第十話 幼なじみと新入団員(2)
「えっ?何?どうしたの?仲山さん。勇樹くん、また何かひどいことした?」
山村がきつい目でこっちを睨む。どうしてそうなる?
「ご、ごめんなさい。何でもないです。大丈夫です」
手の甲で涙を拭いた仲山さんは目を赤くしてニッコリと笑顔を向けた。いやいや、明らかに無理してるでしょ。
「わたし、いっぱいいっぱい応援したいんです!みんなが勝って、みんなが幸せになれるように・・・」
涙を拭いたけど目尻からぽろぽろと光るものをこぼして鼻声の仲山さん。それなのに白い八重歯を見せて笑顔を作っているのは健気でもある。わかったよ仲山さん。何か重たい物を抱えてるんだね。山村も亡くなったお父さんへの憧れがあるし、仲山さんにも思いがあって良いじゃないか。深くは詮索しないでおこう。
「と、とにかくこれで涙と鼻水拭いて。あ、勇樹くんこっち見ないでよね!女の子のこんなくしゃくしゃの顔を見てコーフンするなんて変態だよ!」
そういってポケットティッシュを出す山村。しかし、変態は言い過ぎだ。まあ、ちょっと凝視してしまったのは事実だけど。
「じゃあ仲山さん、とりあえず部室に入ろうか」
山村は仲山さんの手を握って部室に引っ張っていく。急に引っ張られた仲山さんはその小柄な体をちょっとよろめかせていた。うん、やっぱり山村は強引なやつだ。
俺も後について部室に入り電気ケトルでお湯を沸かした。そして棚からワイルドストロベリーもどきのコーヒーカップを出して紅茶のティーバッグを入れる。三人分のお湯はすぐに沸騰してカップにお湯を注ぐと良い香りがしてきた。五月下旬で気温は30度近くもあるが、自販機で冷たいものを買えばお金がかかるし冷蔵庫なんて部室に置けない。熱いお茶だけど我慢してもらおう。
長机の上にカップを並べる。俺もパイプ椅子に座って自分の紅茶の香りを鼻で大きく吸い込んだ。そしてカップに口を付けながらちょっと上目遣いで仲山さんの方を見る。
「ありがとうございます。いい匂い。紅茶があるなんて優美ですね」
まだちょっと鼻をすすっている仲山さんは恐縮しながらゆっくりとカップに口をつけた。目も鼻の頭も赤くなっている。泣き顔がちょっとカワイイと思うのは俺にサドっ気があるからだろうか。
「でしょ。紅茶っていいわよね。なんか英国面に堕ちちゃったって感じで。この紅茶はアールグレイなのよ。今度別の紅茶も持ってくるわね」
山村、自慢げに話しているけどその紅茶は俺がもって来たんだからな。それに“英国面”は断じて褒め言葉では無い。
「勇樹くん、なにぼさっとしてるの?お茶菓子出してよ。気が利かないわね」
山村は首だけこっちに向けてちょっと眉根を寄せている。相変わらずマイペースで人使いが荒いのだが、それをカワイイと感じてしまう俺はマゾっ気もあるらしい。
「はいはい。ポテチでいいか?」
棚から未開封のポテトチップスを出して二人に見せた。なんとなく俺が買ってこの棚に置いていたものだ。部費からお茶菓子代は当然出ないので、こういったものはみんなの持ち寄りになる。山村は何も持って来てないけど。
こちらに顔を向けた仲山さんは小さく首をコクっと縦に振ってそれに応える。やっぱり小動物のようだ。
「おっ!いいじゃない。フィッシュアンドチップスってイギリスで二番目においしい料理だよね。フィッシュは無いけど、イギリスの風が吹いてるって感じ?」
ポテトチップスを指さして無邪気に笑みを浮かべる山村。その笑顔に悪意は無さそうなのだが。
「山村、フィッシュアンドチップスはイギリスでポピュラーな料理ではあるが本当においしい料理なのか?それになんで二番なんだよ?じゃあ一番は?」
「ん?イギリスで一番おいしい料理は香港の料理人が作る酢豚なんだよ。お母さんが言ってた。その次がフィッシュアンドチップス」
ニカッっと笑いながら自慢げに知識を披露する山村だがやっぱり残念なヤツだな。
「山村、酢豚は中華料理であってイギリス料理じゃ無い。それイギリス人に言ったら怒られるぞ」
「なんでよ?香港って昔はイギリスだったんでしょ?じゃあ中華料理もイギリス料理だよ」
イギリス人が聴いても中国人が聴いてもぶち切れそうだな。山村に国際的な感覚が無いことだけはよくわかったよ。




