2.記者、殺す
階段を駆け下りている途中、鮫の神、八坂のフカがいた。
「フカちゃん!?」
「お……おぉ、愛華」
フカはどことなく元気がなさそうだ。頭にかぶっている鮫も目を伏せている。
「古鉄君はどうしたんですか?」
「こてっちゃんは実験室だよぉ。愛華、急いで」
そういうとフカの姿が頭からゆっくりと消えて行った。
私はフカのいた場所に手を伸ばす。何もない。
いや、足元に何か転がっていた。手に取るとそれはわずかに拍動のようなものを感じる。
これは……セトが言っていた肉?
「急いで……?」
フカの言葉を思い出し、肉を手に再び階段を駆け下りた。
長い長い螺旋状の階段を下りきると、そこには以前も見た木製の扉が立ちふさがるようにあった。
そして……セトがいた。
「来たね」
「セ……ト、さん」
「てっちゃんはこの先だ。わっちは見届けることしかできん。愛華、なんとかしろとは言わないよ。でも、最期くらい看取ってやってくれ」
「……はい」
重い扉を開けると、そこには以前の通り、石造りの部屋に床には魔法陣が書いてあった。
そして部屋の奥においてある机に古鉄君は倒れていた。
「古鉄君!」
私は魔法陣をよけ、古鉄君に駆け寄る。
古鉄君は膝を抱くように横になっていて、私が駆け寄るのを見てか、体を少し起こした。
「んっ……まな、か……さん」
「古鉄君!何があったんですか!」
古鉄君は肩にあてられた私の手をとり、ゆっくりと机から降りた。
「僕には……もう時間が無かったんです」
「時間がないって……!」
「セトさんから聞いていたのでしょう?肉の話を」
「ええ。だから今こうして」
私は古鉄君に持っていた肉を差し出した。
しかし古鉄君は受け取ろうとしなかった。
「……僕には、もう必要のないものです」
「どうして!」
古鉄君は魔法陣に手をあて、ゆっくりと話し始めた。
「僕がやりたいことは、すべて終わっています。僕は生まれた時から記憶がなかった。どうしてか生まれた時からセトさんといたんです。セトさんは僕に僕の過去がどんなだったか教えてくれません。僕はゾン子と同じで、また黒魔術師だった。それだけしか教えてくれなかったんです。だから僕は人間のふりをした。でも姿かたちが一切成長しない。だから人間のふりをしていても怪しまれた。僕はそれから人目を避けるようになりました」
一度深く呼吸をしてから、古鉄君は続けた。
「……でもゾン子に心を吹き込んだように、僕にだって心はあります。普通の人間のようにしたい。最後の3日間くらい人間のようにしたっていいじゃないか……って」
「それが、私の学校への入学理由、ですか」
「ええ。全校生徒に黒魔術をかける大規模なものでした。そこで計算違いが起きたんです」
「計算違い?」
「愛華さんが僕に興味を持ったことです。そして僕も、愛華さんに興味を持ってしまったこと」
「えっ?」
私は魔法陣に手をついたままの古鉄君の横顔を見つめる。
「生まれてから十数年の間、夢を見てるんです。女の人が僕に手を差し伸べる夢。その女の人は顔は見えないのですが、なぜか夢を見た後は落ち着くのです」
「その夢と私、どんな関係が?」
「似てるんです。その人と愛華さんが」
「似てる……」
古鉄君が手を放すと、魔法陣が大きく光りだした。
そこに古鉄君はゆっくりと足を踏み入れた。
「僕は、愛華さんの事が好きになってしまった。でもそれだと3日の制限を耐えられない」
「……、……」
「だから、僕は愛華さんに最期を見届けて欲しい。愛華さんに終わらせてほしい」
古鉄君が髪をかき上げる。その目には、大粒の涙が輝いていた。
「おかしいですよね。変な事お願いするなんて。おかしいですよね……死体が涙を流すなんて」
「おかしくないです」
私は、魔法陣の中に踏み込んで、古鉄君を抱きしめた。
「ひとつやり残したことがあるんじゃないですか?私、古鉄君の為に記事を書いたんですよ?」
「あ……そうでした。ありがとうございます。向こうでじっくり読ませてもらいますね」
「え、何を言ってるんですか。すぐに読んでください」
私は古鉄君に新聞を押し付けた。
古鉄君は光り輝く魔法陣の中で、新聞に目を通した。
「はっはは。愛華さんらしいや」
「笑っていただけて光栄です」
「……愛華さん」
古鉄君が私を見つめる。これまで見たことのない真剣な表情だ。
「どうか愛華さんの手で、僕を終わらせてください。もう、誰も悲しませたくないから」
「……わかりました」
私の目の前で、魔法陣が放つ光が一層強くなった。
「さようなら、愛華さん」
私は古鉄君の真似をして魔法陣に手をついた。
次の瞬間、私は学校の門の前に立っていた。
「……あ……っ」
空を見上げる。夏真っ盛りの空が私を照らしていた。
私の鼻が、第6感が、私に告げる。彼は、消えたと。
頬に伝う何かを確かめもせず、私は空につぶやいた。
「さようなら、私の最高の死霊魔術師さん……」




