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第一話:堕ちてきた天使 その3


「じゃあ名前をつけてくださいです」

「キミ、名前がないの?」

「天上界での真名はあるですが、それは人間には教えてはいけないのです。堕天使となった今は降臨する人に命名してもらう決まりなのです」

 名前かあ。ごっこ遊びだったら自分で名前を付けるのってある意味ハイライトだと思うんだけどなあ。付き合うと決めたからには言うとおりにするけど。

「呼びやすくて、可愛くて、覚えやすくて、セクシーダイナマイツで、萌え萌えなのをお願いしますです」

「……それって条件が厳しくない?」

 とりあえず考えてみる。

「いちごとかサクラなんてどう?」

「ありきたりですね~」

 速攻却下ですか。

「じゃあエリザベスとかヴィクトリアは?」

「洋名でも構いませんがオリジナリティーが欲しいです~」

 女王の名前に贅沢な。

「ミケやタマは?」

「ネコじゃないのです~」

 ですよねー。

「メガイラにアレクトーとか?」

「ティシポネーがハブられてますよ~」

 なんで復讐の三女神なんて知ってるかな。

「ハルヒとかセイバーなんてよくない?」

「版権が絡むのは訴訟の可能性がありますが覚悟はあるですか?」

 ありません、ごめんなさい。

 ……さすがに疲れてきた。

「もう天子でいいんじゃない?」

 天使の女の子、略して天子。

 前を歩く女の子の足がぴたっと止まり、くるりと振り返りじっと見つめてくる。

 思わず視線を逸らしてしまった。小学生の女の子にメンチの切りあいで負けてどうする僕。

「……真面目に考えてくれてるです?」

「も、もちろん」

「仮にも堕天使ひとりの将来が決まるかもしれない名前なのですよ。ちゃんと考えてくれないと困るのです」

「じゃあ自分で好きな名前つけたらいいじゃん」

 こっちだってそれなりに考えている。そっちは端から否定するだけでいいけど。

 思わず口調が冷たくなってしまった。

「……自分で付けられたら苦労しないです。な、名前は、降臨者との、大切な、えぐっ、け、けいやく、ひっく、ずずずっ」

 しまった、泣かせちゃったよ。あう、そんな鼻水まで垂らして。

 困った。自慢じゃないけどこっちは女の子の扱い方なんて何も知らないのだ。ホント自慢じゃないけど。ましてや泣いている女の子をあやすなんて難易度が高すぎる。ハードモードを超えていきなりルナテッィクだ。

 アメとかチョコでもあげれば泣きやんだりするかな? 今持ってないけど。と、ここで思いついた。

「じゃあチロルは?」

「チロル?」

 お、泣き止んだ。ここは押そう。

「そうチロルはね、ちっちゃくってかわいく甘くておいしくてみんなの人気者なんだよ!」

「むー。でもちょっと語感が硬い気もするですね~」

 どこまでも贅沢な。

「じゃあ『ちろる』って丸っこく発音するからそれならいい?」

「ちろる……です? ……ちろる、ちろる、ちろる。いいかも~♪」

 女の子はその場で踊りだした。

 はー。めちゃくちゃ疲れた……。



 名前をつけてもらって機嫌が直った女の子――ちろるは、日曜日の人混みでごったがえす街をぐるぐると歩き回った。

 僕はおとなしくその後をついていく。

 あまりにも同じところを行ったり来たりするので理由を聞いてみたのだが「この辺りからだと思うのですけど、まだなのかもです」という意味不明な返事が返ってきたので、その後は放っておくことにした。

 そうやって午後をまるまる歩き続けて時刻はすでに夕方である。

 退屈しまくりの僕は脳内エディタで『正しい休日の過ごし方』という本をを書き終えていた。そこには朝寝坊から始まり、午前中の掃除洗濯から、午後の気ままな散策、いつもよりちょっと贅沢な夕食と少し遅めの就寝まで、完璧な一日が書いてある。

 おかしいな、予定では今日はこの本の通りになるはずだったのにどこで狂ったのだろ――

「感じたですっ!」

 ちろるがいきなり叫んだ。

「な、何を?」

「救済を求める人間のエナジーです!」

 ……うわー、電波ぁ。堕天使ごっこもそうとうなものだけれど。

 まだ小さいのにこれから大丈夫かな。彼女の未来に幸あらんことを微力ながら祈ることにする。

「初日からわたしはラッキーです~♪ これなら天上界復帰も早いかもなのです」

 もう暗くなってきたし、明日は月曜で学校があるもんね。ごっこ遊びも切り上げてそろそろ家に帰りたいよね。とは思っても口には出さない。

「それじゃあ変身するです」

「変身?」

「こんなふつーの姿じゃ説得力がないじゃないですか」

 どうせなら「この格好じゃ魔法が使えない」とか言えばいいのに。

 ちろるはきょろきょろと辺りを見渡すと裏通りに入っていき、飲食店の裏口で足を止めた。

 そしてドアの脇にある置いてあるポリバケツの前で足を止めると、ふたを開けて――この時間だと中は空だったらしい、おもむろにその中に入る。

 それにしても何でポリバケツ?

 変身、ようするに着替えなんだろうけれど、てっきりどこかのトイレにでも入るのかと思った。

「なんで変身する時にポリバケツに入るの?」

「クラーク・ケントだって電話ボックスに入ってたじゃないですか」

 ずっと感じてたけど、この子いちいち例えが古いなあ。

「じゃあ電話ボックスでよくない?」

「今は携帯電話の普及で電話ボックスを探すのも一苦労なのです、それにガラス張りだと外から丸見えで恥ずかしいじゃないですかぁ」

「まあ確かに」

 だからってポリバケツじゃなくてもよさそうなものだけれど。

 ちろるは躊躇なくしゃがむと内側からふたを閉めた。臭くないのかなーと思っていると、いきなり凄い音をたてながらポリバケツが左右に激しく揺れだし、最後に小さく飛び跳ねてからようやく動きを止めた。

 随分と凝った演出をする。

 ふたを開き「はう~」という息継ぎとともに顔を出したちろるは、さっきまでとは服装が変わっていた。

 純白のいかにも肌触りのよさそうな生地を使った神官衣のような服、それだけを見れば確かに天使に見える。しかし全身が黒革のベルトのようなもので縛られていて、まるで拘束されているような感じだ。なんというかSMチックで小学生にこの格好はまずいんじゃないかと思う。

 そして背中には半分に千切れたような羽がぴょこんとついていた。

 凝ったコスプレだなあ。

「それにしても、よくこんな狭い所で着替えられたね」

「着替えじゃなくて変身なのです。どうです、これで堕天使だって認めたです?」

 何を言うんだか、当然この衣装はあらかじめポリバケツに入れてあったに決まっている。

「堕天使ねえ」

 背中の羽をつまむ。

 ……なんだろこれ? 触っても材質がわからない。ほのかに温かくってまるで生きているみたいな。

「にゃう! 気安く羽を触らないでなのです。これは天使にとってアンチテーゼじゃなくて、アイアンメイデンじゃなくて、アンビバレンツじゃなくて」

「アイデンティティ?」

「そう、それです」

 言いながらポリバケツから出て来る。

「僕がふたを閉めておくよ」

 そう言いつつのぞき込んだポリバケツの中にはさっきまでちろるが着ていたパーカーやキュロットがない。重ね着してるのかな? しかしどう見てもそんな感じではない。

「早く行くですよー」

 疑問を残しつつちろるの後を付いて行った。



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