6 カーラ
「そんで、何に追われてるわけ?」
「えー。言わないといけない?」
「聞きたいじゃん。」
ザッコザッコと歩く。
相変わらずの荒野だけど、植生が変わったのか、たまに灌木が生えている以外何もない状態から、割に大きめの木が視界に入るようになった。
「じゃあ、アッシュから教えて。」
「え。俺か。まあ、ざっくり言えば、親父?」
「お父さんに追いかけられてるの?」
「俺、家出中なんだよ。帰って来いってうるさくてさ。」
「そんなレベルじゃないと思うけど。」
「帰って来られちゃまずい連中もいるんだって。」
へぇ。それにしてはかなり手荒だ。命を狙われていそう。
「で、お前は?」
「ええーと。僕もお父さんが原因かなぁ。家出中のお父さんを追いかけてるんだけど。他の人と競争みたいになってるから。」
日が傾いてきた。
アッシャはぴゅうっと口笛を吹いた。
「親父さん、何やったんだよ?」
「それは内緒。」
今度もまた、相当歩いた。
日が暮れるまでてくてく歩いて、辺りが真っ暗になると灌木をかぶるようにして眠った。
翌朝、まだ空がうっすら明るい時間に起こされる。
「あともうちょいだから。急ぐぞ。」
アッシャはそう言ったが、もうちょいが長い。
それに、町の気配が全然ない。
「つけられるとヤバいからさ。様子見てるんだって。」
思わず周りを見渡すが、何にもない。
「つけられてる?」
「かもなー。しゃがめよ。」
急に言われて、急いで背を低くする。
「何?」
「ほら。あの辺、ススキがいっぱい生えてるだろ。あそこにもぐりこむぞ。」
えー。
背の高い草が一面に生えている一画がある。
背を低くしたままそこに飛び込む。
ほんとに、ここまでする必要がある?
ススキのトンネルをぐるぐる歩き回り、途中、ぽこっと土が盛り上がっている所をぐりぐり踏む。
「何それ。」
「チャイム。」
ふざけてるのかと思ったけど、その先にあった古いマンホールのふたが、パコっと開いていた。
すごい。秘密基地だ。
中は大きめの土管が埋め込まれていて、中腰で進めるぐらいの広さがある。
でもマンホールのふたを閉めたら、真っ暗になった。
「いくぞ。こっちだ。」
土管の壁に手をつきながら、アッシャの声を追う。
僕で中腰だから、アッシャは相当きつい体勢だっただろうと思う。背負ったリュックがすれる音が、ずっとしていた。
それが止んだと思ったら、パチパチとなにかスイッチを入れる音がして、急に目の前が明るくなった。
小さいくぐり戸が開いていた。
「あー着いた着いた。」
アッシャはそこをくぐって、うーんと腰を伸ばした。
僕もそこをくぐって驚く。
山のような・・・山のような、牧草?
サイロだ。
牧草ロールの間にできた隙間に、僕らはいた。牧草ロールに足をかけて上ると、一階部分のドアが牧草の隙間の向こう側に見えた。
「あっちに、牛舎につながるドアがある。」
アッシャが、牧草ロールの隙間を無理やり体を押し込むように通ると、その先に確かにもう一個ドアがあった。
開けると牛舎になっていて、牛が三頭いた。
一頭は仔牛。親子って感じ。
でも酪農で食べていくにはいくら何でも頭数が少ない。
「いくらでも見ればいいけど。」
不意に女の人の声がした。
アッシャが後じさったので、僕ももう一度サイロに押し込まれる形になる。
「そんなに度々来られても、いないものはいないし。」
誰かと話している。
「・・・ちょいちょい外の牧草が焼かれちゃうから、牛を増やせないんだよね。」
なにか反論するらしい、男の声がする。それに応じて
「牛が好きで育てちゃだめなんすかね?」
不満そうな、女性の声。
「次にアッシャに会うことがあったら、いいかげんにしろって言っといてもらえますかね?こっちは大迷惑だって。」
やがて、車のエンジン音。それが遠ざかっていく。
聞こえなくなってから、アッシャが出て行くと、牛舎の入り口に仁王立ちになっていた人物が振り向いた。
「だから、大迷惑。」
「すまんすまん。」
アッシャは、片手で拝むようにした。
「今度は何やったんよ。」
「ノシュカにあったマフィアをぶっつぶした。」
「うわ。」
「しつこいんだよ。」
「よくそれで済んでる。」
僕と同じぐらいしか背丈がないのに、胸がでかい。
仕事着を着ているんだけど、ボタンがはちきれそう。
だけど髪はぼさぼさ。寝起き?
この人がカーラかな?




