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後宮の謎解き姫  作者: こねこねこ
第2章 裸の宦官
8/14

第1話 洗濯場での噂話

第1章分で完結としていましたが、評価をいただいていましたので連載を再開しました。

第2章は全7話の予定です。


【軽い登場人物紹介】

蒼嶺 :後宮内で警吏を務める宦官。19歳。見目麗しい外見であり、優秀。

律安 :後宮内で警吏を務める宦官。24歳。体格が良い。蒼嶺と仲が良い(自称)。

蘭昭儀:妃賓の一人。「蘭」が名前で「昭儀」というのは、妃賓の地位の一つ。25歳。

   (本名は蘭雪瑛。地の文では、雪瑛と表記されます)

花鈴 :蘭昭儀の下で働く宮女。16歳。滅ぼされた民族である辰嘉族の姫。

    璃燈国への復讐を計画している。


【第2章から出てくる人物】

蘇賢妃:本名は蘇玄清。「蘇」が名前で「賢妃」というのは、妃賓の地位の一つ。23歳。

    北方の朔狼族の姫であり、璃燈国との友好関係樹立のため後宮入りした。

令辰 :宦官。裸の状態で遺体として発見された。

杜麗芳:尚服局の長。体格が良く迫力のある女性。45歳。

 季節は初春。

 早朝はまだ寒さが厳しく、布団から出るのが辛い時期だ。


 花鈴(かりん)は夜明け前に目を覚ました。

 近くから、呻き声が聞こえてきたのだ。

 花鈴は素早く身を起こし、雪瑛(せつえい)の側に行く。


 雪瑛は眉間にしわを寄せ、苦しげに見悶えていた。

 呼吸は荒く、身体は指先まで強張っている。

 彼女は時折、こうして悪夢にうなされることがあった。


 花鈴は、雪瑛の手を握る。

 それでも、彼女は苦しそうに身を悶えさせた。

 こうなったら、目を覚まさせた方がいいだろう。


「雪瑛」


 花鈴は声をかけながら、肩に手を添えて身体を揺らした。

 しばらくして、雪瑛がゆっくりと瞼を開く。

 額には、汗がにじみ出ている。

 まだ夢と現実の区別がついていないのか、不思議そうに中空に視線を彷徨わせていた。


「雪瑛、大丈夫ですか?」

「……宵蘊(しょううん)?」

「はい」


 雪瑛は、花鈴に握られている自分の手を見た。

 それで大体の事情は察したようだ。


「……あの子の夢を見ました」


 あの子、というのは雪瑛の弟だ。


 名は蘭緋月。

 花鈴――(しん)宵蘊(しょううん)の婚約者でもあった。

 勇敢な青年であり、璃燈国が攻めてきた時、先頭に立って対応に当たった。

 そして、そこで無惨に殺害された。


「目の前で、首を斬られて……」

「それは夢です。悪夢に過ぎません。私が側にいるから、落ち着いてください」

「申し訳ありません」

「謝る必要はありません。そのために私がいるのです。まだ朝には早いですから、もう少し休みましょう。私も隣にいます」

「……申し訳ありません」

「ですから、謝る必要はありません。ここでの貴女は蘭昭儀であり、私は宮女の花鈴です。役目を果たしたいのであれば、謝罪はなし。よろしいですね?」

「……はい」


 花鈴は、雪瑛の隣で横になった。

 すぐ側に感じる体温が、どこか懐かしい。

 婚約者であった緋月だけでなく、蘭家とは幼いころから親しくしていた。

 蘭家に泊まりに行くことも多かった。

 よく、寝かしつけてもらったものだ。


 ――今は立場が逆になってしまったな。


 そんな思いが旨をよぎる。

 同時に、嫌な予感がしていた。

 雪瑛が悪夢を見ると、その後に面倒事が起きることが多い。

 緋月は、そういう巫術を持っていた。

 もしかしたら、姉である雪瑛にもその片鱗があるのかもしれない。


 ――一応警戒しておくか。


 そんなことを考えながら、花鈴は目を閉じた。


     ×××


 その日、花鈴は洗濯場へと出向いた。


 後宮での洗濯は下級宮女の仕事だ。

 強制ではないが、それぞれの妃賓は、配下から人員を出すことが慣例となっている。

 花鈴も週に二回、この場所で洗濯をさせられていた。


 水は冷たく、手は荒れる。

 同じ姿勢を取り続ければ足腰も痛くなる。

 誰かに感謝されることもない。

 日が差さない今日のような日は、ただの苦行だった。


 だが、花鈴にはここで果たすべき役目があった。

 洗濯場に集まるのは下級宮女たち。

 その口は羽よりも軽く、些細な噂話が自然と飛び交うことになる。

 それは貴重な情報源だ。組み合わせることで後宮内の様相が見えてくる。


 今日も、新しい噂話が流れていた。

 曰く――『静影宮(せいえいきゅう)で全裸の宦官の死体が見つかった』というのだ。

 また、奇怪な事件が起きたものである。

 だが、事件の裏には常に思惑があるものだ。

 それを先んじて知ることが出来れば、利用価値が出るかもしれない。


 花鈴は噂話をしている宮女に近づいた。

 薄茶の衣を着た地味な風貌で、洗濯の手つきはおぼつかない。

 見覚えのない顔だ。


「初めまして。蘭露宮の宮女、花鈴です」

「静影宮の宮女、柳娘(りゅうじょう)です! よろしくね」


 柳娘は快活に言った。

 年齢は二十代半ばくらいだろう。

 年齢の割に、子供のように明るい口調をしている。


 束ねた髪には、わずかに赤みがあった。

 これは、北方の民に多い特徴だ。

 静影宮といえば、()賢妃(けんひ)の住む宮だ。

 その蘇賢妃も北方民族出身だった。

 後宮入りの際に連れてきたのだろう。


「賢妃様のところの宮女だったのですね。でも、大丈夫なのですか?」

「何が?」

「静影宮は、蘇賢妃の宮です。そこで起きたことを賢妃に仕える貴女が話してしまって、後で罰せられたりしませんか?」

「大丈夫だよ。だって、もう皆知っていることだから」


 柳娘は、一切の逡巡なしに答えた。

 何も考えていないのか、しっかりと線引きをしているのか。

 いずれにせよ、情報を引き出す好機だ。


 花鈴は柔らかい口調で続けた。


「そうでしたか。よろしければ、その話を詳しくお聞かせ願えないでしょうか?」

「いいけど。その話し方、何とかならない?」

「話し方……何か失礼でもありましたか?」

「もう少し気さくに話してほしいんだけど」

「生憎、言葉遣いについては蘭昭儀に厳しく指導をされております」


 これは嘘だ。

 実際のところは、こちらのほうが楽なだけだ。

 雪瑛以外と対等に話すのは、どうにも落ち着かない。


 柳娘も、それ以上追及せず、肩をすくめた。


「まぁ、いいや。それで、事件の話だったね」

「はい」

「早朝に、静影宮にある庭園で死体が見つかったんだよ。その死体は宦官のもので、服を着ていなかったんだ」

「服を着ていなかったというのは、全てですか?」

「そう、全て。身体にまとう布は一切なかった」

「死因は?」

「頭を石で殴られたみたいだよ。遺体の側に、血の付いた石が置いてあった」

「そうでしたか」


 柳娘は花鈴の顔を覗き込む。


「何か分かったの?」

「いえ、ただ聞いただけですので」

「そう? なんだか、色々考えてそうな顔をしていたから」

「……そうですね。少し思うところはあります。ですが、私は部外者です。それに、これ以上知ってしまえば、それを言いふらしたくなってしまうかもしれません。柳娘も気を付けた方がいいですよ。場合によっては、首になってしまうかもしれません」

「物理的に?」

「ええ、物理的に」


 柳娘はくすくすと笑った。


「ねぇ、花鈴。私達はいい友達になれると思うんだけど」

「何よりです」

「今度、蘭露宮に行ってもいい?」


 上手くやれば、柳娘はいい情報源になる。

 そうでなくとも、賢妃との接点は確保しておきたい。

 彼女の提案は、花鈴にとってありがたいものだった。


「それでは、蘭昭儀に確認しておきます」


 花鈴は、軽い気持ちでそう答えた。

 この出会いが、後々に及ぼす影響など、知る由もなかった。

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