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雨の悲しみ  作者: 雨奇


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2/2

特務傘術高等学宮

 機体が滑走路に触れた瞬間、低い振動が足元から伝わってきた。


 ——日本に、戻ってきた。


 タラップを降りると、湿った空気が肌に絡みつく。 

 雨の匂い。

 この国は、いつだって空気のどこかに水を含んでいる。


 案内に従い、空港から専用線へ向かう。


 一般路線とは隔離されたホームに、一本の列車が停車していた。


 特務傘術高等学宮直通新幹線。


 黒と金を基調とした、一般路線とは切り離された華やかな車両。


 車内には、少年少女たちが並んで座っていた。

 誰も騒がない。 

 誰も無駄口を叩かない。


 ——選別は、もう終わっている。


 窓の外、都市が流れ、山を越え、やがて視界が開けた。

 宮殿のような校舎。

 いや、宮殿そのものだ。


 特務傘術高等学宮。

 通称、傘宮。


 胸の奥が、わずかに軋んだ。

 


 入学式は、想像していたものとはまるで違った。


 荘厳でも、厳粛でもない。


 昼間だというのに、花火が上がった。

 空を裂く音。 

 光。 

 歓声。

 まるで、祭りだ。


 スタジアムのような式場。

 新入生たちはクラスごとに整列し、観客席には関係者が並んでいる。


 壇上に立った男が、短く告げた。


 「——静粛に」


 生徒指導担当、鬼道 修正。

 その一瞥だけで、会場のざわめきが消えた。


 「ここは学び舎である前に、戦場に向かう者の準備室だ

 「数多くの受験者の中から選ばれた君達は強い。力を誇れ。だが、力に溺れるな。以上だ」


 短い。 

 だが、十分だった。


 担任紹介が始まる。 

 然、動、昆——それぞれの担任が変身能力を披露し、短い挨拶を告げる。


 歓声が上がる。


 そして。

 「妖クラス担任。神成 正義」


 ——僕だ。


 「僕には、変身能力がありません」 


 空気が、目に見えて揺れた。


 「ですが——」


 続きは、雑音に飲み込まれた。

 ざわめき。

 失望。

 失笑。

 それを背中に浴びながら、壇を降りた。

 


 式後、妖クラスの教室。


 十二の視線が突き刺さる。


 期待よりも、不信が多い。


 全員が、こちらを見ている。


 チョークを手に取り、黒板に名前を書く。


「改めて、挨拶をさせてください」

「妖クラスの担任の神成正義です。よろし——」


 次の瞬間。


 机が蹴り飛ばされた。


  ——ガシャン

 机が宙を舞い、大きな音を立てる。


 「ふざけるな!」


 短気そうな少年が座ったまま、こちらを見下している。


 「俺たちは強くなるためにここに来た。 変身もできない教師が俺達に何を教えられる!」


 同意の声が続く。


 当然だ。

 ここでは、力が価値を決める。


 僕は、丸メガネを直しながら頷いた。

 「うん。もっともです」


 そして、続ける。


 「じゃあ、模擬戦をしましょう」


 静寂。


 「一対一。順番に」


 口角を、ほんの少し上げる。

 「全力で来てください」



 演習場は、校舎の地下深くにあった。


 天井は高く、円形に開けた空間の中央に、雨に濡れたような黒い床が広がっている。

 人工的に作られたはずなのに、空気は湿っていた。

 冷たく、重い。


 生徒たちは、無言でその縁に並んでいた。


 神成は、生徒名簿を片手に、淡々とページをめくった。


 「名簿順で模擬戦を始めようか」

 「まずは……大首 信玄くん」 


 名前を呼ばれた瞬間。


 「チッ……わからせてやる」

 低く、苛立ち混じりの声。


 重たい足音が、響いた。


 ——ドン。

 ——ドン。


 まるで床そのものが、歩いているかのような振動。


 前に出てきたのは、体格のいい少年だった。

 肩幅が広い。 

 首が太い。

 拳を握るだけで、関節が鳴る。

 目つきは荒いが、その奥にあるのは、単純で真っ直ぐな闘志。


 「変身すりゃいいんだろ」

 吐き捨てるように言う。


 「——変身!」


 その言葉が、演習場に落ちた瞬間。


 空気が、歪んだ。


 いや、正確には——

 重くなった。


 足元から、ずしりと圧がせり上がってくる。 肺の奥に、鉛を詰め込まれたような感覚。


 目の前の少年の首が、太く脈打つ。

 血管が浮かび上がり、皮膚が引き伸ばされる。

 嫌な音がした。


 ——ぐ、ぐぐ。


 首が、膨張していく。


 異常なのは、そこからだった。


 肩が、落ちる。

 鎖骨が、沈む。 

 胸板が、崩れる。


 否。


 消えていく。


 首から下が、霧に溶けるように、存在を失っていく。


 生徒たちの間から、誰かが息を呑む音が聞こえた。


 残ったのは——


 巨大な顔。


 人の胴ほどに肥大した顔面が、宙に浮かんでいた。


 首は、ない。

 胴体も、腕も、脚も、ない。


 最初から、それが当然であるかのように。


 額は異様に広く、 頬は張り裂けそうに膨らみ、 口は耳元まで裂けている。


 そして——目。

 大きすぎる白目が、こちらを捉えた。


 その瞬間、背筋を冷たいものが走る。


 (……これは)


 視線を合わせただけで、頭の奥を、直接掴まれる感覚。


 空に浮かんでいる。 

 羽も、風もない。

 ただ、存在そのものが浮遊している。


 神成が、低く息を吐いた。


 「これが……大首」


 名前を口にしただけで、場の緊張が一段階上がる。


 巨大な顔が、にぃ、と歪んだ。

 笑みだ。

 悪意ではない。


 ——闘争本能そのものの笑み。


 「おい」


 声が、直接、頭の内側に響く。


 「さっさと始めようぜ」


 音ではない。

 振動でもない。

 意識に直接、触れてくる声。


 神成は、一歩、前に出た。


 視線を逸らさない。

 だが、深くも見ない。


 ——正面から“見すぎる”と、飲まれる。


 「……始め」


 その合図と同時に。


 ——消えた。


 視界から、大首 信玄が消失する。


 (——っ)


 神成が反射的に身体を捻った、その直後。


 ——ドンッ!!


 衝突音。


 避けたはずの空間が、爆ぜた。


 地面が抉れ、土砂が舞い上がる。

 演習場の床に、一直線の亀裂。


 突進。


 それも、ただの体当たりじゃない。


 巨大な顔そのものが、 質量を伴った凶器になっている。


 神成は後方へ跳ぶ。


 だが——


 「遅ぇ!」


 視界の端。


 既に、大首は“そこ”にいる。

 回り込んでいる。

 浮遊による三次元機動。


 逃げ場が、ない。


 ——咆哮。


 音が、爆発した。


 耳を塞ぐ暇すらない。

 衝撃波が、鼓膜を叩き潰す。


 視界が、揺れる。

 内臓が、上下に引き剥がされる感覚。


 (……音響攻撃か)


 思考が遅れる。


 次の瞬間。


 ——ドン!!


 再び、突進。


 神成は、両腕で受けた。

 受けた、はずだった。


 だが——


 身体が、吹き飛ぶ。


 十数メートル先まで、一直線。

 地面を転がり、背中で止まる。


 肺から、空気が強制的に吐き出された。


 (……重い)


 殴っていない。 蹴っていない。

 ただ“ぶつかった”だけ。


 それだけで、この威力。


 大首は止まらない。


 回転し、角度を変え、再び加速。


 今度は、下から。


 地面すれすれを滑空し、 一気に跳ね上がる。


 ——顎が迫る。


 神成は、踏み込んだ。


 逃げない。


 真正面から、迎え撃つ。


 突進の軌道を読む。

 重心の移動。 

 加速の瞬間。


 そして——


 すれ違いざまに、身体を捻る。


 衝突を、いなす。


 大首の巨大な顔が、神成の肩を掠める。


 肩が痺れる。

 骨が、軋む。


 だが——致命ではない。


 「……チッ」


 大首が、空中で急停止する。


 明らかに、苛立ち。


 「動けるじゃねぇか」


 次の瞬間。


 咆哮が、連続で放たれた。


 ——ドン ——ドン ——ドン


 音の塊が、連打で叩きつけられる。


 神成は、歯を食いしばる。


 (……精神力で、相殺)


 ラボで叩き込まれた基礎。


 音を“衝撃”として受けるな。

 波として、分解しろ。


 足を踏み込み、姿勢を低く保つ。


 最後の咆哮が、来る。


 ——最大出力。


 空気が歪む。


 だが。

 神成は、崩れない。


 「……なぁ」

  観戦していた生徒の一人が、呟いた。


 「あいつ、変身してないよな」


 返事は、なかった。 

 だが、誰も否定しなかった。



 神成が視線を上げる。


 「……十分です」


 その一言で。

 大首の動きが、止まった。


 巨大な顔が、静止する。


 そして、ゆっくりと縮んでいく。


 胴体が現れ、腕と脚が再構築される。


 体格のいい少年が、着地した。


 肩で息をしながら、舌打ち。

 「クソ……」


 神成が告げる。

 「強いですね」


 大首 信玄は、笑った。


 「なかなかやるじゃねぇか……先生」


 その背中には、真正面からぶつかっても折れなかった相手への、素直な評価が滲んでいた。


 神成は名簿に書き込む。

 《大首 信玄:高速突進型。音響攻撃併用。》


 そして、ページをめくる。


 次は—— 

 さらに、厄介だ。

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