はじまりはいつも突然に
ここは日本
いつものように仕事を終え、車に乗ろうとしていた諏訪優華は自身の愛車に違和感を覚えた。
違和感の元を辿っていくとリアシートに腰掛ける髪の長い女。
優華は溜息を吐いて、ゆっくりと深呼吸をしてから口を開いた。
「また、あなたですか。
いい加減、私に付きまとうのやめてもらえませんか?」
呆れたように言う優華に女はケタケタと笑うだけで何もしない。
優華は再び深い溜息を吐いた。
「いい加減、成仏でもしてくださいよ。
そろそろこの車にも飽きてきたでしょう?」
女はケタケタと笑うのを止め、静かに言った
「ずっと、いっしょ」
今まで一言も話すことはなかった女に驚いた瞬間、優華の体は硬直した。
“金縛り”
確信したときにはすでに遅く、走り出していた車はハンドルを回すことも、ブレーキをかけることもできずに、大きな音を立てて壊れていった。
ああ、この車、なんだかんだ気に入っていたのに。
それよりも、家に帰ってから飲もうと思っていたビールはもう飲めないのか。
しかも明日は待ちに待った給料日じゃないか。
最近好きになった漫画の新刊だって出るし、まだやってないゲームもあるのに。
まだ、死にたくないなあ。
でも体は動かないし、首に女の手が絡まってるし、視界には赤が見えるのに痛くないなんて、これヤバイよなあ。
ああ、耳元で笑うな。地味に髪の毛があたって痒いんだよ。
それにしても、私は天国にいけるだろうか。
よく考えれば親孝行もできてないし、いいことした覚えもないし。
地獄行きか、痛いのは嫌だなあ。
どうか天国で待つひいひいじいちゃんと仲良くなれますように。
優華の視界は霞み、やがて暗闇となって消えた
力の抜けた優華を女は強く抱きしめ、再びつぶやく
「ずっと、いっしょ、地獄まで」