第6話 紫黒の計
二年前――。
璃燈国軍は、辰嘉族を虐殺した。
戦える者も、戦えない者も、女も、子供も。
辰嘉族の人間というだけで、躊躇なく殺した。
そんな中、族長の娘・辰宵蘊は命からがら外に逃れた。
彼女には、婚約者がいたが、彼は璃燈国軍との戦いで命を落とした。
蘭は、その婚約者の姉だった。
虐殺から逃れた二人は、復讐を決意した。
それも、ただの復讐ではない。璃燈国の全てを滅ぼす徹底的な復讐だ。
だが、こちらの戦力は女二人。
巫術があるとはいえ、数の力には勝てない。
だから――内部に入り込むことにした
後宮に入り込むのは容易だった。
身体検査はされるものの、彼女たちの計画に武器は必要なかった。
必要なのは、策謀と巫術だけ。その二つは、容易に後宮内に持ち込める。
後宮に入った花鈴たちには、予想通り宦官たちが近寄ってきた。
その理由は、当然のことながら蘭の美貌だ。
彼女の美しさが皇帝の目に留まるのは、時間の問題だった。
だから、権力を欲する宦官たちは、己の陣営に彼女を入れたがったのだ。
その中で、蘭は上手く立ち回った。
下級・中級の宦官には目もくれず、複数の上級宦官の庇護下に入ったのだ。
だが、彼らの言いなりになったわけではない。
蘭には、秘策があった。
それは、ある『秘薬』を使うもの。
その薬は、後宮内では決して出回ってはいけないものだった。
その『禁断の薬』の人気は高く、いつしか宦官たちは、必死になって薬を欲するようになった。
彼らは薬を手に入れるために、進んで蘭に助力するようになった。
馬如影もその中の一人だ。
辰嘉族の虐殺に彼が関わっていることはすぐに分かった。
この男さえいなければ、今も辰嘉族は北の土地で穏やかな生活をしていたはずだ。
だが、すぐには殺さない。
花鈴たちの目的は、徹底的な復讐なのだ。
上級とはいえ、宦官一人を殺したところで何も変わらない。
既に後宮内には、彼によって作られた繋がりがある。
その全員を排除することが、復讐の第一歩だった。
そのための手段は、考えていた。
馬如影を自殺させるのだ。
そうすれば、彼の関係者を排除することが出来る。
×××
花鈴たちは、馬如影に取り入った。
彼に取り入ろうとする者は多くいる。
だから、花鈴たちもその一人だと思われたようで、警戒はされなかった。
それどころか、花鈴から渡された『薬』を抵抗なく飲んでいた。
馬如影が死んだ日。
花鈴たちは、『回復した機能を確認する』という名目で、馬如影を人気のない宮に呼び出した。
人はらいも馬如影自身にさせており、大きな音を出しても、誰も気づかない状態になっていた。
現れた馬如影は、興奮気味に目を血走らせていた。
そんな彼を、蘭昭儀は微笑みと共に迎えた。
「馬如影様。ようこそいらっしゃいました」
「うむ。それで、どうすればいい?」
「こちらの薬をお飲みください。これまでのものは機能を回復するものでしたが、こちらは機能を活発にするものです」
蘭昭儀から渡された薬を馬如影は躊躇うことなく飲んだ。
それ程までに、馬如影は蘭昭儀を信用していた。
今回、蘭昭儀が用意したのは、身体を麻痺させる薬だった。
馬如影はその場に崩れ落ちる。
だが、蘭昭儀に騙されたとはまだ思っていないらしい。
彼は不思議そうに蘭昭儀を見上げながら、助けを求めた。
「手を貸してくれ。体に力が入らない」
自分の身体に何が起きたか分かっていないらしい。
これから何が起きるかも分かっていない。
まだ助けてもらえると思っている。
「如影様、しっかりしてください」
そう言って、花鈴は徐栄を椅子に座らせた。
そして、倒れないよう襟首を掴んだ。
その雑なやり方で、ようやく馬如影は騙されたことに気づいたようだった。
彼は呂律が回りにくくなった口で問いかける。
「私に何を飲ませた!?」
「勿論、身体の自由を奪う薬です。意識は残るのでご安心ください」
花鈴は、身体の自由が利かなくなった如影の髪を掴み、頭を上げさせる。
そして――。
「馬如影。私が誰だか分かるか?」
態度を豹変させた。
少し前までは、蘭昭儀に仕える地味な宮女だったはずだ。
それなのに、まるで違う。
容姿は変わっていないのに、今は蘭昭儀以上の存在感があった。
その威圧的な恐怖に、馬如影は目を見開いた。
「誰か! 誰か、助けに来い!」
「無駄だ。人はらいはお前がした。それに、この殿は香の調合をするためのものだった。気密性が高くなっている。外に音は聞こえない」
「お前は、誰だ?」
「私は辰嘉族の人間だ。お前に村を滅ぼされた」
その言葉を聞き、如影は顔を歪ませた。
「生き残りが後宮にいたというのか!?」
「そうだ。復讐の機会をずっと狙っていた。お前に薬を渡して油断させ、回復した機能を確認するという題目でようやく一人にさせることが出来た」
「わ、私をどうするつもりだ!」
「安心しろ。すぐには殺さない」
「拷問でもする気か? 拷問の痕が残ったら、捜査が行われる。お前もただでは済まないぞ!」
「こちらの心配は結構だ。それよりも、一つ聞かせろ。辰嘉族に詫びる気はあるか?」
「わ、詫びる! 金もやる! だから、命だけは助けてくれ!」
情けない声で言う如影。
それに対し、花鈴は突き刺すような視線を向け続けていた。
「……いいだろう。それ相応の罰は受けてもらうが、命だけは助けてやろう」
「本当か!?」
「ああ、本当だ」
花鈴の言葉に、如影は表情を緩める。
この期に及んで、本当に命が助かると思っているのか。
あるいは、ただの現実逃避なのか。
如影は更に提案をする。
「そうだ、これから手を組まないか? 辰嘉族ということは、巫術を使えるのだろう? それを使えば、後宮内で皇帝を凌ぐほどの権力を握ることも可能だ!」
「そうか。考えておこう」
「ああ。後悔はさせない」
如影は笑った。
これで助かったと思ったのだろう。
だが、そんなわけがない。
花鈴は告げる。
「それでは、私の巫術を教えておこう。私の巫術は『律身』というもので、身体を操作するものだ。基本的には自分の身体が対象だが、直接触れていれば他人の身体も操作できる」
「他人の身体も……」
如影は何かに気づいたようだ。
だが、それを花鈴は無視して、如影の口を布でふさぐ。
そして頭に触れると――。
「んあああああああああああああ!?」
如影はくぐもった叫び声をあげた。
花鈴が行ったのは、脳への刺激だ。
痛みというものは、神経を通して脳へと届けられる。
つまりは、肉体が発する電気信号なのだ。
だから、花鈴の巫術を使えば、本当に拷問にかけられる以上の痛みを与えることが出来る。
手を離すと、如影はぐったりしていた。
全身に汗をかいており、目も虚ろだ。
「さて、馬如影。お前は今、地獄の苦しみを味わったはずだ。時間にして、ほんの五秒間ほど」
如影の目が花鈴に向けられる。
この五秒間で、彼は別人のようにやつれていた。
身体は情けなく震え、瞳には恐怖が溢れていた。
もう止めてくれ、と表情で訴えかけてくる。
だが、それで止めるはずがない。
花鈴は告げる。
「夜が明けるまでに、どれくらいの時間があったかな」
少なくとも四時間。
五秒拷問を行い、五秒休憩を入れる。
十秒で一セット。
そう計算すると――。
「144回。どこまで耐えられるかな?」
花鈴がそう告げると、如影は涙を流し始めた。
それほどの苦しみが、彼の身体を駆け巡ったのだ。
すると、横から蘭昭儀が口を挟む。
「花鈴様、1440回です」
「ん? ああ、そうか。間違えた」
「わざとですね」
「勿論だ」
そう言って、花鈴は如影を見た。
「それでは、ほんの少しでも私の心が晴れることを祈って、拷問を再開しよう」
花鈴は如影の頭に触れた。
すると、如影はくぐもった叫び声を上げる。
花鈴が巫術を使うと、馬如影の全身が強張った。
彼の脳内では、全身を切り刻まれるような、そして摺りつぶされるような痛みが襲い続けているはずだ。
彼に出来ることは、それに耐えることだけ。
いや、最早耐えることも出来ていない。
今の彼は、ただ痛みに晒されているだけだ。
肉体に傷はつかなくとも、命を落としてもおかしくはない。
だが――。
そんな彼に、花鈴は微笑みを向けた。
「心配をすることはない。拷問の中で死ぬことのないようにしてある。お前は、心おきなく拷問を受け続けるといい」
×××
拷問を開始してから一時間が経過して――。
如影は正気を保ててはいなかった。
虚ろな瞳で中空を見つめ、身体には全く力が入っていない。
「許しを乞え」
「許してくれ……」
「断る」
拷問は続く。
殴られる痛み。
切り刻まれる痛み。
摺りつぶされる痛み。
ありとあらゆる痛みを、花鈴は与えていった。
決して慣れが訪れぬよう、必要な休息だけは入れて。
蘭昭儀は、それをただ後ろから見ていた。
その目には、怒りの炎が灯っていた。
それが更に二時間続き――。
花鈴は、拷問を中断した。
「さて、馬如影。お前に選択肢をやろう」
花鈴は縄を床に投げ置く。
「機会は一度だけだ。よく聞け。お前には、死んで楽になる権利をやる。そこの梁に縄を括り付け、自ら首を吊ることを許してやる。それをしなかったら、朝まで拷問が続く。どちらを選ぶ?」
「……殺してくれ」
「断る。お前が自ら死ぬのだ」
「分かった。死なせてくれ」
身体はろくに動かないはずだ。
如影は椅子の上に立ち、ゆっくりと縄に首を入れる。
そして、躊躇うことなく椅子を横倒しにした。
如影の身体が宙に浮き、首に縄が食い込んだ。
それを見ながら、花鈴は告げる。
「首を吊ると、頸動脈が締め付けられ、通常七秒程度で意識を失う。だが、喜べ。出来る限り苦しみが続くよう、限界まで意識を失わないようにしておいてやった」
馬如影は苦しみ続けた。
だが、縄から逃れようとはしなかった。
もしもそれが成功してしまえば、また拷問が始まる。
それだけは避けたかったのだ。
こうして、馬如影は死んだ。
花鈴たちは、目的の一部を達成することが出来た。
だが、彼女たちの復讐は終わらない。
他にも復讐の対象はいる。
復讐は徹底的に行う。
そして、最後にはこの国を亡ぼす。
それが彼女たちの復讐計画――『紫黒の計』なのだ。
次回、最終回です。
お楽しみいただければ幸いです。




