第5話 あぶり出し
翌日、花鈴たちは尚服局に出向いていた。
女官たちは蒼嶺の姿を見ると、黄色い声を上げていた。
彼女たちが尚服局の外に出ることはほどんどない。
その大半が、初めてこの美しい宦官を見ることになったのだろう。
蒼嶺は愛想のよい笑顔を作りながら、彼女たちに手を振った。
これから、尚服局の宦官を集めて調査をすることになるのだ。
円滑に進めるため、反感を持たれるような対応は避けなければならない。
「蒼嶺様、人気ですね」
「不本意です」
花鈴たちは、布蔵へといった。
ここには国中から集められた美しい布地が集められている。
劣化防止のために日光が入らないようにしており、内部は薄暗い。
全て想定通りだ。
そこに、容疑者となった五十人の宦官たちを集めた。
勿論、雪瑛の権限だけで動かせる人数ではない。
おぜん立ては賢妃にやってもらった。
「杜麗芳はどうしたのですか?」
「あの方は、賢妃に呼び出してもらった。ここにいたら、妨害される可能性が高いからな」
杜麗芳というのは、尚服局の長だ。
それはもう、凄まじい勢いのある女性である。
尚服局のとりまとめ――というよりも、支配をしている。
調査をしようとすれば、ほぼ確実に妨害してくるだろう。
だから、今回の集まりは、昭儀から感謝の言葉を伝える催し、ということになっている。
「それでは、始めましょうか」
花鈴は雪瑛に視線で合図を送った。
薄暗い中、雪瑛は登壇する。
近くに明かりを置き、暗い中で雪瑛だけが照らされた。
宦官たちの注目が雪瑛にあつまる。
これで準備は完了。
謎解き兼犯人捜しの始まりだ。
「皆さん、集まっていただきありがとうございます。今日は皆さんにお話ししたいことがあり、参りました」
雪瑛は柔和な表情を浮かべながら言った。
「先日、令辰という宦官が死亡しました。遺体が見つかったのは、静影宮の庭園です。その遺体は服を着ていなかったそうです。とても不思議な事件ですね。今日は、この事件についてお話をさせていただこうと思います」
ざわり、と空気が揺れた。
宦官たちが動揺している。
まさか妃賓が、事件調査に乗り出すとは思っていなかったのだろう。
雪瑛は、構わず話を続ける。
「さて、故あって、私達はその調査を行うことになりました。蘇賢妃も、一刻も早い事件解決を望まれています。責任重大です。調査の結果、皆さんの中に犯人がいる可能性が高いという結論に達しました」
宦官たちの動揺が更に強くなる。
中には、明らかに反感を示す者もいた。
突然“犯人候補”とされたのだから当然だ。
「ええ、勿論、皆さんに対してとても失礼なことを申し上げているということは分かっています。重々理解しております。ですから、私の話が終わった後、反論や苦情がありましたら遠慮なく申し出てください。身分は関係ありません。何でしたら、宮女の花鈴を置いていきますので、彼女に伝えてください。私に言えなくとも、彼女になら言えることもあるでしょう」
雪瑛の隣にいた花鈴が頭を下げた。
「それでは、始めさせていただきます」
そう告げると、雪瑛の雰囲気が一変した。
巫術を使い始めたのだ。
いつもと変わらないはずの笑みが、妖しく抗いがたいものになっていた。
――相変わらず、恐ろしい巫術だ。
蒼嶺は出来る限り、雪瑛を視界に入れないようにした。
巫術だということが分かっていても、彼女の魅力には抗いがたいものがあった。
「まず、分かっていることからお話ししましょう。被害者である令辰には恋人がいました。その恋人こそが、この尚服局に勤める宦官です。それが誰なのかは”まだ”分かりません。令辰は、その宦官と逢引をするために、夜な夜な掖廷令を抜け出していたのです」
雪瑛が語る傍らで、蒼嶺は宦官たちの表情を観察する。
ここまでの話で表情が変わる者が数名いた。だが、まだ決定的ではない。
雪瑛は、言葉を続ける。
「令辰は、深夜に掖廷令の寮を抜け出し、尚服局の寮へと向かいました。目的は、逢引きのため。さて、ご存じのとおり掖廷令、尚服局はそれぞれ壁に囲まれています。妃賓の宮ほどの高さはありませんから、頑張ればなんとか登ることは出来るでしょう。ですが、それは危険な行いです。壁を越えたところで、着地に失敗するかもしれません。特に、一昨日のような雨の日には。励振は尚服局の壁を越えようとして、塀の上で足を滑らせました。そして、頭を打って死亡したのです」
広い範囲の痣は、それが原因だ。
誰かに打ち付けられたのではなく、地面にぶつかった。
そして、内出血がおこり死亡した。
「即死というわけではなかったでしょう。令辰の爪の間には、泥が詰まっていました。這って動こうとしましたが、途中で力尽きたのです。普段人がいないところから侵入していたはずです。それに、強い雨が降っていて、雨音以外の音は聞こえにくくなっていたはずです。第一発見者は、逢引の相手だった可能性が高いと思います。その方を、今後は『犯人』とお呼びしますね」
宦官たちは、雪瑛の話に聞き入っていた。
そんな彼らの表情の変化を見逃さないよう観察する。
動揺、焦り、怯え――。
いくつかの顔に、乱れが生まれ始めていた。
だが、まだ決定打にはならない。
雪瑛は、更に深く切り込んでいく。
「令辰の死体を発見した犯人は、驚いたことでしょう。逢引の相手が、尚服局の敷地内で死んでいたのですから。悲しんだことでしょう。愛する方を失ったのですから。ですが、いつまでも驚き悲しんでいるわけには行きません。このままでは、死体が見つかり、大騒ぎになってしまいます。そうなれば、尚服局に多大な迷惑をかけることになってしまいます。自分の逢引のために」
雪瑛は『逢引のため』という言葉を強調した。
その瞬間、数名の宦官が肩を震わせた。
「ですから、犯人は死体を移動させることにしました。死体を一人で移動させるのは大変です。そもそも、門番に阻まれてしまうでしょう。ですから、犯人は寮にいる同僚――つまり、皆さんに助けを求めました。皆さんは渋々ながら、死体を移動させるのを手伝いました。門番の方も巻き込んだのでしょう」
話が進むにつれ、倉庫内の空気は張り詰めたものになっていった。
大半が雪瑛の話に聞き入る中、怯えるように周囲の様子を窺う者もいる。
――そろそろか。
蒼嶺は宦官たちをより注意深く観察した。
ここで失敗すれば、後はない。
なんとしても、この場で犯人を特定する必要がある。
それが出来るかどうかは、雪瑛にかかっている。
彼女の語り口が、全てを左右するのだ。
「問題は、どこに移動させればよいかということです。尚服局周辺の街路というのは、よろしくありません。いかにも、死体発見現場から少しだけ移動させただけ、という感じがしてしまいます。かといって、遠くに移動させようとすれば、誰かに目撃されてしまう可能性があります。その時、誰かが思い出したのです。蘇賢妃が管理する静影宮の庭園――そこに続く壁に、人が入れるような穴が開いていることに」
雪瑛は淡々と語った。
そこに疑問を挟む余地がないかのように、語り続けた。
それを聞いていた蒼嶺の脳裏には、遺体を運ぶ宦官たちの姿が浮かんでいた。
「犯人たちは、尚服局の正門を出て、街路を挟んだ向かい側――静影宮の塀まで遺体を運びました。そして、穴から遺体を中に運び入れ、庭園の中心部に置きました。そして、ここで殴られたと見せかけるために、近くにあった石で死体の頭を殴り、血の付いた石を近くに放置しました。その時、気づいたのでしょう。令辰の衣類に大量の泥がついていることに。蘇賢妃の庭には池がなく、地面も石が敷かれた場所ばかりです。死体の衣類が泥だらけになるような場所は中々見つかりません。ですから、衣類をはぎ取ったのです。これが令辰が服を着ていなかった理由です」
これで筋は通っているはずだ。
「さて、以上が、私が考えた経緯です。ここまでのご清聴、ありがとうございました」
雪瑛は、ゆっくりと一礼した。
宦官たちは、その動きに目を奪われていた。
巫術の効果に加え、薄暗い布蔵の中で唯一照らされている存在。
「よろしければ、犯人の方。名乗り出てはいただけないでしょうか?」
名乗り出る者はいなかった。
静寂が布蔵を包みこんでいる。
この段階で犯人が名乗り出ることはないだろう。
宦官たちは、気を緩めつつあった。
雪瑛の計画は不発に終わった、とでも考えているのだろう。
だが――ここまでは想定内だ。
「では、次の話に移りましょう」
雪瑛の言葉に、緩みかけた緊張が復活する。
今ので終わったと思っていたのだろう。
だが、そんなわけがない。
花鈴たちの計画は、そのような半端で甘いものではない。
彼女たちには、まだ攻め手があるのだ。
「私達は、令辰の遺体を調べました。すると、彼の身体には“人の歯形”がたくさんついていました。新しいものではありませんから、事件に直接の関係はありません。ところで、これが何を意味するか、分かる方はいらっしゃいますか?」
雪瑛が呼びかける。
それに対し、手を上げる者はいなかった。
だが、少なくともこの中の一人は分かっているはずだ。
その歯型をつけたのは、この中にいる誰かなのだから。
「宦官の方の中には、性欲が残る方がいらっしゃいます。性欲はあっても『宝』は取られてしまっている。その性欲は高まり続けることになります。それをぶつけるための手段として『相手の身体を噛む』という行動に出ることがあります。それが歯形の正体だったのです」
ここで一区切りした。
今の言葉の意味を、宦官たちに噛みしめてもらうためだ。
誰もがその様子を想像しただろう。
中には不愉快そうに顔をしかめる者もいた。
「それでは、次の話に移りましょう」
雪瑛は、懐から一枚の紙を取り出した。
これが、犯人に”自白”をさせるための最終兵器だ。
「これは、令辰さんの部屋にあった『詩』です。タイトルは『蒲公英』。それでは、読み上げます」
薄暗い空間に、雪瑛の声が静かに響く。
それを聞いた宦官の大半は、怪訝そうな顔をしていた。
一回聞いただけでは、訳の分からない詩でしかないのだから、それが当然の反応だ。
「どうでしょう? 数人に感想を聞いてみましたが、とても稚拙なものだという意見が多いようでした。皆さんの感想はどうでしょう。ちなみに、これを書いたのは逢引の相手の方です。生前の令辰はそう言っていたそうです。そして、これはただの詩ではないとも言っていたそうです。」
これは嘘だ。
令辰はそんなことを言っていない。
この紙は机の奥に隠されていて、同室の者もその存在を知らなかった。
だが、それを嘘だと証明できる者は、この中にはいない。
「私達は、その意味を解き明かしました。これは、宦官の性欲について書いたものだったのです。宦官になったものの、未だに残る性欲。それが強くなっていくことをつづったものなのです。それを踏まえた上で、もう一度聞いてください」
雪瑛はもう一度同じ詩を繰り返した。
今度はゆっくりと、一語一語をかみ砕くように。
それを終えると、再び視線を宦官たちに向ける。そして、その中の一人を指さし――。
「犯人は、貴方ですね?」
そう告げた。
××
時刻は昨日に遡り――。
検死局から戻った花鈴は、犯人をあぶりだすための方法を提案した。
それは“当てずっぽう”――あまりに大胆なものだった。
「自白してもらうって、どうやって?」
蒼嶺が困惑した声を上げると、花鈴は当然のように頷いた。
「調査の結果、何が起きたかは大体想像がつきました。細かい所に誤りがあるかもしれませんが、大枠では正しい推理だと思います。蒼嶺様は、ここまでの推理を聞いて、どう思いました?」
「どうしようもない事件だと」
「そうですね。これは、実に下らない事件です」
花鈴は満足げに首肯する。
「では、犯人は令辰の遺体を尚服局の中で見つけた時、同僚にどう説明したでしょうか。『愛人の死体を見つけたので、それを運び出すのを手伝って欲しい』と言えたでしょうか?」
「無理だな」
「ええ、無理でしょうね。おそらく『何故だか分からないが、掖廷令の宦官の死体がある。このままでは騒ぎになる』と言って、遺体を運ぶのを手伝ってもらったと考えたほうがいいでしょう。つまり、同僚たちは真相を知らないまま、死体の移動を手伝わされたことになります。そこで、私達が彼らに真相を暴露するのです」
「成程。同僚たちは怒って、犯人を突き出すかもしれないな」
「いえ、それはないでしょう」
「ないのか」
「同僚たちは共犯者になってしまいました。ですから、彼らが自白することはないと思います」
「では、どうする?」
「これを暴露する目的は、犯人を辱めることです。死体が逢引の相手だったことを宦官たちに伝え、犯人を動揺させるのです。その様子を観察することで、犯人を見つけ出します」
「それは、何というか……」
蒼嶺は苦笑した。
確かに、この方法なら犯人を辱めることは出来るだろう。
だが、それだけで上手くいくだろうか。
「ですが、それだけで大丈夫だろうか。上手く隠すことが出来る人間もいるだろう」
「問題ありません。蘭昭儀の巫術を使い、警戒心を緩くします。他にも、いくつか工夫をしましょう。そうですね――とりあえず、会場は布蔵にしましょう」
「布蔵? 何故だ?」
「薄暗い中、蘭昭儀だけを照らしておくのです。薄暗い中では神経が過敏になり、巫術の効果を押し上げてくれることでしょう」
「成程」
「心配をする必要はありません。この計画は、上手くいくと思います」
「何故そう思う?」
蒼嶺の問いに、花鈴は意地の悪い笑みを浮かべた。
「我々には最終兵器『蒲公英』がありますから」
「……あー」
蒼嶺は頭を押さえた。
まさか、アレがこんな使われ方をするとは思っていなかった。
「“己の性癖と性欲を芸術的に暴露した傑作”を解説付きで朗読するのです。しかも、蘭昭儀の巫術を使い、感情を増幅させたうえで。私は巫術を使っても耐えられる自信がありません」
「それは、まぁ、そうだろうな」
これに耐えられる者はいないだろう。
少なくとも、すました顔を保つことは不可能だ。
蒼嶺は少しだけ、犯人に同情した。




