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第7話 紫黒の誓い

 花鈴(かりん)の話を聞き、蒼嶺(そうれい)は心の靄が少しだけ晴れるのを感じた。


「では、馬如影(まじょえい)は苦しんで死んだのだな」

「これ以上ない苦しみの中で」

「分かった」


 これまで、ずっと復讐の機会を失っていた。

 だが、馬如影の警戒心は強く、中々近づくことが出来なかった。

 近づいたとしても、ただ殺すだけでは満足できない。

 出来る限り苦しめてから殺害したいと思っていた。


 復讐の機会は、中々訪れなかった。

 馬如影がこの瞬間も平気な顔をして生き続けていることに、苛立ちは膨らみ続けていた。

 いっそのこと、強引に殺してしまおうかとも思った。だが、決心がつかずにいた。


 そうしているうちに、馬如影は殺された。

 花鈴が、復讐を遂げてくれた。

 地獄の苦しみの中で、自殺に追い込んでくれた。

 それは、どれだけ時間があったとしても、蒼嶺だけでは出来なかっただろう。


「まずは、一言だけ言わせてくれ。ありがとう。君たちは、俺の悲願を叶えてくれた」


 そういう蒼嶺の頬には、涙が流れていた。

 蒼嶺はその涙を拭うと、花鈴を見る。


「そのうえで、確認したいことがいくつかある」

「どうぞ。私達は、貴方に味方になって欲しいのです。必要な情報はお伝えするつもりです」

「どうやってその地位を手に入れた? 後ろ盾のない者が昭儀になるのは並大抵のことではない」

「沢山の方に仲間になっていただきました」

「この国を転覆しようという者がそれほど多くいるというのか?」

「いえ、違います。彼らには、これを渡しました」


 花鈴は紙で包んだ白い粉を示した。


「これは、麻薬か?」


 後宮内には、麻薬も出回っている。

 人生を悲観した宦官たちが、麻薬付けになっているのだ。

 後宮も手を打とうとはしているが、芳しくない。

 麻薬が後宮に入るのを手助けしている上級宦官がいるのだ。


「いえ、ただの栄養薬です。人体に害はありません」

「何故そんなもので仲間に?」

「これは『回復役』です」


 回復薬。

 どこかで聞いたことがあるような気がした。

 そして、すぐに思い出した。


『宦官が失ったものを取り戻させるもの』


 眉唾物だと思っていた。

 まさか実在するとは思わなかった。


「これを飲むと……回復するというのか?」

「いいえ。これはただの栄養剤ですから。回復薬というのは、ただの名前ですね。ですが、上級宦官の皆様には、飲むだけで回復すると告げてあります」

「それに騙されるのか?」

「効果は出ます。薬を渡した宦官には、私が按摩をすることになっています。その際、身体に触れることになりますので、私の巫術を使うことになります」

「成程」

「一度処置をしたからと言って、それで終わりではありません。『お客様』の身体は、一定期間は回復するようになっています。完全に回復しないように調整してあるのです。彼らには、薬が切れるとこれまでの治療が無駄になると言ってあります。ですから、高い金を払ってここに通うしかありません。つまり――」


 拳を握り締めて言う。


「彼らの睾丸は私の掌の上にあるのです」

「嫌な言い方だな!?」

「失礼しました」

「あと、何故拳を握り締めた!?」

「勢い余って潰してしまいました」


 花鈴は手を閉じたり開いたりして見せた。

 そんな仕草に、蒼嶺は眉を顰める。


「ま、そんな感じで妃賓『蘭昭儀(らんしょうぎ)』を作り出すことが出来ました。ちなみに、口止めに関しても問題ありません。そもそも、宦官が積極的に『宝』を回復させようとすることは重罪です。明るみに出れば、処罰されます。処罰されなかったとしても、また『処置』を受けなければならなくなります」


 処置というのは生殖機能の再切除だ。

 宦官たちは、あの苦しみを知っている。

 死亡する可能性も高く、生きていても生き地獄。

 それを死に物狂いで避けようとするだろう。


「宦官を味方につけた方法は分かった。だが、それだけでは、この国は亡ぼせないだろう」

「そうですね。ですから、計画を立てたのです。徹底的な復讐を行うための計画――私たちは、それに『紫黒(しこく)の計』という名をつけました。その過程で、貴方には皇帝になってもらいます」

「皇帝に?」

「はい。貴方を皇帝にして、貴方が後宮内で沢山の子をもうければ、二世代ですさまじい量の辰嘉族の子どもが生まれることになります」

「そもそも、俺は宦官だ。子を設けることは出来ない」

「ですから、私の巫術が役に立つのです。実際、回復してきているのでしょう?」

「な……」


 事実だった。

 腐刑により切除されたはずのものが、回復してきているのだ。

 その身体の異変により、蒼嶺は時折痛みに襲われていた。

 だが、これは巫術『律身』によるものだったらしい。

 今思えば、これが巫術を信じさせるための二つ目の根拠だったのだろう。


「勝手に復活させてしまいました」

「それはいいとして――。俺をどうやって皇帝にするつもりだ?」

「まず、蘭昭儀に皇帝の子を産んでもらいます。現在、皇帝からの私が最も多い妃賓は蘭です。私の巫術も使えば、妊娠させることは出来るでしょう」

「蘭昭儀はそれでいいのか?」


 蒼嶺は蘭昭儀を見る。

 すると、蘭は凛とした態度で言葉を返す。


「これが私にできる戦い方なのです。私の巫術は『誘惑』。このために与えられたとしか思えません」

「しかし――」

「それ以上は、私への侮辱です」


 蘭昭儀の言葉に、蒼嶺は何も言えなくなった。

 彼に出来るのは、蘭昭儀の覚悟を無駄にしないことだけだ。


「説明を続けます。並行して、皇帝の血を引く者を謀殺していきます。その際は、蒼嶺様にも協力をしていただくことになります」

「君たちに疑いが向かないようにしろ、ということか」

「はい。そのとおりです。それが住んだら、皇帝を暗殺します。そして、皇帝と蘭の子供に帝位を継がせるのです。蘭は皇太后として、この国を牛耳ることが出来ます」

「それが君たちの復讐か」

「第一段階です。第二段階として、蘭の子供には、帝位を退いていただきます。そして、貴方を皇族に戻します。母親のことは隠したままになりますが」

「それに何の意味がある?」

「計画の第三段階のためです。皇帝となった蒼嶺様には、出来るだけ沢山の子を設けていただきます。役人たちは、貴方の子孫の血を欲しがるでしょう。辰嘉族の血が混じっていることも知らずに。それが進めば、この国の上の人間の大半が、辰嘉族の血を引くことになります。そして、璃燈国では辰嘉族の血を『穢れた血』と呼んでいます。混血もまた穢れた血に分類されます。辰嘉族の血を引く者は、この国において生きる価値はありません」


 その意識は、璃燈国全体に広がっている。

 国が率先して、国民に対してその差別意識を植え付けていたのだ。

 それは、馬如影と彼に操られた皇帝の都合によるもの。


「それを利用するのです。辰嘉族の血を引く者が十分増えたら、事実を公表するのです」


 そうなれば、この国の人間が反発することは必至だ。

 差別の対象であったはずの辰嘉族が、いつの間にか自分の上に立っていたというのだ。


 この国は二分され、苛烈な権力争いが起きるだろう。

 それはいずれ武力闘争に発展し、大きな犠牲が出るはずだ。


「目的は内紛を引き起こすことか」

「そのとおりです」

「俺を皇帝にするのは、蘭昭儀に子が生まれたとしても、生殖能力を持つまでに時間がかかるから、というわけか」

「それも正解です。貴方には、計画のための種馬になっていただきます。実に、皇帝らしい役回りでしょう」

「ああ、そうだな」


 花鈴の皮肉に、蒼嶺は応じた。

 この国では、宦官が権力を持ちすぎている。

 皇帝はただの傀儡でしかない。


「それで、辰嘉族の血を引いていない人間を抹殺するつもりなのか?」

「辰嘉族の血を引いていても、関係ありません。彼らは、この国の国民です」

「狙いは共倒れか!?」


 それが最終目標。

 花鈴たちの復讐だ。

 その過程では、多くの血が流れることになるだろう。

 罪のない人間の命が奪われることになる。


 だからこそ、都合がいいのだ。

 内紛で璃燈国の国力は劇的に下がる。

 そうなれば、周辺諸国は璃燈国の支配に乗り出ることだろう。

 そして、璃燈国の国民は、奴隷身分となることになる。


 それが『徹底的な復讐』なのだ。


「恐ろしいことを……」

「最初に弓を引いたのは璃燈国です」

「それは、分かっている」

「やるのであれば、徹底的に。蒼嶺様、貴方はどうされますか? もっとも、既に退路はありませんが」


 花鈴の言うとおりだった。

 蒼嶺の素性は花鈴たちに知られている。

 彼女たちを裏切ることは出来ない。


 それに――蒼嶺も、その案に乗りたくなっていた。

 彼の心の中には、常に復讐心があった。

 その対象は、馬如影だけではなかった。

 母を殺し、自分を虐げてきたこの国に復讐をしたいと考え続けていた。

 それが蒼嶺の願いだった。


 だから、蒼嶺は心を決めた。

 床に膝をつき、花鈴に対して拱手する。

 だが――。


「それは璃燈国のものです。貴方は辰嘉に居なかったから知らないのも無理ありません。辰嘉族は、こうするのです」


 花鈴は右手で拳を作り、胸に当てた。

 心臓のあたりだ。


「これが辰嘉族での敬意の示し方です。立場に関係なく、互いにこれを行うことになります」


 蒼嶺は、同じようにした。


「では、これを」


 花鈴は蒼嶺に、一本の簪を差し出した。

 それは、花鈴が使っていたもの。

 黒くて地味な簪だと思ったのを覚えている。


「これは、どういったものでしょう?」

「二十年前、蒼美様が辰嘉族の家に置いていったものです。『これを私だと思ってください』と言い残していました」

「母上が……」


 その簪には、紫色が混ざっていた。


「これは『紫黒の簪』と呼ばれていました。辰嘉族において、紫黒といえば、蒼美様のことを指すことになります。この簪は、族長の娘である私が受け継いでいました。ですが、これは貴方が受け継ぐべきものであると考えます」


 蒼嶺は、両手を差し出し、簪を受け取った。

 これは母親の形見。

 決して手放すことはないだろう。


「ありがとうございます」


 気が付けば、蒼嶺の瞳から涙がこぼれていた。


「花鈴――いえ、宵蘊(しょうう)様。『紫黒の計』というのは、この簪からとったものなのでしょうか」

「そのとおりです。これは、私達辰嘉族の復讐です。そして、最初に害されたのは蒼美様に他なりません。勝手ながら、この簪から『紫黒』の名をいただきました」

「……ありがとうございます」


 蒼嶺は、簪を懐にしまった。

 そして、花鈴を――否、宵蘊を前に跪く。


「これより、俺は貴女の武器となります。ありとあらゆる策謀を巡らし、必ずや計画の役になって見せます。それが貴女に出来る、俺の唯一の恩返しです」

「頼りにしています」


 そう言って、宵蘊は蒼嶺の頭に手を置いた。

 こうして、璃燈国滅亡計画――『紫黒の計』に、新たな仲間が加わった。


 この瞬間、金城鉄壁たる璃燈国に、最初の綻びが出来たのだ。

 それが音を立てて崩れるのは、いつの日になるのか。

 それを知る者は、まだいない。

これで完結になります。

中華ミステリを書いていたら、復讐譚になっていました。

最後になりますが、よろしければブックマーク登録、評価をお願いいたします。

感想などもお気軽にお寄せください。

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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