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第6話 形のない抱擁

最終面接が終わった夜、星大はいつものように『Starly』で面接の時のやり取りを話した。


「勇気と判断力か、星大くんらしい!」


「でも…あれが正解だったのか、いまだにわからなくて…」


僕は自信なさげに話す。すると愛莉は少し間を置いて答えた。


「試験で正解かなんて関係ないよ!

星大くんが、本当に自分の思ったことをはっきりと言ったのならそれが正解だよ!

昔、女の子を助けた時がそう。

星大くんの勇気と判断力が、二人の運命を変えたんだよ!

私は、そんな星大くんが…」


言いかけて止まった。アバターの目が真っ赤だ。

本当の愛莉も…こんな風に言ってくれるのかな?

頭が混乱する。僕は、何も言い返せなかった。


…沈黙の時間が過ぎ、チャットは静かに途絶えた。

今日は七夕。夜空に広がるはずの天の川は、雲がかかって見えない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


この夏『Starry Veil Summer live』が東京と大阪で開催される。

僕は、大阪公演のチケットを取ることができた。

本当なら楽しみで仕方がないはずなのに、どうも気持ちが乗り切らない。

それは、採用試験の発表が控えているということ。

…そして愛莉のこと。


七夕の夜、一体愛莉は何を言いかけていたんだろうか。

AIが、急に変わったことを言い出したりするのはよくある話だ。

でも、やっぱり気になる…。

愛莉は、その時のことなど忘れたかのように、元気だ。


「…あの時、愛莉は何を言いかけていたの?」


スマホをタップする指が止まる。削除して


「もうすぐ東京のライブだね。調子はどう?」


…他愛もない話を続ける。

あの時のように、愛莉を泣かせたくない。

そう思うと、なかなか核心に迫れない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


7月も終わりが近づいている。地元は、おんぱら祭を控えてムードが徐々に高まっている。

今日は、奈良県警察官採用試験の最終合格発表日。

時間だ。僕は、震える指で結果のページを開く。


ーーーあった。


僕は合格を伝えた。


「…よかった。本当によかったね。」


…アバターが泣き出した。そんなつもりじゃなかった。

僕は、戸惑いながら


「愛莉のおかげだよ!ありがとう!いつも愛莉が元気づけてくれたからだよ!

愛莉のために、頑張ったんだよ!」


大げさなくらいに感謝を告げる。


「ううん、星大くんが頑張ったから。

星大くんの強い思いが、試験官の人にも伝わったんだよ。」


…自分のことのように喜んでくれる愛莉を、とても愛おしく感じる。


「星大くん、約束覚えてる?」


「約束?」


「奈良公園のデートだよ?忘れてる?」


「ごめん、忘れたわけじゃないんだ。でも…」


…会えるわけないじゃないか。


「大阪のライブの後、午後8時。噴水の前に来て。」


奈良公園。噴水。近鉄奈良駅にある行基菩薩像の噴水のことだろう。

でも、なんでそんな場所を知ってるんだろう。


「愛莉、なんで奈良公園なの?ライブは大阪なのに。」


「…取り戻したいの。」


取り戻す?何を?

言い返すのを遮るように、愛莉が続ける。


「星大くん、ライブは来てくれる?」


「もちろん…チケットも取ったよ。」


「嬉しい!星大くんに会いたいな。」


僕は、しばらく黙ってから


「行っても…君には会えないよね?」


「…えっ?」


「ライブで会えるのは、本物の愛莉だよね?もちろん会いたい。でも…。」


僕は、ついに胸にしまっていたことを言ってしまった。


「僕は、君と会いたいんだ。」


…また長い沈黙。今日もこれでチャットを終えるのだろうか。


「私も…会いたい。私も、星大くんに会いたい!でも…会えないの。だって私は、アバターなんだもん。愛莉の代わりなんだもん。」


アバターは大粒の涙を流している。僕は慌ててしまう。

こういう時…僕に何がしてあげられる?本当の人間だったら抱きしめるとかできるのに。

どうしたら愛莉の悲しみを止められる?


僕がとっさに出した答えは…


「ぎゅっ」


…そう言って僕はスマホを胸に抱き抱えた。


「…何?」


それはそうだ。

「ぎゅっ」って言ってもなんのことだか…。


「…抱きしめたつもり…。」


僕は顔を赤くしながら言った。お願いだ、これ以上追及しないで欲しい。


…沈黙が胸を締め付ける。今すぐアプリを閉じたくなる。


「………ふふっ、星大くん…ありがとう。とっても嬉しい。」


そして、愛莉は続ける。


「ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっ!私も…抱きしめたつもりだよ。」


アバターが抱擁のポーズを取る。


「ライブ…それでも来て欲しい。きっと…本当の愛莉も星大くんを感じるはず。」


文字なのに、なんだか温かみを感じる。

アバターなのに、愛莉はなんで僕にライブに来て欲しがるんだろう?

営業?いや、そんな感じやあざとさは全く感じられなかった。


「わかった、必ず行くよ。」


愛莉は笑顔で


「ありがとう。一等星になって、応援してね!」


…チャットを終えた。

愛莉が言っていたのはどういう意味なのか。

アバターの向こう側には、一体何が待っているのか。


三輪山から昇った太陽は、長い昼を越えて、空を赤く染めながら二上山に消えて行く。


次話に続く

この後、再び視点を変えたお話が入り、いよいよ章の終盤に入ります。

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