おや、ボク、こんなところでどうしたんだい?
やぁやぁ、ボク、こんなところでどうしたんだい?
お兄さんはね、海洋学者なんだ。
そうは見えない? 酷いなぁ。これでも、一端の海洋学者なんだから。
え? 違う? お兄さんじゃない? これはちょっと許せないなぁ、こう見えてもまだ26才なんだよ?
そうだ、ちょっとお兄さんと話をしようか。
ああ、あまり期待しないで、そんなに面白い話じゃないかもしれないから。
そうだね、ボク、名前――は聞く必要が無いね。どうして、こんなところ――海にいるんだい?
だってホラ、ここは一般人立入禁止だよ?
いやだから、お兄さんは海洋学者でね、今日は待ちに待ったホオジロザメの調査なんだ。部外者じゃないだろ?
あそこに船が見えるかい?
あの船にはね、お兄さんと趣味の合う優しいお兄さんやお姉さんがいるんだ。
それにあの船は興奮したサメが間違ってぶつかって来ても、ひっくり返らないし、壊れないように、とっても頑丈に改造してあるんだ。
サメはね、すごく怖くて恐ろしいんだ。
でもそれは海の中に居る場合の話さ。
エサを投げ込んだらとても高い水柱が上がってね、断末魔の悲鳴が聞こえるんだ。
お兄さんはその光景が大好きでね、良いエサが手に入ったらサメの調査に行くんだ。
おや?
どうしたんだい、急に泣き出したりして。お兄さん困っちゃうでしょ。
うーん、困ったな。
そうだ、お兄さん達と一緒に海に行こうか。
もちろん、サメのエサやりも。
実体験させてあげるよ。
ねぇボク、泳げる?
泳げるのかー。すごいね。もし海に落ちても大丈夫かも。
でも、お兄さん的には困っちゃうな。
んー、今までは泳げないのばっかりを捕まえてエサにしてたからなー。
そうだ、マグロ解体用の大きい包丁があったっけ。
足が無かったらうまく泳げないよね。
ん?
切り落とした足を海に放り投げたらサメがいっぱい集まって来るよね。
あー、今までその考えは無かったよ。
もしかしてお兄さん天才? さすが学者?
アハハハハハハ、やだなー、もう。全部嘘だよ。冗談冗談。
あ、今から調査なのは本当だけどね。
だから今日はもう、お母さんのところにお帰り?
お兄さんみたいな人に本当にさらわれないように、ね?
じゃあね、ボク。
……なにかな?
悪いけど、もう君に付き合ってられる時間は無いんだ、その手を離して? ね?
……うーん、困ったな……。
お兄さんも遊びじゃないんだ、本当に袖から手を離してくれないかな。
うわ、君の手、冷たいね。潮風に当たりすぎたんだ。今日はもう、本当に帰った方がいいよ。
もう、一体どうしたいのさ? ついて来たいの?
はあ、特別だよ。
本当はいけないんだけど、今回は特別だからね? お友達には話しちゃダメだからね、いいね。
このお兄さんが、お兄さんの先輩のウィリアムさん。皆はビル、って呼ぶんだ。
こっちの美人のお姉さんがマーガレットさん。愛称はメグ。安心しなよ、二人とも日本語は達者だから。
聞いてごらん? 今日は良いエサが捕れたのかい、って。
……うん、今日も極上のが捕れたみたいだ。
そりゃあまあ、活きの良い方がサメに投げたら面白いから、ピッチピチの奴を用意するさ。できれば、エサは生きているのが望ましい。
ああ、エサがなんなのかは企業秘密だよ。お兄さん達のひ・み・つ。
これは救命胴衣。ちゃんと着けてね。
そうじゃないと……サメに食べられちゃうぞー!
……ってね。
それじゃあ、出港だ。
君、海は初めてかい?
違う?
でも、顔色が悪いよ。死人みたいだ。やっぱり陸に戻るかい?
大丈夫? そう。でも、無理はしないでね。
さあ着いた。
ここいらにはサメがうじゃうじゃいるんだ。間違って落ちたらまず生きて陸に帰れないだろうね。
それどころか、陸に帰るのも無理かな。
よくアニメとかでピラニアに人間や犬が食べられたりしたときに骨が浮いてくるけど、あれは間違いだからね? 骨は水より重いんだ。それに、サメはあんなきれいに食べないしね。
なのにさあ、ボク。どうしてビルさんを船から突き落としたりしたのかな?
ホラ見て。骨すら残らないんだ。
なにかな?
あぁコレ? これはエサだよ。これを投げ入れかけたから血が落ちたのかな、サメが寄って来ちゃったんだ。
ああ、メグまで!
ボク、一体なんなのさ!? お兄さん達が何をしたって言うんだい!?
……このエサがなにかって、言えば良いのかい?
え? 知ってる?
そうかい、ならボクもエサだ。
そうだよ、これは人間の腕さ。
サメを呼び寄せて本体を投げるのさ。
あの恐怖に歪む顔! 憎悪に染まる悲鳴! それを突き破るように喰らうサメ! あれはもはや芸術さ!
さぁ大人しくしてね。ボクは足から切り落とし……て?
あれ? なにこれデジャビュ。
ボク、どっかで……。
もしかして、この前のエサかい? 生きてたの?
でも関係ないか。
ボクは今からまたサメのエサだから。
それはどういう理屈だい? どうして、包丁がボクをすり抜けるのかな?
なにかぶよぶよしたものを切り付ける感覚はあるんだ、そう、水死体みたいな。
まさかボク、幽れ
うわぁ――
ザバァ――――ン
ばしゃばしゃばしゃ――――
助け、助けて、助けて! サメが、サメが足元にいるんだ!
お兄さんが悪かった! お兄