柴犬の木原さん
「おお、ポチ、今日も楽しそうだな。そんなに会社に行くのが楽しいのか?」
僕は今日も散歩へ行く。主人を横に従えて。息を軽く切らしながら軽やかな足取りで僕と主人は共に会社に出社する。
僕は会社のアイドルだ。もふもふな毛並みは、女子社員の皆さんからは特に好評で、出社するといつもポチ、もふもふさせて!と毎朝もふもふと撫でられる。
首元のネクタイが少しきついけど、これも仕事のできる男の証だと僕は思う。僕が作る会議の資料の出来栄えは部長にはいつだってわかりやすいと好評だし、この間の社内プレゼンテーションも大成功だった。
「おう、ポチ!今日の昼飯一緒に外に食いに行かないか?俺が奢るよ」
「いいんですか?先輩。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
「そういう謙虚だけど素直なところも好感持てるよなぁ」
それに比べてお前の飼い主ときたら、とちらりと窓際を見やる。
「冴えないどころじゃない。あいつはお前のおかげでここにいられているようなもんだ」
「そんなことないですよ、れっきとした僕のご主人ですから」
「お前はあんなのがご主人様でいいのかよ」
「あんなのでも、僕をここまで育ててくださいましたから」
お前は甘すぎる、と先輩は呆れ顔でエレベーターに乗り込む。それに続き僕もネクタイを多少緩めながら乗り込む。窓際でコンビニのおにぎりをもそもそと食べるご主人を見ていると、エレベーターのドアが強制シャットアウトした。
僕のご主人は、いつも会社の隅っこの窓際の席で毎日窓の外を眺めて一日を終える。
「ご主人、もう退勤時間だよ」
「ああ、ポチ、帰るか」
「うん」
そうして僕は、ご主人の首に、真っ赤に光る革の首輪をつけてあげて、リードをつなぐ。
「さあ、帰るよ」
そして木原は、ワン、とひと鳴きし、ポチの横に四つん這いになり、犬として、ポチのペットとして家に帰るのだった。
完