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第7話 雨中の祈り

8月の初め。奈良の夏は蒸し暑く、空は雲に覆われている。

アバターと抱き合ったあの日。

それ以来、愛莉とのチャットは途絶えていた。


夜遅く、バイトから帰ってきた僕はベッドに寝転んでいた。

そんな時、久々にアプリから通知音が。

…また、元の愛莉に戻ったんだろうか?

僕は、これまでにも何度かあった展開を予想していた。

でも、画面には…


「たすけて 愛莉 国立奈良医大」


今までになかった赤い11文字。急に心臓が高鳴る。鼓動が脈打つ。


「どうしたの?何かあったの?」


…僕の問いかけに返答はない。しばらくして、ニュースアプリで


『Starry Veil 明星愛莉 交通事故で緊急搬送 意識不明か』


という速報が飛び込んできた。僕はすぐさま詳細をチェック。

…愛莉が、名古屋でのテレビ収録後、市内を歩いていたところにワゴン車が衝突。

名古屋市内の病院に搬送されたとのことだった。


僕はそのニュースを見て、チャットとの違いに戸惑う。

…どういうことだ?名古屋?奈良?意識不明?

僕は一瞬どうしたらいいか迷ったが


「愛莉が助けを求めているんだ。答えは一択だ。」


スマホだけを持って、自転車に飛び乗った。

きっと警察官になったら、サイレンを鳴らしてパトカーを走らせることもあるだろう。

僕は、将来そうしているであろう自分と姿を重ねながら、隣町へと急いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


橿原市の国立奈良医大。深夜ということもあり、あたりは静まり返っている。

もちろん院内に入ることはできなかった。

病院全体が見渡せる場所に立つ。

ニュースにはなっていたが、明らかに報道とわかる者は来ていない。

黒い車が2台ほど停まっているが、あれがそうなんだろうか。

やがて、上空にヘリコプターが来て、病院屋上のヘリポートに舞い降りる。


ニュースや掲示板を見てみると、思いのほか軽傷らしいということや、名古屋市内の搬送先病院が特定され、ファンが集まっているという書き込みもあった。

…一体、何がどうなっているのか。

それでも「たすけて」の赤い文字が頭から離れない。


「ねえ、愛莉。何があったの?」

「怪我、大したことないんだよね?心配してるよ。」

「お願い、何か返事をしてよ!」


何度も送信するが、返信はない。

僕がやきもきしているうちに、雨が降ってきた。

でも、愛莉の無事もわからないまま、雨宿りをする気にはなれなかった。

…僕は待つ他にできることがない。

ニュースや掲示板にも動きはないが、公式からなんの発表もないことをファンは不思議がっていた。


いっそ、僕がこっちに来たことが間違いだったらいいのに。

愛莉にからかわれてるだけだったらいいのに。

本当は軽傷のニュースを信じたい。

でも、愛莉が嘘をついているとは思えない。


病院に来てどれほどの時間が経っただろうか。

無数の雨が星大の身体に打ちつける。体温が奪われていく。

激しい雨音に対して薄れそうな意識。その中で、愛莉との記憶が次々と巡るーーー


一等星の輝きを見つけた2年前

グループ2番手の全力ライブ

初『Starly』の照れた笑顔

夢を語った時の潤んだ瞳

特別な『間』

突然な鹿デートの提案

『人』を3回書いて飲み込む話

採用試験で答えた守りたい存在

怒った時の尖らせた口

弱気を励ます時の赤い目

共有した合格の喜び

大阪ライブ後の待ち合わせ

膨らみすぎた会いたい気持ち

形のない抱擁


ーーー全部愛莉。かけがえのない存在。

永遠に思えた距離は確実に溶けている。今ここに愛莉がいる。

愛莉、行くな!


意識は戻った。僕は、雨空に祈りながらチャットした。


「僕はどうなってもいい。だから愛莉、助かって!」


アプリが光る。


「ありがとう」

「だいすき」


輪郭を失った光は儚く空に消え、通信は途絶えた。


しばらくして、愛莉が無事だったとのニュースが流れる。

僕はゆっくりと家路につく。

頭上をヘリコプターが追い抜いていく。

いつしか雨は止んだ。空を覆っていた雲のヴェールは晴れた。

南の空に流れる天の川は、いつもより少しだけ輝きを増していた。


次話に続く





次回、いよいよ第1章完結です!

ーーーーーーーーーーー

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