第7話 賢妃(後編)
翌日――昼前に、柳娘が蘭露宮を訪ねてきた。
賢妃からお礼の品を預かり、持ってきたというのだ。
雪瑛は柳娘を屋敷の中に招き入れた。
雪瑛の前で、柳娘は拱手する。
「この度は、ご協力いただきありがとうございました、本来であれば、賢妃から直接お礼を申し上げるべきところですが、所要により出向くことが出来ず申し訳ありません」
「お気になさらず。既にお褒めの言葉は頂いています。また、褒美として柳娘さんにもいらしていただくことが出来ました」
「こちらは、お礼の品になります。どうか、お納めください」
漆の塗られた箱を花鈴が受け取る。
机の上で蓋を開けると、中には紋様が入った蒸し菓子が入っていた。
色は白と茶。栗の豊かな香りが漂って来た。
「蘭昭儀は、美味しい食べ物を好まれると伺っています」
「あら、誰から聞いたのかしら?」
「沈律安という宦官です」
「成程。それで、これはどういったものなのかしら?」
「栗糕です。栗をすりつぶし、粟粉と一緒に成型したものです。最後にはちみつで味を調えています」
「そう言えば、蘇賢妃は『朔狼族』の出身でしたね。確か、栗と粟が名産でしたね」
「はい。この栗糕は『朔狼族』を象徴するものなのです。紋様も朔狼族のものを入れさせていただきました」
「ありがたくいただきます。蘇賢妃は、外から来られた方ですから、後宮内では色々と大変でしょう。是非お力になりたいわ。お伝えいただけるかしら?」
「勿論です。蘇賢妃もお喜びになるかと」
「さて、それでは堅苦しいお話はここまでにしましょう。早く食べてみましょう」
そう言って、雪瑛は箸をつけようとした。
だが、それを花鈴が止める。
「お待ちください、蘭昭儀。まずは、私が毒身をしましょう」
いつぞやの仕返しとばかりに、花鈴は笑みを浮かべた。
そして、栗糕を橋で掴み、ぱくりと口に入れた。
見せつけるように咀嚼をしながら、ゆっくりと食べ終えた。
「うん、これは美味しいですね。栗そのものの味をはちみつの入った生地が包み込み、調和のとれた甘味が口の中に広がります。食感もよく、いくらでも食べられそうです」
花鈴が表情をほころばせる。
雪瑛も箸を伸ばしたが、また止められる。
「まだ毒味は終わっていません。蘭昭儀の分に毒を仕込まれている可能性もあります。全て一部を私が食べてから、蘭昭儀の口に入れるようにしてください」
「あら、これは賢妃様が用意してくださったものよ。そもそも、毒見をしようというのが失礼なのではないかしら?」
「そんなことを言ったら、ここで出される食事は全て皇帝陛下が用意してくださったものということになります。毒味役の存在そのものが不敬ということになりかねません」
「花鈴」
「何です?」
「おねがい」
雪瑛は首を可愛らしく傾げた。
花鈴はこれに弱い。
「仕方がありませんね。では、毒味はこれで終了です。大変美味しゅうございました」
「わーい」
雪瑛も食べ始める。
花鈴は、二つ目の栗糕に橋を伸ばしていた。
そんな二人を柳娘が見ていると、花鈴に声をかけられた。
「柳娘も食べないと、全部蘭昭儀に食べられてしまいますよ」
「え、あ、うん。私も食べていいの?」
「勿論です。美味しいものは、その場にいる人の共有財産です」
花鈴に言われ、柳娘は笑みをこぼした。
「この蘭露宮は面白いところですね」
「あら、そうかしら?」
雪瑛が上品に答える。
「蘭昭儀と花鈴は姉妹のように仲が良い。人が少ないというのもあるでしょうが、こういう宮は憧れます」
「ありがとうございます。花鈴とは、ここに来る前からずっと一緒でしたから。昭儀と侍女の関係というより、身内のような関学が近いのかもしれません。なるべく人前では公私の区別をつけるようにしているのですが、ここではどうしても油断してしまいますね」
二人は笑いあった。
穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。
だが、その平穏は突如として破られた。
屋敷の中に、突如として重い足音が響いた。
何者かが挨拶もなしに乱暴に入って来たのだ。
その人物は「蘭昭儀!」と叫んで、屋敷の中を進んでくる。
その声の主は――。
××
掖廷令で、蒼嶺は今朝起きた事件についての報告を受けていた。
昨日捕まえた梁祁安が、隠し持っていた刃物を使って暴れたというのだ。
その際、尚服令である杜麗芳が切りつけられ、重傷を負った。
祁安は逃亡し、現在も行方が分からなくなっている。
その報告が、昼前になって初めて掖廷令に対して行われた。
尚服局が事件の隠ぺいをしようとして、報告を遅らせたのだ。
その結果、掖廷令は大騒ぎになった。
刃物を持った危険人物が後宮内を逃げ回っているというのだ。
人員を総動員して犯人の確保及び後宮内の治安維持に取り掛からなければならない。
掖廷令の長である魏慎衡は、役人たちを前に檄を飛ばした。
「あってはならない事態が起きた。各妃賓の警護担当は、即刻それぞれの宮に向かえ! 手の空いている者は、街路を徹底的に捜索しろ! 何としても、梁祁安を見つけ出せ!」
「「「はい」」」
慎衡の指示に従い、役人たちが後宮内に散らばる。
蒼嶺は蘭露宮に向かっていた。
裸の宦官事件において、犯人を見つけたのは雪瑛たちだ。
その方法も、極めて特殊なものだった。
復讐のために真っ先に向かう可能性がある。
下手をすれば、今この時も花鈴たちが襲われているかもしれない。
蒼嶺は、一刻も早くたどり着けるよう、全力で走り続けた。
蘭露宮の門は、相変わらず開きっぱなしだった。
人の姿は見えない。
蒼嶺は急いで屋敷に向かった。
挨拶のために呼びだす手間も惜しかった。
屋敷の中に入ると「蘭昭儀!」と声を上げた。
すると、花鈴が出てきた。
「何だ、蒼嶺様ですか。何があったのですか?」
「祁安が逃亡した。今朝、尚服局が彼の処刑を執り行おうとしたところ、隠し持っていた刃物を使って縄を切り、杜麗芳を襲った。杜麗芳は重傷を負っていて、現在治療中だ」
「……もう昼前になりますが」
「尚服局が情報を隠していた。このことが明るみに出れば、令辰の事件を隠ぺいしたことまで皇帝に伝わってしまう。だから、自分たちだけで祁安を捕まえようとしたらしい」
「そうですか。それで、心配して来てくださったというわけですね」
そのとおりだった。
だが、花鈴は平然としている。
雪瑛が襲われるという事態は起きていないようだ。
蒼嶺は一安心すると、背筋を伸ばした。
「真っ先にここが狙われる可能性があった。取り急ぎ俺が参じたが、しばらく警備の者を置かせてもらいたい」
「それは、構いませんが――」
花鈴はちらりと部屋の奥の方に視線をやる。
そこには、雪瑛と柳娘がいた。
「蒼嶺さん、いらっしゃい」
蘭昭儀は蒼嶺に対し、呑気に笑顔を向けた。
蒼嶺は雪瑛を見てから、その隣にいる柳娘を見た。
この時になって、ようやく彼女の存在に気づいたらしい。
「お客様がいらっしゃっていましたか」
「初めまして。私は柳娘と言います」
その言葉を聞き、蒼嶺の動きが止まる。
初めまして、という言葉が嘘だった。
ということは、会ったことはあるし、それを覚えている。
それにもかかわらず、敢えて嘘をついているということだ。
一体、何者なのか――。
蒼嶺は、柳娘の顔をじっと見つめた。
そして、どこかで見たことがあるように思い――その正体に気づいた。
巫術がなければ疑問にすら思わなかっただろう。
ただの宮女。着ている服から見れば、下級の者と判断するところだ。
だが、違う。
彼女が下級宮女など、とんでもない話だった。
蒼嶺は拱手をして、静かに尋ねた。
「貴女は、蘇賢妃ですよね?」
「うん、そうだよ」
璃燈は、あっさりと答えた。
それは、嘘ではなかった。
××
花鈴が蒼嶺を見ると、蒼嶺は右手を二回、ほんの少しだけ開いた。
それが『嘘ではない』という合図だ。
柳娘の言葉は『嘘ではない』――つまり、彼女は本物の蘇賢妃ということになる。
ただ、蒼嶺の巫術がなければ、納得はしなかっただろう。
それが“普通の反応”だ。
だから、花鈴は態度を変えないまま柳娘に声をかける。
「柳娘、冗談でもそんなことを言うと、首になりますよ」
「嘘じゃないよ!?」
「頭と身体がさようならする前に、謝罪してしまいましょう」
「だから嘘じゃないって。どうして信じてくれないの?」
「貴女のような軽い賢妃がいてたまりますか」
「蒼嶺も言っているでしょ! 信じてよ」
花鈴は眉根を寄せ、半信半疑のふりをしながら話を続ける。
「蘭昭儀は直接会っているはず――」
「化粧で顔は変えているよ」
「そんなことが出来るのですか?」
「勿論、出来るよ。賢妃として表に出るときは、派手に着飾って声も威厳があるものにする。侍女のふりをするときは、地味な服を着て、地味に見える化粧をする。ついでに、声も子供っぽいものにする。同一人物だと見抜ける人なんていないよ。まぁ、蒼嶺は分かったみたいだけど」
賢妃は蒼嶺を見る。
「何故分かったの? 蘭昭儀も気づいていなかったのに」
「なんとなく、としか言いようがありません」
そう答えるしかなかった。
巫術のことを知られるわけには行かない。
蒼嶺はそれ以上の説明を避けた。
「ま、いいや。そう言うことにしておこう。ん、花鈴? どうかした?」
花鈴は柳娘の顔を覗き込んでいた。
まだ半信半疑のふりは続けている。
「こちらが偽物という可能性は――いえ、ありませんね。私が賢妃なら、もう少し賢そうな方に賢妃を名乗らせます。貴女を選ぶ理由はありません」
「不敬だよね!?」
柳娘は笑いながら抗議した。
「貴女が本物だったとして、ここに何の用が?」
「蘭昭儀についての情報が欲しくてね。大した後ろ盾もなく、ほぼ単身で、後宮内で成り上がっていく妃賓。気になるでしょう?」
「確かに」
「だから、私の敵になる可能性があるか探りに来たの。後宮内は権謀術数だらけだから、気が休まらなくてね。後顧の憂いを減らすために、早めに行動したってわけ」
「それで、結果はどうなのです?」
「結果?」
「探りに来たのでしょう?」
「信じられるかどうかは未定。ただ、敵対する必要もないって感じかな」
「そうですか」
会話をしながら、花鈴は考えていた。
蒼嶺の報告を受けても、蘇賢妃は表情を全く変えていない。
いかにも想定通りといった様子だ。
そもそも、処刑は賢妃の面前で行われるはずだった。
だから、祁安が今朝起こした事件について、彼女は知っているはずだ。
それで察した。
事件は“終わっている”のだと。
そうでなければ、彼女がここに一人で来るはずがない。
そんな危険を冒すはずがない。
柳娘は、危険な状況ではなくなったことを知っているのだ。
だとしたら、この騒動は全て彼女の企み通りなのではないだろうか。
尚服令に事件の隠ぺいを強要された時、蘇賢妃は全く動じていなかったという。
その時から考えていたのだとしたら――。
いや、それよりも前からだとしたら――。
花鈴は考える。
事件が起きた日、花鈴は柳娘と洗濯場で会った。
蘇賢妃は、下級宮女のふりをしていた。
それには理由があったはずだ。
あれは、事件を調査するためだったのではないだろうか。
被害者の服が泥だらけだったとしたら、死体が落ちていた場所に駆けつけた者たちの服にも泥がついたはずだ。
あれは、泥がついている服を探していたのだ。
そして、尚服局の宦官の服に、泥がついたものが多いことに気づいた。
掖廷令に『然るべき処置』を求めたのは、自説を補強する道具が欲しかったからなのだろう。
彼らがあまりにふがいないようであれば、自ら助言をしたのかもしれない。
幸い、蒼嶺たちは真相にたどり着いた。
そして、犯人を追い込んだ。
それで終わりだった。
それ以上のことは考えていなかった。
だが、賢妃は違った。
尚服局は、璃燈国の人間ではない賢妃を軽んじてきた。
職権を濫用し、静影宮に対しては、粗悪な布や鮮度の落ちた食材をよこしていた。
その嫌がらせの中心となったのが、尚服令である杜麗芳だった。
だから、賢妃はやり返したのだ。
彼女は、何らかの方法で、犯人に短刀を差し入れた。
そして、甘言を言ったのだろう。
『このナイフで尚服令を殺せば、助けてやる』と。
そして、事件は起きた。
「柳娘――いえ、蘇賢妃」
「これまで通り、柳娘でいいよ」
「犯人はどうなったとお考えで?」
それを聞き、柳娘は笑う。
「外に出ることは不可能。中にもいない。だったら、答えは一つしかないよね」
その答えは、想像がついた。
賢妃は逃げた祁安を先に捕まえ、殺害した。
その上で、死体を隠したのだ。
尚服令は重傷を負わされただけではなく、事件を闇に葬ることも出来なくなった。
賢妃の目の前での処刑が不可能となったのだから。
花鈴は、賢妃を見る。
その瞳の奥には、妖しい光があった。
「侍女のふりも楽しかったんだけどな。機会があったらまたやるから、その時は花鈴も協力してね」
「畏まりました」
「ところで、花鈴。花鈴は私が賢妃だってことに本当に気づいていなかったの?」
「全く」
その言葉に、賢妃は満足げに笑った。
そして告げる。
「嘘つき」
×××
話が終わると、柳娘は一人で去っていった。
蒼嶺が同行すると申し出たが、それを禁じた上で立ち去ってしまった。
花鈴たちは、その後姿を見送ることしか出来なかった。
賢妃が去ったのち、蒼嶺が花鈴に問いかける。
「花鈴。彼女が賢妃だと、本当に気づいていなかったのか?」
「彼女とは洗濯場で出会いました。手が全く荒れていませんでした。高貴な人間が下級宮女のふりをしていることは分かっていました。賢妃本人である可能性も一応考えてはいました」
「それでは、事件解決の折、蘇賢妃に求めた褒美というのは、これが狙いだったわけか」
「賢妃との関係強化は必要なことです。周辺民族には、父上が作り上げた約定があります。辰嘉族が襲われた時には役に立ちませんでしたが、何か使い道はあるかもしれません。これで、一歩前進――と言えるかどうかは微妙なところですね」
味方になってくれるのであれば心強い。
――だが、信用は出来ないな。
花鈴としては、現段階で賢妃のことを信じることは出来なかった。
辰嘉族が虐殺された日、協定を結んでいた周辺民族は救援に来なかった。
それどころか、近い位置にあった黒樹族は璃燈国に与し、逃亡する辰嘉族の虐殺に加わっていた。
他の民族と璃燈国の関係がどうなっているかは分からない。
だが、既に手は回っていると考えた方がいいだろう。
「信じられるかどうかは未定。ただ、敵対する必要もない。お互いさまと言ったところ――まさに、その通りですね」
×××
事件から十日が経過した。
治療もむなしく、杜麗芳は死亡した。
短刀には、毒が塗ってあったらしく、刺された時点で助かる見込みはなかった。
事件を闇に葬りにあたり賢妃が出した条件――目の前での処刑は、達成されなかった。
その結果、事件の全貌が皇帝に報告されることとなった。
事件に関わった者は処分され、尚服令には柳娘の息のかかった宮女が新たに任命されることとなった。
蒼嶺はその顛末書に目を通した。
律安が書いた割には、内容が整っている。
修正を加える必要もなさそうだ。
蒼嶺は内容の確認を終えたことを律安に伝えるため、彼の席へと向かった。
いなかった。
こういうことは、珍しくない。
律安はいつも眠そうに仕事をしていて、長時間離席することも多い。
そして、いなくなる時は決まって同じ場所にいる。
蒼嶺が廃倉庫へ向かった。
薄暗く湿った空気が漂い、虫も多い。
そんな場所で、律安は平然と眠っていた。
「おい、律安」
「ん、ああ。蒼嶺か」
「こんなところでよく眠れるな」
「慣れだよ。それで、何の用だ?」
「顛末書を読んだ。いい出来だった」
「そりゃ、どうも。出来れば、お前の出番をもっと増やしたかったんだけどな」
「今回の事件において、俺は端役に過ぎない。その必要はないだろう」
「本音としては、それにかこつけてお前と花鈴ちゃんとの関係を大いに書き記したかった。宦官と宮女の禁じられた愛!」
「そのような事実はない。そもそも、宮女は全て皇帝の所有物だ。下級とはいえ、そのような関係になったら俺も何らかの処分を受けることになる。軽率にふざけたことを言うのは止めろ」
蒼嶺が睨みつけても、律安は「へいへい」と軽く受け流す。
これ以上の追及は無駄だと、蒼嶺はよく分かっていた。
「そう言えば、柳娘が蘭露宮を訪ねるようになっていたぞ」
「ああ、そうなのか。あいつも、花鈴ちゃんが気に入ったらしいな」
「あいつ――とは、随分と親しげに呼ぶな」
蒼嶺は少しだけ面白がって言った。
――彼女の正体が蘇賢妃だと知ったら、さぞかし驚くことだろう。
そう思っていたのだが。
「あいつ、俺の妹」
「……は?」
嘘ではなかった。
ということは、律安は柳娘の兄ということになる。
つまり、蘇賢妃の兄ということになるわけだが。
「ま、そういうことだから」
「それが事実だとして、だとしたら、何故――」
「お前、気づいたんだろ?」
律安は端的に答えた。
蒼嶺は蘭露宮で柳娘の正体を見破っていた。
だから、何らかの方法で口止めをする必要があると考えたのだろう。
だから、律安に親類であることを明かさせた。
言われてみれば、色々と説明がつく。
律安は、夜間の見回りによく駆り出されていた。
噂では、それは自ら志願したものらしい。
死体遺棄事件があった夜は、非番だったらしいが。
何故やる気のない彼がそんなことをするのか、蒼嶺には理解できなかった。
だが、もしかすると――。
――それは、蘇賢妃を守るためだったのかもしれない。
静影宮の周りを入念に見回ることで、不審者が忍び込むのを防いでいた。
肉体を鍛えているのも、その為なのかもしれない。
「律安。お前は――」
「お互い、大切なものが後宮内にある身だ。これからも協力していこうぜ」
「……ああ」
「ついては――」
「断る」
「まだ何も言っていなのに!?」
「どうせ仕事を手伝えというのだろう? 今回の顛末書は出来が良かった。お前なら出来る」
「それは妹に手伝ってもらって――」
「この阿呆め!」
蒼嶺は律安の頭をたたく。
賢妃に手伝わせるとは、非常識にもほどがある。
彼女は、律安の妹である以前に、四妃の一人なのだ。
「まぁ、ここまでは冗談だ。お前には、本当に頼みたいことがあるんだよ」
「何だ?」
「柳娘の味方になってやって欲しい」
律安の声は真剣だった。
「あいつは、外にも内にも敵が多い」
「内にも?」
「朔狼族も一枚岩じゃなくてな。俺たちの家は、朔狼族の中でもかなり悪い立場にあった。だが、璃燈国と手を組むことで、その立場を逆転させることが出来た。俺たちは、この国に大恩がある。完全に璃燈国派ってことだ」
璃燈国派――花鈴にとっての敵となる人間。
そんな人物を蘭露宮に招き入れてしまった。
これはどう考えても悪手だ。
そのことを花鈴に伝えなければならない。
「朔狼族の人間ってことで、外からの評判もすこぶる悪い。だから、あいつには味方が必要だ。蘭昭儀が逸れになってくれればいいと俺は思っている」
「そうか」
「そして、そうなれば当然花鈴ちゃんも味方ということになる。更に、花鈴ちゃんにつられてお前も味方になってくれるというわけだ」
律安は笑いながら言った。
だが、これは軽い言葉ではない。
明らかに蒼嶺を警戒したものだった。
「律安、お前は……」
「何だ?」
「いや、何でもない」
璃燈国への復讐――。
それを果たすためには、いずれ律安たちと対立することになるのかもしれない。
その思いを胸に、蒼嶺は踵を返した。
だが、すぐに思いとどまる。
「いや、待て。律安。お前は仕事をしろ!」
「断る!」
「首になるぞ、物理的に」
「それ、流行っているのか?」
「うるさい。とにかく、ついて来い」
蒼嶺は律安の腕を掴み、強引に引っ張っていく。
敵対するにしても、それはまだ先の話――。
蒼嶺はそう考えていた。
だが、彼が思うよりもずっと早く、その時は訪れる。
そのことを、この時の蒼嶺は知る由もなかった。
第二章は、これで終了です。
よろしければ、ブックマーク・評価をお願いします。
第三章の開始時期は未定です。一旦キリがつくようなものにしたいと思っています。
その前に――修正をしなければならないところが出てきました。
調べなおしたところ、組織にミスがありました。
掖廷令というのは、女官が所属するもののようです。
本作では、蒼嶺たちが所属し、事件の調査などを行う部局として設定していました。
第三章の執筆に入る前に、そのあたりの修正をすることになります。
では、よろしければ、そのうち投稿する第三章もお楽しみください。




