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第5話 偽られた死(真相編)

 馬如影の死から七日が経過した。

 事件は『自殺』によるものとして処理された。


 その結果、馬如影の関係者が処罰された。

 処刑された者もいれば、身分を奪われて追放された者もいる。

 その数は二百を超えた。

 検死を行った医官も処罰され、下級宦官となっている。


 当然、抵抗する者もいた。

 彼らを制圧するには長い時間がかかるだろう。

 もしかしたら、こちらが潰されてしまうかもしれない。


 そう思っていた。


 だが、意外なことに、蒼嶺の味方をする宦官が多く現れた。

 彼らは馬如影を目の敵にしていたのだろう。

 だが、こうもあっさりと反・馬如影の立場を表明してくれるとは思わなかった。


 その結果、処分は拍子抜けするほど順調に行われた。

 処分を受けた者たちは、蒼嶺に怨嗟の声を向けた。

 それは聞くに堪えないものばかりだったが、その声は蒼嶺の心を少しだけ軽くした。


 直接の復讐が出来なくとも、間接的な復讐をすることは出来た。

 馬如影が築き上げてきたものを破壊することが出来た。

 怨嗟の声は、それを証明している。


 だが――。

 屈辱と恨みは決して消えない。

 この思いは、ずっと抱えていくことになるのだろう。

 そう考えていると、同僚の律安が声をかけてきた。


「お疲れ」

「律安か」

「お前、大丈夫か? 調子が悪そうだぞ」

「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 実際のところ、蒼嶺は身体に異変をきたしていた。

 その切欠が何なのかは分からないが、そのせいで時折痛みが全身に走るのだ。

 だが、このことは誰にも相談するわけには行かない。


「まぁ、お前が大丈夫というなら、信じるけどな。それより、これで馬家が一掃されたな。また勢力争いが始まるぞ」

「それは俺の知ったことではない」


 蒼嶺はぶっきらぼうに言う。

 そんな彼に、律安は声を低くして告げる。


「なぁ、蒼嶺。今回の件、やり過ぎだったのではないか?」


 その言葉に、蒼嶺の怒りが静かに爆発した。

 蒼嶺は律安に怒りのこもった目を向ける。


「やりすぎ、とはどういうことだ?」

「確かに、馬如影には黒い噂が付きまとっていた。でも、一族郎党や関係者に処罰が及ぶような処理をしなくてもよかったんじゃないか? 子どもも多く処刑されていた」

「では、あの少年宦官がどうなってもよいと?」

「あの子は虚偽の証言をしたことで、処刑されたよ」


 蒼嶺は目を見開いた。


「知らなかったのか?」

「いや、知っていた。ただ、気にしていなかっただけだ」

「そもそも、お前はあの少年宦官のことを気にかけて事件を調べていたのではなかったのか?」


 あの少年宦官については、言い訳でしかなかった。

 事件を再度見直すための言い訳。


()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、そうかい」


 律安は突き放すように返事をした。


「それよりも、用意はしておいてくれたか?」

「蘭昭儀への礼の品、だろ?」


 蒼嶺は、母を失ってから復讐のことばかり考えていた。

 それに、女官たちは彼の風貌を目当てにあちらから寄ってくる。

 だから、女性に贈り物をしたことがなかった。

 女性に何を送れば喜ばれるか分からなかったのだ。

 だから、律安に用意してもらえるよう頼んでおいたのだ。


「はいよ、これだ」


 律安が差し出した箱の中には、雪玉のようなものがいくつか入っていた。


「これは……なんだ?」

「『艾窩窩(がいかか)』っていう菓子だよ。もち米の中に、胡桃とかの入った餡を入れたものだ。厨房にいる女官に『蒼嶺が欲しがっている』と言ったら、作ってもらえたよ」

「余計な一言を付け加えるな」

「必須の一言だ。お前の名前を出さなければ、作ってもらえなかっただろうな」

「だが、礼に食べ物というのはどうなのだろうか?」


 蒼嶺の言葉を聞き、律安は呆れたように顔をしかめた。


「形が残る物を送る方が面倒なんだよ。後宮内の女は、全員皇帝の所有物だ。特に蘭昭儀は皇帝のお気に入りだ。宦官であっても、下手な疑いをかけられる可能性は極力排除したほうがいい」

「成程な」


 蒼嶺は感心していた。

 律安は、人間関係を踏まえた上で上手く立ち回ることに長けている。

 軽々しい言動も、そのための一つの手段なのだろう。


「ありがとう、助かった」

「礼は仕事で返してくれ。具体的には、俺の分もやっておいてくれ。いや、やっぱりそれは詰まらないな。いつものことだし」

「その点については猛省を求める」

「それじゃあ、あの地味な嬢ちゃんとどうなったのかを教えてくれよ。何か進展はあったのか?」


 地味な嬢ちゃん――とは、花鈴のことなのだろう。

 それ以外に心当たりはない。


 だが――。

 それを聞いた蒼嶺の思考が一瞬だけ停止した。

 何か、とんでもない事実に直面してしまったような気がしたのだ。


「どうなった、とは?」

「実は……あの嬢ちゃんに頼まれていたんだよ。お前に近づきたいと。蘭昭儀には相談に乗ってもらったから、その下についている嬢ちゃんの願いを叶えてやりたくて、お前に蘭昭儀のところに行くよう言ったんだ」


 蒼嶺は驚く。

 花鈴はそのようなそぶりを一切見せていなかった。


 だが、律安は見せていた。

 花鈴を連れて掖廷に戻った時、彼は手を上げていた。

 あれは蒼嶺ではなく、花鈴に向けたものだったのだ。


「それは、いつのことだ?」

「確か、場如影が死んだ日の三日前くらいだったと思うぞ」


 蒼嶺は目をつぶり、思考にふける。

 偶然だったらいい。

 だが、全てが偶然ではなく、必然だったとしたら。

 全てが仕込まれていたのだとしたら――。


 ――蘭昭儀が何かを企んでいた、ということなのだろうか。


 そう考えるしかない。


 だが――。

 それもまた何かがおかしい気がした。

 何かが決定的に足りていない。

 そう思えて仕方がないのだ。


     ×××


 蒼嶺は艾窩窩を持って蘭露宮へと出向いた。

 すると、以前と同じように花鈴が出迎えた。


 蒼嶺が用件を伝えると、すぐに屋敷の中へと案内された。

 その時、蒼嶺は何か違和感を持ったが、深くは考えなかった。


 屋敷では、以前と同じように蘭昭儀が待ち構えていた。

 相変わらず、威圧するような色気と共に出迎える。


「お疲れさまでしたね、蒼嶺様」

「おかげさまで、真相にたどり着くことが出来ました。本日は、お礼の品をお持ちしました」


 そう言って、花鈴に艾窩窩が入った箱を渡す。

 蘭昭儀は、花鈴からそれを受け取ると、箱のふたを開けた。

 その中には、真っ白な雪玉のような菓子が敷き詰められていた。


「これは――」

「艾窩窩ですね」


 戸惑っている蘭昭儀に対し、指摘する声があった。

 蒼嶺は少しの間、それが誰の声だか分からなかった。

 消去法で考えれば、蘭昭儀でも蒼嶺でもない人物――花鈴の声だということは簡単に分かるはずだった。


 だが、違うのだ。

 以前会った時とは、花鈴の様子がまるで違った。

 人形のように無表情だった彼女は、菓子を見ながら、嬉しそうな笑みを浮かべている。

 年相応の無邪気な態度だ。


 ――また、分からないことが増えた。


 蒼嶺は眉間にしわを寄せた。

 だが、ここで立ち止まるわけには行かない。

 既に、彼の周りには不可解な出来事が立て続けに起きている。

 今更謎が増えたところで、誤差の範囲内だ。


「ところで、蘭昭儀。お伺いしたいことがございます」

「何かしら?」

「沈律安から聞きました。花鈴を使い、私がこちらに出向くよう誘導していた。そうですね?」


 それを聞いた蘭昭儀の口元に笑みが浮かんだ。

 蒼嶺がそれに気づくことは、想定内だったのだろう。

 あるいは、気づくように誘導されていたのかもしれない。


「仮にそれが事実だとして――何のためにそのようなことをしたというのです?」

「事件を思い通りに動かすために」

「具体的には?」

「蘭昭儀は、俺が『自殺』だと判断するよう誘導していたのではないですか? 馬如影の関係者を後宮から排除するために」

「面白いお考えですね」


 蘭昭儀は余裕の表情を崩さない。

 これを崩すことは、蒼嶺には難しいだろう。

 まだ、何かが決定的に間違っている気がする。

 そんな逡巡をしている蒼嶺に、蘭昭儀は尋ねる。


「では、どのように自殺をさせたと?」

「薬で眠らせて、首をつらせたのです。その後、死亡を確認してから再度首を絞めた。これで『他殺に見せかけた自殺』ができます」

「では、誰がそれをしたと?」

「それは……分かりません」


 実際のところ、馬如影の死には蘭昭儀が関わっていると考えていた。

 彼女自身や花鈴が犯人である可能性もある。だが、それを証明するための証拠がない。


「はっきり言っていただいて構いませんよ。貴方は、私が犯人だと思っていらっしゃるのですよね?」

「はい」


 蒼嶺は肯定した。

 ここまで来たら、最早否定をする意味はない。

 真実を明らかにするために、肚を決めていたのだ。


「昭儀である私に対し、根拠なく疑いをかけるとは。呆れたものです。このことが皇帝陛下の耳に入れば、貴方はどうなるでしょう?」

「覚悟の上です」

「拷問の上処刑されても構わないと?」

「真実を知るためならば」


 蒼嶺はそう答えた。

 すると――。

 蘭昭儀は高らかに笑う。


「ふふっ、ははははっ、面白いっ! やはり、貴方は私達が思ったとおりの方でした」


 その様子を蒼嶺はただ見ているしか出来なかった。

 何故笑われているのかが分からない。

 ただ――その笑い声に、恐怖を感じていた。

 ここから逃げ出したくて、仕方がなかった。

 だが、動くわけには行かない。

 耐えていると、蘭昭儀が口を開いた。

 そして、告げる。


「いいでしょう。これで、合格とします」

「合格?」

「それでは、真実を明かしましょう」


 蘭昭儀が言う。

 未だに分からないことが多すぎる。

 だが、これでようやく真実にたどり着ける。

 そう思った蒼嶺だったが――。


「その前に、蒼嶺様に真実を明らかにしていただく必要があります。これから一つだけ質問をしますので、正直に答えてください」


 その言葉を聞き、蘭昭儀を警戒する。

 先ほどまで問い詰めるつもりでいたのだ。

 そして、それはある程度成功した。

 それなのに――。


 ――この方は、何を知っている……?


 一言で立場が逆転してしまった。

 蒼嶺が追い詰められてしまった。

 蘭昭儀は、その言葉を告げる。


「何故貴方は、少年宦官が犯人ではないと考えたのですか?」


 その言葉は、蒼嶺を警戒させた。

 それを尋ねるということは、既に調べはついているのだろう。

 だが、敢えてそれを告げていないのだ。

 蒼嶺が黙っていると、蘭昭儀は言葉を続けた。


「首を絞めることは子供でも可能です。貴方は自殺と他殺の区別もついていなかった。それなのに、少年宦官が犯人ではないと確信していた。何故でしょう?」


 蒼嶺は答えない。

 蘭昭儀は、構わず話を続けた。


「では、推理いたしましょう。一つ目の可能性。殺された馬如影は清廉潔白な人間であり、人から恨まれることなどなかった。誰もが彼を敬愛していた。だから、殺されるはずがないと考えた」

「違います」


 蒼嶺は苦しそうに言った。

 蘭昭儀が本気で言っているわけではないということは分かっている。

 だが、馬如影をほめる言葉を耳に入れることすらしたくなかった。

 それだけで、臓腑が煮えくり返るような思いになるのだ。


 蘭昭儀は続ける。


「では、可能性その2。論理的に考えた末に、少年宦官が犯人ではないと考えた。しかし、これはないでしょう。もしそうであるなら、貴方が黙っている必要がありません」

「結論は何だというのですか?」


 蒼嶺は尋ねた。

 真実は分かるはずがない。

 だが、不安で仕方がない。

 頭がくらくらする。


「可能性その3。不思議な力で、他人の嘘を暴くことが出来る」


 蘭昭儀は、さらりと告げた。

 その余りにあっさりとした言い方に、蒼嶺は思考を止めてしまっていた。

 だが、少しずつ内容を理解していく。


「貴方には『巫術』の才がある。貴方は嘘が分かるのですね?」


 誰にも気づかれたことがなかった。

 母親からは、気づかれないようにするよう告げられていた。


「何故そう思うのです?」

「嘘をついた時、辛そうな表情をしていました。ほんの一瞬ですが。そういう巫術を持っているのでしょう?」


 図星だった。

 だが、認めるわけには行かない。


 これが事実だと知られたら、弱みを握られたことになる。

 それは、この後宮内では致命的だ。

 辰嘉族の血を引いていると知られたら、全てを失う。

 勘違いだと主張しなければならない。

 その為に、蘭昭儀がついた嘘を思い出そうとするのだが――。


「そもそも、貴女は俺の前で、一度でも嘘をついたのですか?」

「いいえ、ついていませんわ」


 蘭昭儀はあっさりと答えた。

 蒼嶺は、蘭昭儀の嘘に反応したことはない。


「では、嘘をついた時の俺の様子など――」


 そこで言いよどんだ。

 蘭昭儀からは嘘をつかれていない。

 能力を使ったところを見られていない。

 だが、他に見ていた者がいる。

 嘘だらけの後宮で苦しむ様を見ていた女。

 それは――。


「君か」


 蒼嶺は花鈴を見た。


「はい。そうです」


 花鈴はあっさりと認めた。


「この流れを計画したのは、君なのか?」

「そうです」

「ここまで、全て君の想定どおりだったのか?」

「そうです」


 全て、手のひらの上だった。

 この得体の知れない宮女――花鈴。


 考えてみれば、不気味な女だった。

 初めて会った日、蒼嶺の前にいた彼女には、表情がなかった。

 緊張して表情が失われたわけではない。

 ただ、無であった。

 そんな人間を蒼嶺は見たことがない。

 これまで無数の人間と接してきたが、そんな人間は一人もいなかった。


 だが、まだ疑問は残る。

 蒼嶺は、花鈴の前でも油断はしていないはずだ。

 最初から疑ってでもいない限り、分からないはずだ。

 何かがおかしい。

 まだ、解き明かされていない謎がある。


「君は、一体何者なんだ?」


 蒼嶺は、花鈴にそう問いかけた。

 すると、蘭昭儀が立ち上がり、近寄ってきた。

 何をするつもりかと、蒼嶺は身体を緊張させた。


 だが、蘭昭儀は蒼嶺の横を通り過ぎると、花鈴の隣まで移動した。

 そして――花鈴に対して、跪いた。


 昭儀がただの宮女に跪く。

 それは、到底ありえないことだ。

 それが成立するのだとしたら――。


 ――彼女たちには、別の立場がある、ということか。


 その推測は正しかった。

 蘭昭儀が言う。


「このお方は、辰嘉族が族長『辰玄隆』の嫡子にして、最後の『姫君』――辰宵蘊しんしょううん様です」


     ×××


 花鈴の正体を聞き、蒼嶺は愕然としていた。

 辰嘉族の生き残り――しかも族長に連なる人間が後宮にいるとは想像もしなかった。

 それが嘘ではないことは、蒼嶺には分かる。

 彼の巫術が、それが事実だと告げるのだ。


「蒼嶺」


 花鈴が名を呼ぶ。

 それは、上位からの呼びかけ。

 蒼嶺は、その言葉に畏怖する。


「貴方は辰嘉族の末裔です。この国は仇。貴方が仕えるべきは、皇帝ではなく、この私――辰宵蘊です。蘭昭儀は、元々私の婚約者であったら男――蘭緋月の姉。今は、私に仕えています」

「それを信じられると……?」

「私の巫術――『律身』は、その名のとおり身体を操作するものです。体調を操作したり、反射が行われないようにすることが出来ます。貴方には、心当たりが二つあるはずです」

「二つ?」


 一つは思いついた。

 蒼嶺の巫術で嘘を見破ることが出来なかったのだ。

 その巫術について詳しく調べたことはない。

 だが、おそらく相手が嘘をつくときに現れる微かな変化に反応しているのだろう。


 それは無意識化で行われるもの。

 だが、花鈴の巫術で、それも操作できるのだとしたら。

 嘘であっても、巫術で見抜くことが出来なくなる。

 そう考えれば、筋が通る。

 謎が解ける。


 だが、もう一つはなんなのだろうか。


 ――いや、どうでもいい。


 一つ目で十分だった。

 花鈴は辰嘉族の末裔。

 それを信じることが出来た。

 だからこそ、ここで聞いておかなければならない。


「聞かせてくれ」

「何でしょう?」

「あの宦官――馬如影は、どうやって死んだ?」

「自殺です」


 その言葉に、蒼嶺は落胆した。

 だが、花鈴の言葉はそれで終わらなかった。


「ただし――ただの自殺ではありません」

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