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第一話:堕ちてきた天使 その1


「メロスはなぜ走ったのか?」

 出典は昭和の文豪、太宰治の『走れメロス』である。

 中学校の教科書にも載っていたりするから、誰でも一度ぐらいは読んだことがあると思う。

 みんなはこの問いになんて答えるのだろう?

 あの時の僕と同じような答えではないだろうか。

 でもあの子の答えは違っていて、最初にそれを聞いた時、僕はただ呆れた。

 だけれども今ならあの子の言いたかったことはよくわかる。

 運命だとか奇跡だとかそんな奇麗事は言わない。

 きっかけは気まぐれな神様のおこしたちょっとした偶然でも、そこから先は僕たちが自分で選んだ物語だ。

 今ならはっきりと言える。僕はあの子に出会えたことを心からうれしく思う。

 これは平凡な僕に天使が舞い降りてきた話。




 桜も完全に散って、芽吹きだした若葉が目にまぶしい日曜日。

 僕はこの春、自由な校風で知られている高校にめでたく入学することができて学園生活にも慣れてきたところ。そんなわけで久しぶりに都心まで、散策がてらの買い物に出て来ていた。

 古本屋街をいろいろと物色しつつ、昼食に老舗のカレー屋で大好きなカレーライスを堪能する。

 おなかを満たした後は楽器店で弾けもしないギターを眺めていたけれど、店員に声を掛けられないうちに早々に退散した。

 平和だなー。

 そんなことを思いながら休日でも人通りが多い学生街を通り過ぎ、川沿いの道をのんびりと歩く。

 この後の予定としては、一昔前は電気街、いまやサブカルチャーの聖地として世界的にも有名な街をぶらつくつもりだ。誰にももらえなかった入学祝い代わりに、今日は自分へのご褒美として多少の買い物を許すつもりだった。


 そんなことをつらつらと考えている時、いきなり背中に物凄い衝撃を受けて、僕はアスファルトにたたきつけられた。

 瞬間的に思ったのは車に跳ねられた! きっと死ぬんだ! ということで。

 歩道を歩いていたのにひどい! ブレーキ音がしなかったけど居眠り運転だろうか?

 まさか知らないところでプロレスラーの恨みを買っていてラリアットされたとか?

 せめて一度ぐらい女の子と付き合ってみたかった。

 そういえば後ろからというより上からの衝撃だったような。

 警察は父さんに連絡を取るのが大変だろうな。

 ――などということが頭をよぎったのだけれども、それは死ぬ直前に見るという走馬灯ではないらしく、いつまでたっても幽体離脱も起こらなければ三途の川が見えることもなく、現実的なことを言えば周りで騒ぐ声もしないし、誰かが助け起こしてくれるわけでもなかった。

 いい加減倒れているのにも飽きてきたので、体の状態を確かめながら立ち上がった。

 実際のところ痛みはすでにほとんどなく、倒れた時に手を擦りむいたぐらいで、あれだけの衝撃でほとんど無傷とは信じられなかった。

 それにしても何がぶつかってきたのだろう?

 振り返って見ると、そこには大破した車もなければ、臨戦態勢のプロレスラーもおらず、代わりに一人の女の子が倒れていた。


 十歳前後だろうか? ランドセルが似合いそうな感じだけれども、妹もいなければ慕ってくれる年下の幼なじみもいない僕にとって、この年頃の女の子の年齢はよくわからない。

 ライトブラウンより少し赤みがかった髪をツインテールにしていて、薄桃色のパーカーにレモンイエローのキュロットを履いている。

 僕にはそっちの属性はないはずだけれども、文句なしに可愛い子だと思う。

 それにしても思いっきりぶつかってきたなー。

 周りには他にそれらしい人も物もないので犯人はこの子なのだろう。しかしいくら不意打ちとはいえこんな小さな子にぶつかられたぐらいであんなにも派手に倒れるものだろうか?

 まるで空から落ちてきたみたな勢いだったけど。

 そう思い見上げても、澄み切った青い空には雲ひとつなく、飛行機はおろか鳥さえ飛んでいなかった。

 視線を戻すと女の子はまだ激突のショックが残っているのか、アヒル座りをしながら両手で目をこすり、さかんに頭を振っている。どうやら目が回っているらしい。

「大丈夫?」

 別にこちらが悪い訳ではないのだがさすがに放ってはおけない、手を差し伸べる。

「へ、平気なのです」

 僕の手を取って立ち上がった女の子の身長は僕の胸よりも低い。

 そしてようやく焦点が合ったらしい目でこっちをのぞき込むように見つめてくる、その瞳は奇麗な鳶色(とびいろ)

 ひょっとしたらハーフかクォーターなのかもしれない。


 僕にじっと見られていることを気にするようすもなく女の子はたずねてきた。

「佐藤さんですよね」

「え? いや違うけど」

 ひょっとして人違いでぶつかられたのだろうか?

「ごめんなさいです、鈴木さんでした」

「それも違うよ」

「えっーと、田中さんか山本さん?」

「……キミ、適当に言ってない?」

「な、なにを根拠に!」

 日本人に多い名字四天王を挙げられればそう邪推もしたくなる。

「次は必ず当てるのです!」

 目的が違ってきているような……。

「えーっと、えっと、渡辺さんに小林さん、高橋さんに中村さん。敬称略でごめんなさいです秋山、高畑、時雨沢、上遠野、おまけにイワノフとウラジミールもつけちゃいます!」

 ……中盤の名前は恣意的じゃないと思う。

 女の子は一気に連呼したせいか肩で息をしている。

「まあ、今の中に正解あるけどね」

「ええっ、ウラジミールさんですか!?」

「違う! 僕の名前は高橋!」

 キミと違ってこっちは黒髪黒瞳の純国産仕様だぞ、どうやったらロシア人に見えるんだ。

「わーい、わたしったら凄いのです。当てちゃったです~」

 今のは当てたと言わないと思う。

「わたしとしたことがついうっかり忘れてましたです。そうですそうですあなたは高橋コウジさんです」

「そうだよ。って、なんでフルネームを知ってるの!?」

「ほえ? 名前も知らない人とはおしゃべりしちゃいけないのですよ」

「確かに小学校ではそう教わったかもしれないけど、それじゃあさっきの名前当てはなんだったの……」

 なんかこの子ズレてるなあ。

 助けないでさっさと行ってしまえばよかったかと、少し後悔してきたが仕方がない、取りあえず聞いてみる。

「それで、僕に何か用なの?」

「はい。コウジさんにコウリンさせてくださいです」

「コウリン?」

 後輪? 光輪? あ、降臨かな。

「ですです」


 ふむ。これはいったい何なのだろう? 状況を整理する必要がありそうだ。

 新手の宗教勧誘だろうか? この子はあくまで最初のおとりであって、こっちが油断しているところに壷やハンコを持った連中が大挙して押しかけてくるとか。

 辺りを見回すがそれっぽい人間はいない。

 となると誰かの仕掛けたイタズラだろうか? ドッキリカメラとか?

 索敵ランクを一段階上げて注意深く周囲を警戒したけれど、それらしい隠しカメラやスモークウィンドウのワンボックスカーなどは見当たらない。

 目の前に立ってこちらを見上げている女の子は、多少エキセントリックな容姿こそしているが、どこからどう見てもただの小学生にしか見えない。降臨って確か、神様や仏様が天から地上に姿を表すことだったと思うけど。

「憑依とか背後霊とかストーカーじゃなくて、降臨?」

「わたしは悪魔でもお化けでも変質者でもないですよぉ」

 女の子はぷくうっと頬を膨らませる。

「じゃあキミは何者なの?」

「わたしですか?」

 コホンとわざとらしく咳をして、女の子は得意そうに宣言した。

「堕天使なのです!」



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