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御伽集  作者: あまひら。
2/7

これはひとつの、御伽噺。



第弐話 御伽集 冥


其ノ弌


この世にはどうも、不思議なことがあるらしい。

幽霊だの、化物だの、妖怪だの色々。

しかしながらこのあたし、九十九天津つくもあまつはそんなものは信じていないのだ。

実際に目に見えないから、信じようが無い。いやいや、本当に。

ただ、たまに、ごくたまに双子の片割れ、てらすは見えるらしいのだけれど。

九十九天津。

双子の上。市立南埜みなみの中学三年五組。髪型はショート 。名前は天津甕星あまつみかぼしから頂いたらしい。あたしはこれ、よくわからないけれど、名前は気に入ってる。星ってことで、星のピンを着けている。

九十九炫。

双子の妹。同じく市立南埜中学三年二組。髪型は一緒。前髪の分け方があたしと反対。名前は天照大神から頂いたらしい。天照大神は、太陽神だそうで、赤の丸のピンを着けている。

二人合わせて天炫。このコンビ名は炫が考えた。これ、ほぼ炫だよね?


「あ、こんにちは」

と、突然炫が挨拶をした。

あたし達は今、家の自分達の部屋にいる。もちろん二人で。

朝起きたわけでもない。だって今、夕方だし。

なのに、あたしに挨拶をするはずがない。こういう時は大抵、幽霊とかと話しているんだよね。

「あ、へえ。交通事故。そりゃあ大変だー」

……あたしは慣れたけれど、これ、他人から見るとかなり薄気味悪いと思う。あたしも最初、え?ってなったもん。

何言ってるのって、その場で百回言ったのを覚えている。

「えー?ねえ天津、どう思う?」

「わかんね……」

嘘、慣れてない。

最近たまに、あたしの方に話題を振ってくるんだ。見えないっての。

あんまり、幽霊とかそーゆう類、得意じゃないんだ。真面目に。

本怖とか見れない。

幸い、炫は『嘘くさい』って、見ないから救われる。まあ、本当に見えている(らしい)炫にはそう思える番組なのだろう。あたしは単に怖……いや、怖くないよ?

全然平気!

「御巫、菓子が何故か雛あられしかないんだが……」

「雛あられ?随分と季節外れ。もうすぐ夏だけれど」

部屋の外から、兄の錦ちゃんと、数少ない錦ちゃんの友達、御巫彩砂みかなぎさいささん、通称みかちゃんの声がする。

「てらちょー、錦ちゃんの邪魔しようぜ」

「あまちょー、ちょい待ってちょー」

そう言って、あたしは炫が幽霊さんとの会話を終えるのを待った。

「よーし、れっつらごーっ!」

部屋を出て、錦ちゃんの部屋に入る。

「「みかちゃーん、元気ーっ?」」

同時に言うのは、双子だからと言うのもあるのかも。打ち合わせは別にしてないんだけれど。思考回路が似てるのかな。

「嫌な奴らが……」

錦ちゃんはため息をつく。

みかちゃんこと御巫さんは別に嫌そうでは無いけれど。

「元気よ、まあ最近は、期末テストの勉強で忙しいのだけれど」

「ほーう、期末テストですか。それは大変だね!」

あたしが言う。

「私達、面倒だからテスト勉強しないんだー」

炫が言う。

「いや、しろよ。お前ら中三じゃねえか」

錦ちゃんのツッコミ。

相も変わらず、ツッコミしか出来ない、呆れた兄ちゃんである。

「えー、実は見えないところでしてたり。ね、炫」

「そうそう、ねえ天津」

まあ、人並みにしてる。

お母さんに、塾に行かせてもらってるし。

あたし達は錦ちゃんの行っている海神高校に行くつもりはない。

というか、あたしと炫で、同じ高校に行くのかも決めていない。

ーーーそこのとこ、詳しく話し合わないといけないかな。

「ねえ、天津ちゃんと炫ちゃんは、海神に来るの?」

みかちゃんは訊く。

「んー、どうだろ。天津が海神行くなら私も行くけれど」

「へえ。天津ちゃんは?」

「あたし?あたしは海神は行かないかな。成績届かないし。あと、流石に皆が私立に行くお金もないしね。高校行ったらバイトでもするんだー」

何を隠そう母子家庭で、母は女手一つであたし達三人を育ててくれた。少しでも恩返しができればと思う。

なのに錦ちゃんは、バイトもしないし、部活は帰宅部……これは良いのか。部費がかからないもんね。

バイトすればいいのに。

っていうか、錦ちゃんはこの美人のみかちゃん、どこで捕まえてきたんだろ。

ーーーまさか、無理やり襲って手篭めに……!?

何でことしやがるんだ、錦ちゃん。

「みかちゃんとー、錦ちゃんはどうやって知り合ったの?」

炫が質問する。

「ま、待っ!炫それ聞いちゃあかーん!!」

あたしは手を伸ばして阻止すると、炫は不思議そうな顔をする。

「へ?」

「どうって……まあ、私があることのお手伝いを九十九君に……錦ちゃんに頼んだからだけれど」

「…………」

とんだ勘違いだった。

恥ずかしいぜ、全く。錦ちゃんごめんよっ。

「へえー。役立たずな錦ちゃんに頼み事なんて、変わってるねみかちゃん」

「大丈夫、役立たずな錦ちゃんでも出来る事たくさんあるのよ。例えば囮とか餌とかパシリとかね」

「待て待て待て御巫!出来る事が全て奴隷的、ドM的なそれだし、何より錦ちゃんって呼ぶのやめてくれ、気持ちが悪い!」

みかちゃんの言うことも大概酷いけれど、錦ちゃんは錦ちゃんで、楽しそうだ。

ツッコミが生き生きしてるもん。

「あら、しょうがないじゃない。九十九が三人いたら呼び分けないと。錦ちゃん錦ちゃん錦ちゃん、錦ちゃん」

「気持ち悪いっ!!」

うん、楽しそう。

本当に。

あたしの交友関係は広く深くがモットーなんだけれど、結局深く関わるのって難しくって、広く浅くの付き合いになってしまっている。

だからそれほど仲のいい子はいないんだけれど、グループ的に一緒の子はいる。

錦ちゃんを見習って狭く深くにしてみようか。

ーーー錦ちゃんは友達が少ないけれど。

「天津ー、炫ー」

「あ、母上が呼んでおる」

「読んでおりますな」

「漢字違うぞ炫。それが素だったらマジでお前はやばい」

わざとだよ、錦ちゃん。察してあげて。ーーーたぶん、わざとだと思うんだけど。

あたしと炫は立ち上がって決めポーズ(ご想像にお任せ)。

「「それでは皆さん、ごっきげんよー!!」」

錦ちゃんの部屋を去ったのだった。



其ノ弐


どうも皆さん、こにゃにゃちわ。

先ほどまでは天津が色々語っていたけれど、今度は私、九十九炫が語っちゃいます。

ただ、私は馬鹿なので、馬鹿の中の馬鹿なので語彙が少ないのです。

だからこの賞だけね、この賞だけ。え?漢字間違ってる?気にしない気にしない。

そうそう、さっき、お母さんに呼ばれた私達は、下の階のリビングにいます。

「暇か?」

単直投入に訊いてきたお母さん。

あ、間違えちゃった。リテイク。

単刀直入、だっけ?

うーん、錦ちゃんのが正直語るのには向いていると思うな。

「暇じゃなーい」

天津は言います。

天津が言うなら私も言います。

「忙しいよーん。なぜなら、私のない頭を絞って語っているので」

「嘘つけ。お使い行ってこいや!」

と、半ば強引に買い物メモとお金を渡されました。

仕方がないので、私達はお買い物に行きます。ということでお着替え。

私達の通っている南埜中学校は、休みの日などの外出で、制服の着用を義務付けているのです。

逆に危ないと思う。

何を隠そうセーラー服。スカーフじゃなくてリボンなんだけれど、変態さんに襲われる危険性が高いよ。

ストーカーされたことある。

内一回は錦ちゃんだった。おっと、身内の恥さらし。

「いってきまーす」

「いってきまんもすー」

「いってらっせーい」

お母さんのお見送りの声を聞きながら、私達は近くのスーパーにお使いに行きました。

行きの道中、別段特別なことはなかったので、省略していいですか?

ーーーいいよねっ。

問題は帰り道に起こったのです。怒ったのです?うん、起こったのです。

「あ、炫!あれ!」

天津が指差す先には、みかちゃんと錦ちゃんの姿が。

「あれは一大事だよ天津!」

「事件だ大事件だ!」

私達はお互いを見あって、そして頷きました。

「「尾行じゃー!」」

小声で叫んで(?)尾行開始!


ごめんなさい、やっぱり私、語り部向いてないや。断念していいかな。

え?せめてこの賞……いやいや、章だけ?うー、しょうがないなあ。


「どこ行くんだろう」

天津が呟きました。

「みかちゃんのお家行くのかなー実は恋人同士なのかもしれない……」

「お、おっそろしいこと言うなよ炫!!」

「しーっしーっ」

突然叫ぶので、私は人差し指を口の前に持ってきて静かに、と言いました。

危うく錦ちゃんに気づかれるところだった。

「最近たまに帰りが遅いと思ったら……まさかね」

「えー、でも本当にそうだったらどうしよう……物好きとしか」

「言えないねえ」

二人で頭を抱える。

みかちゃんと錦ちゃんが付き合うとか……ないない、あり得ない。

大体お友達なこと自体あり得ないのに、そーゆうのだったら私はどうすれば。

「はっ。炫、見失った!」

「はっ。本当だ天津!」

しかし、目の前にあるのは一本道。

いえ、正確には一本道ではないのですが、錦ちゃん達が通って行った道は、目の前にある一本の道。

なので錦ちゃん達が行った方向は一目瞭然です。

「行こう!」

私達は立ち上がったのでした。


其ノ弎


其ノ弐が短い?何のことやら。

視点がころころ変わって申し訳ない。今はあたし、天津。

錦ちゃん達の尾行をしている。

「ん、何だ?」

あたしは違和感を感じた。

「どしたの天津」

「んー、何ていうか……空気が重くなったというか」

ずっしり来る。

暗い雰囲気だ。もやもやする感じ。

「そう?」

「うん。世界が一気にネガティブになったって感じ……」

こんな空気だと、いくらポジティブ、前向きが売りのあたしだって暗くなってしまう。いきなり、何なんだろう。

「……ね、戻ろう。炫」

ええ、と不服そうな顔をする炫。

「だってお使いの途中だしさ。また尾行する機会、あるって」

「むう……わかったよ、帰ろ」

炫が素直に従ってくれたので、あたしは少し安堵した。

それでも何だか、不安は拭えなかった。

それから一時間。

「ねえ天津……道間違えた?」

炫が訊いてきた。

「間違えてないと……思うんだけど」

さっきから同じところばかり進んでいる気がしてならないのは、炫も同じなようだ。

「あ、ねえ。この表札、家の左隣の人のお家じゃない?」

そこにかかっている表札は『白木』。確かに、あたし達のお隣さんだ。たまに作りすぎた煮物とかをくれるおばちゃんがいる。

「なーんだ、何で見落としてたんだろ」

途端に気分が明るくなったが、それも束の間だった。

何故ならーーー隣は、九十九家ではなかったからだ。

「あ、あれ?」

「どーゆうこと?」

混乱するあたし達。

だって、白木さんの家の隣は、九十九家なはずで……。その隣が確か。

「夕凪さん」

どういうことだろう。白木さんの家の隣は、夕凪さんだった。

九十九家だけ、消えているーーー?

「な、なんで?ねえなんで?」

炫があたしに問いかける。声には若干の焦りが見える。

当然、だと思う。あたしだって、焦っている。

「何でよ、天津!」

「わかんないよ!!」

しん、と静まり返る。

不安だけが、辺りに溜まる。

どさっと買い物袋が落ちた。そんなのに構ってられない。

そもそも、家がないのであれば買い物など必要ない。

「ねえ……そんな、一時間二時間で、お家がなくなるわけないよね?」

「……うん」

「お母さん、そのつもりで私達のこと追い出したわけじゃないよね?買い物っていう口実で」

「……う、うん」

「錦ちゃんも家から出てたし、まさか、ね?」

「…………うん」

正直、自信がなかった。

もちろんそんなことはないだろう、けれど。錦ちゃんもみかちゃんとどこかに行っているし、本当に追い出されたのか、可能性は無くもない。

「ふむ?これはこれは、九十九神かと思ったら」

声がしてあたし達は振り向いた。

そこには、狐みたいな幼女がいた。

銀髪で、小さい。

「き、狐?」

あたしがうろたえると、狐は頷いた。

待って待って。どういうこと?

コスプレ?狐のコスプレなの?

「如何にも狐じゃが。九十九神に似とるのう。もしや、『家族』とやらか」

如何にもって言われた。じゃあ何?コスプレでいいのかな?本物の狐だったら、喋らないよね。うん。

「え、ええっと、確かに私達は九十九っていう名字だけれど。神様ではないかなーって」

「ふむ。やはり否定の仕方も似ておるな。錦、はお主らの『家族』か?」

錦。九十九錦。

「うん、お兄ちゃんだよ」

あたしが答えた。

得心いった、というふうに頷く狐。

「そうか、私は燕弧。お主ら、ここで何をしておる?」

「えーっと、なんて言えばいいのかなあ、天津」

「う。正直に言うしか……錦ちゃんと、みかちゃん……御巫さんが一緒にいたから、ちょっと後をつけていたんだけれど。そしたら何か、雰囲気変わって……怖くなったから、あたし達、家に帰ろうとしたんだけれど」

「九十九家がなくなっちゃってたの!」

ふむふむ、と興味深げにする、燕弧……ちゃん、でいいかな。

「聞くところによると……と、いうか、お主らは表から来たのじゃろう?」

「はい?」

「表世界から来たのじゃろう」

「???」

表世界?何じゃあそりゃ。

「知らんのか?まあ良い。そうじゃのう……別に助けてやる義理もないが……ここはお主らがいた世界と同じ様で違う世界じゃ」

二人で首を傾げる。

意味がわからん。同じ様で違う?違う様で同じ?あうう、混乱してきたっ。

「否、しかし……住んでいる人間などは同じはず……?うん?」

途中から燕弧ちゃんまでも首を傾げ始めた。

「ま、まあ。ここにお主ら家がないというのであれば、違うのじゃよ。別世界じゃ別世界!」

「お、おう……」

無理やりな感じが否めない……。

「なるほどぉ!」

何でか炫は納得してるし。今の説明、すごく適当だったじゃん……。

何故怪しまないのか。甚だ疑問だね。

「でも、だったらどうやって元の世界に帰るの?」

う、と燕弧ちゃんは困った顔をする。

「…………うう」

しどろもどろになっているのが、少し可愛いけれど、そんなこと今関係ない。

あたし達の一大事であるので。

「どうすればいいの?」

「……えと、そ、そうじゃのう」

あたしは少し考える。

元の世界、ということは、入ってきたと思われるあたりをもう一度通ればいいのではないのか。

と、燕弧ちゃんは閃いたようで、声を上げる。

「そうそう!巫女と九十九神を探せばいいと思うんじゃよ!巫女なら絶対に出口を知っておる!!」

「巫女?九十九神?」

「巫女……御巫、じゃったか。九十九神は、錦のことじゃよ」

どうしてそうなったのか、全くわからないけれど。あだ名なんて思いつきだから、あえて触れないでおこう。

あたし達もたまに変なあだ名なつけるし。

にょんにょんとか(友達)。

「巫女と、錦を探せばいい。私にできる助言はここまでじゃ。私も懲りないのう……人助けか」

「そっか……錦ちゃんとみかちゃんはたぶん一緒にいるからね。青い髪を探せばいいね!!」

さっきと違い、炫がハイテンションだ。

「ありがとう狐さん!」

炫……名前覚えるの苦手なんだよね。

燕弧ちゃんだよ炫。

「ありがとう燕弧ちゃん!」

言うと、燕弧は少し照れたのか、赤くなった。

かわいいって。やばいって。

こんな事態じゃなきゃ尻尾もふもふしてるって!

それはさておき。

あたし達は家探しから錦ちゃん探しに移行した。

「……人助けも悪くないのう」

呟いた燕弧ちゃんの声は聞こえなかった。



其ノ肆


錦ちゃん達探しーーーとはいえ、あたりは既に暗くなろうとしていた。

買い物に出かけたのが夕方、四時頃だったから、今は六時くらいだろうか、所々に暗がりが出来ていた。

「早くしないと錦ちゃん帰っちゃうんじゃないの……?」

炫が心配そうに言う。

「そうだね。早くしないと。とりあえず、入ってきただろうあたりまで、戻ろ」

そう言って、あたし達は戻る。

ぽつぽつと街灯が点き始め、多少なりとも頼りない感じは拭えた。

一応買い物袋は持っているけれど、少し重かったので、炫と交代で持った。

元の場所に戻って来た時には、もう辺りは真っ暗だった。

「天津、どうしよう。ここ、めっちゃいる」

「は、はあ?何が?」

ゆう、と言ったのであたしは察し、遮った。

「やめよやめよ!そんな話!怖くないけどさ、今すべき話は、そう、錦ちゃんがどこにいるかだよ!」

「そ、そうだね……?」

多少の理不尽さを感じながらも、炫は同意してくれた。

うん、いないっていうのはわかってるけれど、なんとなくね。

「みかちゃんのお家行ったとかかなあ……」

あたしは呟く。

それくらいしか思いつかない。

「あー、そっか。そういう考えもできるね」

「だよね。じゃあ、みかちゃんのお家……探す?」

うーん、と炫は。

「天津、私疲れたよー」

そりゃあ、あたしだって疲れてるけれど。そんなこと言ってたら帰れないじゃん。

「もうちょっと頑張ろうよ」

「……うん」

渋々と同意して、あたしは買い物袋を持った。

そして、暗い道を歩き出した。

どのくらい時間が経ったのだろうか。あたし達は結局、元の場所に戻って来ていた。

視界が悪い上に、この住宅街、広い。

「もしかしたらもう、帰っちゃったかも……」

「…………今何時かな」

駄目元で携帯を見る。意外にも機能を果たしていて、今が午後六時過ぎだとわかった。

「野宿……?」

「うーん……でも入れ違いというか、そんな感じのなっちゃったかもね……」

野宿とか、嫌だなあ。あたし虫によく刺されるから。ってそういう問題じゃないか。

一応財布を持ってるから、千円くらいあるけれど……。

「お困りのようじゃの!!」

後ろから聞き覚えのある声。振り向くとそこには、得意げに立っている燕弧ちゃんがいた。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」

「じゃ、が一個多いよ!」

ツッコミをしてしまった。

さすが錦ちゃんの妹。血は繋がってるってか。

そんなふざけた血筋嫌だな。

「お困りのようじゃの、九十九神(笑)よ」

「なんだよ(笑)って!そんなのつけるくらいなら普通に名前で呼んでよ!」

「名前教えてもらってないもん!」

「あ、そっか。天津だよ!」

「炫だよーん!」

何故か二人揃って、

「「二人合わせて天炫です!」」

うっかりだよ。癖なんだよ。

うっかりミス。いや、ミスってないけれども。自己紹介の仕方はおかしいよね。

「なっ……お主ら、太陽神の名を語るとは……っ。中々やるのう」

意味わからないよ!?

どこがどういう感じで『中々やる』だったの!?

「さすがは九十九神の妹共じゃ」

ちょっと待って!なんで話を進めるの!

「そうでしょ、そうでしょー?」

「炫も何でノリノリなんだよ!突っ込もうよ!」

あたしが突っ込む。

「え、だって褒められたから」

「どこを褒められてるかわからないのに喜べないよー!!」

ーーーため息。

ねえねえ、錦ちゃん。今あたし、あなたの苦労がわかったよ。

今までツッコミしか能のないとか言っちゃってごめんね。

ツッコミが出来ること、すごいわ。尊敬する。

「というか、最初からツッコミ所は満載だった……」

呼んでないし、じゃじゃじゃじゃーんだし、狐のコスプレだし。

ふむ、と得意げに頷く燕弧ちゃんだったが、何を得意げとしているのか、さっぱりだった。

ちょっとシリアスになりかけてた(と思う)のに、雰囲気が壊れたよ。

音を立てて崩れていったよ。

「困っておるようじゃなあ、太陽神々」

「もうあだ名が意味不明だし……」

元気良くツッコミをする気は失せました。

双子だからって複数形にしなくてもいいじゃん。名前教えたんだから、名前で呼べばいいじゃん。

「実は、お主らがいた世界とここは、そこまで変わらんのじゃ」

「ふむふむ」

炫は興味深々と言った感じで相槌をうっている。

「つまりだな太陽神々よ」

ちなみに、たいようしんしん、と言っている。しんしんって…。パンダみたい。

「つまりつまり?」

「お金が一緒!!!」

「「まじでー!!?」」

「まじじゃ!」

「じゃあコンビニで肉まんを買うことも!」

「レストランでドリンクバーを頼むことも!」

「ホテルに泊まることも可能じゃ!」

「まじでまじで!」

ーーーいや、さすがにホテルは無理だけれど。

つい、はしゃいでしまった。でもご飯が買えるっていうのはありがたい。

「さすがにホテルは無理だから。千円しかないってば」

「んじゃ、寝床は公園でいいじゃろ!」

「うんうん!ご飯があればいいよ!」

「ていうか、何で錦ちゃんが帰った前提で話を進めてるの!」

「え、あ。そっか。そうだそうだ、錦ちゃんまだ帰ってないかもしれないしね」

炫は現実に戻ってきたようだ。

ボケが二人もいられると、ツッコミ代役が大変なんだよ、察してください。本当に。

しかし、あたしはどこかで錦ちゃんはまだここにいると思っていたけれど。

その希望は燕弧ちゃんによって崩れた。

「いや、残念じゃが太陽神々よ。ーーー錦なら帰った。私は目撃した」

どうやら本当に、野宿するしかなさそうだった。



其ノ伍


「ーーーもしもし?」

『一大事だ御巫!妹共が帰ってこねえ!迷子か?迷子なのか?それともかわいいから攫われたのか!?』

「うるさいわねえ……そんなんだから全世界であなたはハエって呼ばれているのよ」

『呼ばれてねえ!!』

「大人しくハエ取りにでも捕まってなさい」

『僕以上にうるさい奴らもいるから!例えばうちの妹共とか!』

「……それもそうね。それで、何?妹さん達が帰ってこない?電話した?」

『否定してやってくれよ。母は明日まで仕事で帰ってこねえし、書き置きでお使いに行ってるって書いてあったんだけど。どうも出発したのは四時頃だろ?今六時半過ぎじゃねえか。電話しても出ねえ』

「寄り道してるんじゃない?」

『ありそうだがな!でも頼まれごとをしてる時にそういうことする奴らじゃないんだよ。主に天津は』

「そうかしら……」

『ん?』

「いえ、何でも?じゃあ十時くらいになったらもう一度電話してくれる?帰ってきたとしても、帰ってこなかったとしても」

『ああ……わかった。心配すぎて飯が食えねえ』

「単に食材がないだけじゃないの?」

『何故うちの冷蔵庫事情を知ってるんだ!?』

「私だから。じゃあさよなら」

『悪いな御巫。ーーーじゃ、後で』


「錦ちゃん、出た?」

「いや」

携帯で、錦ちゃんに電話を試みたあたし達だったが、繋がらなかった。時計は見れても、電話やメールは出来ないのかもしれない。

ただ、充電が危ないので、無理かもしれないことをやるのはちょっと、という感じだ。

着信経歴に錦ちゃんのはあったものの、今通じないのは、どうしてだろう。向こうからは通じるのだろうか。それとも、こっちの世界でかけたのだろうか。

「炫、携帯は?」

「私?お家にあるよー。天津が持ってればいいと思ってさ」

何その任せっきり。

あたし達は、燕弧ちゃんの助言通り公園で寝ることにした。その前にコンビニで、おにぎりと飲み物を買った。本当にお金が使えたから驚きだったけれど。

「もうすっかり暗いね」

言われて周りを見ると、じきに夏になるとは言え、確かに暗かった。

「あのさ、炫」

「んー?」

「いい機会だし、二人きりだから。進路のこと話そうよ」

いい加減、二人でセットはやめた方がいいと思う。

「進路?天津が行くところだって、言ったでしょ?」

「だから、そういうんじゃないって。炫は行きたい高校ないの?」

炫は首を傾げる。

「んー、特にない。ずっと天津と同じところ行こうと思ってたから」

全く自分のことを考えてはいないようだった。

ーーーこれじゃあ駄目だ。

「じゃあさ、今晩考えなよ。ね」

あたしが言うと、渋々と頷いた。

それからはご飯を食べて、無駄に公園で遊んで、勉強も出来ないので、あたし達は寝ることにした。

「おやすみ」

「おやすみー」

今日一日で、あたしは何だか、炫に何度もいらついた気がする。

いくら双子で、あたしが双子の上だからって、同い年。

あたしにだってわからないことはあるし、出来ないことはたくさんある。馬鹿だから、考えても答えは出てこなかったりする。

なのに炫は、あたしに頼り切っている。

言うならばーーー依存している。

あたしも炫のことを抜きにして考えられないあたり、依存しているのだろうけれど。

でもやっぱり、このままじゃ駄目だと思う。

一卵性の双子で、よくセリフも同時に言って、気が合って、お互いをわかりあっていて、お互いに依存していても。

人生が同じな訳、ないもん。

今だって、身長とか、委員会とか、細かいところが違うのに。

ずっと同じ、ずっと一緒だなんて無理だ。

細かくても、集まれば、積もれば。

塵も積もれば山となる。

確実に違う人生となるのに。

炫はあたしと同じ道を歩むと信じている。

盲信している。

「大体……炫の方が頭いいじゃん……」

ため息をつく。

あたしより、炫の方が成績はいい。

炫なら文句無しで海神高校にも入れるだろうし、そうでなくても、公立ならもう少し上も行けるはず。

それに、将来やりたいこともあるらしい。

なら、あたしに合わせないで、それを目指せばいいのに。

あたしはそんなことを考えて、眠りについた。

翌日。

「天津ー、起きて」

「んー……」

炫に起こされ、身を起こす。けれど。

「体いてぇ……!」

公園の意味わからない、ドーム型っぽい遊具で座って寝ていたので、体が固まっている。

我ながら、よく座って寝れたものだ。

「ちょっと……準備運動してくる」

あたしは言った。

「おー。私はその間ブランコにでも乗ってる」

ブランコ……。そのうち飽きそうだけれど。まあいいか。

あたしは体を伸ばしながら立ち上がる。制服の汚れをそれなりに払い、炫に行ってきます、と言ってから公園を出た。

炫は既にブランコに乗って、はしゃいでいた。

「……あれ楽しいのかな」

あたし、ブランコに乗ると酔うからなあ……楽しさがわからない。

準備運動は、言ってしまえばマラソンみたいなものだ。

公園の近くを走る。

特に何も考えずに走る。

あたしはどっちかと言うと体育会系なのだ。

だから運動は好き。

公園に戻ってきた時には、炫はブランコですごいことをしていた。

すごいことになっていた。

勢いつきすぎて一回転してるんだけど。

ちょっ、スカートの中見えてるって!

ちなみに中は水色でした。え?いらない情報?

馬鹿なの?あの子馬鹿なの!?

「あ、おかえり天津ー」

ぐるぐる回りながら言われてもね!

「とりあえず止まろう炫!!」

言うと、少し経ってから止まった。

「ふー、楽しかった」

「もう意味がわからないよ……」

走っている時にコンビニがあったので、そこで菓子パンを買った。それが朝食だ。あたしはあんぱん。炫はフレンチトースト。それぞれの好みである。

「で、どうしよっか。この後」

「んー、みかちゃんを探す?ていうか、天津、携帯持ってってなかったでしょ」

「走るのに?」

「そ。錦ちゃんから、すごい着信入ってたよ」

「げ。まじで」

そっか、一日帰ってないもんね。

今日は……昨日が土曜日だったから、日曜日。の、はず。

「あ、また電話きてるよ」

炫に言われ、あたしの後ろにあった自分の携帯を見て、錦ちゃんからなのを確認してから電話に出た。

「もしも……」

『うわああ!繋がった!!繋がったあああああ!!!』

うるせえ……誰だこいつ……。

「どちら様ですか」

こんなうるさい九十九錦は知らない。

『なに!?まさかお前、天じゃない?誰だお前!!』

「九十九天津ですけど何か」

『ああ……よかった、間違い電話してなかった。そんなことより!お前今どこにいるんだよ!』

どこって……まあ。

「公園」

『はあ?』

「なんか名前忘れたけれど、公園」

ちょっと貸して、と炫があたしの携帯を取る。

「もしもーし、錦ちゃん?」

『おお、炫か……公園って何だよ』

「えっとーかくかくしかじかでー。今なんか、私達がいた世界のようで違う世界にいるんだー。出口が見当たらなくてさ」

因みにかくかくしかじかは、何かを説明していたわけではなく、普通にかくかくしかじかだった。

まあ尾行してたなんて言ったら、怒られるし。

『え……お前らそれって』

「何?錦ちゃん。どうしたの?えっと……まあ、天津に代わるね」

そう言って、あたしに携帯を渡す。

「錦ちゃん、どした?」

『いや……そうか。うん、なるほどな……』

何だか、声が緊張しているような感じだ。何かまずいことでも言っただろうか。

『とにかくお前ら、そっから表裏……いや、えーっと、その……九十九家がなかっただろ?』

「ああ、うん。何で知ってるの?」

『僕は何でも知ってるんだよ。物知りだからな。その、九十九家があった場所に戻れ。迎えに行ってやる』

物知りなのかはさておき、迎えに来てくれると言うのはありがたかった。さすが兄というべきか。

「わかった」

『じゃあ、道に迷うなよ』

「うん、ばいばい」

電話を切った。

「何だって?」

「とりあえず、九十九家があったところまで行ってってさ。迎え来てくれるって」

「本当!?わーい、帰れるー!」

あたしも安堵のため息を漏らす。

本当に良かった。

何事もなく、無事に帰れそうだ。


其ノ淕


どうしてこんなことになったのだろう。

「…………」

『あたし』は今、九十九家があったところにいた。

あたしは。

「あ、天津!」

「……錦ちゃん」

振り向くと、錦ちゃんが、みかちゃんとあたしの方に向かって来た。

「なんでみかちゃん?」

「御巫がいねえと僕もこっちに入れないし出れもしないんだよ」

「ふーん……」

「で、お前。炫は?」

あたしは、沈黙する。

「まさかはぐれたとか言わないよな?」

「……はぐれたわけじゃ、ないよ」

「じゃあ何だよ」

やや怒り口調の、錦ちゃんだ。それも当たり前。

錦ちゃんは心配しているのだ。あたしと、炫を。

「ちょっと九十九君、シスコンなのはわかるけれど、もう少し口調を優しくできないの?」

「無理だ御巫」

「ちょっと」

「違う!みかちゃん、違うの。あたしがいけないの。錦ちゃんが怒るのは当たり前だから」

そう言うと、錦ちゃんはため息をついた。

「とにかく、何があったか話してみろよ」

「……うん」


ついさっきのことだ。

「炫、昨日言ったの、ちゃんと考えた?」

「え?ああ、進路のこと?考えたよ、もちろん」

道中、そんな会話をしたのだ。

「それで?」

「うん、やっぱ私は、天津と同じところ行く」

「……ねえ、炫」

あたしは立ち止まった。炫も止まる。

「何?」

「あたし達、双子だけれど。何も同じところに行く必要、ないんじゃない?」

「そうかな?天炫コンビとしては必要だよ」

「だったらコンビ解散しようよ」

「え、何で?」

「炫には将来の夢、あるんでしょ?あたしに合わせないで、その夢に近づける高校選びなよ」

言うと、うーんと考える炫。

「いや、いいよ。私は……」

「そうやってさあ、馬鹿なあたしに合わせることないでしょ」

「だって……」

「コンビがどうとか、いつも一緒だったからって言うので、あたしと同じところ来ないでよ」

「……天津?」

「あたし、炫のそういうところ嫌い」

あたしは何を言っているんだろう。でも。

全部、本当のこと。

「何でも人に任せっきりでさ、自分で行動する時なんて、あんまりないじゃん。自分の意思とかないわけ?」

「それは、そう……だね」

「ずっとあたしについて来たらさ、叶うものも叶わなくなるよ。それであたしのせいになんかされたら、たまらないよ」

「そんなことしないよ!」

「するかもしれないじゃん!」

炫は少し、体が震えていた。

あたしが炫に怒鳴ることは、ほとんどない。

「今回のことにしたって、あたしばっかり考えてさ。炫はあたしについてくるだけで、何もしてないじゃん!ちょっとは自分で行動したら?」

「それは……」

「できないでしょ?いつまでもあたしに甘えないで」

あたしは、炫に背中を向けて走った。炫はついて来なかった。

よく見えなかったけれど、泣いていたと思う。


「なるほどな。つまりお前らは人生初の喧嘩をしたわけか」

「人生初?」

みかちゃんが錦ちゃんに尋ねる。

「ああ、僕の知る限り、こいつと炫は一回も喧嘩してない。四六時中ベタベタベタベタと……近親相姦はやめてくれと言いたかったんだがな」

そうだったっけ。

あたしは全然覚えてない。

「まあいい経験じゃねえの?ここでやられたのは最悪だけどな」

最後に嫌味を一つ言って、錦ちゃんは肩を竦める。

「とりあえず、炫を探すぞ。えーと、天。お前、携帯の充電は?」

「22%」

「微妙だな……まあ、それだけあれば大丈夫だろ。炫を見つけたら電話しろ」

「私も探すわ。ついでだし」

「悪いな御巫。さっと帰したかったんだがな」

「ごめんなさい、みかちゃん」

「大丈夫よ。物探し……いえ、人探しは十八番なの」

今、物って言ったよね?

ーーーみかちゃん、恐ろしい。

とにかく、炫を探し始めたあたし達だった。


何分か経った時、あたしの携帯が鳴った。

錦ちゃんだ。

あたしは急いで電話に出る。

「もしもし!」

『天津、今どこにいる』

「今?えっと、朝の公園の近く!」

『わかった。ちょっと待ってろ、炫を見つけた。御巫にこっち連れてきてもらえ』

「え、でも……」

『いいから。だけど、いいか?これから起きることに疑念を抱くな。それだけだ』

「え?どういうこと……って切られたし!」

「天津ちゃん」

いきなり声がして、驚いて振り向くと、そこにはみかちゃんがいた。

あれ?今、迎えに行くって言われたばかりなのに。

「いい?今から手品を見せるわ」

「え、ええ?何?この状況で?手品って」

「問答無用!レッツゴー!」

何でそんなハイテンションなの!?

みかちゃんのキャラがわからないよ!

瞬間、何故か目眩がした。

世界が一周したような、そんな感じ。

「あ、大丈夫?」

気がついた時には、目の前にみかちゃんと、錦ちゃんがいた。

ーーーえ?

「なになに?何が起こったの?」

「疑念を抱くなと言っただろうが」

ぺしっと、頭をはたかれて、あたしの頭では整理できないので、言う通りに何も思わないようにした。

「それで、炫ちゃんは?九十九君。合流した瞬間に天津ちゃんを迎えに行けって言ったから、場所がわからないのだけれど」

「そこにいるが……」

「そこって……あらまあ」

言われて、あたしも錦ちゃん達が見た方を見る。

「……炫?」

そこにいたのは炫、のはずなんだけれど。

道の端に座って涙をこぼしている炫には、黒い、禍々しい翼が生えている。

ーーーまるで、鴉だ。

「妖怪化しちゃったわね」

呟くみかちゃん。

「やっぱそうなのかーーー考えたくなかったけれど」

あたしにはさっぱり、二人の会話の意味がわからなかったけれど、それでも。

あたしのせいなのは、わかった。

「天津ちゃんと喧嘩して、負の気が溜まったのね。浄化するしかないか」

「浄化したら、消えるのか?」

「いえ、人から妖怪になっているし、時間も経っていないから消えないと思うわ」

「ね、ねえ!どういうこと!?」

あたしは焦りながら、問う。

消えるとか消えないとか、何のことなのか。

「後で説明してやるから。今は炫のが先だ」

「いえ、九十九君。少し天津ちゃんに説明させて」

みかちゃんが言って、あたしを見る。

「いい?一度しか言わない。ここは、裏世界と言って、私が住んでいるところなの」

「うん……」

「裏世界にはマイナスの感情が多くて、人のマイナスの感情が限界を超えると炫ちゃんみたいに妖怪化してしまう。実際に目の前でなっているから、信じることはできるでしょう。助けるためには浄化しなくちゃ駄目。そのために」

みかちゃんの前に、どこからか、日本刀のような物が現れた。

神々しい、という言葉がすんなりと当てはまるそれは、淡い朱色の光を放つ。

「これがあるのよ。天津ちゃん」

みかちゃんは真剣な表情で、あたしにその刀を渡す。

「助けたいと、心から願うならーーー神剣は力を貸してくれる。きっとね」

「あたしが……やるの?」

「あなたがやったことでしょう?自分で始末しなさい」

そうだ。

これは、あたしがやったこと。

あたしは神剣と呼ばれたこの刀を、握りしめた。

「どうすればいいの?」

「まず鞘を抜いて、それから……助けたいと、神様に願って、願いながら、斬る」

「斬る?怪我はする?」

「いいえ。妖怪の部分を切り離すだけだから、痛いかもしれないけれど、怪我はしないわ」

あたしは頷いた。

そして、炫を正面から睨む。

「絶対助ける……!」

ーーー覚悟して、あたしは鞘を抜いた。



其ノ質


炫はこちらを向く。

「あれ……あまつ、なに?なにしてるの?」

「助けに来たよ」

呂律が回らないのか、うまく喋れていない。

「よく、わからにゃー……」

「猫かあんたは。今は鴉だろーが」

黒い翼。黒い瞳。

不吉で、禍々しい。

「からすにみえましかー?カー……なんちて」

炫はゆらゆらと立ち上がる。足もおぼつかない。

「わたしね。ひっさつわざ、あるんだー」

「そっか。あたしも必殺技、あるんだ」

炫は、そっか、おそろい。と、はにかんだ。

「いつまでもおそろいは、だめだよねー。あまつだって、いってたしー」

「そうだよ。お揃いはもうやめようか」

「そうだね……」

炫は、人間ではあり得ない速度であたしに迫った。気がついた時には、あたしは追い詰められていた。

黒い翼をはためかせる。

「おい御巫……助けなくていいのか?」

「いいのよ。黙って見てなさい」

錦ちゃん達が助けてくれないことは、わかっていた。否、みかちゃんが、と言うべきか。

「わたしのつばさね、よくきれるんだ」

「そっか……良かったね!」

あたしは勢いよく、炫を蹴り飛ばす。

「うにゃあ!」

後ろに飛ばされた炫は受け身もとらず、道に転がる。

ーーー今しかない。

そう判断して神剣を振り上げる。

けれど。

「…………」

振り下ろせない。

さっきはできると言ったけれど、やっぱり怖い。

「天津!」

錦ちゃんが叫ぶのと同時に、あたしは宙に浮いた。炫の攻撃で飛ばされたと理解するには、地面に叩きつけられた時だった。

「ひどいな、あまつは。いもうとのこと、けっちゃだめでしょー……」

あんたは姉を蹴り飛ばしてるよ、炫。

「できるって言ったじゃない」

みかちゃんが、地面に転がるあたしに言った。

「うん、できるって言った……」

でも怖くなった。

「しょうがないわね。長引くと逃げられそうだし……」

「待て御巫。お前がやるなら僕がやるぞ」

あたしは起き上がる。

「錦ちゃん……あたしが、やる」

「お前、出来ないだろうが」

「出来るもん」

立ち上がって、炫を見る。

炫は、虚ろな瞳でこちらを見て、嗤っている。

「やらなきゃ、駄目だもん」

あたしは言って、炫に向かって走る。

「天津!」

錦ちゃんが呼ぶけど、構わない。

「しつこい!」

炫は叫んで、あたしが神剣を持っている手を蹴った。痛みで神剣を放してしまう。

「 」

炫は声にならない悲鳴をあげた。

「……錦……ちゃん」

「妹のやったことは兄の僕の責任でもある、だろ」

錦ちゃんは、あたしの放してしまった神剣を受け取り、炫を斬ったのだ。いつの間にあたしの後ろにいたのか、気づかなかった。

炫から、黒い煙が立ち上り、翼が消えた。炫はその場に崩れる。

「錦ちゃん、ごめんなさい……」

錦ちゃんは、ため息をついた。

「謝るのは僕じゃなくて、炫にだろうが」

「そうだね。炫、ごめんね」

気を失っているのか、返事はないけれど。

みかちゃんもこちらに来て、錦ちゃんから神剣を受け取る。

「まあ、結果よければ全て良し?珍しく九十九君が格好良く見えたわ」

「マジでか。これから僕も闘おうかな」

「気のせいだったわ」

「何!?」

すっかり元の調子に戻っている二人に少し笑って、炫をおぶろうと、炫に触れた時。

ーーー暗転。

「えっ、天!?」

「天津ちゃん?」

二人の驚く声を最後に、あたしの意識は遠のいた。



其ノ捌


「うん?」

目が覚める(目が覚める?)と、そこは、暗闇だった。

「あ、天津だー!起きた?」

「え……炫」

目の前には、炫がいる。

寝ていたあたしは、体を起こし、周りを見る。

「暗いね。ここ、どこ?」

「わかんない……でも、さっきから、声が聞こえるの」

「声?」

炫は頷く。

とりあえず立ち上がり、ふと疑問に思った。

こんなに塗りつぶしたような暗闇なのに、あたしと炫の姿は見える。

『……見つけて』

「え?炫、何か言った?」

「ううん。天津にも聞こえるんだ。さっきから、ずっと見つけてって、言ってるんだけれど……何のことなのか、わからないの」

じゃあ、今の声は、炫がずっと聞こえるって言ってた声なのだろうか。

「見つけてって、何のことだろう」

「わかんない……けれど、たぶん、あっち」

炫は、あたしたちから見て、後ろの方を指差した。

そういえば、炫には霊感があるんだった。声の正体が、霊なのかはわからないけれど。

「あ、炫……さっきは、ごめんね」

謝ると、炫は笑った。

「気にしないで。私も悪かったもん。ごめんね」

あたしも、笑った。これで、仲直りだよね。

とりあえず、あたし達は炫があっち、と言った方に歩いてみた。しかし、何しろ景色も何もないので、ちゃんと進んでいたのかはわからないけれど。

「あれ、うーん?」

「どうしたの?」

炫は急に立ち止まった。

「わかんなくなっちゃった……えーっと……」

『こっち』

「「え?」」

二人同時に振り向くと、後ろに淡い光が見えた。

『見えるでしょう?こっち。早く、見つけて』

「向こう、みたいだね」

「うん」

淡い光を目指して、あたし達は歩く。

近づくに連れて、なんだか空気が澄んでくるような気がした。

「この感じ……何か、神剣みたい」

「神剣?」

「うん……みかちゃんが持ってた刀みたいな物なんだけれど。そんな感じに似てる」

段々、光は近づいて来た。

「ここ、だね。光の中心」

「うん。でも、どうすればいいんだろう」

と、唐突に光は増し、あたしは眩しくて目を瞑った。

「天津!」

呼ばれて目を開くと、あたしの前に、一本の刀ーーーおそらく、神剣だろう。光を放ちながら、浮いていた。

「綺麗……」

「うん……」

『見つけてくれて、ありがとう。天津』

「え、あたしの名前、知ってるの?」

『隣の、炫が呼んでいたから』

「そっか、そうだったね」

神剣と会話、というのも変だけれど。

『手にとって』

神剣に言われて、あたしは神剣を持つ。

神剣は一瞬、煌めいて、先ほどまでの強い光ではなく淡い光に変わった。

「ねえこれ、夢じゃないよね?」

「たぶん」

目が覚めた、というか、気がついた時には夢なんじゃないかと思ったけれど。

「あ、また話してる」

炫が言った。けれど、あたしには声が聞こえない。

「えっと……対になる神剣が、あるって」

「対になる?」

「うん。この暗闇を払えばいいんじゃないかな、と思うんだけれど」

「暗闇を払う、か」

あたしは神剣を抜いてみた。

試しに振ってみたけれど、何も起こらなかった。

「うーん……」

手がかりもなく、このままだと正に暗中模索である。

「周りは暗闇だから、ここから動く必要もあんまりないよね」

「そうだね。ここで、なんとかしないと……一生この暗闇で過ごすことに……」

「や、やめてよ天津。暗いの怖いよ!」

「冗談だよ、たぶん」

それにしても、本当にわからないな。

ーーー神様に願って。

みかちゃんの声が頭に響いた。

「……あ、そっか」

呟くと、炫は首を傾げた。

「ん?」

「神様にお願いしなきゃ、いけないんだよ。みかちゃんが言ってた」

「神様に?」

あたしは頷いた。

神剣って、たぶん神様そのもの。信仰して、願いを託して。

それできっと、神剣は意味を為すのだろう。

暗闇を払いたい。

そう願うことで、きっと。

あたしは神剣をもう一度振った。

「……あれ?」

無反応だった。

「あれー?」

何か、格好つけてやった割に無反応だと、超絶恥ずかしい。

恥ずかしすぎるよ!

「お願いした?」

「したよ!したけれども!」

「んー、何だろう?」

赤面ものだよ……。

「あ、私もお願いしようかな」

「な、なるほど……ちゃんとやってね炫」

「うん、任せてー!」

と、いうことで。

もう一度やってみた。

今度こそ、暗闇を払って下さい。本当に。

「てーいっ!!」

思いっきり振った。と、同時に。

暗闇に亀裂が入り、その隙間から光が差した。

「眩しい……」

「あ。あれ、神剣?」

炫が指を指した方を見ると、闇色の神剣が見えた。炫はそれに駆け寄り、手に取った。

すると暗闇は音を立てて崩れ、辺りは一瞬にして綺麗な草原へと変わる。

「暗闇が崩れるっていうのも、変な表現だな……」

呟く。でも、亀裂から崩れたのだから、その表現しかできまい。

炫は神剣を手に持って、こちらに戻ってきた。

「何か、景色が変わったね」

「うん。風が強い」

短い髪がかなりなびいている。

あたしと炫が持っている、二対の神剣を見て、あたしは微笑んだ。

「あたしと、炫みたいだね。双子でさ」

「うん、私も思ってた」

「やっぱり?」

炫も微笑む。

少しの間、風に揺れる草と、流れる雲を見て何とも言えない気分になっていると、炫が口を開いた。

「ねえ、あそこに扉があるよ」

「……本当だ。たぶん、出口だよね」

あたし達は扉に近づいた。

そして、二人で扉を開けた。


「天津、炫。起きたか」

目を開けると、錦ちゃんが心配そうに覗き込んでいた。

「おおう……帰ってきた」

「はあ?」

「おはよう錦ちゃん。ただいま」

「何だお前ら、同時に起きたと思ったら寝ぼけてんのか?」

あたしと炫は起き上がり、互いに目を見合わせた。

「ねえ、天津ちゃん、炫ちゃん。それ、見せてくれる?」

「それ?」

みかちゃんに言われて、手元を見る。

「ってお前らよく見たら神剣持ってんじゃねえか……何でだよ」

「「夢だけど、夢じゃなかったー!!」」

「トトロか!?」

錦ちゃんの的確なツッコミ。見習っておこう。

とにかく、神剣を二対、みかちゃんに渡した。

「光冥と闇冥、ね。まったく、私が見つけられない物をことごとく見つけてくれるわね、九十九兄妹」

みかちゃんは呆れたように、それでも安心したように笑ったのだった。


其ノ終


後日談。

あれから、あたし達はみかちゃんともとの世界に戻り、買い物袋を裏世界に忘れてきてしまったことを思い出した。

結局、お金を落としたということちして、お母さんに報告すると、げんこつを一人五回ほどくらって、

「反省しやがれ」

と、邪悪オーラを出されて怒られた。

まあ、まさか裏世界というところで非現実体験してきた、などと言う訳にもいかないので、仕方が無いと言えよう。

みかちゃんに、嫌々ながらも裏世界の説明と、神剣を集めていることなどを話してもらい、それを錦ちゃんが手伝っていることも聞いたあたし達は、みかちゃんと錦ちゃんが付き合っていると勘違いしたことをみかちゃんに告白した。

「みかちゃんと錦ちゃんが付き合ってるんだと思ってたよー。びっくりした、そういうことだったのかあ」

「どうして私があんな人間界の底辺みたいな男と付き合わなくてはならないのかしらね」

「わー、みかちゃん怖ーい!」

「まあ、それなりに役に立つから。それと双子達、色々な事情をあなた達に教えたけれど、決して首を突っ込むなんてこと、しないで頂戴。面倒だから」

「「はーい」」

みかちゃんの口の悪さも知ることになったのだった。

錦ちゃんにも、怒られたけれど。

あたしと炫の二人で抱きついたら、石になったのでその隙に逃げた。

さすがシスコン。

そして現在、もとの世界に戻ってきた夜。

布団に寝っ転がっている炫が突然言った。

「そういえば、さっき思ったんだけれど、裏世界にいた時、どうして錦ちゃんから電話はかけれて、しかも繋がったのに私達の方からはかけられなかったのかなあ」

「ああ、それね。あたしもさっき気がついたんだけれど。あたしが錦ちゃんに電話かけた時あったじゃない?」

「うん」

「あの時、錦ちゃんも電話かけてたみたい。互いに電話中で、かからなかっただけ」

えー、と炫は寝返りを打つ。

「じゃあ、諦めずにかけていたら、裏世界からもかけられるってこと?」

あたしはおかしくて、少し笑った。

「そういうこと。着信経歴見たら、100件越えで錦ちゃんからかかってきてた」

「うわー、シスコン」

「本当だよね」

あたし達は暫く爆笑していた。

落ち着いた時、炫が深呼吸をして言った。

「私ね、海神行く」

「え、高校?」

あたしは思わず起き上がった。

あれだけあたしと同じところ行くって言っていたのに。

「うん。海神って、調理科っていうのあるんだって」

「へえ」

「そんで、調理師専門みたいな学校行けるんだって」

「調理師?なるの?」

「あくまでも目標だけどね。天津が言ったんでしょ、夢があるならそっち優先しろって」

「ふうん、そっか」

炫の夢は調理師だったのか。初耳だ。

「なんか、いざ離れちゃうんだなって思うとあたしが寂しくなっちゃうや」

「ふふ、どっちもどっちだね、天津」

再び寝っ転がり、窓から見える月を見つめた。

あたしや炫はこうやって、別々の道を歩むことになるのだけれど。だからと言って、それでいつか疎遠になったりはしない。

家族だし、双子だしーーー何より天炫は、片方だけでは成り立たないのだ。

「天炫コンビもあと一年だね」

炫が言った。

「そうだねー。でもまあ、一緒にいる時間が少なくなっても、天炫は永遠に不滅ってことで」

「おー。私達の愛は永遠に不滅!」

「近親相姦になっちゃうよ」

「家族としての愛だから、セーフ!」

「じゃあセーフで!」

あたしと炫の、短いようで長いような、御伽噺の断片はこれにて。




御伽集 冥 終幕

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