表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御伽集  作者: あまひら。
3/7

 

 これはひとつの、御伽噺。


 第弎話 御伽集 緑


 其ノ弌


 朱雀炯すざくひかる

 女。

 高校二年、帰宅部。

 成績最良、学年首席二年間キープ。

 学級委員長。

 通知表、オール五。

 前髪はいわゆる『パッツン』で、もちろん黒髪、少し長い髪を一本に結わいている。

 スカートは、女子が教師に怒られないギリギリまでの長さにしたがる傾向があるけれど、彼女は膝下丈である。

 こんな風に、いわば教師のお気に入りというやつだ。本人にそんな自覚はないのだろうが。

 とある高校二年の春、僕は彼女に出会い、成績が底辺レベルの僕を何とかそれなりなレベルにしようと目論みている彼女。

 今回は、そんな彼女の物語。

 真面目でお人好し、優等生を絵に描いたようなそんな最優秀な彼女は。

 彼女は、どうしようもなく。

 ーーー最悪だったのだ。


「九十九君。期末テスト、どうだった?」

 と、全教科の期末テストが帰ってきた今日、詳しく言えば放課後の教室で、朱雀は僕に言った。

 それはもう絶望としか言えないのだけれど、彼女はおそらく、僕の成績はそれなりに上がったものだと思っているだろう。

 いや、まあ。確かにそれなりに上がったのだけれど。

 朱雀の『それなり』と、僕の『それなり』の差異が酷いのだ。

「ああ……まあ、上がったよ。全体的にな」

「そっか。なら良かったよ。うん、五教科で350点は越えたよね?」

「…………」

 ほら見ろ。

 何でこの前まで五教科100点越えなかった野郎が、いきなり350点を超えるんだよ。

 しかもそれを当然のことのように言ってくるぜ。

「ああ、えっと……うん、超えた超えた。五教科で600点だった」

「へえ、私より高いね、すごいねー」

「そうだろ?すごいだろ?讃えてくれてもいいんだぜ」

「すごいすごい」

 かなりの棒読みで、満面の笑みで、拍手を送られた。

「で、本当は?」

「何ぃ!?嘘だとバレるとは、中々やるな、朱雀!」

「バレバレだから。五教科で満点は500点だから」

「くそぉっ!しくじった!」

「早く教えてくれるかなあ?じゃないと、九十九君……私、もう勉強教えてあげないよ?」

 それは困る。

 僕が留年すると、それはもう、妹共に馬鹿にされる。

「国語」

「45点」

「数学」

「91点」

「理科」

「66点」

「社会」

「20点」

「英語」

「15点」

 とんだ恥晒しだ。

 ふむ、と朱雀は頷いた。

「237点……まあ、いいでしょう」

 計算早いなこの野郎。

「やっほーつくもん!テストどうだったーっ?」

 勢い良く教室に入って来たのは、御巫だった。

 もう、キャラがぶれぶれだ。

 わざとかもしれない。

「ま、御巫よりは上だよ」

「ふざけたこと言ってんじゃないわよ。窓から突き落とすわよ」

「いつもの御巫だ!」

「あはは、九十九君は五教科で237点だったよ」

「やはり底辺だったわね。ちなみに朱雀さんは?」

 僕の点数ばらされた……。プライバシー……。

「私?私はあまり変わらないかな。499点」

 意味わからねえ。なんだその点数。

 神かお前は。

「あら、何を間違えてしまったの?」

「漢字で一本、線忘れちゃって。二点問題が三角で、一点になっちゃったの」

「まあドントマイケルって感じだわね」

「御巫……ネタが古い」

「黙れ底辺」

 はい、すいません。僕は底辺です。

「御巫さんは?」

「私?私は500点だったわ」

「わ、すごーい!」

「あり得ねえ……お前ら頭おかしいぞ……」

 本当に。

 底辺と天辺だ。月とスッポン。

「まあ、九教科となると、朱雀さんには負けると思うのだけれど」

「そうだね。今回も首席だったみたいだから、一応御巫さんより高いのかな?」

「もうやめようぜ、テストの話とかさあ。暗くなるだけだぜ?主に僕が」

 何で僕、こんな悲しくなってるんだろう。物語の冒頭で、僕の頭の悪さを披露しなくてはならないのだろう。

「ふうん、仕方が無いわね。私の天使のような心の広さと優しさでここでテストの話は打ち切りにしましょうか。ついでに物語も打ち切りにする?」

「やめろ、不吉なことを言うんじゃない!」

 御巫は長い青色の髪をなびかせて、振り向いた。

「帰りましょう。朱雀さんも」

 前までは朱雀のことは苦手だったらしいが、今ではこの通り、かなり親し気である。いいことなんだろうけれど、しかし朱雀も交えて僕を虐めるのは如何なものか。如何なものかではない、やめてほしい。

 切実な願いだ。

「ああ、ごめんね。御巫さん。今日はちょっと、担任の先生に呼ばれているの」

 彼女は申し訳なさそうに、顔の前で手を合わせて言う。

「あら、じゃあ私が代わりに九十九君をいじめておくわ」

「目的が酷いぞ!」

「うん、よろしくね御巫さん」

「よろしくするな!」

 かくして。

 ほぼいつも通りに、御巫と僕は下校したのだ。

 ただ一つを除けば。

「今集まった神剣は……えーと」

「炎尾、光冥、闇冥」

「もう三つか……あと何本だ?」

「あと三本ね。水祀はもう私のところにあるから」

 そうか、そうだった。

 本当に僕の記憶力には呆れるぜ。

「この前の妹さん達には一応感謝しておくわ」

 そう御巫が言って、僕らは、曲がり角を曲がる。

 本来なら、ここからバス停まで行き、御巫とはさようならなのだが。

 僕らは足を止めた。否、止めざるを得なかった。

 そこに見えたのは。

「ーーー朱雀?」

 彼女であって彼女でない。

 だって僕らが見たその彼女は。

 スカートが短かったのだ。


 其ノ弐


 いやいや、スカートが短いから朱雀じゃないというのは、いささか疑問を覚えるような決めつけではあるが、僕らの知る朱雀は決してスカートを短くする生徒などではなく、さらには髪型も何というか、だらしないという印象しか与えない、寝癖をそのままに外に出てきたような感じだった。

 それに、学校にまだ残っているはずの朱雀が先回りしているはずもない。

 そんな偽朱雀、と呼んでいいのかはわからないが。

 僕らは彼女を視認したように。

 彼女も僕らを、視認した。

「え、あれ?朱雀なのか?」

 僕は小声で、御巫に訊いた。

「……御巫?」

「いえ……あれは」

 御巫の目つきは厳しいものだった。

「ーーー朱雀蘿すざくかげる

「蘿?」

 蘿と呼ばれた彼女は、僕らに近づき、 御巫を舐めるように見た。

「おや?あんたは、そう。御巫……御巫じゃんか。青い髪で分かったぜ、どうしてここにいる?」

「それはこっちのセリフよ、蘿」

 どうやら、知り合いのようだ。

「あん?どうしてここにいるかって、そりゃあ、あんたが守ってるはずの表裏結線が崩壊したっていうから、面白いもの見たさに、その日からこっちにいるのさ。幸い、私の能力のおかげで衣食住、困ってないけどなあ」

 きゃはは、と楽しそうに笑う彼女に、僕は少し寒気がした。

「んで?こっちは、彼氏か?御巫よぉ」

「あ、いや。僕はまあ、友達だよ。えっと……蘿、さん」

 蘿は、僕を値踏みするように見る。この目つき、朱雀にはない。

「蘿でいいよ。あんた、名前は?」

「九十九錦」

「へえ……ふうん。九十九。九十九神ねえ、きゃはは。もしかして、神剣探し、手伝ってるのかな?」

「えっと……」

 戸惑う僕に、御巫は。

「いえいえ、何のことかしら。それより蘿、早く帰りなさい」

 ーーー帰らないと、蹴るわよ。

 御巫は決して脅しでも何でもなく、冷たく平坦に、彼女、朱雀蘿に言ったのだった。

 しかしそれにも動じず、朱雀蘿は薄気味悪く笑った。

「きゃは。あんたのそうゆうところが私は大好きなんだぜ。ぞくぞくするね。あんたの脚力は、私も勿論知っているから、あまり蹴って欲しくはないけれど。また会うかもね?きゃははっ。んじゃあぐっばい」

 彼女を目で追いながら、僕は背中に冷や汗が伝うのがわかった。

 彼女が走って行った方向を見つめていると。

「ーーー朱雀さん」

 僕らがよく知る、朱雀が歩いていた。

 蘿と朱雀はすれ違いざま、お互い目があったようで、だからと言って二人は、特に気にもとめずすれ違うだけだった。

「二人とも、帰ってなかったの?もしかして、私のこと待ってたの?」

「いえ、その……」

 僕は御巫を遮って言う。

「そうなんだよ。御巫の奴、朱雀とどうしても帰りたいらしくてな」

 もちろん、嘘だが。

 御巫は別段、文句も言わないので、判断は間違っていないと言えよう。

 まあ朱雀に用事がなければ一緒に帰っていたのだから、別にいいだろう。

「そっか、なんだか悪いことしちゃったね。お待たせ」

 朱雀は笑う。

 僕は、それに重ねて蘿の笑顔を思い出してしまった。

 ーーー似ている。

 不覚にもそう思ってしまった。

「ん?」

 首を傾げる彼女は、雰囲気も格好も似ては似つかないのだけれど。

「帰りましょうか」

 御巫が言って、僕と朱雀は頷いた。

 それからは他愛もない会話で御巫とバス停で別れ、僕と朱雀で帰る。実は家が近かったりする。これは一緒に帰り始めてから知ったことだ。

 そんな朱雀とも別れ、僕は無言で自宅に向かう。

 あと一歩で敷地内。

 僕は歩みを止めた。

「あら、バレていたの?」

 御巫は驚いたような声をあげる。バス停で別れたはずの彼女は、僕の前から、つまりは僕の家の敷地から顔を出した。

 彼女のこの超能力まがいなものは、彼女の中に流れている妖怪の血のせいらしい。瞬間移動も出来ちゃうらしいが、攻撃的な能力はないらしい。全て防御、もしくは支援能力。

「バイキルト」

「いやいや、それ言っちゃ駄目!」

「ホイ……」

「それも駄目だ!せめて伏せてくれれ!」

「ベホ○イミ」

「意味ねえ!!」

 前作の出番の少なさを今作でカバーせんというツッコミの多さだ。ふざけるな。

 給料がほしいくらいだ。

「で、お前は飛んできたのか?それとも時空を飛んできたのか?」

「時空は飛ばないけれど。瞬間的に飛んできたわ」

「ああ、そうか。まあ、今更驚きはしないがな。で、朱雀蘿のことだろ?」

 御巫は頷いた。

 朱雀蘿ーーー。怪しくて妖しい彼女。

「前に言ったことがあるけれどーーーこっちの朱雀さんと裏の朱雀さんは、名前が違う。つまり、あれが……蘿が朱雀さんと同一人物なのか、わからないのよね」

「同一人物であってほしくないんだけれど」

 これは本音。心の底からの本音だ。

「私も、思うわ。でも……」

 珍しく、御巫は言うのをためらった。目を伏せている。

「中、入るか」

 僕は御巫を、中に促した。

 僕の部屋に行き、ドアに鍵をかけた。まだ妹達は帰ってきていないし、あいつらももう事情をわかっているのだから、こそこそする必要は皆無なのだが、それでも大事な話をしているということだけはわかっておいてもらいたいので、念のため、気分だけといった感じだ。

 御巫には悪いが緑茶もお茶受けもなし。

「で、蘿が何だよ」

 ここに来てもまだ、迷いを隠せていない御巫。これだけ迷っているのは初めてかもしれない。

「……九十九君。私、どうすればいいかしら」

 やっと口を開いた御巫は、そう言った。やけに不安そうに。

「どうすればって……言われてもな」

「そうよね。九十九君は何も知らないんだもの。蘿は……燕弧とは違って、普通に、普通の人間なのよ」

「妖怪じゃないってことか?でも、それで何かあるのか?」

「あるから困ってるんじゃない……はーーーーあ。もーやめてほしーわーー」

「伸ばし棒多すぎる!真面目に話そうぜ!」

 雰囲気が緩んじまったじゃねえかよ。

「真面目よ……。私、師匠に約束しちゃったのよ」

「師匠?それは、えーと」

「巫女としてのイロハみたいなものを教えてくれた人。神剣の使い方とか」

 へえ。御巫にもそんな人がいるんだ。

 ということは、その師匠との約束を破ったから困っているのか?

「その約束って?」

「裏の人間を表に入れない」

「うわあ……」

 思いっきり破ってるよ。

「表の人間に協力を求めない。あまり表の人間と関わらない。私が半妖だということを教えない。神剣のことを他人に話してはいけない。巫女としての力を人に見られてはいけない」

 御巫は指折り数えて、ため息をついた。

「おいおいおい!ちょっと待て、ほぼ全部破ってんじゃねえかよ!」

 守る努力してねえだろ、お前。

「約束は破るものよ」

「違うだろ!守るためだろ!」

「人を束縛して何が楽しいのかしら……」

「楽しいからってとりつけるものでもねえ!」

 御巫と約束は出来ないな。

 全て守ってもらえない。

「ちなみに、参考までに聞きたいんだけれど、師匠っていうのはどんな奴なんだ?」

「え?ああ……十六歳の……笑顔で嫌味を言ってくる人よ」

「笑顔で嫌味……」

 さぞかしいい笑顔なんだろう。というか、年下?

 いや、まさかね。御巫が年下に従う訳がない。ーーーまさかね。

「ああそうだ。さっき玄関前で言ってたよな。朱雀と同一じゃなければいいのだけれど、でも……みたいな」

「似もしない真似をしないで頂戴。確かに言ったけれど」

「でもってことはーーー」

 御巫は視線を僕から逸らす。都合の悪いことは、見ないふり、か?

 僕は御巫を見つめる。

 地味に圧力をかけているつもりなのだが、さすがは僕、視線が色々なところに。

 御巫、まつ毛長いなー、とか。

 首から肩にかけてのラインが素晴らしく綺麗だなー、とか。

 髪綺麗だなー、触りたいなー、とか。

 御巫って何カップなのかなー、とか。

 僕の理想的にはDくらいが良いのだけれど。やっぱ平均より少し大きいくらいが良いよな、夢が詰まってそうだぜ。谷間とかは別にいらないけれど、あってもいい。逆にAとかでも有りだぜ?美人な顔して貧乳とか、萌える。燃える。燕弧のようにな。

 もう支離滅裂だ。

「九十九君?どこみてるの?顔がいやらしいわよ、まったくこのゴミは」

「いや、決して僕は御巫のバストサイズを考えてなんかいないし、ゴミでもない」

「へえ、残念ね」

「ああ、残念だな。お前のサイズはCだ」

「あらあら、どうも当ててくれてありがとう。このゴミ屑(^_^)」

「顔文字!?しかもそんな顔文字では絶対ない!しかもさりげなくゴミからより酷い感じにしている!!」

 どっちかっていうと( ° 皿 ° )って感じだ。

 いや、意味がわからないけれど。

 そして似ていないけれど。

 御巫、Cなんだ。うーん、惜しい。

 閑話休題。話を戻そう。

「で、話が大幅に逸れたぞ」

「そうね」

「そろそろ教えてくれよ」

「そうね」

「…………」

「ごめんなさい、実はあまりわからないの。でも、表に来ている以上放っておく訳にはいかない……疎さんに怒られる……」

「それは、そうだな。早く帰ってもらわないと、僕は安心して眠れないよ」

「大丈夫、次眠る時は永眠よ」

「それは殺されるのか!?誰にだ、誰に!」

 どうせお前にだろ!

 別にいいじゃないか、ちょっと胸の話したくらいで何だよ。

「もう、散々だわ。九十九君に会ってから私の人生は混沌と化したわ」

「僕のせいかよ……。どっちかと言うと僕の生活の方が混沌と化したがな」

 御巫は何度目かのため息をついて、立ち上がった。そして窓の方まで歩いて行き、鍵を開ける。

「私、帰るわね。蘿のことはそれとなく調べておくから、九十九君は朱雀さんとなるべく一緒にいてくれるかしら」

「承知した」

 そう言うと、御巫はベランダに出る。いつの間にか靴も履いているし。

 何でもありだな、こういう超能力使えると。

 作者が色々忘れた時も超能力で対応できる。いや、作者って何だ。

「じゃあ、さようなら」

「さようなら」

 御巫はひらりとベランダから飛び降り……まあ、たぶん瞬間移動だろう。人の目を気にしてほしい。

 まあこの辺り、人通りがかなり少ないのだけれど。それでも僕の家から人が飛び降りてしかも消えたとか、噂になったらどうするんだか。

 僕は窓を閉めて、部屋の鍵を開けた。

「お茶飲もう……」

 序盤からツッコミすぎてる気がする。アクセル全開だ。

 一階に降りようとした、その時だった。

 ピンポーン。

「ん?誰だ?」

 家のチャイムが鳴ったので、僕は階段を駆け下り、待たせるのも悪い気がしたのでそのまま玄関の扉を開けた。

「えっと」

 そこにいたのは女子高生のはず、なのだけれど。

「こんにちは、九十九錦先輩」

 彼女は、僕の名前を言って、いい笑顔で笑った。



 其ノ弎


「えっと?」

「ああ、これはこれは。御巫先輩から聞いてないんですか。それとも九十九先輩が聞き逃しているだけなのか……私としては後者だと思うんだけれど、どうでしょう?」

 ーーーうん?

 さらっと、実にさらっと、僕を馬鹿にしていないだろうか。

 しかもこの笑顔。

「わかったぞ、お前、御巫の師匠って奴だな」

 彼女は驚いたように、目を丸めた。

「おお、さすがは九十九先輩!聞いていないようで聞いていない、そんな先輩が私のことをわかるなんて、光栄だぞ!」

「人の話はそれなりに聞いてるよ!」

「えっ」

「えっ……じゃねえよ!」

 すげえ驚いた顔をされた。

 失礼なやつだな!初対面なのに!

「これは失礼した。私は、燈梨疎あかりなしうといというのだ」

「僕は……って別に必要ないのか。お前は僕のこと知っているみたいだし」

「いやいや、九十九先輩、わかっていませんね。こういうのはテンプレ的な自己紹介ではないですか。いいですか?テンプレです、テンプレ。展覧会プレートですよ」

「つまり自己紹介をしろってことか?九十九錦だ。あと言っておくがテンプレはテンプレートの略であって展覧会プレートの略ではない、意味がわからない」

「うん、物分りのいい、まるでよくしつけられた犬のようだな!よろしく先輩!」

「例えがおかしい!僕は犬じゃない!」

「おお、キレのあるツッコミ。愚の骨頂に値するな!」

「褒めてねえ!!」

 くそ、こいつの容姿を説明する暇もなく会話が進む!

 今説明しておこう!

 燈梨疎と言った彼女は、見た目普通の女子高生といった感じだ。

 ん?いや、間違えた。

 見た目が普通ではない。御巫ほど目立たないにしろ、目が青い。

 髪は黒だけれど、黒髪ロング。

 巫女気質は体の何処かが青いのだろうか。まあ、憶測に過ぎないけれど。

「いやはや九十九先輩、私は感嘆しているのだぞ。感心したが、嘆きのが大きい」

「何だそれは……」

「九十九先輩のツッコミは余りにもくだらなすぎて、嘆きの方が勝ってしまう」

「燈梨……さん」

「燈梨でいいぞ?」

 笑顔は可愛いのだけれど。

「燈梨……あのさ」

「疎でいいぞ?」

「……………………」

 この三点リーダーの多さは僕の困惑度を示していると言っても過言ではない。

 それでも気にせず、燈梨は言う。

「疎でいいぞ?」

「いや、その……僕は、女子を名前で、その、呼ぶのって……苦手で」

「何故だ」

「いや、だって。馴れ馴れしいだろ、そんな。僕は本来女子と関わるとかできる立場じゃ、なくてだな?」

 もうしどろもどろだ。

「ふうん、まあ疎でいい。いや、もう疎としか呼ばせない。そうだ、私は九十九先輩に用があったのだ」

 無理やり決められたうえに、用事があるらしい。

 本当に名前で呼ばなきゃ駄目なの?本気?

「御巫先輩は、どこにいる?」

「え?御巫は……」

 ーーー待てよ?これ、言っていいのか?

 あいつ、師匠に怒られるとか、言ってたっけ。

 忘れた。でもまあ、庇うわけではないけれど、言わなくてもいいか。

「知らない」

 僕は嘘をついた。

「何と!知らない!知らないとくるか……無知蒙昧とは九十九先輩のことを言うのだな」

「いや、どうしてそうなる。僕は確かに学問は浅いしつまりはただの馬鹿だが、今の話とその話は全然繋がっていない!」

「浅学非才なのだな」

「お前、悪口言いたいだけだろ!」

「いえ、四字熟語を使いたいだけです!覚えた言葉を連呼する中学生さながら!浅学非才!孤立無援!うんらかんたら!」

「最悪だ、特に最後!うんたらかんたらって四字熟語じゃねえ!」

 お前が浅学非才なんじゃねえのか。

 というか、僕は浅学ではあるかもしれないが非才ではない。

 ツッコミにおいて。

 気が済んだのか、燈梨は、

「疎でいいぞ?」

 いや、何で語りのところに突っ込むの?

「疎しか認めないぞ?」

「……か」

「ん?」

「語りぐらい好きにやらせてくれよ!!」

「断る」

 僕の願いは聞き入れられなかった。ていうか、何?語りの文見えてるの?御巫とかにもずっと見えてたの?それともこいつだけなの?

「さあ……それは知らないけれど。私には見えるし聞こえるし触れるぞ!」

「触るな!触れたとしても絶対に触るんじゃない!」

「えー」

 本当に話が進まない。

 無駄な話しかしていない気がする。僕はツッコミしかしていない気がする。

 語りが読めるからか、あか……疎は頷いて、腕を組んだ。

「まあ、知らないと言うならば仕方が無い。無知は罪ですけれど、法律にそんなものを裁く法は載っていないですからね」

「載ってたら裁かれてたの、僕!」

「無期懲役ものです」

「罪が重い!」

「悪ふざけはここら辺までにしましょう九十九先輩、読者が飽きて、データを消されます」

「読者いたの!?」

「いません」

「いないのかよ!」

「では私はこれで失礼」

「あ、待てあか……」

「あか?」

「ーーー疎」

 かなりの抵抗があったのだが、疎、と呼ぶと嬉しそうだった。嫌がらせに成功して喜んでいるだけかもしれないけれど。

「何だ?九十九先輩」

「御巫は……家に帰った」

 さっきは言わなかった。けれど、これから起こるであろう事件に、裏の、さらには御巫の師匠という彼女は必要だと思った。

 キーパーソン。

「そうか」

 ありがとうございます、と言って、疎は去って行った。走って行った。

 振り向かず。

「ーーーやっと行ったわね」

「え!?」

 驚いて振り向くと、何故か御巫がいた。

 いやいや、意味わからねえ。お前帰ったんじゃねえの?

「いえ、咄嗟に疎の気配を察知したから、九十九君の家の裏側に潜んでいただけよ」

 帰ったって言っちゃったよ……。

 なんだかちょっぴり罪悪感。

「それにしてもツッコミまくりだったわね……」

 軽蔑するような目で僕を見る。

「良かったわねぇ、かわいい、かわいいかわいい女の子と仲良くできて。しかも名前呼びだなんて馴れ馴れしく」

 軽蔑するようじゃなくて、軽蔑されていた。

 妙にかわいさを強調していたのは、どんな意味があるのだろうか。

「私はね、心配なのよ」

「何がだよ」

「何って……九十九君が私の後輩であり師匠である疎にセクハラ行為をしないかとか、あろうことか朱雀さんにまで手を出したりするんじゃないかとか、シスコンな九十九君のことだから妹にまで手をつけちゃうんじゃないか、とか?」

「信用がまったくねえな……」

 あろうことか朱雀に変態行為はしないし、必要がなければ妹にまで手を出したりはしない。

 え?意義あり?

 ごめん、受け付けてないからさ。

 仕方ないじゃん。人間の三大欲求は、性欲、スーパー性欲、食欲だぜ。

 え?違うって?

 だから、受け付けてないんだってば。

「別に私でよければ変態行為は付き合うけれど」

 おや意外。

 じゃなくてさ。

「体を売るな、僕はそんなに変態じゃない」

 既に何度か変態ぶりを晒していることは言うまでもない。

 人類は皆変態だ。

 エロエロだ。

「周りが目立ってエロ行為に衝動的に走らないから僕が目立って変態に見えるだけだぞ御巫」

「意味がわからないわ……」

「つまりだ。僕は自分の本能に忠実に生きているから御巫の胸をガン見したり朱雀の匂い良い匂いだなあとか、そんなことを思ったりするわけだが、実際には全人類心の底で似たようなことを考えているわけだ。だから」

「いやいや、それについての意見とか聞きたくないわよ。九十九君が目立って変態をしているってことがわかればいいわよ別に」

 僕の意見、言い訳とも言うが、それは完全に打ち切られた。

 回を追うごとに僕の変態ぶりは酷くなっている気がするけれど、おそらく慣れというやつだ。

 もとからこういう感じだしー。

「というか九十九君、あなたのせいで家に帰れないじゃない」

「あ」

 しまった。

 でも仕方ないじゃん。お前帰ったと思ってたんだもん。

「お前、本当に……う、疎に会いたくないんだな」

 若干名前呼びに抵抗がある僕だった。

「それ」

「え?」

「疎は名前で呼ぶのね」

「聞いてたんじゃねえのかよ。強制されたんだよ……」

「ふーーーーん」

 何その訝しむような目と口調。

「……な、何だよ」

 御巫はいきなり僕に近づいてきた。

 近い近い。顔がすごく近い。

 唇が触れそうな位置まで近づいてくる御巫。

「近い近い近い!何だよ!」

「話しているのはあまり聞こえなかった。私のことも名前で呼んでもいいのよ?」

「…………」

 僕は一歩後ろに下がる。

 あの距離は無理だって。

「えっと……僕は名前呼びが、苦手でだな?」

 言うと、御巫は僕から距離を取る。

 何だったんだよ、怖いよ……。

「ねえ、錦君」

「え!?何それ何プレイ!?」

 そんな僕を無視し、御巫は。

「泊めてくれない?」

 唐突なお願いに、僕は固まった。

 思考停止。

「ごめん、何言ってるんだ?」

 僕の耳が正しければ、僕の家に『泊まらせて』と言ったような気がするんだが。

「泊まらせて」

「な、な、ななな何でだよ」

「だって。疎に会うの嫌」

「そんなこと言われても!」

 しかし御巫は断固として折れなかった。

 どれだけ疎に会いたくないんだよ……。何かちょっとかわいそうだぞ。

「駄目?」

「……し、仕方ない。僕のこの寛大な心に感謝してくれるなら泊まらせてやろうではないか」

 かなりの動揺があったが、承諾した僕だった。

「ありがとう、錦君。後で嫌がらせで返してあげるわ」

「それは要らない!」

 かくして。

 ーーー御巫が僕の家に泊まることになった。


 其ノ肆


「錦君、これ誰の?」

 その夜。

 風呂に入った後、出しておいた寝間着を着ている御巫が、僕の部屋に入ってきた。

「ん?ああ、それは天津のだけど」

「意外にかわいらしいのを持っているのね……」

 裾にレースがついていて、緑のパステルカラーのワンピースのような寝間着、実に女子らしい服だった。

「まあそれは炫とお揃いだし。炫がほとんど選んでるし」

「ああ、なるほど」

「炫はチビだから、御巫はたぶん着れないだろ」

「そうね」

 炫は天津と十センチくらい身長差がある。おそらくもう伸びない。ざまあみろだぜ。

 そんなことより。

「名前で呼ぶのやめてくれないか……」

「何で?」

 御巫は僕のベッドに腰掛ける。

「なんか……名前あんまり好きじゃねえもん」

「親に失礼ね……」

「名付け親がどっちかわかんねえけどな……」

 母は父が付けたと言い張ってるが。

「まあ、本当に嫌がる九十九君を見てしまってはやめるしかないわ」

「本当に嫌がるって何だよ」

「まあ、いつもはそんなに嫌そうじゃないからいじめているけれど」

「それなりには嫌そうだろうが!」

 僕はマゾじゃないぞ!

「本当に疎にばれていないかしら……」

「どんだけ嫌いなんだよ……ちょっと不憫だぞ」

「私にさえ嫌味を言うのよ……許せないわ」

「勇者だなあいつ」

「私が弟子だと下手に出ていれば調子に乗りやがって。嫌味家事雑用好き放題……挙げ句の果てにファーストキスを奪われたわ」

「はぁ!?」

「何よ、キスという言葉にすら、言葉のみにすら欲情するの?九十九君は」

「違えよ、何で女子同士でキスとかするんだよ!勇者どころじゃねえよ!」

「私は望んでなかったわよ!」

 まあそうでしょうとも。

 奪われたって非常に悔しそうにしていたからな……。屈辱というのは、ああいうことを言うのだろうな。

「ちょっと嫌がらせで迫ったら……」

「お前から迫ったのかよ!」

 それは責任転嫁というやつでは。どちらにせよ御巫が悪いだろそれ。

「疎が変態だということを考慮しなかったから……迂闊だった」

 恨みすぎだと思うなあ。

 ノーカンでいいじゃん、女子とのキスくらい。

 一回と言わず百回くらいしててもいいよもう。

「ふざけてやるならまだ許容範囲よ。問題はあの子が本気だったってところよ」

「本気は駄目だな!」

「薄い本が出来てしまう……」

「心配するところが違うと思う!」

 その後の展開の方を心配しようぜ。同性愛に発展してしまう。

 それだけで一話書かれたらどうするんだ。

 あ、フラグじゃないですから。

 そんな話、R-18になっちゃうよ。

 今回エロ多くないか?大丈夫?

「ねえ九十九君」

 御巫が僕の方に近寄ってくる。床に座っている僕より、ベッドに座っている御巫の方が自然と上から目線になるんだけれど。

「せっかくお泊りしてるから、何かしましょうよ」

「何かってなんだよ……」

「あ、九十九君へんたーい」

「何故!?」

 いや、ちょっと期待したけどね!

「そうね……キスする?」

「お前のが変態なんじゃねえのか……?」

「あらぬ疑いをかけないでくれるかしら」

 いきなりそんなことを言ったらそういう疑いもかかるって。

「疎との口直しということで、どう?」

「どう?じゃねえよ。何か口直しで男と軽くキスするのはどうかと思うぞ……恋人同士じゃあるまいし」

「ふうん。それもそうね」

 ぱたん、と寝っ転がる御巫。眠いのか疲れたのか、今にも寝そうだ。

 ていうか、御巫どこで寝させよう。

「ああ、余ってるか」

「……え?何か言った?」

「ん、御巫。寝るなら余ってるベッドあるからさ、そこ使えよ」

 空いているベッドがあるのだ。

 ーーー父親の。

「わかったわ」

「ほとんど使ってないからさ。ほとんどっていうか、全然だけれど」

 全然。全く。

 でも母はいつも、父のベッドのシーツやら布団やら、洗濯する。

 そういうのを見ると、少し虚しくなるけれど。

「えっと、部屋は」

「「みかちゃん!!錦ちゃんに変態されてないか!」」

 勢い良く扉を開け、失礼なことを叫んだのは言わずもがな、妹達だった。

「うおおう!ベッドに横たわっている!」

 それは寝ているだけだ。

「本当だ!シーツにしわが!」

 それは御巫がベッドの上で動いただけだ。

「しかも若干疲れている!」

「つまりは錦ちゃん!」

「「変態したな!!」」

「冤罪だ!!」

 恐ろしい勘違いをする奴らだ。

 前回で喧嘩をしたりしたこいつら、成長したかと思ったらそんなことはあまり無いようだ。

 僕の見えないところで成長したのかもしれないけれど。

 見えるところで成長してほしいものだ。

 ていうか、今どちらかというと僕が変態されていた。

「……ってみかちゃん寝てるー」

「本当だー」

 言われて御巫の方を見ると、確かに寝ていた。もうぐっすりだった。

「ほら、お前らも寝ろよ。それか自分らの部屋で勉強しやがれ、受験落ちるぞ。特に炫」

「ええええっ!不吉なこと言わないでよ!」

「あたしは平気なのか……?」

「二人とも平気じゃねえよ。御巫の安眠妨害をするでない、出て行け」

「「へいへーい」」

 二人とも、少し不服そうに出て行った。御巫と遊ぶつもりだったのだろうけれど。

「もう十一時か……」

 御巫が寝るのも、無理はないような時間だった。

 それよりも、僕の部屋のベッドで寝てしまっている。

 身長があまり変わらないので、僕が御巫を抱える……いわゆるお姫様抱っこは少し無理がある。

 仕方ないから、僕が向こうのベッドで寝よう。

 御巫が結構端の方で寝ていたので、起きないようにそっと真ん中の方に動かし、布団を掛けた。

「触ったわね」

「うおおお!!」

 マジビビりした。

「た、狸寝入りかよ……!」

「いえ、さっきまで寝ていたのだけれど、九十九君に触られたから起きちゃったのよ。あー眠い」

「それは悪かったな……」

「ていうか、私は九十九君のベッドで寝ていいわけ?」

「お前がいいならな……僕はさっき言った余ったベッドで寝るし」

「一緒に寝る?」

「それは駄目だろ!」

「うわー九十九君へんたーい」

「だから何故そうなる!」

「……おやすみなさい」

 やはり相当眠いのか、そう言ってすぐ眠ってしまった。

「おやすみ」

 少し笑って僕は言う。

 僕はゆっくり立ち上がり、電気を消す。

 部屋から出ようと、扉を開けると。

「やあ」

 バタン。ガチャ。

 うん、わかりやすい擬音だと思わないかな。

 扉を一瞬で閉めて、鍵を閉めた。

「あれ?閉められたなあ……」

 扉の向こうから声がする。

 いやいや、怖い怖い。ていうか、このままだと……。

「ん、まあ。いいか」

「………………?」

 何がいいんだよ?

 と、そう思った時。

 ガチャリ。

「やあ九十九先輩!」

「う」

 疎……だった。

「御巫先輩もいるじゃないか。うん、九十九先輩、嘘をつくのはよくない」

「ついたつもりは、ないんだけれど。御巫が僕の家の裏に隠れていたらしくて」

「そうか。なら仕方が無いな」

 てっきり制裁をうけるかと思ったけれど、そんなことはなかった。

 僕、最近いじめられすぎて、何かするたびに反撃がくるんじゃないかと思ってしまっているらしい。

「ん?九十九先輩、私が鍵を開けたことに対してはあまり驚いていないな」

「ああ、それは……まあ。御巫と同じで超能力……みたいなのが使えるんじゃないかとは思ってたからな」

「ああ、なるほどな。話は聞かないが察しはいいんですね?もういっそのこと何の情報も与えず察しだけで生きていけばいいのではないか?」

「お前っていちいち悪口入れるよな!無理やりにでも入れるよな!って静かにしないと」

 御巫が寝ているんだった。

 確認すると、起きてはいないようだ。

「違う部屋行こうぜ……」

 僕はそっと、物音を立てないように部屋から出た。

 特に異存もないようで、疎も部屋から出る。

 父親の部屋……つまり使われていない部屋に入った。

 使われていないと言っても、綺麗なんだけれど。

 掃除はしっかりしてある。

「おお、書斎という感じだな。私は好きだぞ、こういう感じ」

「父親の部屋だよ」

「九十九先輩の父親は何をしている人なんだ?学者か?」

 父親の部屋は、ほぼ本棚で、本に囲まれている。ベッドさえも、本で囲まれている。

 よく落ち着いて過ごせるな、こんなところで、と、いつも思う。

「さあな、知らない。生きてるらしいけど、本当のところはどうだかな。今は使われてないよ、全然」

「ああ……だから」

 ーーーだから?

「だから、こんなにこの部屋は、生きている感じがしないのだな」

 と、疎は言った。

 寂しそうに。

 僕は、よくわからなかったけれど、でも、寂しいという感じはなんとなくわかった。

 使われない部屋。綺麗なままで、保たれた部屋。

「要するに、九十九先輩の父親は行方不明なのだろう?」

「ああ、そういうこと」

「この部屋も寂しいだろう、使われないだなんて」

 疎は、その辺にあった本を手に取り、ページを適当にめくる。

「空虚だな」

 そう呟いた。

「で、何の用なんだよ」

 埒が明かないと思ったので、僕から言った。

 疎は本を置いて、笑う。

「それはまあ、言ってしまえば一つしか無いよ、九十九先輩」

 彼女は、嗤う。

「用は一つーーー朱雀達のことさ」


 其ノ伍


「朱雀、達」

「そう。あなたの知っている朱雀ーーー朱雀炯と、もう一人」

 朱雀蘿。

 彼女達の話だ。

 疎は言った。

「わかるかな、彼女達はさ。正反対のようで、そうでも無いんだよ、九十九先輩」

「正反対……確かにあいつらは、正反対だよ。でも、そうでもないって……?」

「よくある話だろう?正反対だけれど、酷似している、共通点がある」

 ーーー実によくある話だ。

 ーーーありふれている。何の御伽噺でもない、ただのお話。

 彼女は続ける。

「それでも異常なのは、炯先輩だよ。彼女は異常だ」

「朱雀が?」

 僕は戸惑いを隠せなかった。

 だって、この内容だと。この説明だと。

「この説明だと、ですか。もう心の底の底ではわかりきっていたこと、じゃないんですか?九十九先輩」

「…………」

「炯先輩と蘿さんは同一人物だということを、気づいていたのではないんですか?」

 わかりきっていた。わかっていた。

 でも目を逸らした。

 あれは違う、例外だと。

 僕らの知る朱雀と、あの恐ろしい、気味の悪い笑みの蘿は、別物だと。

「しかし彼女達が同一だと言っても、異常なのはそこじゃない。むしろ、そこは普通だ。至極当然のことだ。表世界と裏世界には、同じ人物がいて当然なのだから」

 僕は黙って聞いているだけだ。

 反応なんてしないし、できない。

 ツッコミなんて以ての外。

 だからここから先は、疎の説明だ。


「むしろその点において異常なのは、私や九十九先輩や、九十九先輩のご家族や、御巫先輩といった面々だ。

「私や御巫先輩が例外なのは言うまでもないが、九十九先輩が例外なのは、少し疑問ではあるかな、うん。少しと言わず、甚だ、と言い換えても私は過言とは思わないけれど。

「しかしそれは今回、棚上げにしておこう。今回の話は、あくまでも朱雀と朱雀なのだから。

「ああ、九十九先輩、先に言っておくと全てをネタバレするのは、やめておく。まだまだ、この話は続かなければならないからね。

「何の話か?ん、気にしなくていいですよ、そこは。

「朱雀炯と朱雀蘿。私はこの二人の名前を並べてしまうと、どうしても違う文字に置き換えたくなるんだな。

「光と影、そんな風に。

「しかし、私は思う。炯さんは光と置き換えたけれど、実際の彼女は光かな?

「性格で言えば、まあそれはもう聖母の如く、女神の如く後光でも放っているんだろうけれども。良いんでしょう?性格。

「ああ、確認を、同意を求めてみたけれど私は会ってしまっているんだよね。だから彼女の性格はわかった。わかりすぎるほどにわかった。

「見知らぬ私でも、声をかけたら優しく、不思議に思わず、対応してくれた。

「まあ、最終的には御巫先輩の知り合いだと言ったけれども。

「いつ会ったのか?それは、九十九先輩に追い出された後に、ばったりね。

「塾に行く途中だったらしい。ーーーっと、話が逸れてしまったじゃないか、九十九先輩。

「何でしたっけ?ーーーそうそう、彼女の性格でしたっけ。

「そりゃあもう、さっき同意を求めた通り、神様みたいでしたね。

「寒気がするくらい。

「格が違う、とも言えるけれど。それとは少し違うかな。

「ああ、結論から言ってしまえば。

「『人間らしさ』が欠けている、と思う。だから神様に見える。

「全知全能とは言わない。でも、聖か邪かと言ったら圧倒的に聖だ。

「蘿さんは邪だね。暗いし、煩いし、性格も最悪だからさ。

「『人間らしさ』?そこに九十九先輩は食いつくのだな。良いと思うぞ。私も今説明しようと思ったのだ。

「『人間らしさ』と言うのは、感情だな。感情は感情でも、負の感情だが。

「嫉妬、嫌悪、怒り、悲しみ、寂しさ、なんていうそういう類。

「九十九先輩にも勿論あるだろう?いや、なかったら私は今すぐ九十九先輩の首を切る。

「ーーー冗談だぞ?身構えるな身構えるな。

「ま、そのくらい私は気持ち悪いよ。

「だって、生きているのに、人間なのにそんな感情が無いなんて。

「本当に人間か?

「私の方の世界に炯先輩がいたら、確実に浮くだろうね。アウェイだよ。

「妖怪として退治されてるかも、なんてね。はは。

「というか、彼女に光という言葉は、全くといって当てはめたくない。

「何故か?うん、それは頭の出来が残念な九十九先輩に考えろと言っても酷だったか。

「怒らないでくださいよ。本当のことでしょう。

「だって先輩、光というのは影あって浮き立つものでしょう。

「影がなければ、それはただの白です。光とは言えないと思いませんか?

「それは蘿さんにも同じことが言える。光がないと、そもそも影は出来ないですけれどね。正確には光と光を遮るものですか?まあ、何でもいいですけれど。

「正反対で、同一です。

「彼女達は、人間と、人間らしくないのに分かれている。きっちりと、裏と表に分かれている。

「私は、申し訳ないけれど、炯先輩か蘿さん、どちらかと付き合えと言われたら蘿さんを選ぶ。

「え、付き合うな?もう、九十九先輩、冗談ですよ。

「ああ、御巫先輩とキスしたことを聞いたんですか。まったく、そんなことを言うだなんて。よっぽど私達のラブラブ具合を言いたかったのかな。なんて。

「嫌がってた?嫌がっているからこそやったんですよ。というか、御巫先輩から迫ってきたんですけどね。

「おっと、また逸れてしまった。どうも九十九先輩と話すと無駄話が増えてしまう。悪口じゃないぞ、楽しい、という意味だ。

「蘿さんは、悪の塊という感じだが、あれは彼女のせいではないよ。本当に可哀想だ。

「だってあれは、炯先輩のせいなんだから。

「炯先輩が人間らしい感情を持っていれば、蘿さんはあんなことにならなかったんじゃないかな。

「九十九先輩はあり得ないと言うだろうけれど。こんなことを言って、蘿さんを可哀想だなんて、思えないだろう?むしろ、炯先輩をよく知る九十九先輩は、怖いとさえ感じたんじゃないかな。

「ビンゴですか?まあ、炯先輩と仲がいいのだったら、蘿さんは少し気味が悪く感じるのも無理は無い。それでも心の底で同一人物だとわかっていたから、怖かったんだろうけれどね。

「あまりに違いすぎてさ。

「長くなってしまったけれど、最後に一つ。いや、二つかな。

「これは定かではないけれど、元々私達の裏世界に、『朱雀蘿』は存在しなかった。

「どういう意味かわかるかな?まあそこは自分で考えてくださいよ、足りないおつむで。ふふ、全部ネタバレはしないと言ったでしょう?

「もう一つ。これは重要、最も重要。

「いいですか?一度しか言いません。

「朱雀炯か朱雀蘿。

「どちらかがーーー神剣を持っています」


 其ノ淕


 一通り話終えた頃には、時刻は十二時を廻っていた。

 疎はそのあと、いつもの笑顔で笑ってからすぐ帰っていった。窓から。

 それにしたって、重要なことをかなりペラペラと、スラスラと話すだけ話して帰っていきやがった。

 整理しないと忘れる……。

 まず、朱雀と、蘿は同一人物。認めたくないけれど。

 定かではないにしろ、朱雀蘿は存在しなかった。

 そのことは後で考える。足りないおつむでな。少し根に持ってやる。

 そして、双方のどちらかが神剣を持っている。

 重要なところだけまとめるとこんなもん、か?意外と短い。

 朱雀の『人間らしい』感情が抜けている、というのは指摘されて、ああ確かにそうかも、くらいのものだ。

 けれどこれが鍵になっているような気もする。

「……明日御巫に相談してみるか?」

 とりあえず、考えるのは考える。

 あと情報は伝える。

 というか、さすが御巫の師匠。情報が早い。あの分だとほとんどわかっていそうな気がする。

 全部ネタバレする気はない、か。

 僕は、ベッドに潜り込んだ。どうせここで寝るつもりだったからちょうどよかった。

 そして考えよう。朱雀蘿と、朱雀炯のことを。


「おはよう九十九君」

「…………う?」

 御巫の声がする気がする。

 あれ?何で御巫?

「起きろ」

「ぐふぅっ」

 蹴られた!?

 がっつり鳩尾なんだけど……息できねえし。

「み、御巫?何で?」

「はあ?頭大丈夫……あ、大丈夫じゃないわよね、ごめんなさいね」

「あ、思い出した!」

 昨日泊めたんだ。疎が嫌だということで。

 結局来たんだけどな……。

「ねえ九十九君」

「何だよ……」

 僕は起き上がりながら言う。

「鳩尾をつくときってね、鳩尾目掛けてやるんじゃなくて、その先をつくようにやると良いらしいわ」

「そんな豆知識いらない!」

 どこ情報だよそれ。

 もしかして今実践されたのか?

「それより、朝ごはんですって」

「ああ、もうそんな時間か……」

 そんな時間か、と言っても時計を確認すると、まだ六時のようだ。

 いつもは七時くらいに起きても間に合うのだが。

 御巫と共に一階に降りる。

 そういえば、寝起きと言っても御巫は、寝癖なんて無いし、服が違うだけであまり学校で見るのと変わらなかった。少し残念だ。結構残念だ。

「あ、おはよ!錦ちゃん!みかちゃん!」

「天津、みかちゃんにはさっき言ったよ。おはよう錦ちゃん」

「おはよ」

 全く朝からうるさい妹共だぜ。

 ダイニングテーブルの前にある椅子に座って、僕は尋ねた。

咲埜さきのさんは?」

「「仕事!」」

 口を揃えて言う彼女達。

 ちなみに咲埜さんとは、僕の母親だ。名前で呼ぶのは変だと言われるが、子供の頃から……今も子供だけれど、そう呼んでいたのが抜けない。外ではちゃんと母と言っているけれど。

 今更呼び方を変えるのも、どうかと思うし。

「ふむ、九十九咲埜さんと言うのね。どちらが名字なんだか」

 御巫も椅子に座って言った。

「そう言われると確かに」

 九十九咲埜も咲埜九十九も、あまり変わらないような気がする。

 というか、朝ごはんだと言われて起きてきたのに、ダイニングテーブルには何もない。正確に言うと、フォークがある。

 少しすると、天津と炫が料理を運んできた。

「あ?何だよ、いつもはパンだけなのに。気取ってんのか」

「酷いなあ錦ちゃんは、違うよ、気取ってないよ」

「そうだよ錦ちゃん。私の料理をみかちゃんに食べさせてあげたかったんだよ」

 お皿には、モーニングプレートさながら、目玉焼きとウインナー、そしてデニッシュパンが乗っている。

 後からスープも出てきた。

 思いっきり気取ってんじゃねえかよ……。

 ていうか、これ料理なのか?いや、まあ料理なんだろうけどさ。僕でも作れるって。

 全員分の料理を並べ終わって、天津と炫が手を合わせた。

「「いただきます」」

 一応僕らも言ったけれど。

 味はまあ、普通だった。妹相手にお世辞を使う必要はないからな。普通だったと言っておく。

「そういえば九十九君は、変な……いえ、何だかこだわりを持っていたような気がするけれど」

「ん?ああ、日本だから緑茶ってやつか。何だっけ……郷に入っては郷に従え精神……って言ったっけお前」

 我ながらよく覚えていたものだ。

「そうそう。朝食はいいの?」

「うち……朝はパンしか認められていないんだ……」

 ご飯がいいって、何度言ったことが。

 自分の分だけ炊こうとすると、咲埜さんに電気代の無駄って言われて怒られるし。

「ふうん」

「みかちゃんのお家は?ご飯?パン?」

 炫が訊いた。

「うーん、そうね。うちは大体和食かしらね。典型的な日本食というか」

「へえー」

「羨ましい……」

 でも、お茶は紅茶なんだな。不思議なものだ。

「まあ、お昼と夜は、洋食だけれどね」

「なんかおもしろーい。不思議だね」

 などという他愛もない会話をしつつ、僕らは朝食と、学校へ行く支度も済ませた。しかし早起きしたためか、少し時間が余った。二十分ほど。

 本当なら、早く家を出ても問題はないのだが。

 昨夜の疎とのこともあり、僕と御巫は今、僕の部屋にいた。

「御巫、あのさ……昨日、疎が来たんだけれど」

 言うと、御巫は青ざめた。

 そこまでの反応とは。予想外。

「う、疎が?私に何かしてた?」

「どうしてそういうところを心配するのか、甚だ疑問だよ……何もしてないぞ」

 そう、と安堵したように息を吐いた。こいつと疎はどんな関係なんだか。

「そ、それで?疎が何?」

「んーと、話をしたんだよ。朱雀と、蘿のこと」

「…………それで?」

 急に御巫は、真面目な表情になり、部屋の空気もそれなりに緊張する。

「あいつらはやっぱり、同一人物だって。正反対で同一……そう言ってた」

「そう」

 返事はあくまで素っ気なかったけれど、不安な感じは拭えない。

 まだ情報はある。

「あと、神剣を、どちらかが持っているらしい」

「え、そうなの?疎……どっから情報を……」

「本当だよな。一つ訊きたい、御巫。朱雀蘿は、元々存在しなかった……っていうのは本当か?」

 御巫は驚いたような顔をして、首を傾げた。

「そう……だったかしら」

「知らないのか?」

「ええ。気のせい……なわけないわよね、疎の情報だし」

 何だかんだ言っても、意外と信頼しているようだ。

 ああ、でも。

「定かではないって言ってたような気がする……」

「ふうん。でも、気にかかる話ね」

「そうだな……。僕が考えるのは、こうなんだけれど」

 蘿は元々いなかった。これは事実。

 そして朱雀は例外なのも事実。

 つまりは、朱雀が意識的にしても、無意識的にしても、負の感情を切り離すようになってから、朱雀蘿は生まれた。

「とか」

「悪くない発想だとは思うのだけれど……何かが違う気がするのよね……」

「うーん……」

 謎は深まるばかりだった。

 まあ、僕のような浅はかな知識の人間がそう簡単に思いついたら怖い。

 結局、それからは特に話さず、僕らは学校へと向かい、授業が終わるまでは、(クラスが違うので当たり前だが)一切話すことはなかった。

 そして放課後。

 朱雀はまた、職員室。僕は一人、御巫を教室で待っていた。中に残っている生徒はもういない。

 四時過ぎごろに、御巫は教室に入ってきた。

 顔を出すと、朱雀がいないことに少し安堵か何からか、ため息を漏らした。

「朱雀さんは?」

「職員室」

 こちらへ来ながら尋ねる御巫に、僕は答える。

「ふうん」

「朱雀、待つか?」

「別に……いいんじゃない?」

 今朝話したこともあるせいか、あまり朱雀と一緒に帰る気にはならないようだった。まあ、僕だってそう思う。一緒にいたら嫌でも考えてしまう。

「じゃあ帰るか」

 言って、立ち上がった僕に。

「ねえ九十九君」

「ん?」

 御巫は唐突に言ったのだ。

 僕が思いもしないことを。表情一つ変えずに。

 ーーー教室の扉の後ろに見えたのは。今入ってこようとしているのは。

 朱雀。朱雀炯。

 御巫はそれに気づかず、一言。

「私の嫁になりなさい」


 其ノ質


「ーーーえ?」

 驚いて御巫を見る。

 今なんて言った?

「私の嫁になりなさい九十九君」

 繰り返す御巫。

「えっと……」

 それはどういう意味だろう。

 僕は男だから嫁に行くことは出来ないんだけ……。

「……!?」

「理解が遅いわ」

「は、はあ!?ちょっと待てよ、待て待て。お前頭大丈夫か!狂ったのか!」

「失礼ね、九十九君よりは狂ってないわよ」

「酷い!」

「私としてはすぐ返事が欲しいところだけれど、仕方が無いから三日待ってあげる。執行猶予をあげる」

 何を執行されるんだろう。死刑かな。

 破裂しそうな心臓を何とか整えて、扉の方を見ると、朱雀はもういなかった。

 ーーー聞かれた?

「帰りましょうか」

「え、ええ?この衝撃を与えられた後に一緒に下校するの?何それ拷問?極刑?」

 完全に動揺している。

 いや、だって、こ、告白されたの初めてなんだよ?

 ていうか、なんで僕?

 他にいるだろ、天津とか炫とか。あ、女だったわあいつら。

「何よ、九十九君は一緒に帰ってくれないの?」

「…………」

「この照れ屋さんでピュアな私が一緒に帰りたいと頼んでいるのよ」

「お前に果たしてピュアな心があるのかどうかは不明だけれど……まあ、うん。挙動不審になるかもしれないが、帰るか」

 表情変えずに告白するやつが照れ屋なのか、そこも不明だった。

 朱雀のことが気になるけれど……。

 改めて、帰ろうと教室を出ようとしたその時。

「よお、よおよおよお」

 いきなり声がしたので、僕らは振り向く。

「なんだなんだぁ?てめぇら、そういう仲だったんかよ」

 窓から入ってきたのかよくわからないが(窓枠に座っていたので、おそらくそうだろう)、案の定蘿だった。

「まだそんな仲じゃないわ」

「あぁ?まだ、ね。どうせくっつくんだろうが。イチャイチャイチャイチャよぉ」

 くく、とやはり気味の悪い笑いをする。彼女が朱雀と同一だなんて……本当に信じられない。

「まるでヒロインだなぁ御巫」

「何よ、あなたは脇役でしょ?」

 その言葉に蘿は少しピクリと肩を揺らした。

「言ってくれるねえ」

「言っておくけれど、そんな裏の人格に頼って、頼り切って悪口や嫌味を言ってくるあなたにとやかく言われる筋合いないわよ」

「御巫……程々にしろよ」

 僕は少し注意をする。

 御巫は僕を一瞥しただけで、特に反応しなかった。

「裏の人格に頼る?意味がわからねえな。私は私だし、あいつはあいつ、御巫は御巫だろ?」

「あいつ、というのは朱雀さんのことかしら?」

「ったりめーだ。全く、私にはあいつが見えてるっつーのになあ」

「ーーー?」

 今、何と言った?

『私にはあいつが見えてるっつーのになあ』、だって?

 私に『は』?

「おい蘿」

 呼ぶと、こちらを見下すように見る彼女。

「あ?お前には私が見えてるのか?」

「まあなーーー今の、どういう意味だよ」

「今のって?」

「私にはあいつが見えてる、そう言っただろうが」

「……はーん、そういうことね」

 はっ、と彼女は鼻で笑う。

 毒づくように。

「そうだよ、あんたの思ってる通りさ。あいつには私が見えていないーーー。そういやあ、疎の野郎は見えてたし、話していたな。あいつには私だけが見えていない」

「それは……」

 それはまるで。

 自分の感情から目を逸らしている行為に等しいではないか。

 自分の悪い感情は、無意識に消去している。

「九十九君……私、帰るわ」

「何だよ御巫」

「気分が悪い」

「は?」

「気分が悪いわ。私蘿が大っ嫌いなの。このままだと神剣で刺してしまいそう」

「それは大変だな……いいよ、帰って」

 さすがにそれは、犯罪だ。

「ありがとう。そういう理解の速いところ、大好きよ九十九君。返事、考えておいてね」

 そう言って、御巫は消えた。否、帰った。

 僕と蘿が教室に残る。

 少しだけ重苦しい雰囲気が流れ、息をのむ僕。数秒の均衡を破ったのは蘿だった。

「あんたは御巫の何だ?」

 そんな質問。

 僕は少し考えてから、それでも答えは見つからなかったけれど、答えた。

「友達……いや、協力者かな」

 さすがに告白されて、友達というとふったも同然になってしまったので撤回した。もちろんのこと、返事など決まっていない。

「協力者……ああ、神のことか」

『神』、と彼女は直接的な表現をした。

 確かに神剣は、神そのものと呼んでも過言ではない。むしろぴったりだと思う。

「ということは、神剣を探してるのか。ふーーん」

「疎から聞いたんだけれど……その、神剣をさ」

「私達のどちらかが持っている、だろうが?」

 疎が言っていた、と彼女は笑った。

 おい疎……!それ言っていい情報だったのか?

 いや、まあ僕と言わないという約束をしたわけではないから、とやかく言うつもりはないけれど。

「どっちが持って……」

「言うわけないだろ、ばーか」

 くそ、むかつく。こいつ本当に朱雀にと同一なのか?認めたくないぞ。

「あいつが持っているかもしれないし、私が持っているかもしれない。私が持っていないと言ったらあいつが持っていることになるだろうが。不利益なことは言わねーよ」

「不利益って……元々御巫のだろうが」

「はあ?何言ってんだお前。何も知らねえんだな」

 何も知らねえ、と嫌らしく繰り返し、僕を、軽蔑をあらわにした目で見やる。

「御巫のじゃなかったら、誰のだよ」

「世界だよ」

 世界とはーーーまたえらく規模がでかいじゃないか。

「神剣が、人間なんていうくっだらない生き物のために作られる訳ねえだろうがよ」

 それは自虐のようにも聞こえたし、僕を責めているようにも聞こえた。

「人間なんてのはくだらない。利己的で我が侭で、傲慢でーーー自分の都合ばっかり、押し付けて」

 彼女は少し俯く。

 その口調は。その表情は。

「私が何も感じないと思ってるの?」

「ーーー朱雀」

「そんな、目の前で告白しなくてもいいじゃない。仲良くしないでよ。見せつけてるの?」

 やはり、見られていたのか。

「どうして御巫さんとばっかり帰るの。私、私だって」

「朱雀?」

「わ、私だっててめえのことが好きなんだよこの野郎!!」

 教室に、声が反響した。震える声で、彼女は言った。

 朱雀と同じ声、同じ顔。しかし言葉は蘿だ。

「九十九君の、馬鹿!!」

「おい朱雀!」

 朱雀は教室から勢いよく出て行った。僕の静止も聞かず。

 僕はいつの間にか、蘿のことを朱雀と呼んでしまっていた。しかし。

 しかしもう、区別をつける必要なんてーーーないだろう。

 あれは朱雀炯以外の何物でもなかったのだから。

 始めからずっと。今までずっと。


 其ノ捌


 帰り道、予期せず一人になって、一人で帰っていた僕に、予想はしていた来訪者が現れた。

「や、九十九先輩!一人ぼっちとは、可哀想だな!」

 長い黒髪を揺らして自転車に乗っている彼女が僕の前で止まった。

「可哀想とか言うんじゃねえよ、僕はどっちかっていうと一人の方が好きだったりするんだぜ?」

「ああ、孤高主義ですか?かっこつけですねえ」

「お前は気持ちがいいほどに嫌味を言うなあ!」

 嫌味というか、嫌がらせだ。

 しかし疎は今回嫌がらせもそこそこに、本題にはいるらしかった。

「蘿に会ったでしょう」

「ああ、まあな」

「何か言われましたか?」

 こいつは、見透かしているような気がする。さっきの会話全部を聞かれていたような感じだ。

「言われたでしょ?」

「例えば?」

 こいつがどんな風に、どこまで事態を把握しているのか。

「うん?どんな風にって、私の能力でね、どこまでも事態は把握できるんだよ、九十九先輩」

 彼女は笑った。

「告白されただろう?」

「う」

 直球だった。

 デッドボールかもしれない。衝撃だ。

「お、お前の能力ってなんだよ」

 僕は慌てて、話題を変えた。が、それは許されないらしい。

 疎はまだこの話題を続けようとする。

「目を逸らすな九十九先輩。これから君は戦わなくちゃあいけないんだぜ。女との勝負は怖いね、女同士の勝負はもっと怖いけれどね」

「た、戦うって……」

「目を逸らすのは朱雀先輩だけで勘弁願いたいな」

「……そう、だな」

 あいつは今も目を逸らし続けている。自分の感情から、性格から、闇から。

「んーで、能力だっけ?九十九先輩」

「あ?ああ、そう」

 教えてくれるとは意外な。

「まあ、一応……一応先輩だからな、敬意を払って」

「一応って二回も言うな」

「私の能力は、一言で言えば千里眼。ほら、モンハンなどでよくある千里眼の薬を飲んだ時と同じだよ。もっとも、ボスの位置はわからないけど」

「例えが危ないぞ?著作権法に引っかかりそうだぞ?」

 例えただの自作小説だとしてもさ。

「でも僕らの場所を見つけたくらいで会話はわからないだろ」

「うむ。もっともだ。しかしな九十九先輩」

「あん?」

「私は扉の外で聞いていた!」

「盗み聞きかよ!!」

 威張ることじゃねえよ。恥を知れよ。

 警察呼ぶぞ。

「九十九先輩はさてはて、どちらを選ぶのかな?」

「選ぶ、ねえ。僕としてはもう答えは決まっているんだけれどね」

 疎に会う前に、とっくのとうに考えて、答えを出した。

「ふむ。それは私もさすがに聞かないけれど。朱雀先輩、もうそろそろ限界かな」

「限界って」

「あの人は全く。負の感情に慣れていないんだから……呆れてしまうね、どれだけ自分を押し殺してきたのだろうな」

 押し殺して。

 押し殺して押し殺して押し殺して押し殺して押し殺して。

 利己的で我が侭で、傲慢でーーー自分の都合ばっかり押し付けて。

 あれが朱雀の本音なのだろう。

 押し殺してきた、本音。

「あるいは目を逸らすだけなのだから、楽ではあるのか」

 なんてね、と彼女は笑った。

「楽ではなかった……と思うけれど」

「それは本人にしかわからない、ですね」

 そう。本人にしかわからない。こっちは意図的に都合を押し付けたりはしているつもりは無い。

 ああ、そうだ、と疎は言った。

「足りないおつむで考えましたか?あの答え」

「ん?ああ。まあ、考えたけれど……」

 元々朱雀蘿はいなかったという、例の問題だ。出した答えが合っているとは思えない。

「聞かせてくれますか?」

 僕は首肯した。

「僕の考えでは、例外の朱雀が負の感情を切り離すようになってから蘿が生まれたと考えたのだけれど、合ってるか?」

「……うん、九十九先輩にしては惜しいな」

「一言余計だ」

「はは、正解を言うと、こうだ。朱雀蘿は、『朱雀炯』だった」

「どういう意味だ?」

「そのまんまの意味さ。朱雀先輩、即ち朱雀炯は例外なんかじゃなかった。そこらの一般人と同じで、表にも裏にもいる人物だった。しかし」

 しかし、と少し間を開ける彼女。

「違う意味で例外だった、と言うべきかな?表の炯は、負の感情を切り捨てた。切り離した。目を逸らした。そして、どうなると思う?」

「どう、って……」

「切り離した負の感情はどこにいったと思いますか?」

 ーーーそういう、ことか。

 ようやく僕は得心いった。

「蘿にーーー裏の朱雀に流れた」

 疎はにやりと笑った。

「そうだ。当たりだ、九十九先輩。そして裏の朱雀炯は、朱雀蘿へと変化した。悪の塊だ。おかげで朱雀炯先輩は聖母のように、神のようになった」

 人間から昇格した。

 疎は呟いた。

「定かではないって言ってなかったか?」

「この前確証を手に入れたのさ。確信ではなく、確証をね」

「確証を、か」

「聞きたいかい?九十九先輩」

「聞かせてくれるならな」

「いいでしょう。見た人がいたんですよ、変化した瞬間をね」

「変化した、瞬間」

 目撃者がいるのか。それは、目撃者は驚いただろうな。

「突然発狂したそうだ。いや、叫び声をあげたらしい。朱雀先輩は……もちろん裏の朱雀先輩だが、その場に崩れて、すぐ起き上がった。しかし先ほどまで姿勢良く歩いていたというのに、項垂れたようにして、力なく歩いていったらしい。だから目撃者は話しかけた」

 ーーー大丈夫ですか、具合が悪いんですか。

「彼女はこう言った」

 ーーーうるせえ。構うんじゃねえよ、死んじまえ。

「…………」

 沈黙。

 さすがに、沈黙だった。

 まさか朱雀が、死んじまえなんて言うと思わなかったし、あいつがそれだけ無理をしていたのだったら。無意識にでも負担をかけていたのなら。

「最悪だな、僕は」

 そんなことにも気づけなかったなんて。

「いいえ、九十九先輩。あなたは最悪などではありません。むしろ最良ですよ、最高でなく、優秀ではないですけれどね」

「最良って……」

「最高に優しい、ですよ」

 ……照れるじゃないか。

 照れ屋ではないけれど、疎に褒められるとは。うん、素直に嬉しい。

「ちなみに僕は今日、二回も告白されたわけだがお前は僕のこと好きか?」

 動揺していた僕とは思えない言葉だった。

「気になります?」

「気になる気になる」

「嫌いです」

「あー、聞こえなかった。どうしよう耳鼻科に行った方がいいかもしれないな」

「嫌いです」

 きっぱりだった。

 ええ……まさか嫌われているとは思わなかった。久々に凹む。

 べっこべこだよ全く。

「そんなことより九十九先輩」

「僕の好悪がそんなことよりな訳がないが僕の宇宙のような心でスルーしてやる。何だよ疎」

「スルー出来てないぞ?私は能力で朱雀先輩がいる場所がわかる」

「あ?おお、うん」

 疎は不敵な笑みを浮かべながら言った。

「戦いに行くか?」

 僕は。

「行くに決まってんだろ」

 即答した。

 助けない。助けない、朱雀なんて。僕は戦いに行くんだ。

「では、今回は御巫先輩は巻き込まない。恐れ多いからな」

「お前、師匠だろ?」

「いいえ?同期です」

「は!?師匠っていうの嘘かよ!」

「いえ、嘘じゃないです」

「どっちだよ!」

「師匠で同期ですよ、九十九先輩。年上だから、敬意を払っているんです」

「僕にも払え……」

 一応僕も年上だからな?

 ていうか師匠で同期って何だよ。まあいいか。

 そこで僕は、はたと思う。

「僕一人か?」

 御巫が行かない、連れて行かないってことは……そういうことだよな?

「いいえ。私が着いて行きます」

「お前が?」

「ええ。私だってそれなりに役に立ちます」

「わかった。ありがたい」

「感謝してくださいな」

「はいはい」

 これじゃあどちらが年上か、わからないな。

 僕は止めていた足を前に出す。とりあえず、家に帰らないと。

 疎も自転車から降りて、歩いた。

「じゃあ、夜中。正確には夜の二時。丑三つ時ですね、家の外に出てきてください」

「二時、ね。わかった」

 それを言うためだったらしい、再び自転車に跨った。

「それでは、九十九先輩」

「ああ、じゃあな」

「…………」

 疎は僕を見る。

「?」

「嫌よ嫌よも好きの内、ですよ」

 それだけ言って、彼女は今度こそ自転車で、僕の家と反対方向に去って行った。

「……まったく」

 ツンデレかよ、まったく。

 僕は家路を急いだ。

 朱雀、僕はお前とーーー戦う。


 其ノ玖


 夜中の二時。俗に言う丑三つ時に、僕は起床した。起床といっても、夜中だから周りは真っ暗だけれど。

 僕は静かにベッドから出て、寝間着から動きやすそうな服に着替えた。

 そして携帯と家の鍵のみを持って、外に出た。

 家の敷地内から出たところに疎は待っていた。

「お待たせ」

 声をかけると、疎はこちらを向いた。

「お待たされ。さて、九十九先輩」

 壁にもたれかかっていた疎は、壁から背中を離す。

「念のために確認しておこう。御巫先輩に何も言っていないな?」

「言ってない」

「よし、いいだろう」

 そう言って疎は笑った。

「で、朱雀はどこにいるんだ?あいつの家とかだったら僕、侵入はできないぞ」

「その程度ですか」

「……いや、侵入する」

「ふふ、まあご心配なく。朱雀先輩は事前に確認したところ、家にはいませんから」

「そうか……良かった。どこにいるんだ?」

「ちょっと待ってください。移動してたらかないませんから、もう一度確認します」

 言って、疎は意識を集中させた。

 オリオンブルーに近い瞳が、少し光ったような気がした。気のせいだろうか。

「ああ、移動していませんでした。学校の屋上にいますよ」

「屋上か。普段は立ち入り禁止のはずだけれど……というか、侵入しても警報鳴らない……よな?」

「大丈夫ですよ、ちょちょいのちょいです」

 本当かよ……怪しいぞ、その言い方だと。

「さてさて、学校へ行きましょうか。さあ、お乗りください!」

 疎の目の前には自転車が置いてあった。……二人乗りしろってことか?

「じゃあ僕が運転……」

「いやいや九十九先輩に運転してもらうだなんて恐れ多い!私が運転しよう!」

「…………」

 嫌だなあ。すっげえ嫌だなあ。僕が運転したいなあ。

「いや、後輩にこがせるなんて僕も申し訳ないからさ、後ろ乗れよ」

「まあそう言わずに!私運転したいですから!」

「僕も運転したいんだよ。後輩だろ?後ろの輩だろ?な?」

「いいですか、九十九先輩。刻一刻と、時間は押してきているんです。こんなところで言い争っている場合ではない」

「そうだなあ疎。じゃあ後ろ……」

「自転車の持ち主は誰です?」

 う。そう来たか……。

 僕は断念して、疎に続いて後ろに乗った。

「しゅっぱーつ」

 一言言って、疎は走り出す。

 後ろ怖い、怖いって。何この前が見えない恐怖感。落ちそうだって。何これ何これ!

「九十九先輩、抱きついてくれ」

「は!?この状況でなんだよ!」

「違う違う。まったく九十九先輩は考えることがエロばっかりだ。安定しないから私に捕まってくれ、ということですよ」

「え……いや、その」

 女子に抱きつくとか……。拷問ですか?

「早く!」

「は、はい!」

 ほとんど衝動的に疎に抱きついた。

 僕、ただの変態みたいだ。

「むふっ」

「お前がただの変態だ!」

 気持ち悪い笑いを漏らすんじゃねえよ。

「変態は褒め言葉だ!」

「面倒くせぇ!!」

 そんな会話をしつつ。

 僕らは無事に学校に辿り着いた。

「さーて、目の前の校門はー?」

「さーて、来週のサザエさんはー?みたいに言うな」

「ははははは」

「何にツボってるのかさっぱりわからないぞ?」

「やっぱり閉まってるな。鍵」

 校門を開けようとして、動かなかったので、そう判断したようだ。

「ていうか、逆に閉まってなかったらセキュリティがなってないだろ」

「それもそうだ」

 こんな夜中に校門が空いてたら逆に入らない。

「まあちょちょいのちょいだよ九十九先輩」

 そう言った瞬間、ガチャリ、と音がした。

「便利だよな、本当」

「そうでもないですよ?まあ私は御巫先輩と違って攻撃もできますけど」

「まじで!?最強じゃねえか!」

 僕らは何食わぬ顔で校門を開け、中に入る。警報は鳴らないようだ。少し安心した。

「御巫先輩もやろうと思えば出来ますよ。ただ、あの人はやろうとしないだけです」

「そうなのか?てっきり出来ないんだと思ってた」

「自分の特異な能力で人を傷つけることは絶対にしない、やるなら常人の、高校生の女子の実力で傷つける」

「あ?」

 僕が首を傾げると、疎は、

「御巫先輩の言ったことです。あの人らしいでしょう?」

「あー……言われてみればそうかもな。本当に嫌がることはしないとも言ってたし」

「優しいんですよね」

 根は、と付け加えた。確かに根は優しい。

 そんな話をしている間に、昇降口(もちろん鍵がかかっていたので疎が開けた)を抜け、屋上へと通じる廊下を歩いた。

「なあ、疎。戦うって言ってもさ、どうやって?」

「それはご心配なく。屋上への入り口に着いたら教えましょう」

 ふうん、と相槌を打ちつつ、僕らは階段を上る。夜中の学校というのは嫌に雰囲気が出ていて、不気味だ。おまけに電気をつけるわけにもいかず、周りは真っ暗。懐中電灯でも持ってくれば良かったか、と少し後悔し始めた頃、屋上への扉に辿り着く。

 立ち入り禁止と書かれた札は、一部の生徒にはもう意味がなくなっている。実際屋上へ出ても、先生に怒られることは稀だ。高校生だし、危険なことはすまい、という考えらしい。だったら立ち入り禁止にしなくても、と思うが。

「で、戦法は?」

 僕は小声で言った。

「ええ、こうです」

 疎は何もないところから、剣を二振り取り出す。いや、取り出したのかは不明だけれど。

「神剣……じゃないな」

 雰囲気からしてそうだった。

「ええ、ただの剣、というより刀です。即興で作りました」

「作ったのか……」

 こいつや御巫の超能力は限度が知れない。

「ま、神剣のレプリカも作れるっちゃあ、作れるんですけど。神に偽の神で対抗しても負けるからな」

「普通の刀でもそうなんじゃないか?」

「神は偽の神には怒りますよ、九十九先輩。ほら、神様は一般人に怒ることなんてそうそうないでしょう?」

「んー……よくわからないな。まあ、いいけれど」

 疎は、はい、と片方の刀を僕に差し出した。僕は受け取って、何回か振ってみる。

 なんとなく感覚を覚えて、僕と疎は無言で頷く。

 扉のノブを回すと、鍵は開いているようだった。

 ゆっくりと扉を開けると、

 屋上の真ん中あたり、

 彼女は気づいた。

 僕らに。

「ーーー九十九、君」

 朱雀はこちらを向いて、首を傾げる。

「どうしたの?こんな夜中に。夜更かしは駄目だよ?あ、もしかして」

 告白の返事?

 彼女は言った。

「朱雀。朱雀炯。初めに言っておこう」

「うん?何かな」

 僕は息を吸って、落ち着いて言った。

「僕はお前と戦いに来た」

「…………」

「お前は神剣でいい。僕はこの刀だ」

「…………」

「…………」

「告白の、お返事聞きたいな」

「告白?」

 僕は言った。

「僕はお前に告白なんてされてねえよ」

 僕が告白されたのは、あくまで蘿だ。朱雀炯の言葉じゃない。

「……意味、わかんない」

 朱雀は僕を睨む。その手にはいつの間にか、神剣が握られている。

 緑の光を放つ神剣。

 緑狩。

「九十九君、九十九錦君」

「なんだよ」

「ーーー死んでください」

 同時に朱雀は僕に飛びかかってきた。

 僕は間一髪、その攻撃を避ける。

 しかし休む暇などありはしない、朱雀は女と思えないほどの速さで剣を振るう。

「くっ……」

 僕は避けるだけで精一杯だ。

 なんとか攻撃しないと、勝てるわけがない。

「先輩すまん!」

 疎が動いた。

 朱雀への謝罪。しかし疎が切ったのは朱雀の髪のみだ。

 朱雀の注意は一瞬だけ疎に移る。

 僕はその隙に、朱雀への距離を縮め、攻撃を仕掛けた。

「……!」

 朱雀は気づいて、ぎりぎりの所で僕の攻撃を防いだ。

 僕の刀と朱雀の神剣が交差する。

「九十九君、どうして?」

「意味がわからねえよ」

「どうしてこんなことするの?どうして告白のこと忘れちゃったの?」

「忘れてなんかーーーねえよ!」

 僕は刀を振った。

 さすがに腕の力がそこまで強いわけではなく、神剣は弾かれ、宙に舞い、地面に落ちる。

 朱雀はその場に崩れ落ちた。

 疎が神剣を拾いあげることを確認し、僕は朱雀に向き直った。

「朱雀。お前の今の感情は何だ」

「……知らない」

「知らない、か」

「知らないよ、こんな感情。知りたくないし」

 朱雀は俯いている。

「辛いだけじゃない」

「そうだな。辛いだけだ。でも朱雀、それじゃ駄目だろ」

 これまでと同じだ。負の感情を切り離すのなんて、これまでと同じ。

「お前は最悪だよ、この世界で一番」

「意味わかんない」

「僕は、お前のことを最優秀で、最良だと思っていた。でもその反対だ」

 お前は最悪だと、もう一度言う。

「負の感情を切り離すのは、逃げだろ。皆暗い、黒い気持ちと戦ってんだ。そうやって生きてんだよ。なのに何でお前だけ逃げてんだよ。不公平だろうが」

「逃げ……」

「逃げるな向き合え、目を逸らすな。自分の気持ちに嘘ついてんじゃねえよ。別にいいだろうが。嫉妬したって嫌いになったって、怒ったって別にいいだろ」

 朱雀は、顔を上げた。

 僕は言う。

「蘿のせいにしてんじゃねえよ。全部お前だ。朱雀炯だろ」

「全部、私」

「そうだよ」

「…………そう、だね」

 いつの間にか近くにいた疎は、言った。

「取り込むなら、神剣でやらないと」

「だってさ、朱雀」

「うん。疎さん」

「ん?」

「お手数おかけして、すみません。よろしく、お願いします」

 疎は笑って頷いた。

 神剣に光が集まる。眩しいくらいの光に包まれ、暫くして、消えた。

「終わり?」

 僕が疎に訊くと、はい、と言った。

 朱雀を見ると、朱雀は。

「九十九君、ごめんなさい」

「…………」

「うん。私は逃げていただけだった。本当に」

「……辛くても、僕が愚痴とか聞いてやるよ」

「それは、どういう意味かな?」

「そのままの意味だ」

 ふうん、と朱雀は笑った。

「九十九君、好きです」

「うん」

「愛してます。私の彼氏になってください」

「ありがとう」

 僕は少し間をおいて、言う。

「でも、ごめん。僕、好きな人いるんだ」

「……そっか。知ってた」

「……うん」

 朱雀はそれから、ずっと泣いていた。声をあげて、ずっと。

 僕は泣き止むまで側にいた。

 陽が登る頃にはさすがに僕らは学校を出て、朱雀を家まで送り、僕は家に帰った。何故か疎は父親の部屋で寝ることになった。

 明日、僕は彼女に会いに行こうと、考えた。



 其ノ終


 後日談。

 目を覚ましたのは朝の十時。眠ったのは朝方の四時ごろなので、まあまあ眠ったという感じだ。

 布団から出て、普段着に着替え、朝食もそこそこに朝の支度を済ませる。

 よく考えれば、今日は土曜日で学校は休みだった。もう少し寝ていても良かったかと思ったけれど、どちらにせよ行かなければならないところがあるので、いいか、という感じだ。

 疎を起こしに行くと、ベッドはもぬけの殻で、家の中に気配はしないため、いないようだと判断した。帰ったのだろうか、それにしても、礼も言わないとは、やはり僕は敬われていないらしかった。

 うるさい妹達は、早くも高校見学に勤しんでいるようで、今日は家にいなかった。どこの学校を見学しているのかは知らないが、迷惑などをかけていなければどこでもいい。

「ーーーよし」

 メールを送信したのを確認し、携帯を閉じる。

 僕は自転車にまたがり、敷地内を出ようとした時。

「やあ九十九先輩!」

 と、元気よく挨拶された。

 相手はもちろん疎である。

「おっと、おはよう」

「おはよう。昨晩はありがとう、だな。よく眠れたぞ」

「そうか、なら良かった」

 うむ、と頷いて笑う。

「ああ、そうだ。神剣は御巫先輩に渡しておいたぞ」

「そうか」

「家に押しかけたら、めちゃくちゃ嫌そうな顔をされたぞ!」

「それ嬉しいのか……?」

 何故満面の笑みで言うのだろう。

「ついでに怒っておいた。約束を破りまくりだからな、あの人」

 ああ、そういえばそうだった。まあ約束は守ってほしいので、文句はない。

「お仕置きとして胸を二、三回揉んでおいた」

「羨まし……じゃなくてそれはいらなかったんじゃないかなあ!」

 危ない、つい本音が。

「ふふふ、羨ましいと?九十九先輩も揉んでこい」

「いや、嫌われるからやめておく」

「そうか?意外に喜ぶかもしれないぞ?」

「ねえよ。僕が殺されるわ」

「殺されてこい。そうそう、九十九先輩」

 酷いことを言った後、彼女は思い出したように言った。

「どうせ暇だから、私が先輩の父親の情報を集めてあげよう」

「え?でもさ……」

「あの部屋に面白い日記があったのだ。借りた」

 こいつはまた勝手に……。僕らがやらないことを遠慮もせずやりやがって。

「内容はまだ教えられないがな……」

「んー、まあ……無理はしなくていいけど、頼んどく。僕、神剣探しで忙しいからな」

 願わくば見つかって、妹達に会わせてやりたいものだ。

 疎は笑顔で了承した。

「っと、どこかへ行くのだろう?拘束してしまって悪かったな」

「ああ、いや、別に」

「では九十九先輩。あと二話後に会おう」

「わざわざ伏線を張るな!」

 露骨すぎるから!

「またな!」

「ああ……じゃあな」

 僕は自転車のペダルに足を乗せ、漕ぎ始めた。

「それにしても、神剣はもう四本集めたのか…あと、二本」

 この分だと、もしかすると今年中には集まるのかもしれない。

 そうすると、どうなるんだろう。

 その後はどうなるんだろうか。

 想像はつかないことだったけれど、それはもう少し、終わりに近くなったら考えた方がいいのかもしれない。

 表裏結線、つまりは御巫の家の近くあたりの公園の前に自転車を止め、公園内に入る。

 本当は家まで行きたかったけれど、僕一人では表裏結線は越えられない。

 ブランコあたりに僕が呼んだ人ーーー御巫はいた。

「やっほー九十九君。おはよんぬ」

「無表情で言うな……おはよ」

「さてと、今回は私抜きで色々やってくれたらしいわねえ、九十九君」

 何で若干怒り口調なんだろう。

 楽出来ていいじゃん?

「私ヒロインなのに、最後の最後で出番がなかったわ」

「ヒロインとか自分で言うな。最後の最後は今だから、出てるぞ」

 あらそう、と素っ気なく言った。

「山場で出番が無いなんて……」

「諦めろよ……」

「私諦めが悪いの」

「そうかよ」

 僕と御巫は、公園のベンチに腰掛けた。

「で?用は何?」

「ああ、うん」

 僕は言った。

「好きです」

 ありきたりな告白だけれど。

 これが僕の気持ちだから。

 嫉妬もするし怒ったりもするだろう。だけど。

 嫌いになんて絶対ならないからさ。

 約束。

「ーーー私もよ」

 御巫は笑った。

「これからもよろしくね、九十九君」



  御伽集 緑 終幕


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ