第八話 幼なじみと父の青春
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「部室って、プールの下にあるのか」
生徒会に教えてもらった部室に、山村と二人で向かう。プールサイドの下をぐるっと囲むように様々な部の部室が配置されている。かなりさびた鉄の扉だ。ドアノブにもほこりが溜まっている。もう10年近く開けてないらしい。
山村は手に持った鍵をゆっくりと鍵穴に差し込む。その手はプルプルと震えていた。大好きな父親が青春を謳歌した部屋なのだ。緊張して当然だろう。
かなり古びたドアだったが、思いの外簡単に開いた。そして、中からカビの臭いのする空気が漏れ出てくる。
「ちょっと空気が入れ替わるまで待った方がいいわね」
父親の青春をすぐにでも見たいのだろうが、さすがの山村にもカビ胞子混じりの空気を吸う勇気はなかったらしい。俺たちは空気が入れ替わる間、部室の外壁に背中を預けて座り込んだ。丁度庇で日陰になっていて割と涼しい。足下には何かをくわえたアリさん達が行列を作っていた。
俺はバッグからミネラルウォーターのペットボトルを出して口を付ける。授業が終わってから買ったので、まだ少し冷たさが残っていた。
「あ、勇樹くんずるい!私にも頂戴!」
「え?いや、でも口付けちゃったし」
「いいじゃん。気にしすぎぃ。それとも私のこと気持ち悪いとかって思ってるの?ひどーい」
悪戯な笑みを浮かべて俺の顔をのぞき込む山村。こういうのを小悪魔とかと言うのだろうか。おれは渋々飲みかけのペットボトルを山村に差し出す。
「ありがと!」
それを受け取った山村はニコっと白い歯を見せてから飲み始めた。半分も残っていなかったので全部飲んでくれても良かったのだが、山村は二口くらい飲んでからペットボトルを戻してきた。
「ありがと!あとは飲んでいいよ!人間の65%は水で出来てるんだから、ちゃんと水分補給しなきゃね!」
“あとは飲んでいいよ“ってもともと俺のミネラルウォーターだぞ。それに、そんな期待に満ちた笑顔で俺を見るな。緊張するだろ。
「お、おう」
気恥ずかしくなった俺は山村から視線をずらして一気に飲み干した。ミネラルウォーターにはもともと味は無いのだが、緊張のせいなのかいつにも増して味が感じられなかった。
◇
「よし、じゃあ突入するよ!」
しばらく空気が入れ替わるのを待ってから俺達は部室に入る。しかし突入って何だ?ここはテロリストのアジトか何かだろうか?
部室はコンクリート壁で8畳くらいの広さだった。折りたたみの長机が何脚か置いてあり、その上には本や文具が雑多に置かれていた。そして、奥の壁に応援団の団旗が飾ってある。
「これが、団旗・・・」
山村が動画で見た父親の後ろに、この団旗が振られていたらしい。その団旗の前に山村は立ってじっと見つめている。
「しかし、団旗ってでかいな。これ、棒に付けて振るんだろ?誰が振るの?」
旗を取り付ける棒は二分割の木製で、それだけでもかなり重たい。山村には当然無理だろうし俺も無理だ。
「たぶん、力道山みたいな人が入団してくれるよ。きっと」
その前向きさには感心するよ。
ジャーナリストの卵として、この現状をカメラに収める。父親から借りてきた一眼デジカメだ。何事も記録をとることは重要なのだ。
「じゃあ、とりあえず掃除をしよう!水原くん、バケツに水汲んできてもらえる?」
雑多に置いてある本を分類して段ボールに入れていく。写真なんかもたくさんあるな。昔のマンガ雑誌などもある。こういった物はいらないので、資源ゴミとして分類していく。
“デラべっぴん 最終号”
山村のお父さんの青春が詰まってそうだが、これは歴史的資料として自分のカバンにそっとしまっておこう。今日は捗りそうだ。
「だいぶ片づいたわね」
放課後の2時間くらいでかなりきれいになった。まだ5月の終わりだが風通しの悪い部室は蒸し暑く、山村はかなり汗をかいてブラウスが肌に張り付いている。ほのかに汗の臭いがするのだが、男の臭いと違って不快ではないのが不思議だ。
「お!陽佳里と水原じゃん!応援団の部室、ここなんだ!へぇ、きれいになってるね!いいじゃん!」
窓の外から女の子の声が聞こえてきた。小島京子だ。水泳部の部活を終えたところらしい。
「なんとかねー、時々は遊びに来てよ!お茶くらい出すわよ!」
「いいね!じゃあ今度お茶菓子持ってくるよー!」
「ねえ、京子、今日一緒に帰らない?部活、もう終わりでしょ?」
「う、うん、でも今日ちょっとよるところがあるから、ごめんね!じゃ、また!」
少しさみしげに小島を見送る山村が小さく見えた。
「時々イケメンの男子と一緒にいるところ見るから、デートとかなんじゃない?」
「へぇ、そうなの?全然知らなかった。京子は青春してるんだね-」




