1.記者、奇人に出会う
「ふぅ……始業に間に合った……」
チャイムが鳴り終える直前に教室へと飛び込む。
皆まだ席に着いておらず、各々が各々の友人と会話を交わしていた。
「ふむ、噂やニュースの匂いは……ゼロ、か」
私は机に鞄を置くと、友人たちの会話に混ざりこんだ。
「おはよう」
「あっ愛華。おはよう。新聞部大変そうだね」
「いや~……正直辛いよぉ」
「記事読んでるよ~愛華の記事読みやすくて大好き!」
「えっ、そぉ?ありがとう!」
他愛もない会話。
そこからネタというものは見つけるものだ。私はそう部長から言われてきた。
……噂話でも聞いてみるか。
そう思った私を遮るかのように先生が教室へはいってきた。
他愛もない会話。それって本当に他愛もないことが多すぎる。
ネタを見出すなんて……
私は先生のいつも通り事務的に繰り出してくる言葉に適当に相槌を打ちながら聞いていた。
授業が終わり、次は移動教室だ。
私は何気なく外を見ながら歩いていると、他クラスの女子生徒2人の会話が耳に飛び込んできた。
「そうそう、この学校に転校生がやってきたらしいよ」
「えっこんな時期に?男?女?」
「それまではわかんない。1年生のD組に加入したんだって。見に行く?」
「行こ行こ!!」
その話を聞いた私のレーダーが反応する。この時期に?
私の鼻がひくひくと動く。香る。感じる。
「……ネタの匂い」
腕時計を見る。まだ次の授業まで5分ある。見よう。転校生がどんな子か。
私は走った。先ほどの女子生徒2人を追い越し、階段を駆け下り、D組へと向かう。
……いた。人ごみがあるからわかる。その子はその人ごみよりもひとつ頭抜きんでている。
男の子だ。えらく草臥れた格好をしていて、髪の毛もボサボサ。頭ひとつ出ていても背筋は伸ばしていない。
そして7月だというのに学ランを着ている。暑くないのだろうか。
女子生徒2人がやっと追いついてきた。
「えっなになに?あの子?うわっ、暗そう……」
「想像してたのとちょっとどころかだいぶ違うね……」
何の想像をしていたのだろう、女子生徒達は帰って行った。
しかし私の中で俄然漂うネタの香り。
「あの子には……絶対何かある」
なぜだかわからないが私の中にそういった自信があった。
とりあえず授業に遅れてしまうため、私は1-Dを立ち去った。
私は気になったことはとことん調べる、という性格だ。
興味を持ったものには真相を手に入れるまでグイグイ突き進む。
友人はそんな状態になった私の事を「スッポン」と呼ぶ。食いついて離さないからだとか。
新聞部への入部もそんな私の性格を聞いてか、部長が私を探して勧誘しに来たのだ。
その時は部員が10人を超える部活だったのだが……
今の私にはあの子が気になって仕方がない。無論ジャーナリストとしての性だ。
「伊吹颪!何寝てんだ!起きろ!」
「むにゃ……ぶちょー……しめきりはまだですよぉ……」
「伊吹颪!」
先生の声で我に返る。
……すっかり忘れていた。授業中だということを。
長かった授業も終え、部活の時間。私は1年生が使う昇降口を見張っていた。
勿論、あの転校生から話を聞くためだ。
「ふむ……いないですねぇ」
張り込むこと10分、部活に所属していない生徒は既に下校しているはずなのに、あの転校生君は見つからない。
「まだ教室にいるのかな……」
転校の噂はまだ新鮮、つまり部活にはまだ所属していないはず。
私は1-Dに向かった。そこには人っ子一人いなかった。
「およよ……おかしいですねぇ……」
教室を出て、ふと外を見る。
歩道を歩く人影。その人影に私は焦点を合わせた。
「……あ」
いた。ボサボサの頭、夏なのに学ラン、あの子だ。
私は1-Dに放って置いた自分の鞄を引っ掴み、校舎を飛び出す。
歩道に出る。あの子はゆっくりと歩いていたはずなのに、もう遠くにいる。
私は彼の背中を追いかけて走った。遠くにいる彼は左へ曲がり、門をくぐった。
そこにはどう見ても廃墟にしか見えない家が建っていた。
「あれが家……?」
門の前に来ると、立ち入り禁止の看板と草が生え荒れ放題の庭が目についた。
学校の近くなのにこんな廃墟があったなんて……
門にはインターホンもない。ただ「名屋」と辛うじて読める表札があるだけだ。
私は錆びついた門を開けた。
「ごめんくださーい……」
門をくぐると少しかび臭いにおいが鼻をくすぐる。開きっ放しのドアから顔を少しだけ入れる。
中は真っ暗で、何も見えない。
「転校生く~ん……新聞部の者ですけど~……」
声は暗闇に吸い込まれるかのように消えた。
人の気配を感じない。誰かいるならそれならそれで反応があるはず。なのにそんな気配さえ感じられない。
「おっかしいなぁ……さっき確かにこの中に入ったはずなんだけど……」
「何か御用ですか」
「ひぇっ!?」
いきなり声がして顔を照らされた。懐中電灯を持った人影は私が探していた転校生君ではない。
だがしかし暗くてその姿は分からない。
「あっ、あの……私彼と同じ学校の者なんですけど……」
「そのようですね。古鉄様を知っているような口ぶりでしたから」
「こてつ……?」
こてつ、それが彼の名前らしい。
声から察するにこの人影は女性だ。私より5つくらいは年上だろう。
「えっと、なや、こてつ……君でいいんですかね?彼に聞きたいことがありまして」
「はい、名屋古鉄。それが主人の名前です。ところで貴女は……」
「あっ、私伊吹颪愛華と申します。古鉄君と同じ学校の新聞部に所属しております」
「はい、愛華様ですね……ただ今主人を呼んでまいります。そちらにかけてお待ちください」
やっと暗闇に目が慣れてきた。女性が指示した先にはレトロな感じのソファーがあった。
私がそこに座るのを見届けると、女性がうなづき、立ち去った。その女性は赤い髪に赤いメイド服を着ている。使用人だろうか。
「うーん……実はとってもおぼっちゃま……?いやでもまさかこんな廃墟みたいな場所に……」
見渡すと、内部は外からは想像もできないくらい綺麗に掃除されている。さっき感じたかび臭さも全くない。
薄暗がりだから全容は見れないが、視界に入る物はすべてピカピカに磨かれている。
「す、すごい……」
「おや、お客人かえ……?」
背後から声がする。
振り向くと着物を着た背の小さいおかっぱ頭の女性が階段を下りて来ていた。
「あっ、あのっ、私……」
「話は聞いていたよ。伊吹颪……また懐かしい響きだねぇ」
口ぶりがとても古臭い。しかし見た目は私よりも年下だ。
「私の名前……同じ苗字の人でもいるのですか?」
「いいえ?少し懐古の念に抱かれただけだよ……」
「あっセトさん!そこにいらしたんですか?」
声のした方を見ると、さっきの赤メイドがいた。
着物を着たおかっぱ頭の人はセトと言うのか……この人も使用人なのかな……
「おや本子さん……お客人待たせてるよ?てっちゃんはまだかい?」
もとこ、と呼ばれた赤メイドがゆっくりお辞儀をする。
「いえ、古鉄様はもうすぐこちらに……」
「本子、お客さんってのはどこにいるんだい?」
暗闇からぬっと出てきたのは、少し背の高い男。Tシャツにフリースを羽織り、ジャージに身を包んでいるが、あのボサボサ頭と猫背。あの転校生君である。
「あっ!君が転校生の名屋古鉄君だね?」
「そうですけど……貴女は?」
「古鉄様と同じ中学の新聞部の方だそうですよ。聞きたいことがあるそうです」
私が名乗る前に本子が答える。
ボサボサの髪の毛でほとんど見えない目がゆっくりと開く。
「ぼくに……興味を持つ人?」
まるで黒船を見た江戸時代の商人のような、そんな顔をしていた。
「興味なんて……そんな」
「転校生君にはいくつか話を伺いたくて。それでここまでやってきたのですよ」
私は鞄からメモ用紙と愛用の万年筆を取り出し、取材の用意を始めた。
「……何を話せばいいのですか」
「と、とりあえず古鉄様、椅子に腰かけてはいかがですか?」
「おっと、そうだね……」
古鉄君はなんだかぎこちない動きで対面のソファーに座る。
本子とセトがその後ろの小さい椅子に腰かける。
「それで、何を話せばいいのですか?」
「そうですねぇ、貴方が転校生と言うことで、少しだけ過去の話をしてほしいかな、って。
ああもちろん話したくないのならいいですよ?辛い記憶があるのなら……」
「いえ、それはないので構わないですが……いいんですか?話しても……」
古鉄君が後ろをチラリとみる。
本子とセトに同意を求めているのだろうか。
「古鉄様がよろしいというのであれば、私どもは何も言いません」
「……だそうです。ご自由にどうぞ」
「そ、そうですか……」
私はICレコーダーを取り出し、録音を開始した。
「えー……おほん。それでは取材を始めます。名屋古鉄さん」
「はい」
「まずは我が校にようこそ」
「あ、ありがとうございます」
「転入してきてまず思ったことを正直にどうぞ」
「噂に五月蝿い人たちばかりだなぁって」
「あぅ……それは酷いです」
「あと、これから友達になれそうな人はいないと感じました」
「そ……そうですか。では……
……それから15分。
私は用意しておいた質問、主に趣味とか得意教科等の質問を終えた。
「はい、これで質問はおしまいです」
古鉄君は少し疲れたのか、小さくため息をついて私に問いかけた。
「あのー僕以外の転入生とかにもこうやってインタビューしてるんですか?」
「いいえ、私が単純に君のことを気になったから、やったまでのことです」
組んでいた手をほどいて、古鉄君が膝に手を乗せた。
「えっと……伊吹颪さん」
「苗字言いにくいでしょ?下の名前でいいよ」
「じゃあ……愛華さん、さっきの質問で言ったことを1つ訂正します」
「えっ?」
「友達になれそうな人……見つけました」
ボサボサの髪の毛をかきあげ、古鉄君は私に微笑みかけた。
……想像していたよりも顔立ちがよく、まっすぐな瞳が私を見つめていた。
「良かったら……僕と友達になってくれませんか……?」