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後宮の謎解き姫  作者: こねこねこ
第2章 裸の宦官
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第3話 辰嘉族の団欒

 結局、蒼嶺は一人で蘭露宮へ向かうことになった。


 律安に対しては不本意そうな態度は見せておいたが、正直なところ、都合がよかった。

 宦官とはいえ、妃賓と無暗に親しくするのは好ましくない。

 だから、会うためにも“大義名分”が必要となる。

 雪瑛はともかく、花鈴とは定期的に会える口実は作っておくべきだろう。


 ――どんなものがいいだろうか。


 そんなことを考えているうちに、蘭露宮へと到着した。

 相変わらず、門は開け放たれ、見張りの者もいない。

 後宮内とはいえ、もう少し用心してほしいものだ。


 門をくぐると、庭に黒髪の少女がいた。

 その風貌は地味そのもの。

 灰色の地味な服を着ており、それが更に存在感を希薄なものにしている。


 彼女の名は花鈴。

 昭儀である蘭雪瑛の侍女なのだが、その実は辰嘉族の生き残りの姫である辰宵蘊だ。

 蒼嶺にとっては璃燈国に復讐するための同志であり、巫術【肉体操作】で馬如影への復讐をしてくれた恩人でもあった。


 彼女は蒼嶺の姿を見ると、軽やかな足取りで駆け寄ってきた。


「蒼嶺様、ようこそいらっしゃいました」


 花鈴は、花が咲いたような笑顔を見せた。


 その様子に、蒼嶺は思わずたじろいだ。

 しばらく会っていない間に、蒼嶺の中で花鈴は“幽玄な存在”となっていた。

 巫術を使っていない時の彼女は、情緒豊かな人間であることは知っていた。

 だが、辰嘉族の姫ということもあり、以前一緒に調査をしていた時のようなどこか神秘的な印象を強くしてしまっていたのだ。


 花鈴の視線は、蒼嶺が持っている箱に向けられた。中身の察しはついているのだろう。


「ところで、これは?」

「菓子だ。蘭昭儀にお持ちした」

「相談事ですか」

「そうだ。協力の対価として用意した。というか、用意されていた」

「よく分かりませんが、お話を伺いましょう。お茶を用意しますので、中でお待ち下さい」


  ×××


 屋敷の中に入ると、蒼嶺は腕を自らの胸に当てた。

 これが辰嘉族の礼となる。花鈴はそれを見ると、少し表情を柔らかくした。


「堅苦しいことは抜きにしましょう。あの時は、最初の誓いとして私が偉ぶりましたが、ここは璃燈国の中です。下手なことをして、私達の本当の関係がバレてしまっては困ります」

「では、これまで通りと?」

「そうです。私はただの下級宮女です。そのように扱ってください」

「分かりました――いえ、分かった。花鈴」

「はい。そして、この蘭露宮の中で最も重要なことをお教えします。ここで最も偉いのは、美味しい菓子を用意してくれた方です」


 そう言って、花鈴は笑いかけた。


 蒼嶺は、花鈴に連れられて応接間へと足を運んだ。

 応接間では、雪瑛が椅子に腰を下ろして、何かの書物を読んでいた。


「あら、蒼嶺さん。いらっしゃい」


 雪瑛は書物を置き、蒼嶺に微笑みかけた。


「ご無沙汰しております。そして、申し訳ありません。本日は、厄介ごとを持ち込んでしまいました」

「それと、お菓子も持ってきていただいているみたいね。花鈴、お茶をお願い。蒼嶺さんは、こちらへどうぞ」


 蒼嶺は、雪瑛に招かれて席についた。

 秘密の関係とはいえ、主君である花鈴にお茶入れをさせているのが落ち着かない。

 何度も視線を花鈴のいる台所の方へ向けてしまう。

 そんな彼を、雪瑛は面白そうに見ていた。


「花鈴が気になりますか?」

「はい」

「あら、素直ね」

「あの方にお茶くみをさせてもよいものなのでしょうか」

「ああ、そういうこと」


 雪瑛は視線を花鈴に向け、優しく目を細めた。

 その視線は、妹を見守る姉そのものといった様子だった。


「真の関係は決して表に出してはいけません。気にするのも駄目ですよ」

「努力します」

「それに、あの子は、故郷でも自分でお茶くみをしていました。腕がいいとは言えませんが、自分が入れたお茶を人に呑んでもらうのが好きだったようです。ですから、気づかいは不要です」

「そうですか」

「なによりも、お菓子を持っていていただいていますから。この蘭露宮においては、こういう場で最も偉いのは、お菓子を用意してくれた方だということになっています」


 そう言って、雪瑛は胸を張った。

 少しすると、花鈴がお茶を持ってきた。


「はい、甘いお菓子にぴったりあうお茶です」

「ああ、ありがとう」


 蒼嶺は礼を言って受け取った。

 その動作は、とてもぎこちないものだった。


「それで、今日の菓子は?」

「『龍鬚糖(ろんしゅーたん)』です。“龍の髭”とも呼ばれています」

「龍の髭……」


 箱を開けると、その中には、繭のような白い塊がいくつも入っていた。

 一目見ただけでは、本物の繭と見間違えそうだ。


「これは、食べられるのですか? どう見ても、繭ですよね」

「飴らしい」

「飴がどうすれば繭になるのですか? 蚕に砂糖でも食わせたのですか?」


 想定外の見た目に、花鈴は眉を顰めていた。

 蒼嶺は渡す側だから、手を付けるわけには行かない。

 そんな二人をよそに、横から手が伸びてくる。


「それじゃあ、私が頂くわね。毒身役ということで」


 雪瑛が一つ手に取り、口に入れた。


 ――裏の関係があるとはいえ、貴妃が毒身役というのはいかがなものか。


 蒼嶺はそう考えたが、敢えて指摘はしない。

 これは律安が用意したものだ。毒が入っている可能性はないはずだ。


 雪瑛は、数回咀嚼してから、感想を言う。


「これ、細い飴ね。くっつかないように、打ち粉が掛けられているわ」

「輪にした飴を伸ばして細くしていき、細くなった飴を折り重ねてから、更に伸ばす。それを繰り返すことで、糸のように細い飴を作り出しているそうです。その飴で、胡桃を砕いて加工したものを包んでいます」


 蒼嶺は、律安に聞いたことを、そのまま伝えた。


「凄いことを考えるわね。ところで、中身は全部一緒なのかしら?」

「そのはずです」

「残念。違う物なら、それぞれ味見――じゃなかった、毒見をする必要があったのだけど」


 雪瑛は笑いながら言う。

 呆れたような表情を浮かべながら、花鈴も手を出した。

 サクサクした触感を新鮮が新鮮で面白い。

 中に入っている胡桃と合わさることで、味が引き立っている。


「これは、凄いですね」

「喜んでもらえたのなら、何よりだ」


 三人は、ゆっくりと菓子を食べた。

 取り留めのない話をして、花鈴が入れたお茶を飲んだ。

 外の世界では決して見せられない穏やかな時間。

 そんな時間を彼らは過ごした。

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