8 そして旅の終わり
砂煙はすごいけど、浮いているせいで、道のガタガタを全然拾わない。
すっごく速いのに、めちゃめちゃ快適だった。
だけどふと思い出す。
ボロールまで行ったら、行き過ぎだった。
「ボロールじゃなくて、カスリナヘナ!」
「え!何だって?」
「カスリナヘナ!僕の目的地!」
「早く言えよ!」
ボロールまで行って、カスリナヘナに戻っても良かった。
でも、アッシャには言いたくなったんだ。
そこが兄さんとの待ち合わせ場所だって。
一時間ほど走ったら、速度が落ちて来た。
格納していたタイヤを出す。そして接地した。
急に地面の振動が伝わり始める。
どぅるん、と辺りを揺るがすほどのエンジンの音がし始める。
「いい音!」
アッシャが笑いながら叫んだ。
この人、ほんとバイク好きなんだな。
「カスリナヘナなら、もうすぐじゃん。良かったな!」
エンジン音と風切り音で、聞き取りにくい。
アッシャは楽しそうだ。
だけど僕はちょっと寂しかった。
カスリナヘナに着いたら、アッシャとの旅は終わりだ。
次会えるかは分からない。
一台のバギーが追いすがって来た。
「アッシャ!後ろ!」
「まかせろ!」
足で何かのレバーを押し込む。ぐいっと方向転換した。
体がふっと浮きそうになる。
「つかまってろよ!」
次の瞬間には、もうこちらがバギーの後ろを取っていた。
「もらい!」
バギーの後ろに乗っていた男が、こちらに銃を向けている、と認識する間もなく、アッシャがバイクに搭載されていた銃弾を撃ち込む。
「ふおぉ。やべぇ。」
バギーはタイヤを撃ち抜かれて、横転して炎上した。
その横をすり抜ける。
「今の何!?」
「へへっ。ちょっと自衛のために機銃を搭載してんの。勝手に狙いをつけて撃ってくれるから、超便利。だけど、もうちょっとでおじさん撃つところだったから、やばかった。」
すごいな。
「それもカーラが作ったの?」
「いや、カーラは武器はやらない。これはファランクスって仇名の、武器屋さん作だ。」
手の平に、変な汗が出た。
「知り合い?」
「いや。直接は知らねぇ。金とマシンを置いておくと、気が向いたら作っといてくれる。そんな変なおじさんだよ。」
「そんなんで信用していいの?」
「今まで、しくじったことはないからな。」
「まさか、新作のレールガンって、その人?」
「そうそう。」
カスリナヘナの町が見えてきた。
「やめときなよ。」
「なんで。」
「うっかり人を殺しちゃうかもよ。」
「気を付けてるって。」
そのファランクスって仇名のおじさん、うちの父さんだって言ったほうがいいのかな。
父さんのせいで僕たちは追われているし、命も狙われている。
いい迷惑なんだ。
そうやってあちこちで武器作るの、やめてほしい。
「その人、ボロールにいるの?」
「半月前にそう聞いた。まあ、今でもいるかどうかは分かんねぇけどな。」
町の中に入ったので、アッシャは速度を落とした。
「で?兄貴はどこよ。」
「あ、ええと。どこかのホテルに泊まってると思う。その辺で降ろしてくれたらいいよ。」
「了解。」
バイクっぽいのに、車みたいに幅のあるマシンは、街の中ではすごく目立つ。
タイヤが三輪なのは、幅がありすぎて二輪では停めにくいせいだ。
適当に車通りの少ないところに停まったので、僕は急いで降りた。
「送ってくれてありがとう、アッシャ。」
「どういたしまして。元気でな。」
「アッシャこそ。ほんとに、気を付けてね。」
「おう。また会えるといいな。」
手を上げると、アッシャはエンジンをふかして、あっさり去って行った。
ちょっと寂しい。
アッシャの後ろ姿が見えなくなると、僕も身を翻した。
兄さんたちが泊まっているはずのホテルは、すぐそこだった。
---------------------
末弟がぽつぽつ話すのを聞きながら、マーシェはバギーを運転している。
後部座席では、長兄がごろりと横になって眠っている。
「ボロールには、親父いなかったろうよ。」
「うん。」
行方不明の父親を捜してはいるものの、手掛かりはこうやって、時折漏れ聞こえる噂だけ。もう三年になる。
「そいつと仲良くなったのか。」
「不思議な人だった。また会いたい。」
エルダ領セヴェリュク公の長子、アスラン。
異腹の弟妹や従兄弟が八人ぐらいいて、領内では派閥争いが激化。そのうちの四人までが暗殺されたらしい。
数年前に、嫡子のアスランが
「俺は逃げる!」
と宣言して出奔して以来、どこで何をしているのか、杳として行き先がつかめないらしい。時折派手な戦闘をやらかしては、刺客が返り討ちにあったと噂が流れるぐらいだ。
おそらくそいつだ。でもアティスは知らないらしい。
「で?そいつが、ツェリンの町で待ってると?」
「うん。」
たまたま寄ったベスカの町で、ソバージュボブの女性に偶然会った。
そして聞いたのだ。
今、足を折って一か月ほど入院しているから、よかったら行ってやってくれない?と。
「なるほどねぇ。」
ツェリンの町が近付いてくる。
ブルートパーズ色の瞳を輝かせて身を乗り出す末弟の姿に、マーシェは苦笑してアクセルを踏み込んだ。
<終>
マーシェ達三兄弟が出て来る、元の話です。
某バイク雑誌の編集長がモデルの話でもあります。
結構昔に書いたので、懐かしい~。




