。全く。そういうのだったら、疎や御巫の方が……持ってる可能性は高い、だろ」
「じゃあ、何故……でしょう?疎さんと仰るその人も、私のこと、見えていませんでしたが」
「何でだろう……」
僕らは首を傾げた。
僕は霊感なんていうものはない。
強いて言うなら、炫が持っていたような、ないような。
そこではた、と思い至った。
「なあ、鈴河。うちに来てくれ」
「はあ!?九十九さん、いくら私が幽霊だからと言って、家に連れ込んでどうするつもりですか!えっちぃことするつもりですね!いやらしいですっ!!」
「何でシリアスムードを壊す……」
今まで何度もシリアスムードは台無しにされてきたような気がする。
シリアスムードブレイカー御伽集。
嫌な題名である。
「じゃなくて、僕の妹に霊感あるらしい奴いるんだよ。そいつなら見えると思って」
「ああ……成る程。そういうことでしたら、着いて行きます」
意外にもすんなりと納得してくれた。
そういうわけで、僕と鈴河は、九十九家に向かった。妹が帰っていることを信じて。
家の鍵を開け、中に入るとすぐに炫がいた。
「あ、お兄ちゃんおかえりなさーい」
「ただいま……っていうか、お兄ちゃん?」
「ああ、いつまでも錦ちゃんじゃ駄目かなって」
「いや、お兄ちゃんとかやめろ。気持ち悪いぞ」
「えー……残念」
「残念がるな」
ため息をつき、靴を揃える。
一応、鈴河も同じようにした。
「あれ?錦ちゃん、その子……」
「……やっぱ見える?」
尋ねると、炫は頷いた。
鈴河に近寄って、ぺたぺたと触り始める。
「おおぉ、すっごい!触れるよ!すごぉぉおい!」
「え、えっと……あのう……」
困ったように苦笑いをしている。しかし炫はお構いなしに鈴河に触る。
「お名前はあるのっ?」
「あ、ええ……鈴河隠です」
「隠ちゃん!かっわいいー!」
「ど、どうも」
確実に戸惑っている……。
僕は炫を引き剥がす。
「錦ちゃん、何をするのよー」
「鈴河が困ってるだろうが。やっぱ、幽霊……なんだよな」
「え、うん。ていうか錦ちゃん霊感あったっけ」
「わからん。鈴河は見える。そんだけ。鈴河、ちょっと来い」
言うと、鈴河は僕についてくる。
僕はそのまま、自分の部屋に行き、鈴河を部屋に入れて鍵を閉めた。
「何なんですかあの……妹さん?あれ妹さんですか?」
「うん」
「めちゃくちゃ触られたんですが……ぞわぞわします……」
そこまでかよ。
どんだけ触ってたんだろう僕の妹……。
「まあ、座れよ」
「はあ……」
鈴河は床にちょこんと座った。
「お前、海神に行こうとしてたんだよな」
「はい」
「何しに?」
「えっと……」
「あ、いや、言いたくなかったらいいけれど。嘘をつくのはだめだが黙秘権はある」
「自慢気に知識を披露しないでください。それ、中三の勉強です」
ちっ……ばれたか。
あれ?こいつ小学生だよな?
「じゃあ、黙秘権を行使します!」
と、胸を張って言う彼女。
残念なことにあまり胸はなかった。
「えっと、じゃあ、何で死んだのか……とか」
「それは、ええと。思い出せません」
「さっきも言ってたもんな」
「他に何か……」
僕は腕を組んで考える。
他、他に……。
「お前、死んだ場所は?」
「わかりません。でも、目が覚めた場所なら……ってたどり着けませんよぅ」
あうー、と困り顔だった。そういや方向音痴なんだっけ。
僕も別に、ここらの地理に詳しい訳ではないので、地名や住所、周りにある目印などを聞いてもわからないとは思うが……。
「目印とか、なかったか?」
「目印ですか……」
鈴河は首を傾げながら、うーんと唸る。やがて、頭を垂らして、
「覚えてないです……」
と言った。
「そうか……今日、死んだんだよな。それは間違いないよな」
「はい」
「じゃあ死体はあるわけだ、どこかに」
「たぶん」
「今は夕方か……死んだのは、午前?」
「……おそらく」
「車に轢かれたとか」
「……わかりません」
「通り魔じゃないよな」
「……わかりません」
「バストは何センチだ?」
「ええと、A……じゃないですよ!何で話を逸らすんですか!」
鈴河、どうやらAカップらしい。
とりあえず、情報整理だ。
鈴河隠、Aカップ。
「要らない情報整理いりません!!」
「あ?必要だろうが。……っていうか、お前何才なんだ?」
「え?12です。小学六年生です」
「ふうん……小六ね」
改めて。
鈴河隠、小学六年生、12歳。
今日、午前未明死亡。死因不明。
場所も不明。
現在幽霊として、僕の部屋にいる。
海神高校に行く途中に何かしらあったと思われる。
Aカップ。
ーーー確認すると、不明な点が多すぎる。
でも無理やりに訊くのは、あんまり……やりたくないな。
「あの、九十九さん?」
「ん?」
「何かするつもりでしたら、私は別に……」
おずおずと、彼女は言った。
「今日会っただけのあなたに、そこまでしていただくなんて、そんな申し訳ないこと出来ません。どうせそのうち……警察なりなんなりが、調べるんですから」
「鈴河!」
僕が叫ぶと、鈴河はびくっと、体をすくめる。
「今日あった『だけ』だなんて言うな。警察が動く。そりゃそうだ。僕なんかが何かしなくたっていつか解決する。でも」
それでも、僕が。
「僕がお前のために何かしたいんだよ」
「…………九十九さん」
鈴河は少しうつむいて、それから僕を見る。
「私を探してください」
「鈴河……」
「私の名前と、同じです。これは隠れんぼです」
鈴河は、子供とは思えずに強かに笑った。
「見つけてください。もう、いいかい?」
其ノ肆
「炫。僕は出かけてくる」
「え?」
リビングでくつろいでいた炫に声をかけ、返事は待たずに外に出た。
そこまで広くはないとは言え、歩きで、しかも暗中模索の中探すのはいくらなんでも時間がかかりすぎる。
僕は自転車に跨る。
「鈴河、乗れよ」
黙ってついてきていた鈴河は顔を上げた。
「えー、嫌ですよ。変態紳士九十九レンジャー、九十九レッドの後ろに乗るなんて」
「意味わからん戦隊ものを作るな!」
「何されるかわかりませんし」
「信用されてねえな!」
さっきまで何となく頼られてたのに!
はっ。さては……。
「これが本当のツンデレというやつか……!ちくしょう、こんな萌えポイントにも僕はすぐに気づかないなんて!」
「いや、全くもって違いますし!そんなんだから後ろに乗りたくないんですよ!」
いや、でもまさか……ツンデレにも種類があるなんてな。
「いや、でもまさか……ツンデレにも種類があるなんてな」
「語りがダダ漏れですが!?」
「おっと、いけないいけない。でもほら、鈴河、口に出すからこその語りだろ?」
「意味わかりませんよ!頭かち割りますよ!」
「幼女にやられたらそれはご褒美なんだ」
「気持ち悪ぅっ!」
と、本気で気持ち悪がられたところで。
結局鈴河は僕の自転車の荷台にちょこんと座った。
あまり重みは感じなかったので、二人乗りに不慣れな僕でもそれなりな運転ができそうだった。
「ん、じゃあ適当に走らすからさ。見たことある風景だったら言ってくれ」
「……わかりまひ……わかりました」
「噛んだ?」
「うるさい!早く出発しろ!」
命令された。
噛むくらいいいじゃん。認めろよ。
僕はゆっくりと自転車を走らせた。
手がかりがないとはいえ、やはり考えなしに走らせていても絶対に見つからないだろうから、一応、表裏結線まで行き、それから海神高校への最短ルート、もしくは遠回りルートを辿ることにしていた。
「なあ、鈴河」
「何ですか?」
「やっぱどうしてと聞きたくてさ。何で海神高校に行こうとしたんだ?」
鈴河は少し間を開けて、答えた。
「姉に会いに行ったんです」
「姉?」
「はい。両親が離婚してしまったので、名字は違いますが……もう姉の記憶は私の中にほとんど残っていません。だけど、一度会ってみたくて」
叶いませんでしたけど、とかろうじて聞こえる声で彼女は呟いた。
「名前は知っているのか?」
「ええ、まあ。名字が変わっていると思うので、旧姓しか知りませんが……鈴河疎と、いう名前で」
僕は急ブレーキをかけた。
「きゃあっ何ですかいきなりっ!」
ーーー今、何て言った?
疎と言ったか?
「今の名字は、まさか、燈梨じゃないか?」
「は?いえ、そこまでは……知りませんけど」
「……そうか」
呟いて僕は、もう一度自転車を走らせる。
疎なんて名前はそうそうある名前じゃない。確証はないけれど、たぶん、鈴河は疎の妹なんだろう。
よく考えたら、見た目も少し似ている。目は青くないけれど。
「あの!」
「何だよ」
「今の口ぶりだと、私の姉を知っているみたいですけど、知ってるんですか?」
「…………名前が同じやつなら」
「そうですか……どこにいるんでしょうね」
少しだけしょげた声で、鈴河は言った。できることなら疎に会わせてやりたい、けれども。
あいつは鈴河のこと、見えていなかったような気がする。
だとしたら、引き合わせても鈴河が虚しい思いになるだけだ。それは嫌だ。
表裏結線近くまで来た時。
「あの!」
と、もう一度鈴河が声をかけてきた。
「な、なんだか、後ろからすごい勢いで近づいてくるんですけど」
「何がだよ」
「よく見えません……でも、何でしょう……ええと」
少し狼狽えている様子の鈴河に、僕は自転車を止め、振り返る。
が、すぐに発進した。
「ちょっ!?いきなり!」
「うるせえ、捕まってろ!」
あれはやばいって。
少し見ただけで悟った。あれは駄目だ。
「あれ、何なんですか!」
「妖怪だよこの野郎!」
「妖怪ぃ!?」
今まで見てきた妖怪と違いすぎる。百鬼絵巻に出てきそうな、禍々しい妖怪達だった。
表裏結線まであと少し……。三メートルもない。
と考えて、ふと思った。
「僕だけじゃ越えられないじゃん!」
叫んだが、急には止まれない。僕は表裏結線(と言っても、何もないけれど)を飛び越えた。正確には飛び越えたのかはわからない。
ブレーキをかけたにも関わらず、勢い良く僕と鈴河は自転車から放り出された。
「いて……」
すぐに地面から立ち上がって、鈴河に近寄る。
「大丈夫か」
「うう……何とか」
怪我も幸い、していないようだった。
僕らは生い茂った草むらに身を潜ませる。すると、勢い良く妖怪が飛び出し、僕の自転車を飲み込んだ。が、僕らには気づかないようだった。
「ここはどっちだ……?っても、僕だけじゃ通れないんだから、表か……」
妖怪達が通り過ぎ、暫くして僕は呟いた。
「よくわからないんですが……」
「僕にもよくわからん」
「そうですよね。ていうか、妖怪?確かにいかにも妖しい物の怪でしたけど」
「そうだな……僕が見たことある妖怪は鴉と狐くらいのもんだが、あれはちょっとな……」
妖怪らしすぎるというか。
とにかく、こうなってしまっては、御巫に協力ないし応援を頼むしかなさそうだった。
僕は携帯電話を取り出し、御巫に電話をかける。すぐに応答された。
「御巫か」
少しだけ、声を潜めて言う。
『そうだけど。何かあった?』
「うん、まあね」
相変わらず勘の鋭い奴だと思いながら、僕は頷いた。
『今どこ?』
「表裏結線近くの草むら」
『近いじゃない。ちょっと待ってて』
それだけ言って、通話は切れた。
何も説明してないのだけれど……まあ、いいか。
「え、あれ?九十九君こっちにいたの?」
と、頭上から声がする。
「こっち?」
「な、な、何でいきなり!上に!人がっ!」
鈴河は動揺している。
毎度おなじみ、御巫の超能力だった。
「てっきり、表にいると思ってたんだけれど。どうやって裏に?」
「え?今僕ら、裏世界にいるのか?」
「ええ、そうよ。驚いたわ。でもその様子だと、今の今まで気づいてなかったみたいね」
その通りだった。
じゃあ僕は、表裏結線を抜けられたのか。
「あ、なあ御巫……僕の隣にいるやつ、見えるか?」
「え?」
怪訝そうな顔をしながらも、僕の隣を見つめる。眉間にしわを寄せながらも、彼女はこう言った。
「かなり目を凝らせば、何だかぼんやり……輪郭が見えるのだけれど」
「そうか……実は、隣にいるのは朝の幼女なんだ」
「え、でもあの子は」
と、言いかけて御巫は事情を察したようで、口を噤んだ。
「そういうことなら、ちゃんと見えるようにしたのに」
御巫は神剣水祀を取り出し、何やら呟いた。
「……うん、見える」
何をしたのかはよくわからないけれど、神剣の力を借りたのだということだけわかった。
聞いたところで僕が同じことをできるわけではないし、特に聞かなかった。
「えっと、名前は?」
御巫は鈴河に訊いた。
「鈴河隠です」
「鈴河隠……?あなた、もしかして疎の妹?」
「う、うーんと……」
「やっぱり、疎の妹なのか?」
戸惑う鈴河と御巫との会話に入る僕。すると御巫は頷いた。
「昔、疎の名字が鈴河だったからきっと」
「あの、疎……さんという方に会えないでしょうか」
おずおずと、鈴河は言った。
もう既に会っていることは、僕は言わなかった。
「会わせるのは簡単だけれど……疎は名前の通り、幽霊とか、そういう類には『疎い』のよね」
「笑えないです」
「ものすごく同意」
御巫は僕の鳩尾を的確に突いた。
僕は呻き声もあげられない。そういえば随分と前に、御巫は鳩尾の突きかたを意気揚々(?)と語っていたような。
「本当に疎いのよ。妖怪も見えない。だから神剣の所有権とかは私に来てる」
「そ、それ……巫女として駄目だろ……」
「本当よね。見える時もあるらしいのだけれど、よくわからないわ、あの子」
「私が話についていけないんですが……」
「ああ、こっちの話だから気にしなくていいわよ」
御巫は鈴河に対して少し冷たい。あくまでも僕からの電話で来ただけであって、鈴河に事情を話す気はないようだった。
ところで、と御巫。
「九十九君は、私の愛する九十九君は何をしているの?まさか幼女虐待?」
「ちげえよ!ていうか、人前で恥ずかしいこと言うな……」
後ろで鈴河が、そういう関係なんですか……とか呟いたじゃねえか。
僕は御巫に、今やろうとしていること、妖怪が大量に追ってきたことなどを話した。
話し終えると、御巫は頷き、そして、
「おもしろい」
と笑う。
「私も手伝ってあげる」
彼女はそう言った。
其ノ伍
「え……本当か?」
驚いて訊き返すと、御巫は頷いた。
「妖怪が絡むなら尚更。そんなに大量にいるなら、消さなくちゃいけないわね」
「あの……えっと、みか、なぎさん?」
「何?」
「あの妖怪を……消せるのですか?」
「ええ。疲れるけれど」
鈴河は感心したように目を輝かせて、へえ、と言った。
「まったく……最近妖怪が増えてきたと思わない?九十九君」
「……そうか?僕はよくわからないけれど」
「何だか妖怪が出没する間隔が短くなっているし……種類も消さなくちゃいけないものが多くなってる気がするわ」
実を言うと、この物語になっていない時にも、神剣を探してみたり、妖怪を退治してみたりと、意外とやっているのだ。
そういうわけで、御巫がそう言うなら、きっと多くなっているんだろうけれど。
「まあ、御巫が手伝ってくれるって言うならありがたいよ。僕だけじゃ無理があったと思うし」
「じゃあ……さっそく探しましょう。とりあえず表に出ないと」
僕は頷いた。
鈴河は僕らの後について、少し距離を取りつつ歩いていた。
表世界に出て、ーーーそういえば僕の自転車は跡形もなく、なくなっていたんだけれどーーー僕らは徒歩で、海神高校を目指した。
「どうだ、鈴河。何か見たことある景色あるか?」
後ろにいる鈴河に僕は問いかけた。
きょろきょろと周りを見回していた鈴河は、やがて首を傾げて、
「わかりません。ここら辺は見たことがないような……気がします」
「そうか……」
と、いうことは、鈴河はかなり遠回りをして海神高校に行ったんじゃないかと思った。
とりあえずは、この一番近いルートを通って海神高校に行って、それからまた戻って……。
「九十九君」
ふいに、御巫が止まる。
「え?」
「下がって」
御巫の声は少し硬い。
どうした、と僕が訊く前に、何があったか理解した。
妖怪がいる。
目の前に、しかも二、三体じゃない。
「鈴河」
僕は鈴河を連れて、近くの電柱の影に隠れた。隠れた、と言っても全部は隠れられないけれど。
いつのまにか御巫は神剣を取り出している。
あの神剣はおそらく緑狩だろう。緑色の光を放っている。
対して妖怪は、神剣の出す空気に怯むことなく、速度も落とさず接近してくる。角の生えたものから翼の生えたものまで、様々な姿をしている。
御巫は神剣を振り上げ、素早く振り下ろした。
すると神剣から緑色に光る真空波のような、大気を揺るがすようなものが出、そしてそれは妖怪達を切り裂いた。
妖怪達は口ぐちに悲鳴のような声をあげ、消え去った。
御巫は神剣をしまい、僕らの方に向かって言う。
「もういいわよ」
僕らは電柱から出て、安堵のため息を漏らした。
「すごいな、お前」
改めて思った。あれだけの妖怪達を一瞬、しかも一撃で祓うなど、並大抵の巫女には出来ないことだろう。
「当たり前」
と、彼女はいつものように言う。
「御巫さん……!すごいです!尊敬ですっ!どーなってるんですかっ」
「どうって……別に」
素っ気なく御巫は答える。
「とにかく、早く行くわよ。夜になったら見えにくいし」
空を見上げると、もう日は落ちかけている。夏だからそこまで暗くはないが、じきに暗くなるだろう。
僕ら三人は、この後何事もなく海神高校には辿り着いたが、鈴河が見覚えがある、という道は見当たらなかった。
「ていうことは、ここから遠回りの道を通って帰ればいいかな……」
遠回りする道を含めても、海神高校への道はそれほどないが、迷いながら行ったと言うなら……警察の方が先に見つけてしまうかもしれない。
何故か僕は、それは嫌だった。
「あの……ここまでしてもらっておいて、申し訳ないのですが。もういいですよ。たぶん、見つからないと思いますし……何やら妖怪という不可解なものも彷徨っているようですから」
「嫌だ」
僕は即答した。
「ですが、九十九さんや……御巫さんに、そんなに迷惑をかけるわけにはいきません……!」
「僕は迷惑だと思ってない」
「でも、御巫さんは」
「迷惑だと思っているなら、御巫は帰ってもいい。ここまでついてきてくれてありがとう」
あのですね、と怒りかけた鈴河を、御巫が制した。
「九十九君」
彼女はため息をつく。
「あなたは馬鹿なの?」
「な、何だよいきなり……」
「それとも死にたいのかしら」
冷たい、凍るような目で僕を見る御巫。この目は、出会ってすぐ以来な気がして、少し身が竦む。
「死にたいなら私が殺してあげる」
「意味わかんねえよ……!」
「隠ちゃんも言ってるじゃない。妖怪が出るって、彷徨ってる……っていうのは違うけれど」
そんなことは分かっている。
でも、彷徨っているは……違う?
じゃあどういうことなのか。
「簡単でしょう。あなたか隠ちゃんを狙ってるのよ」
「え?」
これには僕も鈴河も、驚いていた。御巫は妖怪のように、妖しく笑う。
「それ以外に考えられない。表裏結線の前でも現れたのなら、尚更」
「そんな……」
「あなたには手に負えないわ、九十九君。あなた達凡人にも、神剣で斬る投げるくらいのことはできる。だけど、さっき私がやったように、一瞬で奴らを消すことができる?無理よね……あなた達は巫女でも何でもないんだから。私のようにやらなかったらあなた達はーーー喰われるわよ」
何しろ数が多いんだから、と彼女は言った。
「確かにそうかもしれないけれど。でも、僕は鈴河を見つけたい」
見つけてあげたい。
こんな幼いままに死んでしまった、彼女の体を。
「無理かもしれない。僕より先に見つける人がいるかもしれない。それは分かってる。承知の上だ。だけど、だからって見つかるまで、僕は放っておきたくない」
僕は、冷たい御巫の目を正面から睨んだ。
僕の気持ちが伝わるように。
「ーーー帰るなら、神剣を貸してくれないか、御巫」
「嫌」
「御巫、頼むから」
「嫌よ」
後ろで戸惑っている鈴河の気配がする。
「御巫!」
「落ち着いて九十九君」
「僕は十分落ち着いてーーー」
ピタリ、と、彼女の脚が僕の胴に当たっている。
蹴るつもりだったんだろう、たぶん。
「落ち着いて。蹴るわよ」
言われて、僕は深呼吸をした。
脅しじゃないことは知っているし、御巫の脚力は計り知れなかったからだ。
「私が嫌だと言った訳は二つ」
脚を下ろして、御巫は言った。
「ひとつ。神剣を他の人に持っていて欲しくない。例え九十九君であってもね」
「…………そう、だろうな」
「もうひとつーーー私は別に、手伝わないと言っていない」
「御巫……」
御巫はちょっとだけ、微笑んだ。
「別に、九十九君が心配なんじゃないんだからね」
「ツンデレめ」
「御巫さんはツンデレでしたか」
僕も鈴河も、少し微笑った。
そして鈴河は頭を下げる。
「すいません。よろしくお願いします」
「任せとけ」
僕らはまた、歩き出した。
其ノ淕
気がつけば夜も更け、空を見れば雨が降りそうだった。
僕らは歩き回って、大分疲れてきていた。
「ここら辺は見覚えあるか?」
「うーんと……あ、あの電柱の広告見たことあるような」
御巫の能力によって照らされた道の先に、電柱がある。それを鈴河が指差した。
「広告?」
「ええ。少し衝撃的でしたので。『黒闇陽殺戮衆。呪い、まじない、殺人、お受けいたします』」
「怖えよ、何だよその組織……住所とか書いてんじゃねえよ……」
「あら、私も九十九君退治を頼もうかしら」
「やめろ御巫。たぶん狂った奴がまじで僕を殺しに来るから」
『頃して殺して差し上げるでし!きゃは!』みたいな感じで。
幼女だと嬉しい。
いやいや、殺されたくないし。
「って、見かけたってことはここの道通ったってことじゃん!」
「今更気づいたんですか?ていうか気付いてなかったんですか?まったく、呆れますよ九十九さん」
だってお前ここ何時間か、知らないしか言ってないじゃん。期待してなかったんだよ、正直。
「じゃあこの辺りからどこ通ったか覚えてるか?」
「んー……と」
と、周りを見回す鈴河。
御巫がため息をついた。
「隠ちゃん、ちょっとごめんなさいね」
「え?」
疑問そうに振り向いた鈴河の額に、御巫は触れた。
「え?え?何ですか?」
三秒くらい経って、御巫は離れた。
「真っ直ぐ進んだ。合ってる?」
「それは、わかりませんが……たぶん真っ直ぐ行ったと」
そう、と御巫は頷く。
「今の、何だ?」
僕は訊く。すると御巫はまたため息をついた。
「まあいつもの超能力だと考えてくれていいわよ。ちょっと記憶覗いただけ」
記憶覗いたって……。そんなことができるのか。
「それができるなら初めからやってほしかったけどな……」
言うと、御巫は少し機嫌が悪いようで、僕を蹴った。
「疲れるのよ。ただでさえ妖怪もいるっていうのに」
「蹴らなくてもよかっただろ!?」
そんなに強く蹴られてないのに結構痛いんだけど!
言っておくけれど、僕はマゾじゃない。
……本当だよ?
「ていうか、疲れてるなら尚更蹴ることないだろ……」
「いえ、九十九君を蹴ることで元気が出ると思って」
「出るわけないから!」
「仲良いんですねぇ……」
しみじみと鈴河に言われた。
あれ?こいつ、僕が御巫と付き合ってるって知ってるんだっけ?
まあ、いいか。
「お二人は恋仲ですか」
「何を言っているの隠ちゃん、こんな犬と付き合う趣味の悪い女がいるわけないでしょ?」
「そっちから告白したくせに!!」
「はぁ?何言ってるの、犬」
「犬じゃない!」
「ほら、わんって言ってくださいよ九十九さん」
「わ……じゃねえよ言わねえよ!」
「言いかけたわね」
「言いかけましたね」
「お前ら僕をいじめて遊ぶな!」
何なんだよ。
夜中なのに騒いじゃったじゃんか。近所迷惑九十九錦と呼ばれたらお前らのせいにするからな。
そういえば御巫と初めて話した時、恋人(0.001%)くらいになれとか言われてたような……。もしかしてあれ、今実現されてるの?
嫌だなあ。
「ほら、3回回ってわん」
「言わないっつーの!」
ため息をひとつつき、僕は空を見上げた。雲に覆われていて、月は見えない。月明かりがないため、道が心なしか暗く感じる。それでも御巫のおかげでそこそこ明るいのだけれど、やはり照らしきれていない先の方は暗かった。
「あ、ここ」
先ほどの道をしばらく真っ直ぐ進んだのちに現れたY字路の道を、鈴河は示した。
「覚えてます。確かここを左に行きました」
「左ってお前……そっちだと海神中に行くんじゃないか?」
「ええっ!?中学!?」
「うん。中高一貫ではないけれど、確か同じ人が建てた中学あるはずなんだよな。校舎同士が離れてるから、あんまり同じ名前って感じしないけれど」
私立海神中学校というのがあったはずだ。�と天津が受験して落ちていたところ。ざまあみろだぜ。
まあ何かしら事件もあったらしいし、行かなくて正解だったと思うが。
「海神中学校って確か、春くらいに……つまり、高2の私と九十九君が出会うか出会わないくらいの頃に殺人事件やら何やらあったらしいわね。新聞に載っていたような気がするわ」
「そうだったっけ。まあ関係ないけれど」
「怖いですよそんな中学校……」
鈴河が嫌そうに言った。
とりあえず、鈴河が通ったらしい道に進む。
これだけ探しても見つからないのだから、茂みとか、そこらへんにいるのではと思って細かく探していたのだが。やはり見つからなかった。
「んー、道は合ってるんだろうけどな……どっかでこけたとかないのか?」
「転ぶのは道中五回ほどでしたけど」
「転んだのかよ」
「少ない方です。いつもなら十回は転んでますから!」
「得意気に言うことじゃねえよ」
じゃあやっぱり足を滑らせて……っていうのはあり得るかもしれない。
そんな風に考えていると、御巫が唐突に神剣水祀を取り出し、構えた。
「ーーー妖怪?」
「そうみたいね」
「じゃあさっきみたいに」
隠れるか、と言おうとした時、妖怪が目の前に現れる。
「うわっ!」
「九十九君!」
さすがの御巫も対応が遅れた。が、神剣に切り裂かれ、妖怪は消えた。
「気配を消されると困るわね……」
「びっくりしたぜ……」
心臓止まるって。こっちは人間なんだぞこの野郎。
「あー、もう。一日に何回もやりたくないのに……」
言って、御巫は神剣を一文字に振る。
すると、辺りの空気が神聖になる。
まわりの妖怪が全て消えたかどうかはわからないが、目前に迫っていた妖怪達は消え去った。
「ったく、何なんだよ今日は……」
「いつにもまして多いわね。むかつくわ」
「おい、大丈夫か鈴河ーーー」
鈴河の無事を確認するために後ろを振り向く。
けれど。
「鈴河?」
僕の後ろには、誰もいなかった。
其ノ質
「ーーー拐われたかもね」
御巫が呟いた。
僕はその言葉を聞いて、冷や汗が出る。
拐われた……としたら。
「九十九君、どこ行くの?」
「鈴河を探すんだよ!決まってんだろ!」
何でそんな平然としていられるんだ。
彼女は無力な、小学生だというのに。
「ーーー九十九君。あの子を探すのを手伝うのは構わない。九十九君のことだから隠ちゃんを助けてあげたいのは分かる。私はそういう他人のためにも死ぬ気で頑張る九十九君が好きだし、大好きなのだけれど」
御巫は目を伏せて言った。
僕が彼女に言わせるべきではないことを。
「あの子はもう、死んでしまっているんだからね」
「ーーーわかってるよ!」
本当はわかってなどいなかったのだけれど。
彼女の身体を探しているうちに、霊体の彼女と接しているうちに、僕は鈴河のがもう死んでしまっていることを忘れていた。
「……探そう、御巫」
「ええ」
僕らは今いる場所の周辺を探し回った。
茂みなどの中もくまなく探したが、鈴河は見つからなかった。
「どこに連れて行かれたんだろう……」
「たぶん、この先には行ってないと思うのだけれど……。一応ここに結界を張って、ここから先に行けないようにしておくわ」
「わかった。じゃあ今来た道を戻って行けばいいかな」
「そうね。目立たないところを念入りに。妖怪は暗いところが好きらしいから」
「そうなのか……」
裏世界は色んな意味で暗いからね、と冗談っぽく御巫は言ったが、笑えなかった。
道を引き返しつつ、僕は思考する。
何故今日に限って妖怪が、しかも僕らの前に幾度も現れるのか。
御巫がいなくても妖怪は来たのだから、御巫を狙っているわけではない……と思う。
だとしたら、僕か鈴河と考えるのが妥当なのだろうけれど。
しかし僕も鈴河も、妖怪なんていう表世界に住まう僕らにとって関係ないと言ってしまっても過言ではないような存在に狙われるような覚えはあるはずがないのだ。
ーーーいや、僕は実際裏世界の事情に踏み込んでしまっているから、関係ないと割り切れないのか。
では、狙いは僕?
「……わかんねえな」
「何?」
御巫が怪訝そうにこちらを見る。
「いや、何も」
僕が狙いと仮定しても、鈴河を拐った理由がわからない。
そもそも妖怪の行動に理由なんてないのかもしれないけれど。
「この辺りにもいないわね」
「なあ、御巫」
「何よ」
「妖怪ってどんなのがいるんだ?」
「どんなって……」
首を傾げる御巫。
「そうね、九十九君になら話してもいいかしらね。これまで詳しく話していなかったし」
「そうしてくれるとありがたいな」
「妖怪っていうのは二種類いるの」
「二種類?」
そう、と彼女は頷いた。
「まずひとつは、さっき私達が出会ったような妖怪。自然に、もしくは負の感情を溜めすぎた人から発生したもの。もうひとつは、特殊でーーー人や何かに『遣われて』いるもの」
「遣われて?」
それは、どういう意味なのだろうか。
「通称『式』とか『式神』とか呼ばれるけれど……まあ、何者かに命じられた指令に従う妖怪だと思えばいいわ」
「そんなのもいるのか?御巫は持ってたりとか……」
御巫は首を横に振る。
「持っていないわ。要らないから。手順が面倒だし、邪魔だし。第一神に仕える巫女が妖怪を遣うって、気が引けるわよ」
「疎は?」
「知らない。持っていないんじゃないかしら」
その式神とやらがいるなら、そいつにも鈴河探しを手伝わせることも出来るんじゃないかと思ったが、持っていないなら仕方が無い。
「僕らを襲ったあの妖怪達は、前者なんだよな?」
「……おそらく、ね。でも妖怪って、あまり人を襲ったりはしないのだけれど」
「え?嘘だろ?だって」
「そうね。今回は明らかに九十九君か隠ちゃんを狙ってる」
妖怪についての情報を得たのはいいが、さらにわからなくなってしまった。
「もしかしたら、わかりにくいだけで式なのかも……しれないわね」
その可能性は、確かにある。
僕がまた考えこもうとした時、上から冷たい雫が落ちてきた。
「ーーー雨か」
「急いだ方がいいかもしれない」
徐々に強くなる雨に打たれながら、僕らは辺りを探し回る。
もうほとんど道を戻りかけた時。
「冷たいな、もう。どうすんだよこれ……」
こんな夜中に、前から黒髪の少年が歩いてきていた。
彼は僕に気づく。
「………………」
目があってしまった。
彼の目は、赤い。
「…………あの?」
「あ、えっと……」
怪訝そうな表情で僕を見上げる彼。
「こんな夜中に、何してるのかなって思って」
僕は適当に言った。
ていうか、僕らもこんな時間に何してんだよって話になるじゃん、これ。
「……あなたには、関係ありませんけど……」
「…………」
やばい、超気まずい。
しかし彼は特に何も言わず、僕の横を通り過ぎようとした、が。
「あの」
「え?え、何?」
不意に声をかけられて、僕は慌てた。
「あなたの探し物……いえ、探し者ですか?まあ、どちらでもいいんですけど……。この近くにはないですから。だから、その……」
僕の心臓が鳴る。
「いえ、だからそんな感じです。じゃ」
ーーー何でこいつ、僕らが人を探してるってわかってるんだ?
僕はほぼ無意識に、彼の腕を掴んだ。
「……離してくださいよ」
「お前、何者だよ」
「諸行雫ですけど」
「違う。何で……」
困ったように、諸行と名乗った彼は言う。
「そういう、奴なんですよぼくは。何でも知ってるし、見えるんです。仕方ないじゃないですか」
「……知ってるならあいつがどこにいるか教えてくれよ」
「………………もう死んでるのに?」
「わかってるよ」
諸行はため息をひとつついて、掴んでいた僕の腕を払った。
「神社ですよ、神社。伊楼羽神社」
「本当か!ーーーありがとう」
いえ、別に。と素っ気なく言ってから、諸行はどこかに行った。
僕は御巫を呼ぶ。
「御巫、鈴河は伊楼羽神社にいるらしい」
「さっきの子に聞いたの?」
「……ああ」
ふうん、と御巫は言ったが、それだけだった。
「じゃあ早く行きましょう」
「そうだな。急ごう」
其ノ捌
山の上の方にあるらしい伊楼羽神社を目指し、僕らは山を登っていた。
神社ということで、道のりは舗装されていたりするのかと密かに期待していたが、そんなことはなく、ただの斜面と言っても良かった。
雨のせいもあり、ぬかるんだ土はかなり滑りやすく、倍疲れたような気がする。
「御巫、まだか?」
僕の前を歩いている御巫に僕は尋ねた。
「もう少しのはずよ。何?疲れたの?情けないわね」
「う、うるせーよ」
僕は軟弱なんだ。
そこから五分ほどまた山を登ったところで、やっと境内らしきものが見えた。
「……随分酷いわね」
その神社はーーー神社と呼べるのかは甚だ疑問だがーーーすっかり荒廃していた。
枯れ草は茂り、雨に打たれ。
枯葉が境内を埋めている。
肝心の社も木が腐り、ぼろぼろだった。
「こんなところに、鈴河がいるのか?」
本殿だろうか、ツタの葉が絡まり、もう壁すら見ることが出来なかった。
「探しましょう」
御巫に言われ、僕は頷いた。
妖怪がいると危ないから、という理由で、僕と御巫は一緒に鈴河を探した。
本当ならば、手分けして探した方が早いのだろうけれど。僕が妖怪に襲われたら、元も子もない。
「鈴河、いたら返事しろー!」
叫んでも、返事は返ってこない。
やはり、諸行雫は嘘をついたのだろうか。今思えば、結構嘘くさい。
そんな疑問を抱きながら、境内を中心に歩き回る。
意外と広く、一周するにもかなりの時間がかかった。
「ーーー九十九君っ!後ろ!」
叫んだ御巫の声に、後ろを振り返ると。
「ーーーあ」
妖怪。
紅い身体の、鬼のような。
「九十九君!」
御巫の声は遠のいた。
「……う」
気がつくと、全身泥まみれだった。
あの妖怪に押されたのか何なのか、斜面を滑り落ちたようだった。幸い、軽傷だ。
僕は立ち上がり、周りを見回す。
「思ったより落ちたな……」
境内らしき場所は見えない。
「あーーあ。お兄さん、馬鹿?」
聞き覚えのある声に、僕は首を傾げた。
いつの間にか、目の前には。
「……諸行雫」
「ぼく、別に助けるつもりなかったし、ここに来るつもりも毛頭なかったんだけどね?でもさ、見えちゃうんだもん。仕方ないよね……」
「よく、わかんねえな」
「言ったでしょ。何でも見えるんだって。お兄さん、こっち」
諸行雫は歩き出す。
とりあえず僕は、ついていった。
濡れた木の枝を掻き分け、奥へ進む。
「ーーーここだよ」
彼に指差された先には。
「……っ鈴河!」
ーーー鈴河が倒れていた。
僕は彼女に駆け寄った。そして気づく。
「鈴河?」
冷たい身体。閉じた眼。
「あー、言っとくね。お兄さん」
「……何だよ」
「隠れんぼ、でしょ?もーいーいかーい」
僕は、唇を噛み締めた。
この身体は、鈴河の。
「……もういいよ」
鈴河隠、見つけた。
雨はもう上がっていた。
「…………じゃあ、あとは頑張って。はっきり言って、ぼくチートだからさ、あんま出しゃばれないんだよね」
じゃ、と去ろうとする諸行を僕は呼び止めた。
「諸行……ありがとな」
諸行は振り向かずに、「どういたしまして」と言って、どこかへ去って行った。
「…………はあ」
ひとつため息をついて、僕は、もう息をすることのない彼女を背負った。
何でこんなところに、いたのかはわからないけれど。
とにかく、幽霊のほうの鈴河も探さないと、いけないな。
「ーーーん?」
斜面を登っていた時、ふと立ち止まる。
何かいる?
「いや、違うな……。光?」
ちらっと、光が視界を遮ったような気がしたのだけれど。気のせいなのだろうか。
進もうと思ったが、なんだか気にかかるので、鈴河を降ろし、辺りを探った。
「あんまり遠くに行くのも……な。やっぱ気のせいか?」
その後も少し探したけれど、結局気のせいだったことにして、帰ろうとする。
と、今度ははっきりと光が見えた。
振り返ると、近くの地面が光っている。
「何だ、あれ」
近くに寄って、掘り返してみる。
雨のせいで土が柔らかかったため、すぐに深くの方まで掘ることができた。
掘っていくと、指先が硬いものに当たる。
「ーーー何だろう」
呟いて、また掘っていく。
全貌が露わになった時、僕の心臓は高鳴った。
「これ……神剣か?」
泥が付着しているが、見える装飾は御巫の持っている神剣達と酷似していた。
鈍い紋章の入った黄金色の鞘。
わからないが、きっと神剣だろうと思い、僕はそれを持った。そして鈴河のところに戻る。
鈴河をおぶり、何分か経ったのち、無事に境内に出ることができた。
「あ、九十九さん!」
聞き慣れた彼女の声がする。
「大丈夫?」
御巫の声も。
御巫が、僕が妖怪に襲われた後鈴河を見つけたのだろうか。何にせよ見つかってよかった。
「よお、僕は無事だぜ」
「九十九君は後で覚えてなさい」
「え、何が!?」
「いやあ、お久しぶりな気がしますね……」
そう言った鈴河は、僕の後ろにいる『彼女』に気がついた。
「あ、九十九さん……もしかして……」
「ーーー見つけたよ」
僕は鈴河隠を降ろす。
「そうですか……」
言って、自分を、自分だった人を見下ろす鈴河。
彼女は何も言わなかったし、僕らも何も言わなかった。
しばらくして、鈴河は口を開いた。
「ありがとうございました」
その言葉に、僕は胸が潰れた。
「九十九さんがいなかったら私はーーーって何ですか!」
僕は鈴河を強く抱きしめる。
こんな廃れた神社の奥の、泥だらけの場所に彼女をおいて。
死んでもなお、妖怪に拐われて。
「……九十九さん」
「………………」
「私、きっと妖怪に襲われたんですね。それで、たぶん、死んでしまったんです。そういえば、そんなこともあったような気がします」
「…………そうか」
僕は鈴河を抱きしめたまま、呟いた。
妖怪に襲われたのなら。
僕に関わらなければ今、彼女は、鈴河隠は生きていて、姉である疎に会うことが出来たのかもしれない。
全ては僕のせいか。
彼女の体を見つけたくらいで、罪滅ぼしにもならない。
「……九十九さんのせいなんかじゃないです。こうして、見つけてもらえただけで……いいんですよ」
「ごめんな」
「九十九さんのせいじゃ、ないです」
「ごめん」
「……はい」
僕はただ、鈴河に謝った。
「ひとつだけ。九十九さんのせいじゃないですけど、ひとつだけ言わせて下さい」
鈴河は、ぽつりと言った。
「私、もっと生きていたかった……です……」
涙を零して。
彼女は言った。
其ノ玖
「九十九さん、最後にお願いしたいことがあるんですけれど」
と、鈴河は言った。
「できることなら。いや、できないことでも、やるけど。何だ?」
泣きたい気持ちを抑えて、訊いた。
「姉に……会いたいんです」
「疎に?」
「……隠ちゃん、念のために言っておくけれど、疎はあなたのこと……」
見えない、と言おうとしたのだろうが、それは鈴河に遮られた。
「いいんです、それでも。私が、姉の顔を覚えておきたいだけなんです」
「……そう。じゃあ電話したらどう?疎に。九十九君」
「もちろんそのつもりだったけれど」
言いつつ、僕は携帯を取り出そうとする。が、手が泥だらけのことに気づく。
シャツで泥を拭っていると、御巫は首を傾げた。
「そういえば、さっきから持っているそれ、何なの?」
「ーーーえ?ああ、これか」
片手に持っていた、この刀。
「鈴河を背負って、斜面を登っていた時に見つけたんだ。たぶん、神剣だと思う」
「嘘」
驚いて、刀を手に取り、御巫は土を払いながら鞘の模様などを見ていた。
「土のせいで分かりづらいけど……そうかもしれないわ。よく、見つけられたわね、九十九君」
「光が見えたんだよ。それで」
「……水祀で洗ってみる」
御巫は神剣水祀を取り出し、水祀の力なのだろう、何もないところから水が溢れて、刀の土を洗い流した。
「すごいですね……」
鈴河が呟く。
「綺麗です」
確かに水祀から現れた水は透明で綺麗だった。
「やっぱり、神剣だわ。神剣ーーー槌鋸」
「こんなところにあるなんてな……」
思いもしなかった。本当に神剣だったなんて。
「まあ、この話は後にしましょう。とりあえず疎をここに呼びましょうよ九十九君」
「ああ、わかった」
今度こそ携帯電話を取り出し、いつだったかに交換した疎の電話番号にかける。
『ーーーもしもし』
「あ、疎?」
『いかにも私は燈梨疎だが、九十九先輩、私は今忙しいから、急用でなければ後程にして欲しい限りなんだが。むしろ後程にしてほしいんだが』
「急用なんだな、これが。何してるんだ?疎は」
疎は少し迷ったようで、しかし少し間を開けて言った。
『……実は、妹を探している。遊びに来るということで、昨夜にはうちに着くはずだったんだが。もちろん表世界だ。そういえば方向音痴だというのを聞いたんだが、どうにも来なくてな。何かあったのでは、と思って探しているんだ』
「…………」
疎。
昨日、疎とすれ違った時にはもう、鈴河は。
『九十九先輩?』
「……その、妹のことだ」
『……?どういうことだ?』
「とにかく、伊楼羽神社に来てくれないか。詳しくは後で」
『…………わかった、行こう』
そう言って、疎は電話を切った。
たぶん、来るのにそんなに時間はかからないと思う。
「……九十九先輩!」
と、本当に時間をかけず、疎は伊楼羽神社に来た。瞬間移動でもしたのだろうか。
「疎」
「えっと……その、妹のことというのは?」
僕は、隠さないで言った。
「鈴河……隠だよな?妹」
「そうだが……何故知って……」
瞬間、疎の顔が動揺した。
僕の後ろを見て。
「鈴河は……もう」
「何も言うな、九十九先輩。……そうか、こんなところに、いたのか」
幽霊の鈴河は、悲しい表情を浮かべている。
自分のことが見えない悲しみだろうか。
生きて姉に会えなかった悲しみだろうか。
それは僕にはーーーわからない。
「お姉ちゃん」
鈴河は言った。
「お姉ちゃん。お姉ちゃん……」
「……隠、痛かったろうな。怪我してる」
「こっち見てよお姉ちゃん!」
鈴河の叫びは、疎には届かない。
「ーーーああ、もういらいらする」
唐突に御巫がそう呟いた。本当に怒りを含む声音で。
疎がきょとんとした顔で御巫を見上げた。
「御巫先輩?」
「いいこと教えてあげるわ。疎。師匠のあんたより私の方が優れてるのよ」
言って、御巫は神剣槌鋸の鞘を抜いた。
「み、御巫!何を」
「ーーー蘇魂」
途端、辺りに光が満ちて、眩しさに目を閉じる。
光が収まって、目を開くと。
「……え」
「鈴……河?」
「……隠?」
死んだはずの鈴河が、生き返った?
「あくまで一時的。十分も持たないわよ」
「御巫先輩……」
「私は感動の再会とか、本当は興味ないけどね。まあ、たまには……ね」
「……ありがとう」
疎は礼を言って、それから鈴河に向き合った。鈴河はまだ戸惑っているようで、困ったような顔をしている。
「隠、私は姉の疎だが、覚えては……いないよな。会ったのは、大分昔だし」
「あ、はい……すみません……その」
「謝ることじゃない。ーーー私が会いに行けば良かったものを……悪かったな」
疎は少し俯いたけれど、すぐに顔を上げた。
「遅くなったけれど、会えてよかった、隠」
言って、疎は笑った。いつもよりずっと、優しい笑顔で。
鈴河は涙を目に溜めながら、疎に抱きついた。
「お姉ちゃん」
「うん」
「お姉ちゃんーーー私」
鈴河は涙を零して言った。
「ちゃんと、生きて、お姉ちゃんに会いたかった」
「……うん」
「お姉ちゃんと、たくさんお話ししたかった」
「私もだよ」
「う……うぅ」
鈴河は嗚咽を漏らしながら、泣いた。疎はその間、鈴河の頭を撫でていた。
「ーーーごめんな、隠」
疎はそれだけ、呟いた。
少し経ってから、鈴河は泣き止んだようで、顔を上げた。
「お姉ちゃん、ありがとう……」
「私は、何も」
疎は首を振った。
鈴河は、僕に向き直った。
「九十九さん、お姉ちゃんに会わせてくれて、ありがとうございました」
「いや、僕は……」
本当に、何もしていないのに。
礼を言われるようなことは何も。むしろ、怒られても、責められてもおかしくないようなことしかしていない。
「九十九さんは、優しいので自分のせいだと考えているかもしれないですが、そんなことはありません。声をかけたのは……私なんですから」
「……そう、だったかもしれないけれど」
「気にしないでくれた方が、私は嬉しいです。成仏できます」
「そこまで言われると、気にする方が難しいな……」
ですよね、と鈴河は笑った。
「御巫さん」
鈴河は次に、御巫の方を向いた。
「私を、お姉ちゃんに会わせてくれて、ありがとうございました」
「どういたしまして」
御巫は僕のように弱気にはならずに、堂々と言った。
「御巫さん」
「……何?」
「九十九さんとお幸せに」
「は!?」
「え!?」
僕と御巫は叫んだ。
「いやあ、あんなに仲良さげにしていたらそりゃわかりますよ」
「な、なんと……」
僕は狼狽える。
そんな仲良くしてたかな……。
「……まあ、ありがとうと言っておくわ」
御巫は少し照れているのか、顔を赤らめながら言った。
「そろそろ、効果が……切れるわね」
「そうみたいですね」
鈴河は言って、僕ら三人を見た。
「……お姉ちゃんや、九十九さんや、御巫さんに、会えてよかったです」
鈴河の体から、白い、綺麗な光が現れる。
たぶん、時間切れの意味なんだろう。
鈴河は最後に、最期に笑って、言った。
「さようなら」
其ノ始
僕らは今、鈴河の墓参りに来ている。僕らは、と言うと、御巫と僕だ。
あの別れの後のことは、僕は詳しく語らないことにする。僕の精神的にもきついし。
それから、言っておくと御巫との初デートは延期になった。まあ、あまり要らない情報だが。
「空の上で、見てるのかな」
僕が呟くと、御巫は少し笑った。
「そうかもね。案外、すぐ成仏していると思うけれど」
「だと嬉しいな」
本当のところ言うと、あの時言われた『気にしないで』という言葉通りに、気にしないで生きて行くことは難しいから。
「あった、ここか」
疎に、鈴河の墓の場所を予め聞いておいたので迷うことはなかった。
迷うと言えば、鈴河は海神に行くのに迷子になったんだっけ。
あいつと過ごしたのは、ほんの一日くらいだけれど、たくさんのことがあったような気がする。
もう、一ヶ月程前の話。
彼女の眠る場所には、花がたくさん添えてあった。
彼女が好きだったらしい、ネリネの花。
僕らも買ってきた花を供え、流石に子供だけなので火を使うことはあまり気が進まず、線香はやめておいた。
僕らは手を合わす。
彼女と過ごした時を思い出しながら。
「ねえ、九十九君」
「ん?」
少しして、御巫は言った。
「ネリネの花言葉、知ってる?」
「いや、それは知らない」
僕は花や花言葉と言った女子っぽいものには……いや、普通の勉強もだけれど、疎い。
「忍耐」
「……ふーん、まあ、確かに忍耐力はあったのか?あいつ」
「さあね。あともうひとつ」
「ーーーまた会う日を楽しみに」
僕はそれを聞いて、笑った。
「そりゃあ、僕も楽しみだ」
生まれ変わって、会えますように。
そんな日から、約二ヶ月が過ぎた。
「ねえ、九十九君……あと神剣、最後の一つなんだけれど、全然見当たらないし、情報も来ないのよね」
寒くなってきた学校の帰り道、御巫は言った。今日は朱雀は一緒に帰れない、とかなり残念そうに言っていたので、御巫と二人だった。
「そういやそうだな……今までは大体テンポ良く、というか結構なスピードで集まってたような気がするよな」
「気がするじゃなくて、そうだったのよ。最後の一つだけこんなに時間がかかるなんて……面倒な」
面倒とか言っていいのかは果たしてわからないが。
それでも僕が情報を集めたり、ということは出来ないので何とも言えない。
情報源がないので、集めようもないのだけれど。
「……まあ、また何かあったら連絡するわ」
「おう。あ、御巫」
バス停で立ち止まる御巫に、僕は話しかけた。
「デートしてないな」
「そうね。残念なことに」
「いつ行くか」
「今でしょ」
「違う!」
流行りに乗るな……。
「でも、もう少し落ち着いてからの方がありがたいわ」
「それも、そうだな」
「神剣を集め終わったらか……もしくは、冬休みか」
「それがいいかな」
御巫も頷いた。
「実を言うと、妖怪の発生の多さも調べなくちゃいけないから、色々大変なのよね」
「そんなことも調べてたのか」
それは初耳だった。何だか、僕は協力を頼まれたとはいえ、ほとんど何もしていないように思えて申し訳ない。
「ま、それも何かわかったら報告するから、九十九君は安心していいわよ」
「僕も何か出来ることがあったら、言ってくれよ?」
「ええ、もちろん」
と、御巫は笑った。
僕らはそれで別れて、僕は家に向かって歩いた。
その途中。
ポケットに入っていた携帯電話が震えた。
「ん?」
表示を見ると、疎だった。
なんだろうと疑問に思いながら、応答ボタンを押す。
「もしもし」
『あ、九十九先輩か?燈梨疎だ。霊感はない』
「要らない情報ありがとう」
ていうか、霊感ないのに巫女って出来るんだな。
「で、何だ?いきなり」
『いや、実は……』
深刻な声音からすると、何やら大事なことのようだ。
「……何だよ」
少し間を開けて、疎は決心したように言った。
『今から言うことは、御巫先輩にも言うな』
「ーーー御巫にも?」
『そうだ。いいですね?』
「お前が言うなら……そうするしかないよな」
そうか、と疎は言った。
彼女は言った。何の前触れもなく、唐突に。単刀直入に。
『ーーー九十九先輩の父親の情報を手に入れた』
「え?」
これがこの御伽噺の最後の欠片なのだと、僕は知る由もなかった。
そうしてこの物語は終わり、
そして、始まる。
御伽集 槌 終幕
※一部、友人のキャラクターを使わせていただきました。了承を得て使わせていただいています。ありがとうございました。
使わせていただいたキャラクター
諸行雫
伏見ねきつ様より
ありがとうございました