空を知る場所
『ロゼッタ』
『ギルベルト』
七年前、人間に付けられたその名前は、今では二人にすっかり馴染んでいた。
春の朝だった。
「ロゼ! ギル!朝ごはんできたわよ!」
エマの呼びかけにロゼッタは待ってましたとばかりに駆け出した。一方、ギルベルトは斧を片付けてから後を追う。
「私の勝ち」
「ロゼは片づけしない、ずる」
短いやり取りを交わしながら家へ入る。
テーブルには焼きたてのパンとスープが並んでいた。
昔は見るだけで警戒していた食事も、今ではすっかり慣れたものだ。
四人で席につく。
こうして過ごす毎日は穏やかだった。
温かい食事があり、眠る場所があり、笑い合える家族がいる。
人間としての暮らしにも慣れ、この生活を嫌だと思ったことはない。
それでも。
ロゼッタもギルベルトも、心の奥ではずっと同じ願いを抱えていた。
ドラゴンに戻りたい。
その気持ちは平和な日々の中でも消えたことがなかった。
しばらく食事をしていると、ルークが不意に口を開いた。
「なあ、お前たち」
ロゼッタが顔を上げる。
「そろそろ学校へ行ってみる気はないか?」
ロゼッタは瞬きをした。
「学校?」
聞いたことはある。村の子どもたちが時々話していた。
だが詳しくは知らない。
「何するところ?」
エマが笑った。
「勉強するところよ」
「勉強なら家でもしてる。私、計算もできる。」
「もっと色々なことを学ぶの」
ロゼッタは首を傾げる。
「例えば?」
「芸術、歴史、地理、他にも魔法なんかも学べるのよ」
「ふーん」
正直あまり興味は湧かなかった。
それよりも知りたいことは1つだけだ。どうすれば元の姿に戻れるのか。
エマは続けた。
「それだけじゃないわよ」
「?」
「その学校、一番すごいのはね……空の大潮を専門に研究してる人たちがいるの」
そこでギルベルトが初めて反応した。
「空の大潮の研究?」
「そう」
エマは頷く。
『空の大潮』
一般的には空に流れている魔力が突然乱れ、地上に異常をもたらす大規模魔力災害現象のことをそう言うらしい。
「研究って何するんだ?」
ギルベルトが珍しく興味を示した。
ルークは少し考える。
「そうだな……大潮が起こる原因を調べたり、被害を減らす方法を探したり、だと思う。俺もそういう専門的なことはわからんが」
苦笑しながら肩をすくめる。
「どんなことでもいいのよ!」
エマが勢いよく身を乗り出した。
「二人が今まで生きてきた中で、もっと知りたい!って思ったことを勉強できる場所なの!」
ロゼッタは首を傾げる。
「知りたいこと」
「そう!」
エマは満面の笑みで頷く。
「魔法でも、芸術でも、音楽でも!」
「………ドラゴンでも?」
ロゼッタのその言葉に、一瞬だけ空気が止まった。
エマは目をぱちぱちさせる。
ルークは少しだけ目を細めた。
「……たぶん、な」
ルークは静かに答える。
「少なくとも、この国にある学校の中で一番そういう資料が集まってる場所だ」
ギルベルトは黙り込む。ロゼッタも珍しく何も言わない。
なぜ自分たちは人間になったのか。
そして――
元に戻る方法はあるのか。
今まで誰も答えを持っていなかった。
だが、その答えを探している人間ならいるかもしれない。
ルークは二人を見る。
「どうだ?」
「通ってみたくないか」
そして少しだけ笑った。
「王立アルケディア学術学院」
ふと隣を見る。ギルベルトも静かに考え込んでいた。
たぶん同じことを考えている。
ロゼッタはスープの器を見つめる。
そして小さく呟いた。
「……行ってみたい」
エマの顔がぱっと明るくなった。
「ギルも行くでしょ、決まりね」
「うん」
ギルベルトも短く頷いた。
話は決まった。
王立アルケディア学術学院。
そこに、自分たちがドラゴンに戻れる方法を知る者がいるかもしれない。
ロゼッタは窓の外へ目を向けた。
春の青空がどこまでも広がっている。かつて自由に飛び回っていたその空は、今では遠い。
それでも。
初めて、道が見えた気がした。




