1.記者、サモンに驚く
「おはよーございまーす」
早朝。挨拶しながら部室のドアを開ける……と言っても誰もいない事を知っている。
なんせ部員は私と部長の2人だけだし、基本部長は重役出勤だからだ。
しかし……
「あら、おはよう」
今日はなぜかすでに席についてキーボードをたたいていた。
「部長、今日は早いですね」
「まぁね。今回の新聞は何パターンも作るつもりだから記事をいくつも作らないと。
その為にはネタもそれ相応の量ないとダメじゃない」
「なるほど……」
「それで私は今日は朝の活動をしてる部活の取材をしようと思って朝早く来たのよ。
貴女がここに来るまで部室を開けっ放しにするのもいけないから記事を書けるだけ書いてたの。じゃ後よろしくね」
そういうと先輩は鞄を引っ掴み足早に立ち去った。
部長が立ち去った今、私と冷却ファンが音を立てたままのパソコンがそこにあった。
「あっ……部長パソコンつけっぱなし……」
パソコンを切ろうと部長の机に向かうと、そこには書きかけの記事があった。
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『大学進学の高校生諸君!』
7月も終わりに近づく今日この頃、本校でも大学受験の勉強に勤しむ学生が増えてきました。
見事無事合格出来た!……としてもその先に大きな問題があるのです。
それは……「大学ぼっち」
高校で親しかった友人たちと離れ離れになり進学する人も少なくはないはず。
それから大学で新たな友人を見つけることはとても簡単とは言い切れません。
無論、友達を作るのにも上手下手がある人もいます。著者の姉はどちらかと言えば下手な方でした(笑)
その中で発生してしまうのが「大学ぼっち」。友人を大学で作ることなく、もしくは作れなく、
大学生活を一人で過ごすという「大学ぼっち」。これが最近増加していると言われています。
……そんな中、著者はとある男性に話を聞くことができました。
彼は私達よりも2年先に大学生となり、「大学ぼっち」の生活をしていましたが、
ある日彼の思考を大きく変える体験をした後、「大学ぼっち」からの脱却に成功したのです。
そんな彼のサクセスストーリーをインタビュー形式で紹介したいと思います。
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記事はそこで途切れている。
「大学ぼっち……かぁ。部長も来年は大学生だから気持ちがわかるのね」
部長が記事を書くなら、私も負けてはいられない。
私も転校生の「名屋 古鉄」君についてのインタビュー内容を思い出すべく、ICレコーダーのスイッチを入れた。
……しかし。
「なに、これ……」
ICレコーダーに記録されていた音声には、私と古鉄君の会話だけでなく、
男性のうめき声や、女性の叫び声などがところどころに入っていて、ノイズも酷かった。
「やっぱり黒魔術の為の幽霊とかがあの場所にもいるのかしら?」
死霊魔術師。それは古鉄君の隠れた職業だ。
死んだあとの霊魂やその地に住む精霊を比較的鮮度の高い(というと語弊があるが)死体に入れ、仮初の命を注ぐ。
私が昨日、彼の家に行って見たのがその死霊魔術により生み出された……「ゾン子(命名:古鉄君)」だ。
ゾン子は使用人として働く赤いメイド本子、古風な恰好でおかっぱ頭、口調も古臭いのだが見た目は幼いセト、
神の使いでキツネの化身、豊の3人を私は見てきた。
しかし彼の言い方から察するにまだいるのだろう……非常に興味深い。そして周りに知らせたい。
だがこのことは記事にしてはいけない。なぜならそれが彼との約束だからだ。
「さて。ノイズの中から情報を引っ張り出さねば……」
それからというもの、私は朝の部活時間いっぱいまで聞き取りにくい音声を発するICレコーダーと格闘し続けた。
そしてやってくる昼休み。
古鉄君との約束通り、昼食を片手に屋上に向かった。
屋上へ続くドアは普段施錠されていないのだが、今日は違った。
「鍵……かかってる」
「愛華様」
女性の声がしたため振り向くと、そこには古鉄君の家で使用人をしている赤メイド、本子がいた。
「あ、えっと……」
「もとこ、です」
「そう、本子さん。どうしてここに?」
「古鉄様の手伝いとしてです。今開けます」
本子はそういうとドアノブを捻った。向こう側からカチャリと音がしてドアが開いた。
「手伝いってなにのです?」
「そこにあるのが理由です」
本子が足元を指差す。そこには古鉄君の地下にあった部屋にあるのと同じ魔法陣が描かれていた。
私はそのすぐそばにあるベンチに腰かけた。本子はその少し前に立った。
「この魔法陣って」
「はい。あの部屋のと同じです。私は朝からこれを描いておりました」
「へぇ……」
「先ほど古鉄様が素材を集めると言って出て行かれたのでもう少々お待ちください」
「本子さん、貴女は何かできないの?」
「と、いいますと?」
「死霊魔術とか。黒魔術とか」
「できなくはないですが……古鉄様からお力を頂いたのみなので古鉄様ほどの事はできないです」
「えっ?でも出来るの?見せてください!」
私は広げかけた弁当をそのままに立ち上がり赤メイドに詰め寄った。
本子は少々困惑した顔をしながら、
「私の場合はあの口寄せの術に等しいですが……いいでしょう」
本子は急にきりっとした顔つきになり、
「では僭越ながら本子、やらさせていただきます」
そういうと本子は魔法陣の中央に立ち、メイド服を翻し地面に向けて印を結んだ。
「ハッ!」
小さく叫び、地に両手をつける。
すると昨日と同じ様な閃光が走り、私の目を眩ませる。
……光が止まると、そこには少女が正座で座っていた。
和装っぽい恰好に、鮫(……なのか?)の被り物。そんな恰好の少女だった。
手にはご飯がこんもり盛られた茶碗、その上に明太子。どうやら昼食中のようだ。
その少女は自分が召喚されたことにも気づかず、黙々とご飯を食べていたが、
ふと前を見た時に景色が違うことに気づき、ようやく声を上げた。
「おわっ!?こ、こここここどこだぁ!?」
ほっぺたにご飯粒がついているのもそのままに、あたりを見渡す。
少女に本子が近づき、話しかける。
「お久しぶりです。八坂様」
「ん?おぉ!誰かと思えばゾン子の本子かぁ!久しいなぁ!なんだ、あたいの事を本子が呼んだのか?」
「はい。左様で御座います」
「なぁんだぁ!そうならそうって言ってよぉ。あたいともあろう神がそんなオカルト研究会ごときに呼ばれたと知られちゃああたいのメンチョに傷がつくからなぁ!」
「八坂様、恐れながらメンチョは顔にできるおできの事です。正しくはメンツかと」
「……そ、そうともいうなぁ!あたいともあろう神は細かいことは気にしないのだぁ!」
……あっけにとられる。
本子が魔法陣から呼び出した鮫……っぽい被り物をした少女はケラケラと笑い、残りのご飯を食べ進めた。
「もぐもぐ……ふぉんんふぇ、ふぉふぉのちっふぁいはふぁれふぁんふぁ?」
「なんか何言ってんのかわかんないですけど失礼な事言ってませんか?」
「んぐっぐ……ふぅ。いやはや。そこの人は誰なんだぁ?って言ったのさぁ」
「私この高校の新聞部の伊吹颪愛華と申します。それで、貴女は……?」
「あたいかぁ?あたいは八坂のフカ。気楽にフカちゃんって呼んでくれてもいいぞぉ」
フカと言った鮫の被り物をした少女はどこからかちゃぶ台を取り出し、茶碗を置いた。
「フカ……さんは一体なんの神様なのですか?」
「あたいは鮫の神さ。んでこの子はあたいのペットのウサギ」
今まで気づかなかったがすぐ隣に座っている白い綿のようなものがもぞもぞと動いた。確かに兎だ。
私がちゃぶ台の上に置いてある茶碗を見ていると、フカが立ち上がった。
「なんだよぉ、あたいら神だってお腹もすくしご飯も食べるんだぞぉ!……それで?あたいをどうして呼び出したんだ?」
「え、あ、それは……その……」
「私が、またお力を借りたくてお呼びしました」
「んん?またかぁ?」
「はい、またです」
「ふっはー、しょうがない奴だぁ……ほら」
フカが手を差し出すと、そこには何かの肉片が転がっていた。
本子がそれを手に取ると、一息で口へ放り込んだ。
「おぉ!相変わらずいい食いっぷりだぁ!」
「そんな……はしたない姿をお見せしまして……」
「いいぞぉいいぞぉ!あたいのような神は本子のそういう勢いが好きなんだぁ!」
本子は顔を赤くし、うつむいて照れている。
……仮にも生きているとはいえ死体に霊が入っている状態のゾン子なのに、私のような人間より人間らしい。
そして私は先ほどフカから発せられた台詞の衝撃を今更受けた。
「ってか鮫の神!?神!?ええっ!?」
「ふっはー!本子!こいつのリアクション面白いぞぉ!」
「ええ。昨日から愛華様は驚きっ放しですわ」
私のリアクションがツボに入ったのか、ゲラゲラと笑うフカ。
こんなひょうきんな神もいるもんだ……と私は神の存在を疑う以前に感心していた。
「ところで。私は無信教で神の存在は信じていないのですが」
「ほぉ」
「貴女は本当に神なのですか?」
「見たらわかるだろぉ?このこーごーしい御姿をぉ!」
立ち上がりくるくる回るが、全く神々しいとは思えない。
「そうならそうなのでしょう……」
「むっ、なんか信じてないなぁ?」
「信じてます。それで、本子さんに何を渡したのです?わたし、気になります!」
「肉体を維持するためのモノだよぉ。本子も一応ゾン子だからね、時間と共に肉体が腐ってきちゃうのさぁ」
「古鉄様が最初は八坂様の召喚まで行っていたのですが、最近は古鉄様のお手を煩わせるのが……」
ホロリと涙を流す本子。人間より感情深い……
それにつられてわざとらしく涙を流すフカ。
なんだろう、人外は人外で通ずる電波でも出ているのだろうか、とても興味深い。
「……ところで、そろそろ昼休みも半分過ぎようとしているけど古鉄君はまだですかね?」
「ん?こてっちゃんならもうすぐ来ると思うよぉ!」
フカが言い切る前にドアが開き、段ボール箱を持った長身のボサボサ頭がぬっと顔を出した。
その後ろを和服に身を包んだおかっぱ頭が同じように段ボールを持ちついてきた。
「おや、皆さまおそろいで。愛華さん、お待たせしました」
「およ、鮫の神じゃあないか。久しいねぇ」
「ふっはー!セトちゃん!めっちゃ久しいなぁ!」
「ちょ、抱き着くな……!」
フカがセトに飛びつき、頭を撫でまくる。
一方セトは顔を真っ赤にしながらフカを引っぺがそうと必死だ。
「フカちゃん、セトさんから離れてください」
「なんだぁ?こてっちゃんあたいにこれやられたいんだろぉ?うりうり~」
セトを離すや否や同じ勢いで古鉄君に飛びつくフカ。
「やめっ……!やめてくださいよ!」
勢いで尻餅をつく古鉄君。その様子をみて微笑む本子とセト。
……この場にいるとなんだか私が空気だった。