炎
これはひとつの、御伽噺。
第弌話 御伽集 炎
其ノ一
「よお、九十九」
「あ?誰だっけお前」
「相変わらずひでえな、お前の記憶力」
「そりゃ光栄だな」
「褒めてねえよ」
放課後の、夕日が射す教室。僕、九十九錦のことを呼んだのは……。
「はて、名前なんだっけ……」
叩かれた。
「田中だよ!!」
「うわっすげえ普通な名前だな!」
また叩かれた。
「ひどい……おれ、中学の頃からお前とクラス同じだったのに……。今は違うけど」
泣くふりをする田中。僕はまるで覚えがないんだが。
というか、中学の記憶すらあまりない。
「その田中が、何の用?」
僕は問う。
すると泣くふりをやめて、ああ、と思い出したように言う。
「突然だけど、うちのクラスの御巫って奴知ってるか?」
御巫ーーー。
「……知ってる」
「あれ、知ってるんだ。驚き慄きスイカの木~」
「スイカは木にならねえぞ。お前は僕のこと何だと思ってるんだ?」
「え、他人に興味がない人?」
即答だった。
「まあ、確かに他人にもお前にも別に興味はないが。あいつ……御巫は、目立つからな」
「何気に酷いことを言ったが、そこはまあおれの寛大な精神によってスルーしてあげるとして、確かにあいつは目立つんだよな」
繰り返すが、御巫。御巫彩砂。
彼女を校内で見かけた際に驚いたのは、まず見た目だ。
彼女は髪の色が実に日本離れしている、青色なのだ。いや、外国でもあるのかないのか、そんな色だ。どうも染めているわけではなさそうなのだが、あれはあまりにも目立ちすぎだろう。
それだけではない。
容姿端麗、才色兼備といったような四字熟語がいかにもピッタリとはまる。しかし大抵は一人でいるようで、いくら美人とはいえ、男子、ましてや女子なども気安く話しかけられるような雰囲気でもなし、話しかけようものなら毒舌が心に刺さるらしいのだ。かなりグッサリと。
「で、その御巫がどうしたんだ?」
「で、その私がどうかしたのかしら?」
沈黙。
誰かとセリフが被ったようだ。
ちらりと横を見ると、そこには。
「?何よ、続きは?」
「……み、御巫」
御巫だった。噂をすれば影が差す。
どうやら、僕らの会話を聞いていたらしい。にしても、気配なさすぎだろ。
「……じゃ、またなー九十九」
「逃げる気かお前!」
田中はBダッシュで逃げて行ったのだった。僕と御巫を、二人きり教室に残して。
「…………」
「あら、行ってしまったわね、九十九神」
「は?」
「あなたの名字、九十九っていう字はね、付喪神の本来の字なのよ。付喪神っていうのは、長年使われたものや何かに魂などが宿ったもの、なんだけれど。ふっ、あなたには似合わない名前ね」
なんか、知識を披露されたあとにさらりと暴言を吐かれたぞ?
これが噂の毒舌攻撃か。
「……僕は神様じゃないし」
「あら、そういうのは信じないタチ?」
「信じるも何も、目に見えないものを信じるのは、僕には無理だな。ところで、御巫……さんは何でここに?」
話したこともない人をいきなり呼び捨てにするのはいかがなものかと思ったので、無理やりさん付けにしてみた。
「さんは要らないわ、様よ」
「初対面なのに上から目線だ!?」
「何でここにいるか、ですって?」
「あ、ああ……」
何だろう、この人……。すげえ話しづらい。
「それはあなたに用があるからよ、つ・く・も・君」
ふうっと息をかけられたので、寒気がした。
何だろうこの人……!
すげえ関わりたくない!!
「……僕、用があるから帰る。それじゃあまたな」
そそくさと逃げ帰ろうとする僕の首を掴んで、彼女は言う。
「用があるのは私であなたは用がないでしょう。座りなさい」
何とも言えぬ威圧感で、僕は帰るという選択肢を止めざるを得なかった。
つーか、上から目線すぎる……。
「用とは何でしょうか……御巫さん」
「様」
「はい?」
「御巫『様』」
ええ……何で僕、しつこいようだけど初対面の女子に様付けしなきゃいけないんだ……?しかも、用があるのは僕じゃなくて御巫の方なのに。
「御巫様……用とはどういう……」
嫌々ながら、言わないと帰してもらえそうにないので言った僕。
「単刀直入に言わせてもらうわ。九十九君。私の下僕になりなさい」
「本当に単刀直入だ!というより突飛だ!?」
「あら、私の下僕が嫌だと言うの?そうね……では九十九君、私の下僕(恋人)になりなさい」
「絶対に恋人要素はゼロだ!」
「何が不満だというの!!」
逆ギレだー!!
「ていうか、おまけだろ!恋人っていうポジションが!90%下僕で10%が恋人だろそれ!」
「何を言っているの九十九君」
御巫は静かに言った。
「下僕99.999%、恋人0.001%よ」
下僕でしかない!
関わりたくないというか、出会いたくなかった人種だ!
「何で初対面の人の下僕にならなきゃいけないんだ……」
僕は肩を落とす。
そんなのが用なら、無理にでも帰れば良かった。絶対に選択を間違えた。
「初対面でなかったら承諾すると言うの?」
「しねえよ。そんなポジション要るか」
恋人が99.999%だったら考えていたが。それはともかく。
「大体、そんなの僕じゃなくていいだろ。僕は忙しいんだ」
「暇そうに見えたからあなたにしたのよ。言い方を変えればいいのかしら?下僕もとい、執事……いえ、犬になりなさい」
「執事のがマシだよ!?」
何故最終的に犬で落ち着いたんだ。
「……せめて訳を言えよ。僕ら、お互いの自己紹介さえしてないんだぜ?」
そんな人に普通、下僕とか頼むかよ。そう言うと、御巫は少し考える素ぶりをする。訳も話さず言うことを聞けなんて、そんな都合の良い人じゃないぞ僕は。
「例えば」
御巫は口を開いた。
「……例えば私が、この世界の住人では無いとしたら、あなたはどう思う?」
「は?」
そりゃまた、意味不明な話だな。
この世界の住人では無いとしたら?
「どう思うかってそりゃあ、何処の奴だって思うな。当たり前だけど」
「ふうん。成る程ね。教えてほしい?」
「……冗談じゃないのか?」
そう訊いた時、教室のドアが開いた。
「あ、いた。九十九君」
「おっ……と、朱雀」
朱雀はこのクラスの委員長で、真面目。成績は常に学年主席で、満点の答案は数知れず。僕とは似ても似つかぬ人物だ。
そんな彼女と僕がどのような関係で知り合ったのかというと……。
「九十九君、今日は図書室で勉強って言ったのに。いくら待ってても来ないから、探しちゃったよ、もう」
「あ」
そういえばそんな約束してた……。
そう、僕は成績が底辺レベルなのだ。それでも特に気にもしていなかったのだが、お人好し、真面目なこの委員長は、底辺な僕の更正プロジェクトを開始してしまったのだ。
それ以来、一週間に何度か、僕は朱雀に勉強を見てもらっているのだが……。
「ていうか、御巫さん?もしかして二人って……」
朱雀が心なしか頬を赤く染めたような気がする。
「いやいやいやいや、朱雀?愉快な勘違いはしなくていいからさ。それより、約束すっぽかして悪かったよ。今度、埋め合わせしてもらえるか?」
慌てて僕は否定した。
「うん、九十九君の成績が上がるなら、私でよければいつでも付き合うよ。じゃあ今日は、ばいばいかな?」
「ああ、とりあえずそういうことで」
「うん。じゃあ、ばいばい九十九君、それに御巫さんも」
朱雀は笑顔で手を振る。
「おう、じゃあな」
「さようなら、朱雀さん」
あれ、御巫って朱雀と知り合いなのか?
朱雀が去ってから、少しの間静寂が残る。
「で、本題に戻るのだけれど」
「あ、ああ。何だっけ?」
御巫は冷たい目で僕を見る。いや、哀れむような目と言った方が正しいかもしれない。
「あなたのそのお粗末な記憶力、本当に可哀想だわ。本当に可哀想。私がこの世界の住人では無かったら何処の世界の住人なの、それを教えてほしいの、っていう話だったわよ」
可哀想って二回も言われた……。でも反論出来ないのが悔しい……。
「知りたいって言ったら、教えてくれるのかよ」
「さあて、どうしましょうかね。私の犬になると言うのなら、教えてあげてもいいけれど」
「せめて犬とかいうのはやめろよ!」
気分が悪いよ!
「まあ、良い言い方をするのなら手伝って欲しいということなの」
「うわあ、すげえ優しい感じがする!」
日本語ってすげー!
じゃなくて。
「……何を?」
「ここでは少し言いづらいわ。それに、私は時間がないの。今日のところは帰るわ」
「あ、ああ……そうか」
なんかすごい自分勝手なやつだな……。唯我独尊だ。
御巫は挨拶もせず席を立ち、教室から出て行った。
僕は一人、教室に残される。
ふと、時計を見ると五時四十分あたり。外は少しずつ暗くなってきている。
「僕も帰ろう」
呟いて席を立った時、僕の携帯が鳴った。
画面を見ると、朱雀からの着信だった。僕は応答する。
「……もしもし」
『あ、九十九君?私だよ、朱雀だよー』
「知ってるよ……。何の用?」
『うん。えーっと、うん。』
何だ?えらく吃るな。
「何だよ」
『いやあ、まさか御巫さんと付き合ってたなんて知らなかったな、私。もしまた、あんな風に会ったりするつもりなら勉強会は少なくした方がいいよね?その方が九十九君と御巫さんのためになるもんね、うんうん。』
おい、愉快な勘違いをするなと言ったのに!しかもすごく長い!
「誤解だぞ朱雀、僕と御巫は今日初対面だ!付き合ったりはしないし、したくない!」
叫んでしまった。
『え、そうなの?私てっきり……。でも九十九君、付き合ったりしたくないって、すごーく女子に失礼だよ?』
「う」
『御巫さんの前でそんなこと言ったらダメだからね』
「はい……」
『で、そうそう』
若干話が長くなりそうなので、僕は歩きながら話すことにする。
『本当はあんなに早く帰らなくても良かったのだけれど……。ごめんって、一言言っておこうと思って』
「何だ、そんなことか。気にするなよ、世話になってるのは僕なんだし」
そう言いながら、昇降口に向かう。
『そんなことって……九十九君、このままだと留年しちゃうじゃない。そんな軽くていいの?……まあ気にしてないなら、良いけれど。明日にでも必ず埋め合わせはするから』
「留年か……それは勘弁だな。まあ、よろしく頼むよ」
留年などしたら、親に何と言われることか。
『うん。九十九君なら頑張れば次のテストで中の上あたりはいけるよ。頑張ろうね』
そこまでいけるかは、甚だ疑問だが。まあ努力次第ってとこか。
「用はそんだけか?」
『うん、それだけだよ。じゃあ、また明日』
「おう、じゃあな」
電話を切る。
いつのまにか校門だった。やはり、それなりな長さだったな。
それにしても、御巫彩砂ーーー。
明日は、散々な日になりそうだ。
其ノ弐
翌日は早く目が覚め、家でダラダラするのも憚られたので、登校はかなり早い時間になってしまった。
僕は歩きで高校に通っている。所要時間は大体30分くらいなので遠くはない。
僕の通う高校、私立海神高校は、私立とだけあってかなり広い。入学時はこの記憶力のせいでかなり迷ったものだ。一応目的があって入ったのだが、まあ結局、その目的は達成していない。
「もう忘れそうになってたな……僕の目的」
あくびをしながら、校門をくぐる。昇降口まで歩いたところで、足を止めた。否、足を止めざるを得なかった。
ーーー上空、屋上のあたり。
「……え?」
人が浮いている。
ちょっと待ってくれ、人って浮いたっけ。いや、頑張れば浮くかも。
もう一度見上げる。
「……いやいや」
髪が青い。ということは。
ーーー御巫彩砂。
と、目が合う。僕は反射的に昇降口に(田中のごとく)Bダッシュで入った。
「え、ええ!?浮いてたぞ!?人は頑張っても浮くわけないだろ!誰だそんなこと言った奴は!」
そんなこと言った奴は僕だ。
落ち着け僕。深呼吸、深呼吸。
「つっくーもくーん」
似合いもしない口調の棒読みで、僕に話しかけてきたのはやはり御巫だった。
「………ああ、ほら、御巫。知ってるか?」
僕は引きつった笑顔で振り返った。
御巫は僕のことを見下した顔で見ている。
「何かしら、九十九君」
「某マンガでは戦う以外に手段があるんだぜ」
「へえ、それは知らなかったわ」
「逃げ……」
と、走ったところで。否、走ろうとしたところで。
「……え?」
目の前に、御巫が立っていた。
あれ、いま後ろに立ってたよな?
何で前に……?
「逃げる、なんてそんな。高2にもなって九十九君は、中2の男子なのかしら?そんなジョジ◯ネタをやりたがるなんて」
「お前の行動がわからねえよ!」
「私の行動ははっきりしてるじゃないの。九十九君に嫌がらせする、という」
御巫は嗤う。まるで悪役の様だ。
「それはぜひやめてほしい限りだな!」
僕が言いたいのはそういうことではなくて、お前が浮いてたりとか浮いてたりとか浮いてたりとか!
そういえばよく考えたら屋上のあたりにいた御巫が後ろから来るのもおかしい!そして一瞬で前にいるのもまたおかしい!
「お前……さては宇宙人だな!?」
「九十九君の頭の悪さは面白いほどに殺したくなるわ」
言っておこう。
僕は気が動転していたのだ。
「何を見たか言ってもらえるかしら?」
「何も見ていません」
「……嘘をつかれてしまうと、こちらとしても罰に困るのだけれど」
「罰!?本当に何も、何か青色の風船が飛んでたなー、みたいな!」
顔に風が当たる。壁に御巫の足がめり込んでいる。いやいや、怖いですって!
「私のこの抜群のスタイルを、風船、ですって?」
そこに怒ってるのかー!
「いや、御巫!いやいや、御巫様!!そんなことは微塵も思ってません!本当に御巫様は美しいなあ!」
「わかってるじゃないの」
すげえ満足そうだ……。
と言うか、僕何やってるんだろう。
「……そろそろ人が登校してくる時間帯ね。今のところはこれくらいにしてあげる」
「い、今のところ…………?」
そう言って、御巫は足を壁から外し、振り向かずに去って行った。
僕はその場に崩れる。
壁にひびが入っているけれど、これ、請求されたりしないのだろうか。
「怖すぎだろ」
残念ながら、笑えないほどに本音だった。
「おはよう、九十九君。すごい顔色悪いけど、保健室行く?」
と、登校してきた朱雀が僕に言う。
「……おう朱雀。保健室は行かない」
僕は立ち上がりながら、答える。
「そう?大丈夫?」
「ああ、全くもって大丈夫だ。いたって健全であるぞ」
「ふざけられる余裕があるようで結構。なんちゃって、へへ」
壁のひびのことを訊かれたけれど、僕の命の危険があるので事実は言わず、来たらなっていた、と言ったら、すんなりと朱雀は信じたようだ。
御巫のことを言ったら、御巫に殺されるだろうな……。
「あのさぁ、朱雀」
僕が歩き出すと、朱雀も歩き出した。共に教室へ向かう。
僕らのクラス、二年一組は、二階だ。
「何かな、九十九君」
「御巫……御巫彩砂ってどんな奴?」
訊くと、朱雀は驚いた顔をする、
こいつも僕が他人に興味がないと思ってたクチかよ。
「ええっと、御巫さん?珍しいね、他人のこと訊くなんて。九十九君らしくない……ううん、何でもないのだけれど。そうだなぁ……冷静沈着、曖昧模糊、空前絶後、我田引水、容姿端麗って感じかな?」
「四字熟語多いよ!逆に分かりづらいよ!」
「因みに、曖昧模糊ははっきりとしない様、空前絶後は非常に珍しい様、我田引水は自分の都合の良いように物事を進める様、みたいな感じかな」
「全部当たってるところがさらにむかつく!」
曖昧模糊は、あいつの行動ははっきりしないし(嫌がらせなのか?)。空前絶後は非常に珍しい人種……否、髪の色だし。我田引水なんかぴったりすぎるだろ。
御巫のためにあるような言葉だろ。
ーーー閑話休題。
「そうじゃなくてさ……中学の時とか、どんな感じだったかとか。髪の色は何なのかとかさ」
「ああ、なるほどね。中学の時はさすがに知らないかな。髪の色も、地毛じゃない?そもそも同じ中学の人がいるっていうの、聞いたことないよ。一年生の時、同じクラスだったけれど……一人でいるのが好きみたい。友達になろうと思ったけど、壁作られちゃった」
まあ確かに、そういう関係は拒絶しそうだ。………下僕ならまだしも。
「でもそんな御巫さんも、九十九君には自ら話しかけていたから、驚いたよ」
「あれは……何つーか、我田引水に当てはまるものがあるな。上手く物事を進めるために、言うこと聞いてくれる奴が必要なんだろ」
朱雀は首を傾げる。
「そうなの?」
「そうだよ。手伝って欲しいことがあるんだと。内容は知らないが」
ふうん、と頷いて、朱雀は笑った。
やばい、この笑顔は……!
「手伝ってあげればいいじゃない、九十九君」
やっぱりだー!
絶対言うと思ったぜ。朱雀はお人よしだからな、言わないはずかない!そして僕は朱雀に逆らえず、結局手伝うことになるのだ!!ははは、傑作だぜ。
「え、えっと……僕、御巫のことがさ」
苦手なんだよ、と言おうとしたが、朱雀によって遮られた。
「ん?困ってる人が助けを求めてきたのに、九十九君は助けないのかな?それじゃあ私がSOSを出しても助けてくれないってことだ。九十九君そんな人だったんだ。うーん、そうだね。御巫さんの言葉を借りるなら……」
朱雀は考えている。そんな御巫の言葉とか借りなくていいから……。
あ、と思いついたらしい声をあげる。そして笑顔で、
「『困っている私に従わないなんて人類最低、いえ、銀河系最低ね』みたいな感じかな?」
「うわあ、御巫に言われるとそれほど傷つかないだろうけどお前に言われるとかなり傷つく、死にたくなってきた!」
地味に御巫が言いそうな言葉だったのもまた傷つく。
「あはは、似てるわけないじゃないこんなの。ほら、教室入るよ」
精神的にやられた僕は、俯きながら教室に入ったのだった。
放課後。
僕は朱雀と勉強をしていた。まあ、ほぼ教わっているのだが。昨日の埋め合わせは本当に今日になった。
夕日によって朱く染まる教室に二人きり、なんて青春的シチュエーションだが、やっていることは単なる勉強なので、そういう雰囲気があるわけはない。
憧れるけれどさ。
「あれ、朱雀。ここの漢字何だっけ」
「うん?『驚嘆』ね。驚くに嘆くだよ」
「……えっと」
「ヒントを出したから、考えてね」
「……はい」
と、こんな感じで、僕がわからないところを朱雀に訊いて、朱雀がヒントを出す。ほぼ答えをもらっているようなものなのだが、僕の頭の悪さを舐めたらダメだ。わかることの方が少ない。
今現在は漢字の勉強だ。僕は記憶力が人並みにはないので、一番嫌いなもの。
しかし、おどろく……に、なげく……。
驚くはわかる。……なげく?
「……朱雀様」
「口に漢字の漢の右側」
「おお……なるほど」
驚嘆。
我ながら馬鹿だな、僕。
「朱雀の秀才ぶりに僕は驚嘆した」
などと言葉遊びも混ぜつつ。
「九十九君の記憶力の無さに私は悲哀の感情を覚えた」
硬直。
この声、御巫さんでは?
恐る恐る視線を上げると、やはり。
「御巫さん、どうもー」
「どうも、朱雀さん」
「う」
うわあああああああああああああああ!!!!!!!
心の声だが、叫びたい。声に出して叫びたい。
「朱雀さん、勉強中悪いのだけれど、九十九君に大事な用があるの。とっても大事な。借りてもいいかしら」
「うん、もう大分やったし。いいよ」
ヨクナイヨクナイヨクナイヨクナイ。
嫌です、殺されます!
「じゃ、お邪魔になるといけないし、私は帰るね、九十九君。次は……来週あたりかな?またねー」
朱雀帰らないでくれ!
なんて心で思っても、届くはずない。朱雀はさっさと教室から出て行ってしまった。
御巫の視線がこっちへ来る。
「さて、ポチ」
「犬じゃねえよ」
「じゃあハチ?」
「忠犬じゃねえから!そうだとしてもお前の帰りは絶対に待たない!」
ふう、と御巫はため息をつく。
「二十四時間息を止めてくれるかしら。酸素が勿体無いじゃない」
「僕に死ねと!?」
「生きたいのなら、そうね。二酸化炭素を吸って酸素を吐き出すくらいのことをして頂戴」
「僕は植物じゃない!」
御巫は呆れたようにため息をついて、
「わかったわかった。わかりました。じゃあ少し黙っててくれるかしら。あなたのそのつまらないツッコミのせいで話が進まないじゃない」
「ぐ……」
僕の唯一の取り柄を否定したな……!しかし話が進まないのは確かなので、僕は悔しさを押し込めて黙った。
「用というのは、やはり昨日のことなんだけれど」
「あれ」
てっきり朝のことかと思った。
「朝のことは、もういいわ。だって九十九君が私の下僕になればそのうち知ることになったわけなんだもの」
あれ?
「理由を説明しておきたかったのよ。あなたが納得いかないと思って」
あれあれ?
ーーー下僕確定?
「誰にも聞かれたくないから、手短に説明するわ」
「……学校だと聞かれるのでは。それに何故僕は手伝うことになっているのでしょう」
ドアも窓も締め切っていても、それなりに声は漏れると思う。
「何?九十九君は困っている私を助けないというの?がっかりだわ。そんな男だったなんて」
昨日の今日の付き合いだというのに、僕の男レベルが格段に下がっている!
「困っている私に従わないなんて、人類最低、いえ、銀河系最低ね」
「あれえ、デジャヴだ!何処かの委員長にその言葉言われた気がする!!」
朱雀の予想的中なのか、朝の会話を聞いていたのか。どちらにせよ、朱雀に言われるよりは傷つかないが。
「それに聞かれる心配は無いわ。結界を張っているからね。外には情報は漏らさない」
「結界……?」
「つまり私にどんなことをされても、外に助けを求めたとして、誰も助けてはくれないのよ」
それは嫌すぎる。本気で。
「さて、本題」
御巫はその辺にあった机に座り、足を組む。
「私はこの世界の住人ではない」
「……は?」
何をいきなり。
よっぽど僕は怪訝な表情をしていたらしく、御巫は言う。
「いい?今から言うことは全て本当。信じるか信じないかはあなた次第、じゃないわよ。あなたには信じる以外の選択肢はないの」
都市伝説じゃ、ないだろう。
僕は肩を竦める。
「お前が珍しく真剣な表情だから、信じてやるよ。僕は優しいからな」
と言っても、こいつポーカーフェイスだから、大して表情は無いのだけれど。声の表情はいつにもまして、真面目だったのだ。
あらそう、と御巫は言った。
「で、この世界の住人ではないって?」
改めて、僕は御巫に問いかけた。
「知らないと思うけれど、この世界には裏世界というものがあるのよ。ここは表世界。私は裏世界の住人なの」
表世界と、裏世界。
「何が違うんだ?」
「ほとんど違わないわ。人もこちらの人と同じだもの」
「同じって……同一人物がお前のいた世界にもいたってことか?」
御巫は頷く。
「名前も姿も、年齢も同じ。例外はいるけれど、表と裏も、生活はほぼ一緒よ。朝起きて学校に行って、授業を受けて、帰る……」
「へえ、年齢も姿もってことは、場所もだろ?でも御巫彩砂なんて奴はいないぞ」
「例外はいるけれど、と言ったわ」
「お前か……」
「私に限らない。例えばそう、あなたもよ、九十九君」
え?僕も?
「私の世界に九十九錦なんて人はいなかったわ」
それは、良いのか悪いのか。
僕には判断できないことだが。
「それに……朱雀さんも」
「え、朱雀?」
「同姓はいるけれど、名前が違うから、例外だと思うわ」
へえ。となると、僕の周りは例外が多いのか。
もしかして例外だから僕に頼んだのか、と考えるのは図々しいかもしれないが。
「で、何を手伝えと?」
「あら、手伝ってくれるの?」
「あのなぁ、そんな世界の裏側やら秘密事項みたいなの聞かされて、しかもそれを誰にも知られたくないなんてこと言われて、断るわけないだろ」
「そうかしら」
「そうだよ」
「そうね。手伝ってほしいことは、『神剣』集めよ」
「…………」
「少し事情があって、こちらの世界に流出してしまったのよね。それはもう九十九君の覚えたことがどんどん頭から出て行くが如く……」
「待て待て待て御巫、かなり酷い例えをされたのだがそれ以前に『神剣』って何だ」
御巫は僕を見下した目で見た。
えー……。
だって知らないんだもん。
僕、神様とかそういうの信じないタチだし。
「神の剣。神が依りついている、神聖な剣よ」
「なんか……めちゃくちゃ神なんだな」
我ながら、馬鹿なことを言った気がする。
「馬鹿なの?阿保なの?死になさい」
「某ゆっくりみたいなセリフで貶された上に、最後は死ねって言われた!」
「死ねじゃないわ、死になさいよ」
「変わらねえ!」
「話を進めてもいいかしら」
「あ、はい」
どうぞどうぞ、と促す。
僕、下手に出過ぎな気がする。
「その神剣は七本。うち一本は私が持っているこれ」
そう言うと、御巫の目の前にいきなり剣が現れた。
「神剣水祀」
「水祀……」
水祀と呼ばれた神剣は、青色の光の粒を放っている。何故だろう、教室の空気が変わった気がする。
息をするのさえ、躊躇われる。
「あと六本、集めなくてはならないわ」
御巫の声で、僕は我に返る。
いつの間にか御巫は神剣をしまっている。
「何よ、九十九君。随分ボケた顔をしているじゃない」
「いや、なんか……すごいな、神剣」
「神様だもの」
えらくあっさりと、御巫は神の存在を肯定する。そういえば僕のことを九十九神と言ったり、神剣にしても、神が依りついている、とか言ってたな。
「御巫は、神様って信じてるのか?」
「私が信じなくて誰が信じるのよ」
「……よくわからないのだが」
「言わなかったかしら、私、巫女なのよ」
「巫女って……」
「私は神に一番近いわ」
お前が神だったら世界は終末だな。
良かった、近いだけで。
「自分で言うのもあれなのだけれど、私ってかなり優秀なのよ」
「お前に謙遜とかそういう気持ちがあって僕は安心したよ」
「私ってかなり優秀なのよ」
「一番の謙遜部分を消しやがった!」
自分で言うのも、が唯一の救いだったのに!
「……もう六時ね、帰りましょう」
「ん、そうだな」
いつの間にか、教室も暗くなってきている。
「九十九君のせいで話が進まなかったわ」
「……悪かったな」
「いえ、別に。私の犬になってくれるみたいだから少しくらい我慢してあげる」
「…………」
僕は手伝うだけであって、御巫の犬になるつもりはさらさらないのだが。言うと怒られそうなので、やめておいた。
其ノ弎
御巫と校門を出た時、朱雀から電話がかかって来た。
またも歩きながら電話。
「ごめん、御巫。ちょっと。……もしもし」
『あ、もしもし、朱雀だよー』
「わかってるよ、何の用だ?」
何だか、昨日もこんな会話をしたような。
『御巫さんのこと、ちゃんと手伝うことにした?』
「そのことか………まあな。お前の真似した御巫のセリフ、本当に言われたぞ」
銀河系一最低と。どんな規模だよ。
『あはは、きっと御巫さん聞いてたんじゃない?まあ、やるからには頑張ってね、九十九君。九十九君が困ったら、私が助けるよ』
「おう、僕はやる時はやる男だ」
『それは頼もしい。それで、えーっと、御巫さんに代わってもらえる?』
「え?御巫?わかった」
朱雀から、と言って御巫に携帯を渡す。
あれ、僕、朱雀に御巫がいるって言ってなくない?
さっき一緒にいたから、一緒に帰ってると思ったのか?
朱雀の予想、当たりすぎだろ。
怖いぜ朱雀!
僕は、会話を盗み聞きするのはあまり良くないと思ったので、御巫から距離を取る。
「代わりました、御巫です」
『どうも、朱雀だよ。九十九君が手伝ってくれるみたいだけど』
「ええ、まあ」
『九十九君、優しいからきっと何でも聞いてくれると思うけれど、程々にしてね』
「……どういう意味かしら」
『そのままの意味だよ、御巫さん』
何だろう、会話はよく聞こえないけれど、御巫から黒いオーラが見える……。朱雀、何を言っているんだ?
「…………どうもあなたとは相性が合わないみたい」
『そう?私達仲良くなれると思うけれど』
「お断りだわ、朱雀さん。まあ、あなたの言ったことも今日くらいは覚えておいてあげるわ」
『そう。それじゃあ、毎日言ったら毎日忘れないよね』
「……あのね、朱雀さん。私、ふざけてる場合じゃないの」
朱雀、程々にしてくれ……。明らかに御巫がイラついている……。
『あれ、私もふざけてるつもりはないんだけどね?』
「はぁ……わかった、わかりました。九十九君を過度に働かせなければいいんでしょう。それであなたは文句はないのでしょう?」
え、何だそれ、過度に働かせなければいいってどういうことだよ。
朱雀の話がなければ過度に働かされたのか、僕。
『そうそう、わかってくれたら私はいいんだよ。じゃあ、よろしくね。さようならー』
御巫と朱雀の恐ろしい通話は終了したようで、明らかに不機嫌な御巫は僕の携帯を投げて返してきた。
「……何言われたんだ」
御巫のそばに戻って、一応訊いてみる。
「別に、九十九君をこき使ってあげてねって言われただけよ」
いや、それは絶対に嘘だ!
…………嘘だろうな?
それから少し歩き、バス停で御巫が止まる。僕は、バスに乗るほど家が離れていないので、
「じゃあ御巫、気をつけて帰れよ」
と言ったのだが。
「何言ってるの九十九君、あなたは私の家に来るのよ」
……はい?
すみません、もう一度お願いします。
「まだ説明が足りないでしょう。私の家で説明するわ」
「え、えーっと」
「バスが来たわよ」
僕は有無を言わさずバスに乗せられたのだった。
そしてSuicaをタッチさせられ、まだ中身が残っていることを確認した。うん、まあいいや……。
「ってちょっと待て、御巫」
二人掛けの席に座り、僕は御巫に確認する。
「お前、家に帰るとか言ってるけどさあ。例外なんだろ?表にお前……御巫彩砂はいないんだろ?だったら家なんてあるのかよ」
いきなり裏拳が飛んできた。
「いっ……てぇ、何すんだよ!」
僕は小声で叫ぶ。あくまでも、小声で。
しかし僕は気づくべきだ。
その前に重要機密を、それなりな声の大きさで言ってしまっていることを。
「あら、いたのね九十九君。あまりに存在感、いいえ、生気が感じられないものだから、いないと思っていたわ」
御巫も小声で言う。
小声でも、刺さるものは刺さるんだよ?
どこに?
心にだよ、諸君。
「秘密……と、言う暗黙の了解だったはずなのだけれど」
「…………あ」
ここに至って、やっと気づいた。
「ごめん」
今更ながら、本当に今更だが、僕は謝った。今回は完全に、僕が悪い。
「まあ、九十九君の記憶力のなさを考慮しなかった私のせいでは……ないのだけれど。こうなってしまったからには、しょうがないわ」
そう言って御巫は、深く息を吐いた。
「…………何?」
何か意味のある行動に見えたのだが、特に何もなかった。
僕の問いに御巫は、さらに声を潜めて言った。
「記憶を消したのよ、九十九君以外の」
「……は?」
何それ。
何それ、何それ。
超能力って奴?御巫さん、何を持っていらっしゃるのですか?
不思議系少女、御巫彩砂。
それ以上の説明は、御巫はしなかったので、僕がどれだけ疑問に思っても、先ほどのような失態を繰り返す訳にはいかない。
それから御巫の家がある(らしい)近くのバス停まで、約二十分。僕らは無言だった。
下車。そこから徒歩十分程のところに、御巫の家があるらしい。
「と言っても、私の家は裏世界にしかないから、あなたには裏世界に来てもらうしかないのだけれど」
と、御巫は道中で言った。人通りがかなり少ないので、そういう話も大丈夫らしい。
やっぱりそうなんだ……。
「ていうか、そんなんで平気なのか?事情を少し知っているとはいえ、表の奴が裏に行くって。そもそも、僕、行けるのか?」
「大丈夫。私がいるから」
ふうん。
いや、もう、ふうん。としか反応できない。
何というか、どこまで踏み込んでいいのかわからない。
「ん?どうやって裏世界に行くんだ、御巫」
「うるさいわね。黙って頂戴」
えー……。
何かさぁ、扱いが酷いんだけれど、僕傷ついたりするんだよ?凹んだりするよ?限界来ちゃうよ?
ガラスのハートが、割れちゃうよ。
そして、カップラーメンができた。
いや、三分程経った、という例えであって、実際にカップラーメンができた訳ではないのだが。
「こっち」
唐突に御巫は歩き出す。
今の若干の間は何なんだよ。
「ここよ」
御巫が立ち止まった先に、なんだかお洒落な字体で、MIKANAGIと表札がある。
御巫の家は、馬鹿みたいに広かった。
「…………って待てよ?御巫の家って裏世界にしかないんじゃ?」
「馬鹿なの?阿呆……以下略。ここは裏世界よ」
「え」
いつ、来たんだ?
「はあ……。本当に九十九君で良かったのかしら。私って人を見る目がないから……」
露骨にため息をつく御巫。
「勝手にがっかりしてんじゃねえよ……」
「いえ、九十九君、確かに私はあなたのその記憶力にはがっかりしているけれど、今言っているのは完璧なつもりの私が唯一の欠点を暴露して、恥を晒しているのだから、そんなことはないよ、と頼り甲斐のある男な感じで慰めるべきでしょう」
「んなこと知るかー!」
そんなフリを僕に振られても、人付き合いスキルの低い僕が見抜けるわけがない!
さらっと、友達いない発言。
慰めてくれ。
誰かー、慰めてー!
「さて、茶番はもういいわ。入っていいわよ」
玄関の前あたりにある門を開く。
御巫は中へ促し、そして玄関を開けた。
しかし、本当に広いな。金持ちだったのか、こいつ。
僕の家の二倍近くはあるだろう、よく手入れされた庭を見ながら、御巫に続いて家に入ろうとする。
バタン。
僕の前で扉は閉まった。
ガチャン。
ーーー鍵閉めてません?
「…………」
思わず沈黙する僕。
「ごめんなさい、九十九君がいることを忘れていたわ」
言いながら扉を開ける御巫。
「わざとだろ!」
そんなツッコミをしつつ、今度こそ御巫の家にお邪魔する。
「お邪魔しまーす」
中は、天井が高く、絢爛豪華で、無駄に広い。何のためのスペースなの?という感じだ。庶民には到底理解できまい。
「邪魔するなら帰ってほしいわ」
「そういう意味じゃねえだろ……」
そうかしら、と御巫は言って、僕を客間ところに通し、適当に座るよう指示してから何処かに行った。
ここの部屋まで来るのに二分くらいはかかっただろう。客間とだけあって高級そうな家具と、絨毯とというような風で、僕みたいな小心者は落ち着かないし、第一……。
「……座るって言っても」
この高級そうなソファに座れと?
ちょっと、抵抗が……むしろ抵抗しかない。
勇気を出して座ろうとしたが、やはりなんだか申し訳なくなったので、僕はソファの端に少しだけ腰掛けた。
それにしても、僕はいつの間に裏世界に来たのだろうか。御巫の超能力(?)が発動でもしたのか?
僕がいた世界とまったく変わらない。景色は、この御巫家がある以外に、違いはないのであろう。
「何その座り方」
部屋に入ってきた御巫は、アンティークのようなティーカップとポットを乗せたティートレイを持っていた。
「あ、えっと、何か抵抗が」
「別にそのソファは高くないわよ。気にすることじゃない」
御巫は手際良く、ソファの前のテーブルにカップなどを乗せていく。
因みにお値段。
■■万円。
高えよ!
かなりおずおずと、僕はソファにちゃんと座り直す。
うん、ふかふか。もうベッドみたい。
「紅茶飲める?」
「ああ、うん。別に好き嫌いはないからな」
「毒入りだけれど」
「それは飲めない!」
「好き嫌いはないのでしょう」
「そういう問題じゃねえよ!」
「まあ私の家に毒なんてあったら、警察沙汰になってしまうけれど」
嘘じゃなかったらおかしいから。
「さて、本題」
御巫は紅茶に角砂糖、ミルクを入れながら言う。
「むかーしむかし裏世界と表世界には、世界を区切る結界があった。」
何だその話し方……。
「ところがどっこい、二千十三年三月二十日!!」
「最近じゃねえかよ」
ていうか、ところがどっこいって。
キャラがわからねえ。
「……その結界は壊れてしまったのです。そのせいで、裏世界の人間は、表世界と自由に行き来出来るようになりました。しかししかし、そんなことはこの私が許しません」
言ってから、御巫は紅茶を一口含む。
「…………甘っ」
「角砂糖四つも入れてたらそりゃ甘いよ」
「………普段は五つよ」
「多いな!」
それはもう、紅茶味の角砂糖では。
「煩い。ツッコミ禁止令だすわよ」
「ぐ」
そうすると僕の存在意義がなくなってしまう!断固反対だ!
「で、その結界、表裏結線と呼んでいるのだけれど、そこは普通の人には通れない、巫女だけが通れる結界を張ったのね。しかしまあ、何ということでしょう」
神剣が表世界に行ってしまったの。
と、御巫は淡々と、淡白に言ったけれど。
それはかなり大変な騒ぎだろう。
御巫が言った通り、僕が感じた通り、神剣は、『神』なのだから。
彼女らの世界で信仰が深いなら、僕が思うよりずっと、大事で重要で、必要なのだから。
「手元にあった、水祀は無事だったのだけれど。他の神剣は、表に流れて行ったわ。既に表の人に危害を加えている可能性も、無きにしも非ず」
「危害を?神なのにか?」
「九十九君は鈍いから、鈍感だから気付かなかったかもしれないけれど、普通、表の人が裏に来たら気分が悪くなるのよ」
「どういう意味だよ」
ツッコミは自重。
「裏世界は、負の感情が多いのよ。だから自然と、空気が淀む。暗くなる、つまりネガティブ」
裏がネガティブなら表はポジティブね、と付け加える。
「でも、表にだって、負の感情……嫌いとか、憎悪とか、嫉妬とか、そういうのあるぞ?」
「表の比じゃないのよ。それでもここに慣れていると、平気なのだけれど。でもやっぱり溜まる。一定のネガティブさが上限を越すと、その人が妖怪になったりならなかったり」
「妖怪?」
「それを私が始末……もとい、昇華、浄化するのよ」
「妖怪?」
「そのために神剣があるのだけど。もうひとつの神剣の役目は」
「妖怪?」
「煩い」
しょぼん。
だって、妖怪って……すげえ非現実。
「言ったでしょう。あなたに選択権は無いんだって。信じるか信じないかではなく、信じるしかないんだって」
「でもさあ、いきなり妖怪だなんだって言われて……」
「信じられない?知らないわ、そんなの。私がこの局面で嘘をつく?」
「……昨日今日の付き合いだから、お前の性格とか性質はよく知らん」
知らんが、しかし。
「ついてないだろ、嘘は」
「そうよね」
それでもまあ、妖怪というものについての説明は欲しいが。
「で、話は戻るけれど。神剣の役割、その一。妖怪、または負の気を浄化。その二。表裏結線の結界」
「結界?」
そう、と御巫は頷く。
「表世界と裏世界の入り口を守る、極めて重要な役割よ」
そんな重要な神剣は、いまや表世界、僕の住む世界に流れ出てしまった。
「……何を手伝えばいいんだ?」
「意外と乗り気なのね」
「乗り気とは言えないさ。残念だがな。でもそんな、妖怪とか負の気とか、危なっかしそうなものが僕の住む世界に流れ出てしまったり……するだろ?」
御巫は静かに頷いた。
だったら、と僕は、
「ーーーだったら、手伝うしかない。僕の世界の均衡を保つためにも、こちらの世界を救うためにも」
なんて、大仰なことを言ったのだった。
其ノ肆
あの後僕は、御巫に元の世界(いったい何処に表裏結線が。いや、神剣がないから、表裏結線もないのか?)に戻してもらった。
裏世界と時間や天気や、様々なことを共有しているため、裏世界同様、外はもう日が落ちて暗くなってきていた。
さて、僕の残念な記憶力で整理しよう。今日の非現実な出来事。
まず世界には表世界と裏世界があり、先ほども言ったように時間、天気、場所、さらには人も共有している。しかしそれには、僕や御巫、それに朱雀といった、例外もあるらしい。どちらか片方の世界にしか存在しない。
そして表と裏の境界、通称『表裏結線』は、今はもうほとんどその機能を果たしていないらしい。だからと言って、僕のような一般人が簡単に裏世界に行けるかといったら、そうでもない。巫女、という肩書きが必要だそうだ。つまりは神に仕える者。
『神剣』は、文字通り、神の剣、神の力が依り付いた剣。負の気(憎しみ、悲しみ、嫉妬といった暗い感情)が限界を超えたりなどによって変化した妖怪、または負の気そのものを浄化、消し去ることができる。
御巫に聞いた話、神剣は全部で七本。
まず御巫の持っている、水祀。
炎尾。
緑狩。
光冥。
闇冥。
槌鋸。
そしてーーー御伽。
僕がこんな小難しい名前を全部覚えられるはずがないので、もちろんメモした。
僕の役目は明日以降話すらしいので、それはまだわからない。
ここまで覚えられたのも奇跡と言えよう。
無駄なことは覚えられる……のだ。
…………虚しいな。
今日は家に帰って、早く寝よう。頭が痛くなりそうだ。そして明日、この重要なことを忘れていたら御巫に殺されるだろう。
なかったことに、なるかもしれない。
記憶を消される。
生前までの。
なんていう不安を覚えながら、歩く。バス代はあるにはあるのだが、ゆっくり歩きたい気分だった。
御巫の家から僕の家まで一時間近くかかるだろうけれど、良いだろう。
それが裏目に出るなんて、思いもしなかったけれど。
「すいません」
と、声をかけられたのは、あと二十分ほどで家に着くであろう、そんな時だった。辺りはすっかり暗く、街灯がかろうじて道を明るくしていた。
「はい?」
振り向くとそこには、なんとも可愛らしいロリ……いや、幼女が、街灯に照らされて不安気に立っていた。
「えーと、その……」
子供らしい赤のシンプルなワンピースに、黒く長い髪を後ろで束ねている。目は少しつり目で、可愛らしい。
発育途中の胸とか、小さめの身長とか、子供特有の丸っこさ、その他いろいろの可愛い要素を兼ね備えたロリは、少し迷いつつ。
ーーー僕はロリコンではないことを、先に言っておく。
「九十九さん、ですよね」
「ん?いかにも僕は九十九さんだが、ロリな少女は僕に何の用だい?」
僕はロリコンではない。
断じてな。
しかし僕は、ロリコンではないにせよ気づくべきだ。
僕に友達がいない、否、ロリな友達がいないことを。
名前を知っている不自然さを。
「九十九さん……九十九……錦さん」
ぶつぶつと呟き、そして弾かれたように幼女は叫んだ。
「お命頂戴!」
「え!?」
何で僕、いきなり命の危険に晒されている!?
飛びかかってきた幼女は、手にナイフを持っている。
僕は突然のことに全く動けない。ただ困惑するばかりである。
「つっくーもくん、あっそびましょー」
と、軽い口調で僕と、幼女の前に立ちはだかったのは御巫だった。
幼女は御巫の蹴りであえなく跳ね返され、地面に尻餅をつく。
痛そう……。そういえば、御巫の脚力はどのくらいあるのだろう。壁にめり込んでいたけれど。
「あらあら、九十九君、何を呆けているのかしら。何よ、何かいるの?例えばナイフなんていうチャチなものを持った幼女とか」
具体的すぎるから。
「み、巫女……」
幼女は震えながら呟いた。
そして、
「くそ!覚えてろー!!」
と、悪者が言うような捨て台詞を吐き捨て、幼女は何処かに消え去った。
「な、何だったんだ、今の……」
「あれが妖怪よ、九十九君」
あれが?
幼女が!?
何それパラダイス!!
天国!ヘブンだ!幼女、幼女!!
「ロリコンだったのね……九十九ゴミ……いえ、九十九紙」
「ゴミ扱いされた上に、訂正しても薄っぺらい!」
とんだ扱いの酷さである。
しかし認めよう。
ーーー僕はロリコンである。
だが、敢えて付け加えよう!
かわいい女の子なら誰でもいいと!
「うわあ、すごいわね。最低最悪の屑ね。最低最悪という四字熟語は、正に九十九君のためにあるとみたわ」
「美少女のためならその汚名は喜んで受けよう!!」
「尊敬スルワー」
超棒読みされた。
「御巫も美少女だからな!」
めげずに言った。
何を隠そう、美少女設定である。
「あら、それは嬉しい。いいわね九十九君、あなた最高よ。史上最高という四字熟語はあなたのためにあると言っても過言ではないわ」
すげえ、態度180度ひっくり返った!
過言すぎる。
びっくりだ。
「っていうか、何で僕はお命頂戴されるところだったんだ?」
御巫は、さあ、と首をかしげた。
「九十九君で遊ぼうと思ったら、お命頂戴されてるんだもの。仕方が無いから助けてあげたわ。だって私のものなんだもの」
助けてもらってありがたいが、僕で遊ぼうとするな。お命頂戴もされていない。そして僕は御巫のものではない、おそらくな。
「まあ……諸々スルーして、ありがとな御巫。危うく幼女に殺されるところだったぜ」
「あら、本望でしょう?」
…………うーん。
幼女は好きだし、大好きだし、むしろ愛しているが、命と引き換えにと言われたら……。
ーーー本望だっ!!
「無事で良かったわ」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ、何も。じゃあ私、帰るわね。また明日」
「おー、また明日な」
と、僕らは挨拶を交わし、別方向に歩いた。
そして僕の家の数歩前。
ちら、とこちらを見る小さな影。
「…………うお」
あれって、やっぱ……さっきの幼女?
またお命もらわれちゃうか?
またって、まだもらわれてないけどさ。
「おい九十九」
「呼び捨てっ!?」
「下の名前は何ぞ」
「幼女に呼び捨てされるって、嫌じゃないぞ!やべえ、テンション上がるぜ!やっふーー!!」
「下の名前!を訊いとる!」
幼女にはたかれた。ご褒美か。
「……錦だよ。九十九錦」
僕が落ち着き、そう答える。
幼女はもう僕に危害を加える気はないらしく(僕が喜ぶことに気がついてしまったのかもしれない)、僕のことを睨むだけだった。
「で、幼女。僕に何の用だ?」
「幼女じゃない。燕弧じゃ」
「えん……こ?名前か?」
「燕という字に弓に瓜。燕弧」
どうやら名前らしい。妖怪にも、人間と同じように名前があるのか。
しかし馬鹿なので、燕という字は思い出せなかった。あとで携帯で調べよう。
「で、燕弧ちゃん。もう一度訊くけれど、僕に何の用?」
燕弧は、僕を少し訝しむような風に見てから、口を開いた。
「何故、巫女は主の味方をしておる」
巫女……というのはやはり、御巫のことだろう。
「味方というか……僕が御巫の手伝いをしているんだよ。だから、僕を手放すと、困るのはたぶんーーーたぶん御巫だし。助けてくれたのはきっとそういうことだろうと思うけれど」
神剣のことは、妖怪、裏世界の住人にも話さない方がいいのかわからないから、とりあえず伏せておいた。
「ふむ。ということは、巫女にとって、お主は必要な存在であるようじゃの……」
随分と、古風な喋り方をする奴だ。
「必要なのかは知らない……」
「いや、守るというなら必要とされとるのじゃろうーーー普段の彼奴なら、見殺しじゃわい」
「怖いなあいつ!」
良かった、見殺しにされなくて。
燕弧は、考えるように腕を組んで唸った。
そして、ふむ、ともう一度頷いてから、
「仕方ない。お命頂戴するつもりであったが、巫女の下僕であるなら、お主を殺すと私もまた、殺されるのであろう。それは遠慮したいところじゃ」
「…………あのさ、何で僕を狙うんだ?」
「ぬ?それはーーーお主自身が気づいても良さそうじゃが。裏に表の者がおったら、不審じゃし……私にとって、表のエネルギーは美味い飯なのじゃよ」
と、妖艶に笑う。幼女とは思えない、妖しい笑い方だった。
そういうギャップっていうの?アリだと思うよ、僕。
「妖怪ってのは、そうなのか?表のエネルギーが主食なのか」
「主食というより、おやつじゃな。ん?何故私が妖怪だと知っておる」
不思議そうに首を傾げる。
「御巫から聞いた」
嘘をつく必要は無いので、素直に答えると、得心いったというように、彼女は頷いた。
「そうかそうか、つまり巫女はそういう奴なのじゃな」
「エーミール!」
本当にこいつ妖怪!?
御巫にヤママユガ壊されちゃったか?
「くくく、まあ、九十九神よ。そのうちもう一度会うじゃろうよ、私とお主と、巫女でな。今日のところはこれでさらばじゃ」
そう言って、僕が何かを言う前に燕弧は消えた。消えたというより、帰った、のほうが正しいのだろうけれど。
ーーー僕も帰ろう。
家は目の前。
其ノ伍
突然だけれど、自己紹介をしようと思う。何を今更、というのはあるけれど、色々、誤解されていることも多いと思うのだ。
名前、九十九錦。
身長、169。おそらくもう伸びないだろう。約二年間このままだからな。
体重は……別に知りたくないだろうが、55kg。痩せすぎだとよく言われるが、そんなことはまるでない。
年齢、17。高校二年生。私立海神高校2-1組。
好きなタイプ、可愛い女の子。
そう、この辺りで勘違いすると思うのだ。僕は幼女は好きだ。大好きだ。ロリコンと言われてもしょうがない。だが、幼女に彼女になって欲しいかと言われたら断固拒否だ。
幼女は鑑賞物だ!
ーーー鑑賞者と言ったほうがいいか?
まあ、付き合うかと言ったら付き合わない。命はあげてもいいけれど。
そうだな、僕は最低でも一つ下くらいの年が良い。理想は同い年だ。ほら、普通だろ?変態じゃないだろ?
高々これを証明するだけに自己紹介をしたのか、というと、半分はまあ、そういうことなのだけれど。
後の半分は、よくわからない。
ああ、そうだ。家族構成は、母と、双子の妹がいること。父親は知らない。
おそらく離婚でもしたのだろう。
母はそういうこと、あまり言いたがらないから詳しくは知らないのだけれど。
「錦ちゃーん!起きてーっ!!」
「んー……」
「錦ちゃーん!お客さんだよっ!!」
「…………」
「起きろっつーの」
ぐふっ。
蹴られた。妹に蹴られた!
「何すんだよ!痛ぇじゃねえか!」
蹴ったのは、双子の上、天津。
「錦ちゃんが起きないからだよ」
「お前は僕の上に乗るんじゃない!重い!」
と、僕の上に乗っかっているのは、双子の下、炫。
こいつら、何を思われたか日本神話の神から名前をとっているらしい。
九十九天津と、九十九炫。
二人揃って天炫、とどうでもいいコンビ名があったりする。
天津の方は、天津甕星から。
炫の方は、漢字が違うが天照大神から。
何だよ、その仰々しい名前は。お前ら、神には程遠いぞ。
母は何を考えたのだ。いや、名付けは父なのか?わからない。
そういえばお客さんが来てると言ったか。
「おい炫。客って?」
「んーっと。名前聞いたんだけどなー、忘れちったぁ、てへへ」
「僕並みの記憶力で可哀相だな、同情してやる」
僕は炫を除けて、着替えながら言う。
あ、と天津が声を上げる。
「思い出した、御巫だ、御巫。錦ちゃん、知り合いか?友達なのか?数少ない友達か?」
「うるさいぞ天!僕にだってなあ、友達くらいいるんだぞ!」
僕は、天津のことは天と呼ぶことが多い。
家族の話はまあ、追い追い。
御巫が僕の家に?
うーん、意図が読めない。
「九十九君遅いわよ」
突然部屋に御巫が入ってきた。着替えが終わっていたから良かったものの。
「ノックくらいしろよ……」
あら失礼、と言いつつも、ずかずかと部屋に入って来る御巫。
「初めまして、かしら?天津ちゃんと炫ちゃん」
「初めましてっ天津だよーん」
「初めましてっ炫だよーん」
「何で名前を知られてるかに驚けお前ら!」
何で知ってるんだよ!
「え、錦ちゃんが言ったのかと」
「うん、錦ちゃんが言ったんだよねぇ?」
「言ってないよ!僕はシスコンじゃないからな、お前らのことなんか話したくもないんだぜ」
「そんなことより九十九君……いえ、錦君と言った方がいいのかしら?九十九が三人もいるからね」
う……何だか、こいつに名前呼びされると……くすぐったい。気持ち悪い。
「一緒に学校に行きましょうよ」
「え」
一緒に?学校に行く?
「ええっ!?みかちゃん!錦ちゃんなんかと学校に行っても楽しくないよ!?」
「そーだよみかちゃん!錦ちゃんと学校に行っても暗い気持ちになるだけだよ!?」
何気に酷いことを言う妹達だった。
そして御巫に、みかちゃんとかいう変なニックネームを付けている。恐ろしい奴らだぜ、全く。
というか、これ、双子の妹共が、どっちがどっちのセリフを喋っているのかわからないだろうな……。
「ところで炫」
「何だい天津」
「みかちゃんと錦ちゃんのお邪魔になってるから、退散だ」
「そうかい退散かい?」
「あたしの役目はここまで!」
「私の役目もここまでだよ!」
ちなみに、あたしは天津、私は炫である。
一応、一人称を分けているらしい。
「「それでは皆さんごっきげんよー!!」」
二人同時にそう言ってから、騒がしい妹達は去って行った。
……朝から疲れるなあ。
「騒がしい妹達ね、九十九君」
「全くだな、迷惑この上ないよ」
ため息をつきつつ、僕は朝の支度を済ませた。
んー、朝ごはんを食べていないけれど、いいか別に。
「朝ごはんは食べないの?」
「うん、まあ。御巫もいるし。そこまで腹も空いてないからな」
「別に、待っていられるわよ?」
「大丈夫だよ。行こうぜ」
ちょっと、と御巫は僕を止める。
「何だよ」
「歯磨きとか、それくらいしなさい。待ってるわ」
「おう……それはそうだな」
お言葉に甘えて、僕はそれなりの準備をして来た。
部屋に戻る前に妹達に蹴られたけれど(何故?)。御巫を呼んで、家を出る。
「昨日の、燕弧はまた九十九君に会っていたでしょう」
家から出るなり、御巫は言った。
「ああ、うん……って、名前知ってたのか」
「あんなに周りを嗅ぎ回られたら、接触もするし、挨拶されたし、挨拶代わりに浄化しようと思ったわ」
うわあ……危ねえ、燕弧。良かったな、消されなくて。
ん?別に味方ではないのか。
「あの子……おそらく狐よ」
「狐?」
「ええ。燕弧ーーーつまり炎孤。炎の狐」
「ロリで狐……萌えるな」
炎だけに。
寒いか。
「?何か言ったかしら?」
いや、別に何も……。
それにしても、炎孤ね……。捻りがあるのか無いのか、わからないな。
「燕弧は、負の気が限界を突破して妖怪に?」
「さあ……実は、負の気で妖怪になるのもいるけれど、生まれた時から妖怪っていうのもいるのよね。たぶんあの子は後者でしょう」
「ということは、別に人間だったわけではないのか……」
ふむ。こちらの世界にいる以上、浄化、もしくは裏に返さなくてはならないと思うのだが。それには御巫の力が必要だ。僕ではどうしようもない。
「御巫……」
「ふう、九十九君。私、先に行くわね」
「え、何だよ、いきなり」
「あなたと一緒に学校に着いたら、見られた生徒にカップルだと思われてしまうわ」
思われないと思うが……。いや、そういう意味のない噂が好きな人たちもいるから、可能性はあるか……。
僕なんかと恋人同士って思われるのは、そりゃあ嫌だよな。
「ーーー九十九君、ありがとう」
「え?」
「何でもないわ。じゃあ、放課後……あなたのクラスに行くわね」
それだけ言って、御巫は先に行った。
今、あいつ、若干のデレだったような気がするな。
ーーー気のせいか。
僕も御巫に遅れて、学校の敷地内に入った。
私立海神高校はかなり広く、北校舎、西校舎、室内プールに体育館、食堂といった感じに分かれている。食堂は北校舎から繋がっており、ニ、三年生は北校舎、一年生は西校舎という教室分け。食堂がまあお洒落な喫茶店という感じを醸し出していて入りづらく、僕は一度も入ったことがない。メニューは結構、豪華らしいけれど。
設備が結構整っていて、廊下でも冷房、暖房が効くし、教室などに欠陥もほぼ無いので、かなり綺麗だ。さすが私立、と言うべきかな。
僕が何故この学校に来たのかというと、正直くだらない理由、目的しかないのだが。
簡単に言うと、父親の手がかり探しである。
今現在僕の父親は行方知れずで、母親も僕ら子供達も放ったらかし。だが、今も生きていることは確からしい。
父親はここの卒業生だということが、母親から聞いた唯一の父親情報である。
別段、僕は会いたいわけではないのだがーーー大分前だったか、炫は呟いていたのだ。
「お父さん、何処にいるんだろうね」
と。強がりな天津でさえも、
「会えるもんなら、会いたいよ」
「「錦ちゃんは、どう思う?」」
そんなことを言われた。
先ほども言ったとおり、僕はそんなことを彼女達に言われるまで、気にしたこともなかった。
ーーー否、ただ目を逸らしていただけかもしれないけれど。
兎にも角にも、僕は父親の手がかりを求め、ここに進学したのだ。
意外に古いらしいから、父親が在学していた時の教師もいるだろうし、父親と友人で、南星の教師になった人もいるかもしれないからな。
ーーー今のところ見つけていないけれど。
無駄足だったかもしれないなー、と思いながら教室の扉を開ける。
時計を見ると、遅刻ギリギリだったことに気づく。
「おお、ギリセーフ」
小さく呟いて席に座ると、朱雀が手を振った。僕も振り返すと、チャイムが鳴る。
さて、今日も退屈な授業の始まりだ。
其ノ淕
「はあ、やっと終わったーっ」
放課後の喧騒の中、僕は伸びをする。
「九十九君」
呼ばれて顔を上げると、朱雀が立っていた。
「今日の勉強、どうする?御巫さん、今日も来るでしょ」
「ん?何で知ってるんだ?」
「御巫さんに移動教室の時、言われたの。すごく自慢気に」
何故自慢気に言ったんだ……よくわからない。いや、あいつの行動は、いつもわからないけれど。
「今週はもう二回やったから、やめとく?」
「ああ、そうだな。朱雀の負担になっても悪いし」
「負担にはならないけれど。わかった、今日はなしね」
じゃあ、と足早に教室から出ようとする朱雀を僕は呼び止めた。
「今週の勉強は、もういいかな。御巫の手伝いで……あまり時間がない」
「……そっか。お邪魔になっちゃうものね。じゃあ、御巫さんのお手伝い頑張って、九十九君。ばいばい」
邪魔なことはないのだが、燕弧の件に巻き込んでも悪い。
しかし朱雀、心なしか元気がなかったみたいだけれど、大丈夫だろうか。
朱雀と入れ替わりで、御巫が教室に入ってくる。しかし教室内にはまだ大半の生徒が残っているので、この場では話せないだろう。
「九十九君、帰りましょう」
「お、おう……」
下校も一緒か……。若干、周囲がざわつく。それもそうか、僕なんかがあの御巫に話しかけられている。しかも下校の誘い。
そんなことは意に介さず、御巫は僕の近くにやってくる。
「何よ」
「いや、別に……」
改めて見ると、本当にこいつ、美人なんだよな。
これまで何度か質問には答えてもらっているけれど、髪とか超能力みたいな力のことも、訊いたら答えてくれるのだろうか。そんなことを考えながら、御巫と共に教室を出る。
学校を出るまでは大した会話もなかったが、校内にいる生徒達は、僕らを見て驚いていた様子。
「御巫、何処で話すんだ?」
学校の敷地内を出て少し経った後、僕は御巫に話しかける。
「九十九君の家」
「え」
「双子ちゃん達、いる?」
「……学校だからいない。あいつら、部活してるからな」
二人とも、何を考えたのか吹奏楽部である。明らかに文化系ではないのに。二人に言わせれば、吹奏楽部は『運動部みたいなもの』らしいが。
「親は?」
「仕事」
「じゃあ決まり」
うーん、まあいいか……。どうせ、朝入られているからな。今更うだうだ言っても仕方ない。
「案内……と言っても、お前今日来たもんな。いらないか」
「いえ、学校からの道のりはよくわからないわ」
そうか……。でも、御巫の自宅からはわかるの?
住所とか、教えてないよ?
本当に恐ろしい奴だ。僕、ストーカーされているのかもしれない。
そこから二十分弱歩いて、僕の家に着く。やはり誰も帰っていないので、鍵を開けて(ふと、御巫は僕の家の合鍵を持っていてもおかしくない、と考えた。)から、御巫に僕の部屋にいるように伝えた。
僕の部屋は二階で、隣に双子の妹達の部屋がある。
互いにシスコンな彼女達は、一人部屋を持とうという考えはないらしい。部屋は余っているのだけれど。
僕は何か、お菓子などがあった方がいいかと気を利かせて、緑茶と、煎餅などをお茶請けに持って自分の部屋に向かった。
部屋の入り口に立つと思いっきり御巫はくつろいでいるのが見えた。ベッドに寝っ転がっている。
こいつ遠慮とかねえの?
「九十九君、入っていいわよ」
「いや、僕の部屋なんだけどね!」
男のベッドに寝るとか抵抗はないのかな。
ある意味信用されているのか?
「御巫、緑茶とか飲めるのか?この前お前の家では紅茶だったけれど」
一旦お茶などを床に置き、小さいテーブル(折りたたみ式)を出す。その上に置いた。
「飲めるわ。ただ、九十九君が淹れたのは、ちょっと抵抗が……」
「そこで抵抗されるのは何か傷つく!」
「遠慮しておくわ」
「ここでの遠慮もいらない!」
まあ、飲めるということはわかったので良かったが。
「九十九君は結構、和風が好きなの?」
「いや、日本といえば緑茶だろ」
「……つまり、和風が好きなの?」
「日本だから緑茶」
「…………」
僕が断言すると、御巫は、
「イギリスとかだったら?」
「その場にあるもの」
「なるほどなるほど。つまりあなたは、郷に入っては郷に従え精神なわけね」
「言うならそうだな。まあ別に、紅茶やコーヒーが嫌いな訳ではないけれど。一種のこだわりかな」
ふうん、と御巫は言う。
天津達はこれを馬鹿にするけれど、御巫はしなかった。珍しく毒舌もなく。
「じゃあそんな九十九君のこだわりは、昨日私が壊したわね……うちはいつも紅茶」
「出されたものには文句は言わないよ、僕も。御巫には御巫の家のこだわりがあるだろ」
別にあれで壊されたと思っていない。
「そうね。文句を言われていたら淹れたての紅茶をかけていたわ」
「熱々だな!」
火傷するだろ、それ。
「さてさて、九十九君への嫌がらせはこのくらいで我慢しておいて」
「いっそ全部我慢しろ……」
「そうすると唯一の取り柄のツッコミができないでしょ。燕弧のことなんだけれど」
唯一って言われた。自他共に認める取り柄がツッコミ……悲しいものがあるぜ。
「燕弧?ああ、萌えっ子のことか」
危うく忘れるところだったが、ロリ狐ってところで思い出した。
「萌えね……確かに九十九君はロリと狐という萌え要素が集まって次にあの子に出会った時は萌え死んでしまう、いえ、萌え死んでしまえ」
「それは嫌だ!僕は死ぬなら燕弧に殺されたい!」
「大丈夫、九十九君が殺されそうになったら私が命を賭けて守ってあげる」
「くそ、そんな時だけ優しさをくれなくていい!」
「で、燕弧のこと、どうする?」
ああ、しまった。せっかく前の章の冒頭で、僕が変態ではないことを証明したはずなのに、また変態扱いされてしまうきっかけを自ら作ってしまった。もう諦めよう。
さて、真面目な話に移ろう。
既に時間は五時前。早くしないと煩い妹達が帰宅してしまう。
「うん」
「もしかすると神剣を持っているかもしれないわ」
「え、まじかよ」
「まじだよ」
御巫のこういうノリは、どうもキャラにはまってないような気がするんだけれど……。まあ、キャラという小さな枠で区切られるような奴ではないから、アリなのかな。
「どうしてわかるんだ?」
「なんとなく……そんな気がするわ。それに話としてここまで進んで、一本も神剣が手に入らないなんてそんなの」
「お前は何を知っているんだー!!」
やめろ!そんな世界観壊す発言!
「嘘よ。なんとなくではないけれど、確証はないし。確信はあるけれど」
「じゃあその確信っていうのを教えてくれよ」
そうね、と御巫は緑茶を飲み干す。
続いて煎餅の袋を開け、バリバリと食べる。
本当に遠慮がない。
食べてもいい?とか、訊かないんだ。いや、出してあるからそりゃあ食べてもいいんだけれど。
すぐ食べ終わり、やっとのことで御巫は口を開いた。
「うん、私、煎餅は濃い醤油味が一番美味しいと思うわ」
「それは大いに同意だが、確信を教えてくれよ!」
「べ、別に九十九君の好みを理解したくなんてないんだからね!」
「唐突なツンデレはいいから!早くしないと天津とかが帰ってきちまうんだよ!」
ああ、とやっと僕の焦りをわかってくれたようで、御巫は頷いた。
「そうか、遊んでいる時間は本当にないのよね。確信は、燕弧がそこまで強い妖怪ではないのに、表世界に来ていることよ」
「んー……もう少し詳しく」
さすがに今の説明だとよくわからない。僕はまるっきりの素人だからな。
「弱い妖怪なら、私が水祀で張った結界に跳ね返されるはずなのよ。一本で張った結界だから、効果はそれほど強くないのだけれど……それでも低級妖怪ならこっちには通ってこれないわ」
「なのに、燕弧がこっちに来てる?」
ええ、と御巫は頷く。
神剣の力を借りている、ということなのだろうか。
「じゃあ……取り返すにはどうすれば?浄化しかないのか?」
「そういう訳ではないのだけれど……説得するか、蹴るか」
蹴る!?物理攻撃アリなの!?
それ、浄化とあまり変わらないような……変わるのか?
「僕さ、燕弧のこと気に入ってるんだ……だからあまり痛めつけたくないというか」
「ロリコン」
そうだけどさ。
でも可愛いんだもん。
「大丈夫、浄化と言っても消さないこともできる。極限までエネルギーを吸って、裏に帰せばいいわ」
「おお、そんな高度な技術が!」
「別に高度な技術ではないけれど。加減は確かに難しいわね、うっかり消してしまったらごめんなさいね。ふふ」
御巫は楽しそうに笑う。
消しそうで怖い!
やめてくれよ、本当に。燕弧が消えたら僕は生きていけないかもしれない!そんなに話したことはないけれど、この気持ちはなんだろう。
ロリ魂か。
「んじゃあ、燕弧を見つけて、今言った方法で裏に帰す……が作戦か」
「そうね」
随分簡単に言ってくれるけれど、とため息をつく。
うん、確かにやるのは僕ではないのだから簡単にこういうことを言ったらダメなのかもしれない。
ただ、自分的にまとめておかないと、忘れそうなんだよ。
「たっだいまー!!」
「ただいまぴょーんっ!」
下の階から、ドタバタと足音が聞こえる。煩い奴らのお帰りだ。
「帰ってきたか……」
ふざけていると時間が経つのが早い。真面目な話も大分したけれども。
ただいまの時刻は午後六時過ぎ。彼女達の帰宅はほぼいつも通りだから、文句は言えない。バス通学なんだよな、あいつら。贅沢め。
「じゃ、私は帰るわ。どうせもう話すことは少ないし」
「あ、一つ質問」
帰ろうと立ち上がった御巫を止める。前々から訊こうと思っていたことだ。
「髪が青いのって、何で?」
瞬間、しん、と静まり返る。
さっきまで当たり前にあった気にも留めなかった雑音や、下では騒いでいるはずの妹達の声が一気に引けて、急に緊張する。僕は、訊いたのを少し後悔した。
時計の秒針だけ、部屋に響く。
ほんの数秒のことだったろうけれど、永遠に続くような静寂だった。
やがて御巫は口を開く。
「九十九君、私はね」
御巫は妖艶に笑った。
「半分妖怪なのよ」
まるで、妖怪のような笑みだった。
其ノ質
その夜中、僕は考えていた。
何を、というと、御巫の言ったこと。
ーーー私はね、半分妖怪なのよ。
「えっと……つまり、人間だけれど、半分は妖怪……」
呟いてみたものの、そのままの意味であることは理解していた。
髪が青いのも、超能力も。
全部、きっと妖怪の力。
御巫のことを完全に人だと思っているからこそ、思っていたからこそ、あいつの使う不思議な力を僕は超能力だと解釈したけれど、半分妖怪、ましてや御巫となるとかなり強そうだから、記憶操作だったり空中浮遊だったりはお手の物なのかもしれない。
「寝れねえよ」
眠ろうと思っても眠れない。夜は更けるばかりであった。
妹達の寝込みを襲うか、暇だから。いや、そんなことをしたら僕が終わる。この物語が強制終了してしまう。
と、その時、窓ガラスをコツン、と何かが叩いた。
深夜、しかも二階の僕の部屋の窓を叩けるのなんて不可能に近いので僕は一瞬、幽霊的なものかと思って、恐々と、ゆっくりと、窓の方を見てしまった。
そこには。
「ーーーなんだ」
そこには燕弧が、僕の部屋を覗いていた。
幽霊かと思ってびっくりしちゃったぜ。
窓の鍵を開けると、燕弧は僕の許可も取らず部屋に入った。
「ふむ」
と、僕の部屋を見回す彼女は、この前とは違い、和風な格好をしていた。浴衣、というのかわからないけれど。そんな感じ。
月の光に反射して、髪は銀色に輝いている。前は黒髪だったような気がするけれど。本当は銀髪なのだろうか。ーーーそんなことより。
耳生えてる。
尻尾生えてる!
もふもふだ!
感情に任せ、僕は思いっきり尻尾をもふもふした。
「ぎゃー!!やめろ!やめんか!」
「もふもふだー!!もふもふもふもふもふっ」
「変態が!」
幼女に蹴られた。
あえなく尻尾から離れる。が、
「ふっ、こんな蹴り、痛くも痒くもないぜ。むしろご褒美だ」
格好良くもないセリフを格好つけて言った。
「ぐぬぬ、私としたことが忘れておった。此奴、ロリコンじゃった」
と、燕弧は悔しそうに唸る。
狐の幼女にロリコンって言われた。
気にしないぜ、そんなこと。僕のガラスのハートは今や、皮肉にも御巫のおかげでダイヤモンドのハートくらいに成長しているのだ。
「お前など交通事故にあって死んでしまえば良いわ」
「ごめんなさい!!」
はい、折れました。粉砕しました。
どこがダイヤモンドのハートだよ。
「って、あんまり煩くすると家族が起きる。で、何の用だ?」
あん?と不思議そうに燕弧は首を傾げる。
「何の用だって、お主が私を探しておったからの。わざわざ来てやったというのに」
「え?そうだったか?」
燕弧のことを探していたっけ……。ああ、探さなきゃいけないな、と思っていたんだった。
「馬鹿なやつよのう……自分のこともわからんのか」
「いいや、思い出したぞ。そうだ、僕はお前に用があるんだ」
「ほう」
「神剣持ってるか?」
単刀直入に訊く。
回りくどいことをしていると、無駄な会話でおさらばしそうな気がしたからだ。
燕弧はにやりと嗤った。
「持っていたら、何じゃ」
「率直に言う、返して欲しい」
「嫌じゃ」
即答、か。
「燕弧ちゃんには必要ないだろう」
「お主にこそ必要のないものだろう?」
「僕じゃない。御巫に必要なんだ」
「あの巫女の頼みを聞く義理はお主には無いだろうに。何故そこまでする?」
「それはーーー」
確かに僕には御巫の言うことを聞く義理なんて無い。最近知り合ったばかりの同学年の生徒。
それでもあいつのすることを手伝いたいと、やり遂げたいと思う。
それはきっと。
「僕の使命なんだ」
ふん、と燕弧は嘲笑する。
彼女の銀髪が月光で煌めいた。
「くだらん。もう少し面白い奴だと思っていた。使命だなんだと、そんなものは自分を納得させるための言い訳じゃろうが」
「そうかもしれないけれど。僕はそれで納得してる。納得出来る。それだけで十分だよ」
「そうじゃろう、お主はそうじゃろう。だがな、九十九神、否。人間よ。巫女に聞いとらんかもしれんが、神剣をそちらに渡すということは私は消えるぞ」
「え?」
ーーー消える?
「聞いとらん、か。まあその程度の関係ということじゃな。私が表に来れるほどの強さじゃないとは、聞いとらんか?」
「それは……聞いた。だけど」
「神剣のおかげでこちらに来れている。神剣から力を得ている。表の人間が裏の空気を苦手とするように、私も表の空気は苦手じゃ。まして、私は低級、とても耐えられんわ。神剣を手放したら、こちらでは生きて行けぬわい。戻る術も無い」
「え、でも。御巫はーーー」
僕の思いは、知っているはず。
燕弧を消したくないこと。神剣も取り戻したいこと。
燕弧は僕の気持ちを見透かしたかのように、言葉を続ける。
「巫女が、あの巫女が、お主の思いを理解していたとしてもその通りにするとは限らんじゃろう。むしろ裏切るかもしれん」
「そんなこと!」
僕の否定の言葉さえ遮り、呟くように、嘆くように言う。
「人間は」
ーーー人間など、そんなものじゃ。
燕弧は悲し気にそう言った。
何故悲しそうに言ったのかはわからなかった。
僕は言いそびれた否定の言葉を、再び紡ぐ。
「……御巫は、僕を裏切ったりしないよ」
「どうだか」
先ほどまでの様子とはうって変わり、鼻先で笑う。
「付き合いは浅いけれど、それでも誠実だよ。裏切ったりする時はよっぽどのことがあった時だ」
「そこまで信用するとは、人間と私の視点から見た彼奴は別人なのじゃないかと思うよ」
本当のところ、僕も御巫を信用しすぎな気もしないでもないけれど。
でも、本当のことだから。
「もう夜が明ける。失礼したな、人間」
そう言って、入って来た時同様、彼女は窓から出て行った。声をかける暇もなく。
時刻は午前四時。
交渉には失敗したけれど、神剣を取り戻すことは諦めていない。
だけれど、胸の内にモヤモヤとしたものが残った。
御巫は裏切らない、そう思う。けれど、これは僕の勝手な理想を押し付けているだけなのかもしれない。
僕はどこまで、根拠もなく御巫を信じていいのだろう。
「錦ちゃん、おはよー」
「おはよ、あれ、天は?」
午前五時頃、双子の下の、炫が起きてきた。
「まだ寝てるよ。なーんか寝付き悪かったみたいだよーん。私はすぐ寝たけどねえ」
「そうか。ところで炫」
「なんだい錦ちゃん」
「お前が一番信用している奴って誰?」
なに、いきなり、と怪訝そうにしながらも、うーんと考える。
「天津かな」
予想通りの答えだった。
「根拠は?」
「え?ないよそんなの」
けろっと言う。彼女にとってはそれが当たり前のようだ。
「ま、あえていうならだけれど。双子だっていうのもあるし、それに私、天津のことを大好きだもん。優しいし、責任感あるし、だから信用してるよ」
「ふうん。もし裏切られたらどうする?」
僕の質問に、炫は眉をひそめる。
普段はこんなこと訊かないから、怪しんでいるみたいだ。それでも真面目に答えてくれるあたり、意外と優しいのだけれど。
「天津は裏切らないよ」
断言した。
「天津は、裏切らない。もし裏切られたらーーー天津を殺して私も死ぬよ」
「怖いなお前」
「本気だもん」
真顔だった。愛が重いな。
「錦ちゃん」
「何だよ」
「錦ちゃんのことも、天津と同じくらい信じてるよ。私、シスコンでブラコンなの」
「そうかよ」
「そうだよ。だから、錦ちゃんが私を裏切ったら、天津と同様」
言って、彼女は微笑んだ。
ブラコンなのは初耳だった。
それでも、と彼女は。
「それでも私のこと、裏切る可能性ある?」
その問いに、僕は答える。
自信を持って。確信を持って。
「裏切らねえよ」
そう答えた。
其ノ捌
炫と少しばかり真面目な会話をした後、天津が起きてきた。
寝付きが悪かったのかと訊くと、何だか煩くて、と言われた。完全に僕のせいだったと思う。正確には僕と燕弧のせいか。
そして炫と同じ質問を繰り返すと、彼女は言った。
「んー?あたしは、そうだな。仲良い子は皆信じてるぞ。理由なんて無い。裏切られても、気にしないさ。何でか?あたし馬鹿だから考えたことないな。まあほら、気にしたってしょうがないし」
一番信じてるのは炫と錦ちゃんだよ、と最後に付け加えた。
何だか前向きな妹だった。
まあ、妹達の意見というか考えを聞いて、僕は何を思ったかと言うと、純粋に理由もなく、人を信じるというのは別におかしいことでは無いのだ、ということ。
馬鹿な妹達だが、胸のモヤモヤは取れた。
ゆっくりと朝食を食べて、学校に行く支度をして、眠い目をこすりながら家を出る。
そういえば、人間なんて、と悲し気に言っていたように見えた彼女は、過去に何かあったとしか思えない。
見えただけだから、違うかもしれないけれど。
恨みを晴らすために燕弧が動いたら、もしそれで人が死んだら、裏世界のその人も死ぬのだろうか。
寸分違えず。
ーーーそれは嫌だな。
そんな嫌な連動システムいらない。
表の人にとって、燕弧に殺されるのは不条理だ。
こっちの世界には元々、妖怪なんていなかった、いたとしても見えていないのだから、危害を加えられることは無いのだ。
いつだったか、僕の世界を守るためにもと大仰なことを言ったが、あながち間違いではなかったようだ。
こんなことを考えながら、学校へ向かっていたのだけれど正直、この時の僕は本当に何かが起こるなんて微塵も考えていなかったと思う。
心の何処かで、信じ切れていなかったんだと思う。神剣のこと、妖怪のこと。
少なくとも。
燕弧が妖怪だとわかった上で、神剣を所持しているとわかった上で放っておいたのだから、日常に戻っていたのだから、愚かだったと思う。
僕はその時が来るまで、気づかなかった。
この御伽噺のような、非現実な、夢のような物語は紛れもなく本当で、真実で。
ーーー現実なのだと。
学校を欠席していた御巫から電話が来たのは、昼休みだった。
それも、昼休みが始まる時間ぴったりだった。
その時教室にいた僕は、どこで電話番号を知ったのかと思いつつ、電話に出る。
「もしもしー?」
『九十九君今どこ』
「今?学校だけれど」
『こっちに来て』
そう言う御巫は、心なしか焦っているように聞こえた。
「こっちって……」
どこだよ、と言おうとした時。
『早くしないと燕弧が……あ』
燕弧が?
何かしたのかと思ったが、僕は気づいた。
クラスメイトや朱雀も、皆が窓の外を見ている。
窓から見えた、炎。
「ーーー火事だ」
クラスメイトの誰かが呟いた。
彼らには普通の火事にしか見えないだろう。けれど、僕には。
「え、九十九君!?」
朱雀に呼ばれたけれど、僕は振り返りもせずに走る。
昇降口で、靴を変える間も惜しみ、僕は火事の現場に向かって駆け出した。
あの炎はーーー燕弧だ。
燕弧の奴がやったことだ。
炎の狐。炎狐。
おそらく、彼女は元からそういう力はあるのだろう、炎を操る力が。
しかし今、神剣のおかげでと言うべきか、きっといくらか……否、格段に力は上がっているだろう。
「くそっ……何やってんだ僕は……!」
こんなんじゃ御巫の助けにもなってない。ただの役立たずだ。
僕はあまり走りに自信はなかったが、しかし全力で事件が起きている現場に向かって走ることしかできることはなかった。
そして僕がそこに着いた時、少し遅れて消防車のけたたましいサイレンが鳴り響いた。
まだ家は、轟々と燃えている。
「早かったわね、九十九君」
後ろから、御巫の声がする。
「いえ、現状としては、随分と遅いわね。間に合っていないわ。誰よ、こっちの世界を守るとか言っていたのは」
「……ごめん」
御巫はため息をつく。
「一応消防車を呼んでしまったけれど、別にいらなかったわね。水祀で消せるわ」
「そう、なのか?」
その時、消防車が現場に到着した。
すぐに消防隊員が車から降りてくる。御巫はそれを少しだけ見やってから、
「ええ、まあね。というか、どうしたの九十九君、元気がないわね」
「走ってきたからな」
ふうん?と首を傾げる。
やばい、罪悪感しかない。
「ところで、燕弧はどこに?」
僕が訊くと、御巫はさあ、と言った。
「探さなきゃな……」
「そうね。当てはあるけれど」
「本当か?じゃあ、早く……」
「待って」
そう言って御巫は、消防隊員の方へ行き、何やら話している。
少しした後、消防隊員達は消火を開始した。
御巫が僕に手招きしたので、僕は御巫のそばに行く。
「燕弧を探すわ。二手に分かれる。当てがある、と言ったけれど。そっちには私が行く。九十九君はこの住宅地周辺」
「ああ」
「もし見つけたら携帯に着信を入れて。さっきかけたから、九十九君も私の電話番号はわかっているでしょう?ワン切りでいいから」
「わかった」
「じゃあ、また後で」
御巫は走って行った。
僕が探して見つけられるものなのか、わからないけれど。
当てがあると言っていたし、僕の方で見つかる可能性はかなり低いだろう。
それでも。
「やるか」
僕の使命を果たさなければ。
僕は走り出した。
其ノ玖
「よお九十九神」
五分ほど走り回って、意外にこの住宅街は広いな、と感じ始めた頃。
唐突に彼女ーーー燕弧は現れた。
「燕弧……どうして」
ふん、とため息をつく。
「お主が私を探していたからじゃ」
「昨日……いや、今日も聞いたな。そのセリフは」
「本当のことじゃ」
僕は携帯を持っていた手を後ろに回し、御巫に電話をかける。
念のため、すぐに電話をかけられるように、その画面にしておいた。まさか本当に、見つけられると思わなかったけれど。さすがに後ろ手で電話は切れないけれど、別にいいだろう。
「お主が探していると、うっかり出会ってしまうようじゃなあ。九十九神よ」
「その呼び方、気に入らないな。人間でいいだろ、人間なんだから」
「ふむ。まあ何だってよいじゃろう?で?何じゃ」
「何故あんなことをしたんだ」
「あんなこと?」
「とぼけるんじゃねえよ。ーーー何で家に火をつけた」
ああ、と実に関係なさそうに、乾いた笑いを漏らす。
「私はな……あそこに住んでいるある人間に裏切られたんじゃよ。人間がうっかり裏に迷いこんだ時、色々と道案内や、表裏結線の場所も教えて元の世界に戻る方法も教えてやった」
それなのに、と呟く。
彼女が人間を嫌っているのだろうか。そうだとしたら、僕とはこんなに話すはずもない……だろう。
「それなのに、私のことを……最後には遠ざけた。なんだったかのう……もう、覚えとらんわい」
覚えていたくもない。
そう言った。
「なのに何で、僕には……」
「あらあら、九十九君から電話がきているけれど、面倒だから切っちゃおーっと」
「巫女、か」
後ろを見ると、御巫が青色の携帯をパタンと閉じるところだった。
「あらあら、狐ちゃん。随分と大層な剣を持っているのね、凄いわ。羨ましい、私に貸して」
「貸すわけないということは、わかっておるだろう」
「ふうん、交渉決裂」
と、御巫は言った。
たぶん、ここから僕にできることは何も無い。
元より、僕にできることなどツッコミくらいだし。
「じゃあーーー強制しかないわね」
言って、どこからか御巫は神剣水祀を取り出した。前の時同様、水色の淡い光を放ち、一瞬にして周りの空気を神聖にする。
僕はやはり、息を飲むことさえ出来ない。呼吸することも憚られる。
「ふん。やはり、言ったであろう、九十九神よ。巫女は私を消すつもりじゃ」
燕弧は、この場面で、自分が危機的な状況のこの場面で言った。
まるで余裕、という態度だが、僕には強がりにしか見えなかった。
「人間なんてこんなものなんじゃよ。わかったか?」
「み、御巫……」
僕は御巫を呼んだけれど、そんなのは聞こえないとばかりに、御巫はこちらを向かない。
いや、でも。
「人間は大変じゃのう、裏切って裏切られて。実に面倒じゃ。信じた分だけ、裏切られた時の惨めさと言ったら無いだろうな」
「さっきから何を言っているのかしら。よく、わからないわね」
御巫は首を傾げる。
「信じるとか信じないとか、裏切るとか裏切らないとか。九十九君が私をそんな風に思っているなんて、思わないけれど。でも私、手伝ってくれている彼に対して、嘘はつかないと決めてるの」
「それ自体、嘘だったりな」
「もうやめろ燕弧!」
僕は声を上げる。
燕弧は怪訝そうにこちらを見やる。
「御巫は嘘なんてつかない。冗談は言うけれど、肝心なところで嘘なんてつかない。ーーー僕は御巫を信じてるんだ」
「ーーーわからんな。何故だ?根拠がわからぬ」
御巫は少しだけ、僕の方を向いた。
「根拠なんて要らない。理由がなくちゃ、人のことを信用しちゃいけないなんて決まり、ないんだよ」
「よくわからぬ」
僕は何かを言いかけたけれど、御巫が遮った。
「私もよくわからないわ。九十九君、あなたはそう言っているけれど、私がうっかり、わざと、燕弧を消してしまうかもしれないわよ?だって、表の世界に、妖怪など必要ないもの」
それはある意味、僕の思いを全部拒否しているようにも聞こえた。
燕弧の存在を否定しているようにも聞こえた。
「本当は、それが正しいんだろう、御巫」
「まあね」
僕の問いに御巫は答える。
「だったら、しょうがないよ。僕は専門じゃないし、それにーーーこれからも神剣を集めなくちゃならないんだから。燕弧、僕はお前が大好きだけれど、それもまあ運命だよな」
「……やはり人間は、裏切るんじゃな。最後の最後に、異形の者の味方はしない」
燕弧の笑顔には、もはや人間に対する恨みの念しか感じられなかった。
それでも、僕の覚悟は揺るがない。
ーーー僕は確信していた。
「あまり長々と話したくないわ」
言って、鞘を抜く。
「…………」
燕弧には、闘う気力はないように見えた。が、しかし。
「失せろ!」
叫んで、燕弧が手のひらをかざすとそこから勢いよく炎が出た。
御巫に向けて放った炎だが、僕の方まで火の粉がかかる。
やはり神剣の力で強化されているのだろう、かなりの威力だった。
一瞬で視界は赤に変わった。炎が辺りを包む。
「御巫!」
僕が声をあげた時、炎の隙間から、御巫が神剣を振るのが見えた。
途端に、炎は消える。
熱気も一気に引き、逆に涼しい風が当たった。
「残念だわ。全然使えてないじゃない」
呆れ顔で彼女はゆっくりと、燕弧に近づく。
「ーーーう」
燕弧が何かを言う前に、御巫は神剣を振り上げた。
そして何も言わず剣を振り下ろす。
僕は目を逸らすことが出来なかったーーーけれど。
斬ってしまうのかと思ったが、御巫は、柄で燕弧の頭を思いっきり打っただけだった。
しかしかなりの強さだったようで、燕弧はその場に倒れる。
「み、御巫?え?」
少し拍子抜けしてしまった僕は、変な声を出してしまった。
「だって、九十九君が燕弧に告白するから」
「あれは告白じゃねえけど!」
「ふうん。ロリコン」
「悪かったな!」
「誰も悪いなんて言ってないわ、変態だと言っているのよ」
「より酷い!」
さて、と御巫はしゃがんで燕弧に手をかざす。すると燕弧から、神剣が現れた。
「やっぱり」
僕は御巫に近づく。
神剣からも少し、熱気が感じられる気がした。
「これは?」
「神剣炎尾、ね。まあ炎ってところで大体わかってたわ」
「炎尾……か」
炎尾は、水祀とは違い、オレンジ色の光を放っている。それはまるで、夕焼けの空のようだった。
「水祀は青空で炎尾は夕焼けって感じだな」
「何を言っているの九十九君、ロマンチストみたいな男は主に私に嫌われるわよ」
「え!?」
「むしろ嫌い」
「既に!?」
「それより、とりあえず」
と、御巫は立ち上がり、神剣を何処かにしまった。
こいつ、何も無い空間から神剣を出したりしまったりするから、何処かにしまったとしか言いようがない。
「一件落着」
御巫は笑って、そう言った。
其ノ終
後日談。
僕らはあの後、僕が燕弧を担ぎ、御巫に案内してもらって裏世界に返した。返したというか、表裏結線の中に放り込んだ。
ちょっと乱暴だったから、罪悪感があったけれど。あいつのやったことを思えば、まあいいか、という感じ。
そうだ、燃えた家屋はと言うと。
あの御巫の一振りが、あそこの家まで届いたらしくーーー。
「突然鎮火した」
と、消防隊員の一人の証言。
使い方によっては、本当に強いみたいだった。
そこの住人は、皆が皆家を空けていたようで、怪我人は出なかった。
自然発火、ということで片が付いたらしい。それ以外に説明のしようがないからしょうがない。
結局住人が燕弧に何をしたのかは、わからないまま。
僕が知っても、どうしようもない。
そして、そんなことを終えてから僕らは一応、学校に行った。
そういえば上履きだったから、土をそれなりに落としてから校舎内に入る羽目になった。
教室に向かうところで、先生に捕まって二人で怒られ、授業に行けと言われたので教室に行くと、授業後、朱雀に物凄く怒られた。
「九十九君は学校抜け出すし、御巫さんは午後から登校しているし、呆れるよ、もう。御巫さんの手伝い?」
「う、うん……」
「御巫さん、九十九君留年しちゃうよ。程々にしてあげて、お願いだから」
朱雀がそう言うと、御巫はきょとんとした。一瞬の後、
「留年?九十九君が?」
「そうだよ、単位危ないんだから」
「す、朱雀……もうやめ」
「あははははっ九十九君……留年って……!どれだけ頭悪いの……っ!」
御巫が笑った。
これには僕も朱雀もびっくりだった。
「はー……もう、ごめんなさいね九十九君。今年は留年を覚悟して」
「え、何で!?そこは御巫が僕の手伝う頻度を減らすんじゃねえの!?」
朱雀も、少し笑いを堪えていた。
「わかった、御巫さん、お勉強は私が……ふふっ」
「朱雀まで笑ってんじゃねえ!」
こいつら、頭がいいからって僕を馬鹿にしやがって!
僕が留年したら大変なことになる、いろんな意味で!
「大丈夫よ九十九君、留年したら、私達先輩が見守ってあげるから」
「それだけはやめてくれ……!」
一番危惧する問題だった。
朱雀は我慢するが、御巫に見下ろされるのは嫌だ、本気で。馬鹿にしかされない。
散々馬鹿にされたあと、朱雀のことを少し嫌ってたはずの御巫は自ら、朱雀と僕を誘って、一緒に下校した。
「いや、本当ごめんなさいね朱雀さん。私、あなたのこと少し苦手だったけれど、さっき見直したわ」
「それはどうも。私、御巫さんとお友達になりたかったんだよー」
こいつら、呑気だな……。
ん?これ、僕ハーレム状態じゃね?
両手に花とはこのことか!
「それにしても九十九君が留年するほど馬鹿だったとはね」
「うーん、五教科100点いくかいかないかだからね……」
間違えた。
両手に蜂かもしれない。
朱雀は途中で別れ、僕と御巫、二人で下校する。
「九十九君、ありがとう」
「礼を言われるようなこと、何もしてないけれど」
「いえ、一人だったらもっと大変だったと思うわ」
そうかな、と僕は言う。
正直、僕は甘く見ていた。
心の端で、怪我人は出ないだろうとか、非現実なことを信じていなかった。
「もう本当、御伽噺みたいだよな」
言うと、御巫は、
「あなたにとってはね。私にとっては日常なんだけれど」
と言った。確かにそうかもしれない。
ーーー神剣はあと五本。
全部を集めきって、初めてこの非現実な御伽噺は幕を閉じるのだろう。
だとすると、神剣集めは、御伽噺の欠片を集めるのだ。
今回は、そして次回もそんな欠片を取り戻す話。
そんな僕らの物語に名前をつけよう。
「んー、そうだな……」
「何?」
「この物語に、名前をつけるんだよ」
「ふうん。九十九君のセンスが問われるわね」
僕は少し考える。
そして、言った。
この物語の名前はーーー。
「御伽集」
御伽集 炎 終幕