2.記者、奇術を見る
「へっ……?」
おそらく私は面白い顔をしていたのだろう、古鉄君は小さく笑い、繰り返した。
「僕と、お友達になってください。……嫌ですか……?」
「嫌じゃないよ。よろこんで」
「よかった……」
安堵した表情を浮かべる。さっきまでこんな表情しなかったのに……
「これからわからないことあったら、頼ってもいいですか……?」
「もちろん、情報通の私に任せなさい!」
私は自分で言うとむなしくなるが、無い胸をわざとらしくとん、と叩いた。
すると、古鉄君は神妙な表情をして私に問いかけた。
「あと……これから見せたいものがあるんですが……これは記事にしないで欲しいんです」
「どういうこと?」
「とにかく、そういうことです」
「ま、まさか古鉄様……」
後ろでじっと座っていた本子が口を開いた。
その表情は主人に新たな友人が出来た喜びの顔ではない。
なにかしてはいけないことをしでかすのではないかと危惧するような驚きの顔だ。
「アレを見せるのですか?」
「うん……この人からはあの波長が感じられないんだ。この人になら、大丈夫」
おや、なんだか私は彼にとても信頼されているのだろうか?あの波長と言うものが気になるが……
私は気に留めず鞄にメモをしまうふりをしながら、ICレコーダーの電源を再度入れ直した。
「あの、愛華さん」
「はいはい、なんですか?」
「ちょっと……ついてきてもらってもいいですか?……こちらへ」
古鉄君はそういうと立ち上がり、赤メイド、本子から懐中電灯を受け取り私の背後にある扉を照らした。
「無論、先輩に危害は加えません。……どうぞ」
普通の人間なら、先が真っ暗な部屋に入れと言われて入るようなことはしないだろう。だがしかし私は違った。扉の向こうから漂ってくる香りに私の鼻が反応した。香る、感じる。
「……ネタの匂い」
もちろん、そんな匂いは実際には存在しない。
だが他人に説明が付かない……これを第6感と言うのか記者の勘と言うのか……とにかく、私はこの先に入ってみたかった。
「何か言いましたか?」
「いえ何も。それじゃ、案内してください」
「では……足元に気を付けて」
古鉄君が扉を押す。そこには石で造られた下に伸びる階段があった。古鉄君が先に歩き、私がそれについていく。その後ろを赤メイドの本子、おかっぱ着物のセトが歩いている。
「この家に地下があるんですね……」
「この家は父が設計して建てられたんです。研究に使える土地だからとかなんとかと言って」
「へぇ……」
先ほどから古鉄君は俯きがちに話すせいか、とても表情がうかがえない。
さっき見た限りでは古鉄君は学校一とも称せる顔立ちだ。それとすらりと伸びた長い指に猫背を直せば映えるであろう長身。
……この表現は私は好きでは無いが俗にいう「イケメン」というやつだ。しかし折角の素材を彼が潰している。いやこれもこれで悪くはないのだが……
随分長いこと階段を下りている気がする。
私の時計を見ると2分を過ぎようとしていた。螺旋状の階段の為か、降りるペースはそんなに早くないのかもしれない。
「ねぇ、古鉄君……?」
「なんでしょう」
「見せたいものってなに?」
「じきにわかりますよ」
階段が終わり、木製の扉が現れた。
古鉄君が扉に手を掛けようとした時、
「てっちゃん」
私の背後でずっと黙っていたセトが口を開けた。
「なんだいセトさん」
「本当にいいのかい?」
「ああ。愛華さんにはあの波長が存在しない。見ても大丈夫さ」
そういうと古鉄君は木製の扉を開けた。
そこには、とても言葉では言い表しにくい物が大量に存在していた。
石でできた壁には、たくさんの薬草、干物と化したネズミ、鉱石などがかけられており、
木で作られた机には十字架と大量のフラスコと得体のしれない液体、瓶の中には何かの目玉がごろごろと入っている。
また床には部屋のスペースの大半を占める巨大な五芒星が描かれていた。
そしてなにより目が釘付けになったのは天井につるされている「人の形をした何か」だった。
こんな光景、雑誌でしか見たことが無いが、まさか……
「黒魔術……!?」
「はい。黒魔術です。もっとも、そんじょそこらの黒魔術とはわけが違いますけどね……」
古鉄君が部屋の奥の机に腰かける。
「僕は死霊魔術師です。死んだ人の霊や精霊を受け取り、器となる生き物の中に入れて仮初の命を注ぐ……」
「最近じゃあネクロマンサーというんだがね」
セトが散らかっているもう一つの机を片付けながら続けた。
「それで、てっちゃん。どうしてこのお客人はわっちが見えるんだろうね?」
「分からないから正体を明かしたんじゃないか。本子もセトさんも見える……愛華さん、貴女一体何者なんですか?」
……無音。
私の回答を待っているのか、古鉄君のまっすぐな瞳が私を貫く。何故だろう、私にもわからない。
私はそんな黒魔術とかそういうのには縁が無かった。ただ少し興味はあった。
「わ、私はただの女子高生で……」
「そもそも、どうして僕に興味を持ったのですか?」
「そりゃあだって……転校生の噂を聞きつけたから……」
「転校生?それなら尚更。僕は黒魔術で他人から興味を持たれないようにしていたのです。無論、興味を持たれないから友達もいない。転校生だからと言って僕によって来られても何れは離れていく……」
「でもさっき私と友達になろうって……」
「それは僕の黒魔術の最終形態なんです。その言葉を僕から聞いた人は決まってのたれ苦しみ最終的には死に至るレベルの言葉なんです。ほとんどの人はそれを本能で察知して近づかなくなるはずだったんですが……」
「なぜか私にはその黒魔術が効かない、ってことかしら?」
「そういうことです。他にも、黒魔術で家を消しているしもし見えても人が寄りつかないようにボロ家にしてるし、どうして……」
古鉄君が頭を抱える。
「そ、それが何か不都合なのですか?」
「不都合もなにも、僕が、黒魔術で失敗したことのない僕が初めて人に興味を持たれてしまったこと。それが不都合なんですよ……」
「あ、そ、そうでしたか……」
「学校で最初は注目されても、会話を遮断すればそれ以上情報の交換をしようと思う人はいない、なのに愛華さんはグイグイと僕の事を聞いてくる」
「そんなに嫌だったんですね……失礼をしました」
「違うんです。聞かれることは嫌なことじゃないんです。なんで愛華さんだけには僕の魔術が通用しないんだ……どうして……」
頭を抱え震えだす古鉄君。
それを見てか本子さんが粉末と水をどこからか取り出し、古鉄君に差し出した。どうやら薬のようだ。
一気に薬と水を口に含み、頭を大きく振ってから飲み干した。
「……っと。取り乱してしまい失礼しました」
「ううん、大丈夫。それで、どこまでが本当ですか?」
「全て本当です。僕が死霊魔術師であること、セトさん、本子が死体に魂を入れた『ゾン子』であること……」
「ぞんこ?」
「はい、ゾン子です。呼び出したい霊とシンクロする死体を探して生命体とする、その死体の事です」
「じ、じゃあ本子さんもセトさんも……!?」
「はい、元ははるか昔に死んだ人間か何かの霊です」
「じゃあ……お化け!?」
私の体から汗が噴き出る。
現実にそんなもの無いと信じていたのにどうしてどうしてどうして……!
背後からぬっと本子が私にささやいた。
「安心してください。ちゃんと成仏していますから」
「で、でもここに……!」
「私は古鉄様と契約をしてここで使用人として働いております、どうぞ」
本子が私に手を差し出す。
恐る恐る手を取ると、きちんと手に触れることができた。しかも暖かい。
「えっ、暖かい……!?」
「僕の死霊魔術は高性能ですから。仮初とはいえ実際の人間に近いレベルまで近づけることが可能なんです」
「へぇ……」
「他にもゾン子はいるんですけど、その本子が最も死体と霊のシンクロ率が高くて。魔術の実験の手伝いもやってもらってるんです。セトさんは僕が契約した訳じゃないんですがどうしてか居たんです」
「おや、わっちの事を忘れよったかえ?」
「いえいえ。お世話になってます」
「へぇ。家族みたいなものなんですね」
「そうです。僕にとってはゾン子は家族です」
「あ、あの~愛華様……そろそろ手を……」
声がした方向を見ると、本子が私を見つめていた。
薄暗く細かい表情は見えなかったが、少し顔が赤かった。
「あ、あ、あっ、ごめんなさい」
死体とはいえ霊が入れられていて、生きている。
普通の人には見えないらしいが、ちゃんと人間っぽく生きているのだ。
「……まぁ、信じないですよね。こんな話」
「いいえ。信じます。古鉄君が嘘をついているとは思えません。……ただ」
「ただ?」
「古鉄君が死霊魔術師であるという証明としてではありませんが、私に死霊魔術を見せてください。これは単純なる興味です」
「……ふふ、いいでしょう。僕のゾン子の1人を愛華さんに紹介しましょう。本子さんお願いします」
「はい、かしこまりました」
古鉄君と本子はそういうと机を石壁の隅に追いやった。
セトはいつの間にか五芒星の周りに蝋燭を並べ、生贄となるであろうネズミの干物を五芒星の周りに並べていた。
私はその無音、無言で繰り出される光景に押され、壁に張り付くようにそれを見ていた。
「……準備ができました」
本子が古鉄君に言いながら、梯子を使って天井に上る。
古鉄君が黒いマントのようなものを羽織る。手に持っているのは十字架と……油揚げ。
「それって……油揚げ?」
「はい。油揚げです」
そういうと油揚げを五芒星の中心にそっと置く。
すると描かれた五芒星に激しく輝く光が差し込んだ。
本子が天井に吊るされた「人型の何か」を支えている紐を切ると、五芒星に「それ」が吸い込まれていった。
激しい光が狭い部屋を照らす。私は両手で顔を隠し、指の隙間から魔法陣を見ようとしたが、人型の影が起き上がるところで私の意識が消えて行った。