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雨の悲しみ  作者: 雨奇


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世界最大の娯楽



 それは、予告もなく始まった。 


 世界中に散らばる無数のモニターが、一斉に点灯した。

 街頭ビジョン。

 リビングの壁。 

 駅構内、病室、軍事施設、紛争地帯の仮設テント。

 ありとあらゆる「画面」が、同じ光を映し出す。


 ——雨音のような電子音。 


 次の瞬間、鼓膜を叩き割るようなBGMが鳴り響いた。


 世界中の人々が、すでにそれを待っていたかのように、息を呑む。 

 名前の刺繍されたタオルを握り、ペンライトを掲げ、祈るようにモニターを見つめる。


 映像が切り替わる。


 RANKING PV


 巨大な文字が弾け、光が走る。


 下位から、四人ずつ。

 写真。 

 順位。 

 名前。 

 ただそれだけ。 

 だが、その三つが映るたび、世界は揺れた。 


 歓声。 

 悲鳴。 

 涙。


 四人。 

 また四人。 

 さらに四人。

 そして——三人。


 画面が一瞬、暗転する。


 BGMが最高潮に達し、華やかな光と共に最後の名前が映し出される。

 《一位 獅羅 由紀》


 その瞬間。


 ——プチュン。


 BGMが、映像が、世界の熱が、断ち切られた。 

 

 無音。


 画面の隅に、赤い文字。

 LIVE


 視点が切り替わる。


 ヘリコプターの真下。 

 都市区画——エリア13。


 「こちら、実況の雨宮カナです」

 淡々とした声。

 抑揚のない報告口調。

 だが、その無機質さこそが、現場の重さを際立たせていた。


 その声が流れた瞬間、世界は理解する。


 ——これから映るものは、演出ではない。


 「フェスティバルの鎮魂部隊《雨坂》が、鎮魂作戦を開始しました」


 カメラが、地上を捉えた。


 ——それは、人の形をしていなかった。

 

 画面越しにでも分かるほど、歪な姿。

 骨格だけが人間をなぞり、

 皮膚は雨に打たれるたびに剥がれ落ち、赤黒い内部を晒している。


 アスファルトが、赤く脈を打つ。

 割れた路面の隙間から、赤黒い光が滲み出し、雨に打たれるたび、白い蒸気が噴き上がる。


 「対象は、進化ウイルス感染体」

 実況が告げる。

 「能力分類、自然属性。推定——マグマ体」


 次の瞬間。


 感染体が、地面を蹴った。


 ——爆音。


 着地点の路面が、悲鳴をあげるように溶け、弾け、飛散する。

 脚部から噴き上がったマグマの反動で、感染体は人間の想定を超えた速度で空間を詰める。

 

 距離が、消えた。


 黒い傘の一人が、跳び退く。


 ——間に合わない。


 マグマが腕を伝い、降り注ぐ雨を蒸発させながら腕を振り下ろされる。


 直撃は免れた。


 だが、熱波だけで、身体が吹き飛んだ。


 腕でガードを固めてはいたが、

 激しく壁に叩きつけられ、鈍い音を立てる。

 

 血を吐く。


 「隊員一名が負傷した模様です」

 実況の声は、あくまで淡々としている。 


 だが、世界中の視聴者は理解した。

 ——今のは、偶然生き残っただけだ。


 二十三本の黒い傘が、同時に宙を舞う。


 「——変身」

 

 その一言で、空気が変わる。


 その声が合図かのように、世界が再び熱狂する。


 二十三人の身体がそれぞれの属性へと再構築される。


 獣。

 昆虫。

 自然現象。

 そして、妖怪。

 

 感染体を囲う。


 誰も指示を出していない。

 だが、次に何をするのかを、全員が理解している。


 それぞれが激しい攻撃を繰り出していく。

 いつもの布陣からの、高度な連携。

 二十三名が一つの生き物のように動く。


 だが、感染体は止まらない。


 感染体が踏み込むたび、地面が沈み、溶け、崩れ落ちる。 

 雨水が蒸発し、視界が歪む。

 

 負傷していた女性がオオカミへと変じ、目にも止まらぬ速度で感染体の側面を蹴り抜く。


 「......効いて、ない?」


 無線に混じる、焦り。


 感染体が、吼える。 

 その口腔から、溶岩が滴り落ちる。 


 次の瞬間、咆哮と共に、周囲一帯が灼熱に包まれた。


 逃げ場が、ない。


 一人が、転倒する。

 高熱で変質したアスファルトが、足を奪った。


 ——マズい。


 世界中のモニターが、静まり返った。


 その瞬間。


 獅子が、前に出た。


 炎を割るように。 

 熱を踏み潰すように。


 「——今だ」

 短い号令。


 百目鬼が千里眼で状況把握し、

 カマキリが炎を裂き、

 雷雲体が感染体を貫く。


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ、感染体の動きが鈍る。


 獅子の拳が、突き出された。

 衝突。

 轟音と共に、周りの瓦礫が消し飛ぶ。


 ただ、衝撃だけが、空間を歪めた。


 感染体の胸部が、内側から爆ぜる。 

 マグマが、雨に叩き落とされ、急速に冷えていく。


 獅子の手には、焼け落ちる寸前の心臓があった。


 脈を打っていた心臓が止まる。


 血飛沫と雨で濡れたその光景は、

 悲惨でありながらも、

 目を逸らせないほど美しかった。


 二十四人が、揃って両手を合わせる。

 祈り。


 それは殺戮ではない。 救済でもない。

 ——終わらせるための、儀式。


 祈りが終わった瞬間。


 世界が、爆発した。


 歓声。

 叫び。 

 嗚咽。

 安堵。

 恐怖から解き放たれた熱狂。



 そのすべてを、

 僕は——飛行機の座席で見ていた。


 イヤホンを外す。 


 機内の静寂が、異様に重い。


 特務傘術高等学宮。

 妖クラス。

 その担任として、僕は招かれた。


 日本へ向かう機体は、雲を抜け、雨の国へと、降りていく。


 ——この世界最大の“娯楽”の、内側へ。

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